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毒竜に花束を  作者: 剛毛戦士
【3章】
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 旅路は次第に海沿いへ。

 切り立った崖に挟まれた海峡へと至る。

 ここは王国への物資流通を担う要衝都市ノイエヒルダ。

 故にここもまた非常に強固で厚い高壁に囲まれていた。

 崖の中途にてふたつの影は遠目に都市を眺める。


「ここを攻め落とすのは骨が折れるだろうな」

 事実、港には多くの軍船が停泊し、駐屯所と思わしき施設がいくつ層を成していた。

「まぁ、お前は肉を断たれても、なお進むだろうが」

 無言にてかがみこむ魔王に毒を吐く。

 傷は全て癒え、歪鎧は継ぎ接ぎを繰り返してさらに醜い形となっていた。得物は多く、彼の象徴的な斧槍もまた傍らにあった。

 しかし、どう攻めたものかと毒竜は考えを巡らせる。

 周囲の洞穴や深い森を見やる。そこらからそよぐ獣臭と不満に呻く声。


 思いつく。

「ひとつ乗せられて見ては如何かな、軍師殿」

 くつくつと毒気混じりの冗談を含んだ笑みを以て魔王に提案する。

 亜人種たちを利用するその妙案。

 獣の如き突貫を繰り返すお前では思いつかぬだろう、と。

 魔王は背を向けたままだった。暫しの沈黙が風に乗って吹き上がる。

 ついに魔王は足先を動かした。

 賛同した様子に、彼女は微かな喜びを感じ、一拍心の臓が跳ねた。

 愛いところも存外あるではないか、と。

 

 両者は、攻める。

 海峡攻略の足掛かりとして、周辺の洞穴や森奥地の棲家に潜む亜人種たちを追い立てる。群れの首領の首を跳ね、力を示す。

 沼地では魚人サハギンたちを、洞穴では子鬼ゴブリンたちを、人の集落を模した不格好な棲家では豚鬼オークを、それぞれ襲う。

 魔王が初めて亜人種たちを配下とし、使う。人殺しは更に効率的になっていく。

 種を超えて亜人種たちは理解する。首が軽い奴は弱い。首が無いやつは不完全だ。この男は首があって、その首はなんか重い。だから強い。"頭"に相応しい。

 ゲオルギウスは魔王の元へ続々と亜人種たちが集っていく様子を見て、自らの策が上手く行った様子にご満悦だった。

「ああ、なんと卑屈で矮小な欠け者たちだろうか!ははは、腹が捩れるわ」

 夜半になる頃には、混種の兵団が形成されていた。

 

 最初に異変を感じたのは歩哨の一人だった。

 高壁の上から目を凝らす。

 蠢く影の群れ。光る野蛮な瞳。欠けを満たさんと欲する執着心が要塞に向けられている。

 ああ、何ということだ!

 歩哨は警鐘へと走る。その紐を掴み、思い切り引こうとした。

 ――槍が飛来し、歩哨の首を跳ねた。

「夜目が効くな、お前」

 ゲオルギウスが魔王に囁く。

 魔王が別の得物を手に取る。

 一投。二投。三投。

 血潮が石畳を穢す音が、ひとつ、ふたつ、みっつと連続する。

 音は静かに、歩哨たちの首は転がり、悍ましき兵団の存在を知らしめるものはいなくなった。

 門扉が、開いた。

 内から数多のサハギンたちが押し開けている。海側から忍び込み、見回りの兵士たちの返り血を浴びて、彼らは為した。決して開かぬ正門が、地獄へと開け放たれる。

 魔王が一歩、一歩一歩、一歩一歩一歩。

 その速度を上げて、遂に駆け出した。

 群れが、続く。吠え、騒ぎ、武器を打ち鳴らして、己の満ち足りるを求めて、進軍する。

 決して破れぬ高壁の内、哨戒は少なく広く散っている。

 人々は平穏の内に寝静まり、枕元を照らす皆等しく灯火は消えていた。

 艦船も漁船も等しくが係留された内港も夜の静かな波音に揺られて、気配は疎らだった。

 明日また始まる早朝の喧騒を控えて、船乗りも貿易商も王国の民も警護の兵士も聖職者も、万物万象が夢の底へと身体と意識を沈めていた。


 地獄は音を上げて街を飲み込んだ。

 そこかしこで立ち並ぶ、荘厳豪奢な白い石像は微笑み湛えたまま、寝首を掻かれた兵士たちの返り血を浴びる。ランタンの硝子は砕け、油溜まりに火が灯る。微かな悲鳴が静寂に滲み、広がり、次第に轟々とした火の手とともに街並みを彩っていく。亜人種の群れは拡散する。支配すら堰き止められぬ満ち足り得るへの渇望が彼らを突き動かし、目に付くあらゆる建造物に押し入る。個体が思い思いの方法で欠けを満たす。人を捕らえ、喰らい、交わり、契約を強い、裂き繋ぎ、血を浴び、己の隷とする。

 兵士の一団を薙ぎ払う魔王に追随しながら、ゲオルギウスは独りごちた。


「すまぬな、レドゥア。私は貴方の傍で、貴方と同じ光を見つめていたかった」

 血と内力を欲する己が内の暴虐さ。王国と教会の徒に対する破壊と殺戮の衝動は、もはや堰きを越えていた。報い知れ。貴様らが踏み潰した万象がどれほど変え難く重かったのかを。

「だけど、その時が来てしまったよ――竜としての血が騒いでしようがない」

 王国の騎士、兵士、勇猛な船乗り、或いは民家の父が、地獄の中から魔王の姿を捉え、震えた刃先と揺るがぬ呪詛を以て立ち向かう。


 なんてことを。魔王め。悪魔。殺してやる。仇を。死ね。


「お前⋯」

 ゲオルギウスの身体は殺戮の宴の傍らにあり、共に血飛沫に興じる魔王に一言投げかける。

「笑っているのか⋯?」

 彼から滲む微かな熱を、彼女は初めて感じ取った。

 そして来る、白昼の夢。

 白銀の避雷針に自ら身体を括りつけた青年が叫ぶ。

「奇蹟よ、起これ。神よ、俺を愛せ」

 落雷により得た操雷の力。身体を駆け巡る喜びで敵を屠る。高ぶる血潮の水位。これこそ神の愛だ、と。

 ああ、これもまたソールの記憶。


 魔王の感情はかつての夢の中へ置き残したと思っていた。内力の増大とともに、彼の内に、渦を巻く血の流線が沸々と勢いを増していく。何が何だか解らぬが、それは、よからぬものに違いない。だって、それは、心の内に在って、"外側"からきたるモノ。この世界の条理では、"笑い"でしか表現出来ぬモノ。尽きることこそこの世の摂理であるのに、お前のソレは尽きることは無い、笑みなのだから。

 捨て置け、その感情――。

 言語化できない焦燥が彼女の喉元を圧した。戦い邁進する魔王の背が爪先の届かぬ所へと、遠ざかっていく。

 それはお前の感情ではない――。

 お前はもっと――。

 だがゲオルギウスは、告するを止め、伸ばしかけた腕を下ろし、閉口した。

 

 ――お前はもっと、何だと言うのだ?

 ――それとも、この私が、友の仇に、入れ込んでいるというのか?

 ――そんなことは、あり得ない。

 ――あってはならない。

 

 毒竜の戸惑いと躊躇いは、地獄に霞んでいく。魔王は止まらなかった。衝動に命じられるがまま、死を撒き散らす。得体の知れない何かに命じられるがまま、世界を血肉で腐らせていく。

 


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