第19話 鉄鉱石と馬
飛び降りた所は、小さな岩があって、そこに崩れてきた土砂で埋まってできた平場だった。すぐ下は林で、急傾斜になっていて、木が斜面にしがみつくように生えている。
思い切って飛び降りたのは、あんな狭い場所で男たちに捕まったら、どうしようもないからだ。ケンは、まだ体は大人になり切ってないし、イサに至ってはまだ子供だ。力勝負など到底できるはずもない。
下から、男たちがどうでるか様子を窺うと、ケンの反応が早すぎて、まだもたもたしている。
「お前たち、なんで俺たちを襲うんだ!」ただで鉄鉱石を掘らせて貰おうとしたわけではない。塩と交換しようと言うのに、合点がいかない。
そう言うと、思いがけない返事が来た。
「大事な鉄をよそ者にやれられるか!黙って塩を置いて立ち去れ!」
あいつらは、鉄を独り占めにしようとしている。最初から石を掘らせるつもりなどなかった。
「ここは誰の土地でもないはずだ。独り占めできないぞ!」
「うるさい、さっさと立ち去れ!おい、石を投げつけろ、殺してしまえ!」
冗談じゃない。こんな所で石を投げつけられたら、逃げることもできない
男の一人が大きな石を投げ下ろそうとした。
「ヒュッ!」という風音と共に矢が飛ぶ。
「うわ!」そいつは肩を抑えた。男の肩に矢が刺さっている。
「ヒュッ!」「ヒュッ!」さらに立て続けに2本の矢が飛んでくる。その矢も二人の男の肩に刺さる。
あっというまに、仲間の3人が傷を負った。
「うわぁ、いてぇ!」「畜生!」もうケンたちを倒すなんてできない。完全に逃げ腰だ。
男たちは慌てて、元来た道を戻ろうとした。
「ヒュッ!」その一番後ろ男にも矢が刺さる。
「ぎゃぁ」
恐るべきケンの弓だ。当たり所が悪ければ男たちは、命を落としたはず。
ケンたちなど放って、逃げ出すしかなかった。
「ふぅ」崖を這い上がって、一息つく。
「大丈夫だったか?」
「うん!」弟は擦り傷があったが、大したことはないようだった。
「さて、どうするか」このまま、採石場に行くか、それとも男たちを追うか。
男達の4人に矢を当てたが、急所を狙わなかった。
ケンの弓なら、イノシシでも倒してしまえる。だから、あえて急所を外して殺傷するのを止めたのだ。
「人は殺したくない」矢を射る時はそんな考えだったが、後になると逃げた男たちが仕返しにくるのが怖くなる。
(このまま、ほっといたら、仕返しに来るかもしれない。まず、あいつらがどんなことをしていたのか、様子をまず調べよう。)
少し迷った後、男たちを追いかけることにした。
男たちは血の跡を残しながら逃げており、山を降りて行ったようだ。人の気配が全くなかった。
急所を外したとはいえ、放っておいたら致命傷になりかねない傷だ。早く里に戻って治療したい判断なのだろう。
「あいつらが、ここでどんな暮らしをしていたか、アジトをみつけるぞ」
イサと周囲を探ると、男たちの根城は簡単に見つかる。そして、ケンはそこで思いがけないものを見つけてしまった。
馬がいた。それも2頭も。
「え!」唖然となる。この時代の日本には馬なんて、いなかったはずだ。
「どうして、こんな所に馬がいるんだ」頭が混乱するばかりだ。
(確か、馬が日本に来たのは、弥生時代の終わりの頃、古墳時代だとも言われる。今は縄文だ、なんで馬がいるんだよ!)口に出してしまいそうだ。
でも、現実に馬がいる。熱くなったが、少しして冷静になれた。
(今は、理由など、どうでもいい。今後のことに頭をむけろ)
まずは、男たちが何をしていたかが気になった。
藁拭きの小屋の中は、焚火や寝泊まりをした跡などがあるが、他に目ぼしい物はなにもない。
そして、隅に大量の鉄鉱石があった。
「あいつら、馬でここの鉄鉱石を里まで運んでいたんだ」
それは明らかだった。山の中で鉄の精錬は厄介だ。おそらくだが、掘り出した石を馬に担がせ、自分たちの本拠に運んでいたのだろう。
ただ、ここに来るまで、鉄鉱石を製錬して鉄を作っているような里は見なかった。
ケンたちはいくつかの集落を通り、何人もの人と話をしている。そこで鉄製品は見かけなかったし、誰も鉄を使っているなんて話さなかった。
(きっと、来た道とは別の方向の知らない里で、鉄鉱石を鉄にして、加工しているんだ)
そこを通るわけにはいかなかった。
(いや、ここで、いつまでものんびりしていたら、あいつらが戻ってくるだろう。そうしたらどんな目に合うか分からない)
6人だったから、ケンの弓だけであいつらを追い払えた。
だが、もっと大勢だったら、手に負えなくなる。
弓は少し離れた位置ならば無敵だが、近寄られたらもう何もできない。
しかも、こっちにはイサだっているんだ、勝ち目なんかあるか。
「急いで、ここを出よう」とイサに言う。
イサを馬の所に連れてくると尻込みする。
「兄ちゃん、これなんだ?」イサは馬を見るのが初めてだ。
イサにとって一番大きな動物はクマかシカぐらいだ。怯えてしまうのも無理なかった。
「馬だ。役に立つ動物で、人のことを良く聞く。」
「暴れねぇか?」
「馬の前ではゆっくり動くんだ。馬にゆっくり近づき、驚かさないようにする。驚かさなければ暴れはしないぞ。」
イサは、言われる通りゆっくりと馬に近づき、手綱を持つ。それでも馬はじっとしている。
馬の首をそっと撫ぜると嬉しそうに受け入れてくれた。イサはようやく安心する。
ケンは馬と鉄を持って帰ることにした。どちらも余りに貴重で、こんなものを残して、立ち去るなんて考えられないことだ。
(あいつらが大事な馬と鉄を放っておくなんて考えられない。絶対戻って来るぞ)
イサに馬の扱い方を教えながら、鉄鉱石を袋に詰め、馬の背に括り付けた。
馬は存外、平然としている。何度も鉄鉱石を運ぶことに慣れているのだろう。
そして、二人で2頭の馬を曳き、山道を帰ることにした。
帰り道でケンは警戒感を最大にしていた。
このころケンはまだ気づいていなかったが、ケンには他人の感情が察知できる能力を持っている。
センやロクに始めて会った時は何も感じなかったが、フサに会った時は嫌な不愉快な感じを覚えたものだ。
そして、今日の奴らからは初めから悪意を感じていて、特に崖の斜面に来た時は殺意を感じた。
(こいつら絶対何かしてくるぞ)そう思っていると後ろの男が手に持っていた棒を持ち上げたのが分かる。
だから、男が棒で、ケンを殴りかかって来た時、避ける事ができたのだ。
帰り道はあいつらの居場所と逆方向だろう。あいつらの怪我は相当深いはず。治療して、戻って来るにはある程度の時間がかかるはずだ。
そう読んだ。




