第11話 海に行く
その後もいくつかの山を越えなければならなかった。
いくつもの川を渡り、尾根を越える。ただ、明らかに人が通った道を見つけることが出来、はるかに歩きやすくなる。
そして、遂に人に会えた。二つの掘立小屋が互いに寄り添うように、小さな丘に立っていた。
小屋の前で大男に挨拶をする。
「あの噴火から逃げてきたのか?」驚いたように聞いてくる。
「命がけで逃げて来た。」
「良く逃げられたな。みんな無事だったのか?」その顔は人数が少ないのを訝しがっている。
「いや、お父や、他の家族は皆、逃げ遅れた」ありのまま応える。
「そうか、大変な目にあったな。」
いかつい厚い胸、毛むくじゃらなその男はケンたちに同情してくれた。
「ちょっと待ってろ」
そう言って小屋に入っていったと思うと、すぐに戻って来て、ケンの前に何かを差し出した。
「何もかも、失くしたんだろ。これを持っていけ。」
そう言って、渡されたのは火打ち石と黒曜石だった。
「こんな大事な物、いいんですか」思いがけない贈り物だ。
「いいも何も、お前ら、これがないと暮らしていけないだろ」
有難い言葉だった。ここの家族だって、富士の噴火に影響を受けたはずだ。降灰が何十センチも積もって、獣だって捕りにくくなっているだろう。
どの家でも黒曜石、分けても火打ち石は貴重品のはずだ。
「すいません。」涙声になりながら礼しか言えない。
こんな所で、優しい人に会えたことがたまらなく嬉しかった。
おかげで、竹を加工して、弓を作ることができた。竹を割って、蔓を張っただけの荒削りの弓。
まだまだ改良したい点はいくつもある。前に使っていた物より、比べるまでもない。でも今は、改良など後回しだ、まず試し打ちだ。
「遅いな」速度が者達ない。
でも、森に入って、獲物を狩ることにする。
ウサギを見つけ、矢を射る。当たったが、やはり急所を外してしまう。
「ち、外したか」逃げ出されてしまう。
「追いかけろ!」男以外にもラムやレンもウサギを追いかけた。
ウサギは手負いながらも必死に逃げ回る。だが矢が突き刺さったままでは逃げ足が遅い。
「捕まえた!」みんなでなんとか狩ることが出来た。
もう1羽も同様に捕まえる。
「やった。やった」ウサギを捕らえただけで皆大はしゃぎだった。
その夜、皆で焚火を囲んだ。捕ってきた獲物を裁き、肉を串に刺す。
貰った火打石のおかげで、やっと火を起こせ肉を焼けるのだ。香ばしい匂いが漂い始める。
「うわー。焼き肉だー」イサとレンが歓声を上げる。
これまでの山中では苺や木の実、カエルや蛇、なんでも口にしてきた。生肉だけだ、無理もない。
「これまで、皆、ひもじい目にあっていたな。今日から真面な飯になる」食事を前に家長として言った。
ようやく何日ぶりかの、満足できる夕餉だ。
「おいしい!」ラムまで思わず口にダ出す。皆がご馳走に笑っていた。
そんな、山を歩いている時だ。
「海が見えたぞ。海に行くのか?」ツムが聞いて来る。
「海には行くが、そこには住まないつもりだ。」
縄文時代と現在では地形が大きく変わっている。今いる所は足柄山地のように思える。だが、本来なら遠く小田原まで見渡せる平野のはずだが、海岸線がぐっと山に押し寄せていた。平野どころか小さな浜辺が山にへばりついている形だ。
山崎航の知識によると、富士が大崩壊して、とんでもない土砂が押し寄せて、足柄平野を作ったことになっている。つまり今見えている海は、いずれ20から30mの厚さの土砂で埋め立てられるということだ。それが何時の時代なのかは正確には、分かってない。縄文の終わりから弥生時代と推測されている。
おそらくだが、ケンの生きている時代には大崩壊は起きないだろう。
だが、あの火砕流の恐怖を味わった後では、とても富士の影響を及ぼしそうな所に住もうと思わなかった。
「でも、しばらくは海の傍で暮らすからな。」ツムが残念そうな顔をしたので、慰めるように言い足した。
言葉通りその翌日砂浜に出る。
「わー、こんなに広いんだ!」
「すごーい。水が向こうまである!」
イサとレンが大はしゃぎで走り出した。ツムも、そしてラムさえ目を見開いて立ち尽くしている。
誰もが山育ちで、海を見たこともないから無理もない。
「ケン、海はどこまで続いているんだ?」ツムが一人だけ驚いてもいないケンに聞いてくる。
「ずーと、ずーと、続いているぞ。」
本当はケンも始めてみる海だったが、航の記憶から海については知識が入っている。
「そうか、ずーとか」意外にもそれだけでツムは納得してくれた。
波が岩を砕いて出来た崖。その下に、海蝕作用でできた洞穴があった。
そこをしばらくの住まいにする。
食事もトイレも外でするしかないが、久しぶりの雨を心配しないで済む。
海の中は魚影が見えるほど、綺麗だった。
竹で銛を作り、魚を突く。
ケンにとっても初めての漁だ。だが、海にはあふれるように魚がいた。
原始的なやり方だったが、簡単に、捕えられた。
「やった。」これで食事の心配はなくなる。
早速、魚を焼き、皆でかぶりつく。
「ミイ、小骨があるから、少しずつ食べるんだ」
まだ小さいミイには難しいかと思えたが、それでもミイは喉につかえもしないで食べた。
「おいちい」小さな笑いが起こる。
ただ、銛で突いただけでは、うまく行っても1匹しか取れない。やはり纏めて取らないと、効率が悪いと感じた。
家族の中で魚を取れるのはケンだけだった。ツムとイサもやっているが、魚を外す方が多く当てにならない。
「目の前にうじゃうじゃと魚がいるのに、指を咥えているだけか」
そこで投網を作ることを思いつく。
これも航の知識からだ。一網打尽、意味は違うが、今はぴったりことわざだった。
蔓を繋ぎ合わせ、端には手ごろな石で錘とする。
口で言うと簡単に思えるが、網にするほどの蔓を見つけ出すのも大変だ。しかもその蔓をほぐして、紡ぎ、網にする作業だ。
ラムにも手伝ってもらう。ラムは麻などで布を作っており、糸の扱いには経験がある。
それでも二人で、完成までに2日もかかった。
が、成果はあった。
何回か、投げ方の練習をした後、魚群を目掛けて、網を打つ。
「うわー。兄ちゃん凄い」イサが素っ頓狂な声をあげた。それだけ漁は多く、家族が目を丸くする。
思った以上の魚だ。皆で貪り食う。
「食べきれないわ、余ってしまう」ラムが残念がる。
「開いて、干そう」その魚を日干しにした。




