第28話 黒い影
新米を味わい合った翌月からは、農作業はほとんどない。この時期を利用して、ケンは鉄鉱石を採りいくことにした。
「あんた、気を付けて行ってね」
サヤに言われ、ちょっと照れ臭い、でも嬉しい。
一緒になって、別れて暮らすのは初めてのことだ。サヤの声に寂しさがある。
「うん、言って来るよ。」元気よく家を出ていた。
そんな甘い旅立ちで、秩父の山に入る。一緒に連れてきたのはいつものイサとハルだ。
ハルはアルとの夫婦仲が良く、仔馬が産まれており、今もアルは孕んでいる。このためもあり、アルは連れて来てない。
「兄貴、どうして俺ばかりを連れて来るんだ」
「イサ、お前には鍛治の全てを覚えてもらいんだ」
「俺に?」
「そうだ。俺は里長になったから、皆の安全、食料を保証しなければならない。米作りはまだ始まったばかりで、やることは一杯ある。鍛治に専念できない。お前に鍛治をやってもらたい。」
イサは覚悟を決めるように頷いた。
この3年、毎年秩父に入り、今度が3度目となる。最初の時は先着者がいて争いごとになったが、去年は誰もいなくて無事に鉄鉱石を集める事ができた。
そして今回は残念ながら先着者がいた。
それも6人ほどの男たちが、小屋で暮らしながら石を掘っている。
「ち、不味いな、イサしばらく様子を見る。」
あまり近づきすぎて、気づかれないように、近くの小山からじっくり窺うことにした。
「上手く行けば、奴らも鉄鉱石の十分な量を掘って、満足してくれるんじゃないか」
今日・明日で、彼らに立ち去って欲しかった。ただ、様子を見る限り、彼らは返る気配がない。
「くそ。なかなか出て行かないな。」
彼らの行動を見守るが、寝ぐらにしている小屋と採掘場とを往来しているだけで、なかなか里に帰ろうとしない。
そんな中、男が一人、馬を曳いて来た。
そいつは馬に荷物を乗せると、仲間から離れ、山を降り始めたのだ。
「あいつを付ける。イサは此処に居ろ」
山から下りて、そいつは自分たちの里の方に向かっていく。
ケンは矢を放って、そいつの右腕を貫いた。
「ウゲェ!」悲鳴を上げながら、馬も荷物も放り出してそいつは逃げ出した。
(まるで強盗だな)3年前の出来事で、奴らとは交渉できないと分かっている。だが、これではこっちがまるっきり悪者だった。
罪悪感は覚える。しかし、(これでいいんだ。こうしないと、家族が、里の者達が困る)自らに言い聞かせていた。
馬の荷物は予想していた通り、鉄鉱石だった。それも良質で、ずっしりと重いく、鉄分が多く含まれているようだ。
「イサ、すぐにここを出るぞ」このままここでのんびりしていたら、すぐに見つかる。
例によって、イサや馬に目立たないようにして言っておき、物陰に隠れるようにして、山道を急ぐ。
囃子を出ると、岩が多く、大きな木のない斜面に出た。
「気を付けろよ。ここは丸見えだ。」そう警戒していた時だ。
突然、先頭を行くケンの頭上に、空から黒い影が襲いかかってきた。
「シャー」鋭い羽音。それに気づいて、さっと背中を丸めるようにしてしゃがむ。
「う!」その背中に、鋭い痛みが走る。
顔を空に向けると、黒い影、それは大きな鳥だった。
鷲、鷹のような猛禽類だが、はるかに大きい。
(まるでコンドルじゃないか)「イサ、馬を曳いて木の下に隠れろ!」そう言って、近くの岩の上に立った。
黒いコンドルは向きを変え、またケンに襲い掛かてくる。
弓を構える。しかし鳥はまっすぐ向かって来た。鋭い眼光が一瞬光ったように見えた。
「シュ」「シャ」矢と羽の音が交差。
大きな翼が舞い落ちて来る。転がるようにして、岩を飛び降りる。
手ごたえはあった。鳥の翼に矢が刺さっているのが見える。だが、鳥はそんなちっぽけな矢など気にしないかのように、悠然と去っていく。
「ふー」一息つく。
「兄貴、大丈夫か?背中が大きく割れているよ。」言われてみると、背中の痛みを思い出す。
「先を急ぐぞ」
傷の応急処置を簡単に済ませ、家路を急ぐことにした。




