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巨大なオーガが押し寄せてきたのだ。渾身の力で殴り続けられた結界は、あっけなく破られてしまった。
モンスターたちは農村部に侵攻。
家畜や農作物を散々に食い荒らして帰っていった。
被害は甚大だが人々は無事だった。
深淵の森は人間を穢れと認識している。モンスターが人間を食らうことも、触れることさえ嫌うのである。
「キュルル! 無事か!」
オットーが駆け付けると彼女は一目散に抱き着いてきた。目じりから涙が溢れている。
「ごめんなしゃいぃ、私、私ぃ……!」
やはりキュルルの方がオリヴィエより可愛げがある。なんて呑気な考えは一瞬で消えていく。
「オーガがやって来たというのは本当か」
「はい。こんなのが居るなんて、聞いてないですぅ」
確かにオリヴィエからもそんな報告は受けていなかった。オットーは思考を巡らせる。
ということは、オリヴィエが守護聖女の間は出現しなかったということか。流石に彼女が腹いせに巨大モンスターを呼び寄せているとは思えない。聖女にそんな力があるはずもない。
では、何故?
オットーはちらり教会の隅を見た。オリヴィエが使っていた水晶が置いてある。
「あの道具は使ってみたか?」
キュルルはぶんぶん首を振った。
「あ、あんなの私には使えないですぅ」
では白魔導士には使えない、この水晶が関わっているのか? だが歴代の守護聖女は水晶を使わないと聞いた事もある。
……いや、考えるよりも、今は行くべき場所がある。
***
オットーがやって来たのは隣町にあるホーランド家だった。
カヴェンディッシュ領には三大聖家と呼ばれる、守護聖女を輩出する名門伯爵家がある。
一つはオリヴィエの生家、ヴィルホール家。一つは南のワナキオ家。そしてこのホーランド家だ。
オットーは女領主のルイスに面会を求めた。
……が、門の中にさえ入れてもらえなかった。
「せめて理由を……会えない理由を言え!」
対応した執事に掴みかかる勢いでオットーは吠えた。
「では主のおっしゃった言葉をそのまま伝えさせて頂きます」
恐らくオットーとそう年も変わらないであろう青年は笑顔で言った。
「『オリヴィエ嬢を解任したのみならず、我々に話を通さず他領の娘に役割を代替させようとした。明確な裏切り行為であり、あなたの危機に力を貸す義理は最早無い』と」
「……! い、言っているだろう、緊急事態だ! 巨大なオーガが現れたんだよ!」
「それについても主は『オーガが現れることなど、しばしば起こること』だそうです」
執事は全く表情を変えずに続ける。
「適当なことを言うな! そんな記録は……!」
「日常のことをわざわざ記録するほど守護聖女は暇ではないのです」
執事は言うなり引き上げてしまった。
出発地を決めかね、オットーは馬車の中でうんうん唸っていた。残る聖家はワナキオ家だが、ホーランド家の反応を見るに行くだけ無駄な可能性が高い。
父親のアウルは三大聖家に礼を尽くしていた。交際費もかなり使っていたように思うが、オットーは不要だと思っていた。
だがそうではなかった。彼女たちは文字通り生命線。この土壇場で、父親が何故彼女たちを大事にしていたか、初めて分かった。
全ての行動が裏目だ。
このままでは夜が来て再び大きな被害が出る。胃がキリキリ痛む。
その時、何かが頭にひっかっかった。魔力で劣るオリヴィエが何故結界を維持し続けられたか。
「思い出せ、思い出せ……!」
オットーは何度も自分の額を掌で叩いた。あいつはいつも結界を張るところを人に見せなかった。だが一人だけ、従者のローランだけは付き添わせていた。
「そうか!」
オットーは自分の考えを確信していた。
あの獣人こそ結界を張るための重要人物に違いない。それならばキュルルが一人で対処できなかった説明がつく。
扉を叩く音が聞こえた。
「オットー様、少しよろしいでしょうか」
同行させた騎士の声だ。
「何だ?」
「たった今、オリヴィエ様の情報が入ってきました」
扉を開けた騎士の顔には困惑と喜色が同時に浮かんでいる。
「あいつがどうした」
「オールドガーデンに向かっておられるとのことです」
「オールドガーデンに?」
彼女の意図は分からない。
だが好都合だ。オリヴィエに守護聖女の復帰を頼んでみるつもりだった。
断られたとしても、ローランを買収出来れば良いのだ。獣人は金さえあれば平然と人を裏切る。オットーは不敵に笑った。




