芽吹き
――水溜まりが夕焼けに照らされて、きらきらと輝いていた。
切り立つ崖の淵に教会の剣たるグリゼルダは立つ。
見下ろす先には轟々と音を立てて流れていく濁流があった。先の豪雨によって勢いを増したそれには朽ち木だけでなく、家屋のいくつかも混ざっていた。
大架橋は分かたれ、王国は完全に孤立した。ワイバーンや飛空艇の殆どはヴィラ・ヴェラによって落とされ、飛行大隊の再編には時間を要するだろう。教会と王国の安寧は守られ、何も知らぬ民たちの祈りは依然変わりなく捧げられていく。
宙に固定した雨粒を足場としてユニコーンが空から降りてきた。その背にはクルーセル。
「グリゼルダ、本当に申し訳ない……奴らを仕留めそこねた」
白馬より降りて、傍らに来たクルーセルが謝罪する。大架橋から蹴落としたものの、魔王と毒竜を討つことが出来なかった。異端審問官としての任務を果たせなかった、と。
谷底を見つめていたグリゼルダがゆっくりと振り返り、微笑んだ。
「君は立派に責務を果たしたよ」
クルーセルは思わず、その蒼の瞳にたじろいだ。
グリゼルダはその横を通り過ぎながら、呟いた。
「生きていてくれてありがとう」
その言葉は誰に向けたものだったのか。
ヴィラ・ヴェラには分かっていた。
だが、彼女は無言のまま、静かに姿を消した。文字通り、その場から霞消えるように。
「まるでハナから期待してないかのような口ぶりだったよなぁ?」
遠ざかるグリゼルダの背を見つめるクルーセルにユニコーンが嘲笑を投げかける。
「黙れ」
「まぁ、無理もないさ。命乞いまでしちまったんだから」
「五月蝿い」
「慰めの言葉も要らないのかい?悲しいねぇ、俺だけはアンタの味方だってのに」
クルーセルは答えず、ただ拳を握り締める。
谷底を睨む。河川の勢いはいまだ衰えず、呑み込むものすべてを混濁とさせて攫っていく。
生きるものなどそこにはいないはずだった。
だが、魔王は生きている。確信がある。
グリゼルダもまた"未来視"の蒼眼で覗いたのだろう。
ヤツを殺さなければ、俺は俺を取り戻せない。
歪んだ自己認識が芽吹き始めている。ユニコーンは熟成されゆくその芳香に舌舐めずりをせずにいられなかった。
「お前、今最高に格好悪いよ。ソフィアちゃんもこれじゃあ、グリゼルダお兄ちゃんの方に行っちゃうねぇ」
ここで初めてクルーセルがユニコーンを見た。
憎悪の眼差し。青筋に憤怒が浮かぶ。
軽く嘲るように嘶いて、白獣は雨の中へ姿をくらました。




