第12話 物々交換
その日も海で網を投げていた。
「お前たち、ここで何をしている?」
髭面の男が言って来た。
海に来て、その男を時々見かけていた。
ただ、こっちからも声かけなかったし、向こうからも近寄っては来なかった。
縄文時代は用がなければ関わらないのが一つの知恵だ。
人口に比べ、自然は広大だ。この海は広いし、魚はいくらでも捕れる。他所の人間と関わらなければ争いも起きない。そのような考えで生きていた。
「何をしていると言われても、魚を捕っているだけです」
「随分、取ったじゃないか」男は網に掛かった魚を見て驚きの顔。
「ええ、ここは魚が多いから、網を投げれば簡単に取れますよ」
「そうか、そんなに取れるのか?ところでお前たち、何処から来たんだ」
「あっちの山から来た」富士の方を指さす。
「じゃあ、あの噴火から逃げて来たんだな。これからここで暮らすつもりか?」
「いや、俺は森で猟をしていたから、また山で暮らしたい。ここで魚と塩を集められたら山に行く。」
「塩か?塩を集めているのか?」
「うん、山に行くにしても塩は必要だから」
「お前、その網の作り方を教えてくれないか。その代わり塩をやる」
意外な申し出だった。だが、この取引は悪くない。いや、むしろ有難い。
「是非、塩と交換してください」手を取り合わん勢いで言った。
獣でも活動するには塩分を必要とする。ただ、普通は食物から得られるので、塩を探し回ることはない。ただ、山間の廃墟家屋のトイレの床板などを鹿が舐めた形跡が見つかる。鹿は人の排出した塩分まで欲しがることもあるのだ。
人はもっと塩が欲しいものだ。縄文時代でも、塩は調味料として欠かすことができなかったし、貴重品でもある。
「俺の名はセンだ」
「俺はケンだ」お互い似た名前でより話が合う。
センは鼻から下は髭だらけ、黒く焼けた肌、鋭い目付き、強面十分で、何処を見ても怪しさ満載だ。
だが、話をするとすっかり気が合った。
センに網作りを教え始める。蔓の繊維をほぐし、撚って糸にする。それから編み始める。
「こことここを結ぶと上手く網になる。」
「ふーむ。意外に簡単だな。」
「そうだよ。仕組みさえ分かれば誰でも作れるぞ。」
1日かけて完成。ケンがコツを掴んでいて、前より仕上がりが早いし、センの覚えも早かった。
網が出来るとセンはすぐ使いたがる。
「もう日が暮れそうだから明日、試せばいいじゃないか」
「いや、すぐにやってみたい」
センは明日まで待てそうにない。
仕方ないから、センに投げ方も伝授する。
「じゃあ、こうして網を持って、出来るだけ広がるように投げるんだ」
「よし、こうだな」センも真似し、なかなかうまい。
一度だけ試してすぐ、網を持ってセンは海に入る。
いつのまにか、他の住民も見物に集まっている。センが奇妙なことをしているのを見て、興味がわいたのだ。
センは流石に海の男だ、スムーズな動き方で網を投げる。そして引き上げてみると網の中は一杯の魚だ。
「おお、こんなにも!」何人もの住民が驚きの声を上げる。
「網の作り方を教わった。お前らも覚えろ!」センは男たちを見渡して言う。
「蔓で作るより、麻で作ればもっと丈夫で細く出来るので、上手くいくと思うよ」
「うん、それも試してみよう。じゃあ、この塩を持って行け」センが藁袋に詰まった塩を渡してくる。
「こんなにもたくさんか、助かる」
山で火打石を渡してくれた男。そしてここのセン。どちらも一見おっかない、他人を威圧する顔をしていた。
でも実際は心優しく、親切だった。
(人は本当に見かけに寄らない)ケンは心の中で呟く。
「でも、セン。こんなにいいのか」袋の中を確かめると、思ったより多かった。思わずの本音だ。
「心配することはねえ。お前のように塩と交換したい者はいくらでもいる。だから、ここではいつも塩を作って用意しているんだ」そうは言っても、嫌いな奴には渡さねぇと顔に書いてある。ケンを気に入って、余分に渡してくれたのは間違いない。
ケンは海に来たのは、塩を集めるためだ。塩があれば、誰にも喜んで物々交換に応じてくれる。
ただ、塩づくりは難しい事だ。海水を集め、煮詰めれば塩はできるが、それには大きな鍋と大量の薪が必要で、時間が相当かかる。
なにしろ鍋からして手元にない。土を捏ね、土器を作り、焼いて作るにしても手間と時間がかかりすぎる。
ケンもここで最低でもひと月はいないと塩が手に入らないと思っていた。
それが、投網と塩と交換で、どれだけ楽になったか計り知れない。
海に来て、10日ほどで、干し魚も塩も十分揃った。
「そろそろ、出発する」と皆に告げる。
「もう行くの?」レンがすっかりしょげる。
海がすっかり好きになっていて、まだまだ遊びたりない。それどころか、全員が海を好きになっている。
だが、ケンは此処での暮らしは難しいと考えていた。
今は洞穴にいるが、生活するには不便すぎた。
食事、トイレなど洞穴では出来ないし、何より水場に遠い。
センたちの住んでいる場所も余り広くはない。ケンたち家族が移り住む余地はあまりなかった。
なによりケンは森で狩りをしたかった。
ケンは使用していた網をセンに譲りながら言った。
「そろそろ出かける」
「そうか、もう行くのか」残念そうな顔だ。
「また来るからな。」
「ああ、いつでも来い。待っている」その言葉は偽りではない。
二人の間には友情のようなものが芽生えていて、なんか胸にじんと来るものがあった。




