第18話 鉄鉱石を求めて
ケンの家族がロク達の所に住み始めて半年経った。
ケンたちは狩りに忙しく、ラムも女性陣のリーダー役として家事を取り仕切り、レンやミイは友達と一緒に遊んでいる。
そんな状況を見て、ケンはロクに相談した。
「鉄鉱石を探しに行きたい。」
「鉄鉱石?何だ、それは?」
「それがあれば、鉄を造れる。鉄は木や石より硬いし断然強い。黒曜石より硬く鋭く、何でもよく切れる。熱して、叩けば好きな形に加工もできる。木や竹を切るのも簡単になるし、肉をさばくのも楽だ。鉄があるとないとでは、全然違って来る。」
「そんないい物があるのか。」
「秩父の西の山にある。その石を掘り出し、鉄にして来ようと思う。本当はもっと早く採りに行きたかったが、ここでの生活が安定するのを優先した。ここも大分、落ち着いてきたから、採りに行くのもいいと思う。」
「まあ、確かにお前たちが着てから、猟で獲物が良く捕れるようになったし、食料の問題は少なくなっている。でも秩父は遠いなぁ、何日かかるんだ?」
「ああ、ひと月はかかると思う。」
「お前たちが居ないと弓の使い手がいなくなるのが痛いな。」
「ツムを残しとく。あいつは俺の次に弓が上手い。百発百中とは言えんが、そんなに捕り逃すことはないはずだ。食料探しに困りはしないと思う。」
「まあ、ツムが居れば狩りは大丈夫か。ま、お前たちが居なかったときも、3人でなんとか狩りは出来ていたんだから、なんとかなるな。だが、長期にケンが居なくなるのは困る。長くても、ひと月で返って来ると約束してくれ。」
そうやって、イサを連れて、秩父に向うことにした。
秩父地方は鉱山資源の豊富な所で、日本で最初に発見された銅鉱石もここからだった。銅の発見に喜んだ当時の朝廷は年号を“和銅”と改めたと言われる。
向おうとしている鉱山はもともと、金や銀の採掘を目的に戦国武将武田氏によって開発された。以後江戸時代も細々と採掘されていたが、明治になって、磁鉄鉱の多いことが注目され、本格的に開発されるようになる。最盛期は1960年代で、亜鉛や磁鉄鉱など50万トンも採掘されたこともあったようだが、次第に減少していき、珪砂などを採掘するようになる。それでも先細り状態となり、石灰石だけを採掘するようになっていたが、採算が合わなくなり現在では閉山している。
太古の造山運動により、石灰石などの堆積地帯にマグマが貫入し、熱変性してできたと言われる。このような特異の現象でできた鉱山であることから、生産物の品種に富むが、鉱脈が小さく、一時的には盛んなこともあったが次第に鉱石が尽きて、閉山になった。これが山崎航の持っている知識だ。
場所は秩父の西方にあり、もうちょっと北に行けば長野となる山奥。人里からも遠い採掘場へは、碌な道もないだろう。獲物を求めて山に入る者はいても、道など期待もできず、精々、獣道があればよいぐらいに思っていた。
縄文の頃は食べ物を得ることが先決で、生活を良くしようという考えに乏しい。身の回りを便利な家具で固め、しゃれた服装をするのは現代人の発想なのだ。貨幣も流通しておらず、いや、貨幣の発想自体なく、金や銀を目にしても「綺麗な石」とは思っても、これに高い価値を置くなんてあり得なかった。鉄の存在自体知られておらず、鉄鉱石を採掘しようなんて、当時の人の頭の中になかった。
交通機関は歩くことしかない、どんな遠い所も、頼りになるのは己の足のみだ。
「イサ、ロクな道もないはずだから、そのつもりで居ろよ。」
久しぶりの旅、しかも尊敬する兄と一緒ということもあり、イサは少しウキウキしている。
そんな弟にちょっと注意を与えていた。
所が、現地に行くと、人はいるし、道も整備されている。
(これ、想像していたのと違うぞ)ケンは戸惑いながら、たむろしている6人の男たちに近づく。
「あのう、皆さん。ここで鉱石を採っているのですか?」
その中の、一番大柄で、いかめしい目付きの男が答える。
「おう、そうよ。おめぇも鉱石を採りにきたのか?」
「はい、そうですが、皆さんと一緒に採らせてもらえませんか?」
「うん、かまわねぇが、何か見返りを持っているのか?俺たちの山で石を採るのなら、それなりの物を寄越さないと、いけねぇよな。」
少し変な話だ。この当時の人に縄張り意識は少ない。所有地、領地などという考えはなく、ましてや領主、政府など存在しない。当然、採掘権などありはしないのだ。
“俺たちの山だから、鉱石を採るなら、見返りを寄越せ”などと言ってくるなんて、ありえなかった。
そんな疑念などおくびに出さず、にこやかに言う。
「あ、それなら、塩を持ってきました。皆さんで使ってください。」
「お、塩か。それはいい。このごろちょっと足りなくなっていたんだ。それを貰えるなら、石を採ってもいいぞ。」
男は塩を喜んで受け取った。
「じゃあ、俺たちに付いて来な。」
男たちが採石場に案内する。岩がごろごろしている斜面だらけの道だ。
男たちに挟まれるように歩いていくと、崖を横切るようにして通る場所に出る。
真ん中まで来た時、後ろにいた男が、突然、持っていた棒を振り上げ、ケンに殴りかかって来た。
ケンはさっと身をかがむと、棒は空を切る。
「あ!野郎」まさか、躱されるとは思っていなかったのだろう、男は慌てている。
この隙にケンはイサを抱えるようにして、崖をすべり落ちていった。




