3
「オリヴィエ!」
オットーが扉を勢いよく開け教会に入って来た。既に到着していたオリヴィエは渋面を隠そうともしなかった。
「戻ってきてくれたのか?」
オットーは恐る恐るという聞き方だ。
「別にあなたのために戻ってきたわけではありません」
オットーはちらりとローランの方を見て、直ぐ視線をオリヴィエに戻した。
「……だが良い機会だ。もう一度守護聖女をやってみる気はないか? 待遇も良くする。何なら婚約破棄を撤回しても良い」
「すごいですね」
「何がだ」
「私をあんな風に切り捨てておいて、一度も謝ることなく上から物を言ってくるその態度がすごいと言っているのです」
「なっ……!」
切羽詰まっている癖に、まだ体よく人をこき使おうする魂胆が見え見えだった。
「私は守護聖女の座に未練があって戻ってきたわけではありません。婚約解消の撤回なんて、天地がひっくり返ってもお断りです」
「く、口を慎め! 僕は領主だぞ!」
「そうですね。市民を危険に晒している立派な領主様です」
「……っ!」
オットーはオリヴィエを一瞬睨んだが、直ぐに表情を戻した。
「まあ良い。お前と言い争いをしている暇はない」
一方的に論破されていだけだろうとオリヴィエは思ったが言わなかった。
「僕は疑問に思っていた。何故魔力の高いキュルルの結界が破られ、それに劣るお前が結界を張り続けられたのか」
演説じみた口調でオットーは言う。
「それはつまり従者の差だ!」
オットーは鋭くローランを指した。
「と、言いますと」
「お前は結界を張る時、いつもローランに補助してもらっていた。つまりサポートが桁外れに優秀だった。もしくは! そもそも従者の方が結界を張っていたんだ! 違うか、そこの獣人!」
「違います」
ローランは眉も動かさず即答した。
暫く気まずい沈黙。
オットーは顔を赤くしてわなわなと震えている。自信満々に言って素晴らしい外し方をしたのだ。
後ろの方で彼の護衛たちが咳払いをしていた。
「う、嘘だ! じゃあどうしてオリヴィエは結界を維持できたんだ? おかしいじゃないか!」
恥ずかしさを紛らわすようにオットーは大声を出す。
「あの、ちょっと良いですか」
オリヴィエが手を挙げた。
全員の視線が彼女に集中する。
「もうすぐ日が沈みます。移動しませんか」
◆
やって来たのは深淵の森から1キロほど離れた平原だった。オリヴィエは片手に水晶を持っている。
「そ、それ使えるんですかぁ!?」
キュルルは心底驚いているようだった。
「はい。聖女なので」
「せ、聖女ってすごいのですね……」
尊敬の目でオリヴィエを見ている。
「どうしてこんな所に来たんだ。結界なら教会で張れば良いじゃないか」
オットーは運動不足らしく、息を切らし、少し遅れてついてきた。
「私の結界ではそういうわけにいかないのです」
オリヴィエはキュルルの方へ向き直る。
「これからあなたにお手本を見せます。それが、今日だけここに戻って来た理由なのですから」
「お手本、ですか?」
キュルルは首を傾げている。
その時、オリヴィエの視線が鋭く森を射た。
キン――と、甲高い耳鳴りがした。
既に太陽は沈み、紅い月が不気味に笑っている。
漂う雲は昼を舐め取り、黒い黒い森の底、蠢く気配が濃く匂う。
「来ます」
オリヴィエの声は硬い。水晶を地面に置き、両手を組んで祈る姿勢をとった。他の者達も身構える。




