第7話 異世界転移は珍しくないらしいです
第7話になります。
少し説明会になるので堅苦しく感じるかもしれません。
よろしくお願いします!
ギルドのカウンターを超えて奥に進み、従業員用の扉をくぐっていく。左右に伸びる廊下を右に曲がってつきあたりまでいくと階段が見え、三階まで登る。また、廊下を進んでいくと一際目立つ大きな二枚扉が見えてきた。
「着いたよ、二人とも」
カイトがミラを抱えながら扉を開けて中へと入っていくと、俺もその後に続く。
マスター室はそれなりに広く、窓際にはミラが座ると思われる大きな横長のデスクがあり、左右の壁にはギッシリと本棚が詰められていた。それらに囲われるようにして来客用のソファとテーブルが並べてある。いかにも偉い人の部屋って感じだな。
「んー、ご苦労ーカイト」
カイトがミラを奥のマスター席に座らせるとそのまま側に立った。ミラは俺に中央のソファへ座るよう促す。マスター席にはさまざまな書類や本が山積みになって降り、お世辞にも綺麗とは言えない。だがデスクの片隅に置いてある花が飾られた花瓶のそばだけは何も置いておらず異様に綺麗なのが目立った。
「さてー、本来なら手続きはカウンターで済ませるんだけどー。君は少し特別だからねー。目立つのを避けるためにもここで手続きするよー」
「特別? 俺がですか?」
俺の反応にカイトはクスッと笑い、ミラは頭を手で抑える。確かにここからすれば異世界人だけどそれだけで特別なのか?
「そりゃーお前は尋常じゃないよー。普通、新入りがあの乱暴者ガルドを下すことなんてまずありえないからねー」
デスクに両肘を付いて手を組み、ミラはそこに顎を乗せて続けた。
「それに君はー、異世界からの転移者だろー?」
「……」
俺が困ったようにカイトへ目配せをすると、カイトはさっきからずっとニコニコするばかりだ。確かにあの時、カイトとミラは俺が異世界人とは一言も言っていない。だがこうしてミラが看破したということはあの時の会話で既に俺が別世界の人間だと話していたんだろう。
「なにも警戒することはないぞー、昨今異世界転移者は多いからなぁー。お前もニホンジンという種族なのだろー? 名前を聞いてすぐに分かったぞー」
ミラは両手をヒラヒラさせてあたかも敵意はありませんよというアピールをした。
「異世界からの転移って珍しくないんですか?」
「そうだー。昔もよく異世界からの客人が多くてなー。主に王国や帝国の王族が己が勢力を強めたり、別世界からの人間を無理やり召喚するんだー。コーキのようなニホンジンという種族は例外なく強力な力を持っているからなー。お前の力もそのうちのひとつだろうー」
なんともはた迷惑な話だ。勢力争いに別世界の住人を起用するなんてどうかしてるんじゃあないか?
「しかし、腑に落ちない点があるんだー」
俺が王族なんて尻の毛を毟られてしまえと思っているとミラが腕を組み首を傾げる。
「カイト、コーキはどこにいたんだー?」
「初めて会ったのは幻獣の森だよ」
「そう、そこだー」
ミラがカイトに軽く指をさして問題点を指摘した。
「普通、転移者というのは王族によって召喚されるから召喚地が王宮でなければおかしいー。さらに、身分証なども王宮で手配されるはずだから持っていないこと自体が異例だー」
なるほど、確かに。ミラの話の通り王族が召喚するのならばわざわざ森のど真ん中というのも変な話だ。しかも初めてのあの場所が幻獣の森とかいうちょっと危なげな場所だ。俺が藤一郎から剣を教わってなかったらとっくにモンスターの腹の中だな。くわばらくわばら……。
「じゃあ、なんで俺はあそこに召喚されたんですか?」
「そこがわからんのだー。カイト、この場合お前はどう思う?」
ミラが首を振ってカイトに意見を求める。
「んー、そうだなー。この国のアステリシア王家が勇者を召喚するような噂は僕も聞いてないからなー。召喚が失敗したという話もないし……。そうなると残るは帝国とか他の国々になるんだけども……。もしかするとコーキくんは他の国による転移に巻き込まれたんじゃないかな?」
カイトが自身の憶測を述べるとミラがなるほどと頷いた。
「一理あるなー。」
「あの、それってどういう基準で選ばれるんですか?」
「大体はその人が持つ魔法適正によって選ばれるんだ。そういえばまだコーキくんには魔法の属性を説明していなかったね」
そこからカイトによるこの世界での魔法の解説が入った。
魔法には基本属性となる七つの属性が存在し、火、水、土、風、光、闇、そして無となっている。この中で火から風の四属性は下位属性、光と闇は上位属性と呼ばれている。そして、その四属性には性質変化という下位属性から上位属性へと変化する。それぞれ四属性の上位属性は、爆、氷、木、雷となっており、光と闇以外の上位属性を生まれながらにして持つ者は極めて稀である。また無属性は魔力があれば誰でも習得可能な属性だという。
属性は基本、先天的に無属性以外で一人一つの属性を持っており、二つ以上属性を所持していることは珍しい。そして勇者と呼ばれるに値する人物は三属性以上の魔法適性を持つ人間だという。それはこの世界の人間でも別世界の人間でも勇者らしい。しかし三属性以上も持っている人はこの世界じゃまずいないらしいから、別世界の人間が勇者として見られることが多い。
「これが魔法属性の話で、コーキくんはまだ属性審査をしていないからまだ現状、戦闘で使った風しか分かっていない」
「おそらく、コーキの周囲に属性が複数持っている人間がいたんじゃないかー?」
「あー……」
うん、心当たりがありますね。完璧超人とかゴリラとかイケテルメンタイコクチビルとか。まぁおそらく三属性もあるのは烏丸さんだろうな。
「おや、思い当たる人物がいるのかー?」
「ええ、まぁ……」
「そりゃ、災難だったねー」
やはり烏丸さんは俺にとって安寧を揺るがすトラブルメーカーさんですね。ほんとなんであんなに関わってくるんだろうか……。
「だけどやっぱり召喚に巻き込まれたにしてもなんで幻獣の森なんだろう?」
「それは調べたらわかるかもなー」
カイトが顎に手を当てているとミラがゴソゴソとデスクの下に潜りなにやらしている。するとドンッ!となにやら透明な液体の入ったグラスをデスクに置いた。
「これで調べるぞー」
「おや、マスター。魔水晶は使わないのかい?」
「あれは貴重品だからなー、カウンターにある分の一個しかないからなー。あと持ってくるのめんどー」
「それが本音でしょマスター」
二人の談話に俺はおずおずと入っていく。
「それでどうやって調べるんですか?」
「これはなー魔水晶の原料とも言える液体だー。名前はなんだったかなー。マナリキッドだったかなー? これが沢山集まって自然に固まったものが魔水晶だー。これにコーキの魔力を注げば何かしらの現象が起きるからそれで判断するー。コーキは異世界人だから複数の属性を持っているはずだからこれで属性を見てあぶれた理由を判断するー」
そんな貴重な代物で属性を調べられるのか。異世界っぽくて良いね! オラわくわくしてきたぞ!
「魔力を注いで起きる現象はー、火なら燃えて、水なら増える。土なら固まり、風なら液が宙を舞う。光なら発光し、闇なら黒く染る。」
……ん?なんか少年漫画で似たような判別方法があった気がするなこれ。休載期間が長い漫画でやってなかったか?
「あの、もし四属性の上位属性だった場合は……」
「ん? 四属性の上位は基本的にありえんから期待するなー」
「ふぁい」
俺の期待も虚しくミラが軽く一蹴してしまった。どうやら流行りの強くてニューゲームはできなさそうだ……。俺も何かやっちゃいましたかルートを経験したかった……。
「とりあえずこっちに来て魔力を流してみろー」
項垂れる俺など気にもせず、ミラがちょいちょいと手招きをしてグラスを差し出してくる。気を取り直して俺はミラの傍へ寄り、グラスに向かって手をかざした。少しの間、場が静まると俺はある問題に気づいてしまった。
「……ところでどうやって魔力ってもんを流すんですか?」
俺のスタートダッシュは大転倒からでした。
俺の一言に新喜劇よろしく、ミラがガクッと崩れてデスクに伏して、カイトは口を大きく開けて笑いだした。
「おいおいおいおいー、お前はさっきまで普通に魔法を使って戦っていただろ?ー」
「すみません……なにぶん、いっぱいいっぱいだったもんで……」
実際ガルドとの戦いの最中、あのゴリラをどうギッタギタにしてやろうかということしか考えてなかった。俺、結構激情なタイプかもしれんな! ブチ切れたら記憶無くしちゃうかも? いやそんなことないか。普通にガルドのこと覚えてるし。
俺が申し訳なさそうに首をさすっているとミラはめっちゃくちゃ大きいため息をついた。それはもうその小さな体から想像できないような肺活量でした。そんな呆れんでもええやないですか? 紅桔泣いちゃう。やさしくして。あとカイト笑いすぎだ。口にスラさん突っ込むぞ。
「ヒーヒッヒッ……。なに、簡単だよコーキくん。目の前のグラスに遠くから力を送るイメージをすればできるさ」
目尻の涙を指先で拭いながらカイトは魔力の送り方を説明してくれた。目の前のグラスに力を送る……。かめなんとか波とか? ほんちゃらフラッシュ的な? 俺もいつか黄金のオーラ出せますか?
腕にググッと力を込め、力んでみる。すると体の中で何かが流れ、グルグルと全身を巡った。その流れを腕へと集め、手のひらから出すようなイメージをする。
数秒の間、その力の流れをおこなっているとグラスの中のマナリキッドが徐々に震え始め、小さな波紋を幾重にも増やしていく。お? なんか良さげな感じ!
「んー、その調子だー。もう少し多く送れー」
ミラの言われた通り魔力の流す量を増やしてみる。するとマナリキッドは急激に震えだして水泡を飛ばし、グラスの縁からマナリキッドがシャボン玉のように宙を舞い始めた。グラスの口の上で小さな竜巻でも起こっているのかシャボン玉はその場で渦に巻き込まれたかのような動きをしていた。これはミラの言っていた風属性の現象だろう。だが他の現象は見られない。これはもしや……。
「……なるほどなー」
腕を組んだミラが小さく息を吐くと俺の顔と向き合い、口を開く。
「コーキ、お前は風属性だけだ」
……だろうね!!!自分でもそう思ったよ!!!
別に衝撃でもないような真実にミラの一言でマスター室に沈黙が訪れ、微妙な雰囲気になっていた。カイトはあちゃー、とバツが悪そうに苦笑いしている。そんな中、スラさんだけは「すごいね!」と嬉しそうにしていた。もう俺このスライムと同棲しようかしら。
ミラの言った通り、悲しくも虚しく、俺の能力はなんと風属性一つだけだった。心の涙がちょちょぎれて、脳内の俺は「よよよ」と泣き崩れていた。
「そりゃ、あぶれるわなー。たった一つの属性しか持たない、しかも戦闘において序盤だととてつもなく苦しい風属性だからなー。かわいそーなやつー」
ミラはさも当然で合点がいったと納得し、首をウンウンと縦に振る。その言葉に慰めのニュアンスは欠片もなかった。もう少し同情してくれませんかね?
「まぁ、風属性もいい所あるから! 元気だしなよ!コーキくん! 君は初めての魔法でデスバラッドを追い込むほど風魔法の扱いにセンスがあるから自信を持つんだ!」
某有名熱血元テニスプレイヤーにも負けないほどの励ましだった。君ならでっかくなれるよ!あの富士山くらいに!とか言い出しそう。まぁ僕はそれなりでいいんですがね! アイラブ普通。一般ピーポー最高。
「じゃあコーキは初めから魔法の使い方を直感でしてたってこと?」
「まぁそーなるなー」
そうだよ、スラさん。俺は初めてなのに無意識で風魔法を使ったんだぞ。現状の俺を例えるなら火器を持った五歳児みたいなもんだぞ! なにそれくっそ危ないんだけど。
「だがまともに使い方も知らず魔法を扱うなんてアホの極みだなー。私だったら恥ずかしくてお嫁にいけんー」
「いや、マスターは既婚者でお孫さんもいるじゃん……」
「誰がヨボヨボのババアだとー?」
「言ってないよ!!!!!」
身に覚えのない怒りの矛先をカイトはすぐさま全力で否定していた。この二人っていつもこうなのか?
それにミラには孫がいるらしい。背丈や年齢を考慮しなければミラはかなりの美形だ。その孫ともなればとんでもない美男美女なのではなかろうか。
いや、そんなことよりちょっと待ってくれ。二人の漫才で有耶無耶になったかに見えたけどさっき俺、かなりディスられてなかったか?
「ともかくー。呼ばれたお前を変なところにほっぽりだすような身勝手な召喚方法をしそうなのは帝国だけだろーなー」
「あー、そうかもしれないね」
「帝国?」
二人で完結しないで俺にもちゃんと教えろください。スラさんなんて全く分かってないのか「へー!」としかさっきから言ってないぞ。なんだかリアクションがワンパターンになってませんか?
「ウランドラス帝国だね。武力による独裁政治が特徴で人族絶対至上主義国家だよ」
なんだそのディストピアを顕現させたような国は。
「あの、人族絶対至上主義ってなんですか?」
「んー、そーだなー。コーキ、お前はここに来たとき頭に何か生えた様な人を見なかったか?」
「あー。いましたね猫耳を付けた女の人とか」
あの人訓練所にもいたし、他にもちらほらと何人か普通とは違うような格好した人もいたな。
「それはおそらく獣人族だなー。そういった普通とは違うような人間を亜人種と言ってー、むかし人族が亜人種を奴隷として扱っていたことがあってなー、特に帝国はそれが顕著だったー。そのせいで人族と亜人種は犬猿の仲にあったんだー。まぁ昔の勇者の功績でその関係もだいぶ緩和されたがなー。ちなみに私もエルフだから亜人種になるなー」
「じゃあこのアステリシアもまだ亜人の奴隷がいるんですか?」
「そうだー、帝国ほどじゃないが少なからずはいるなー。今のアステリシア王家が積極的に亜人種の国との関係の修復をおこなっているから奴隷の規制があるのだが、まだ一部の貴族が亜人種を奴隷に使ってるなー。」
「んん?王様が規制してるなら貴族も従うんじゃないんですか?」
「それがそうはいかないんだなー。その一部の貴族というのが中でも有力な部類でなー。無理に検挙すると拗れて内乱に発展してしまうからなー。表面上は取り繕っているわけだなー。アステリシアも一枚岩じゃないということだー」
俺の世代じゃ奴隷なんて人権侵害以前の道徳の問題になるし、何より実際の奴隷というのも見たことがない。実感が湧かないがこの世界には奴隷なるものが存在している。しかも解決まで持っていけずアステリシア王家も手を焼いているのか。なかなか殺伐とした世界だ。
「とりあえず簡単に言うと人族絶対至上主義ってのは人族を頂点にしてそれ以外の亜人種は奴隷扱いになっている事だな。あんな国に召喚されなくて良かったなー」
「はぁ……まぁ……」
俺以外の三人はどうなっているんだろうかね。烏丸さんはそういうの嫌いそうだが、あの脳内ピンク共は順応してそう。特に臼見にとっては奴隷というなにをしても問題にならないような存在は垂涎ものだろうな。もしかしたらすでに何人かは侍らせてそう。やなやつー!
「帝国が勇者を召喚したとすれば近々他国への侵攻がありそうだね」
「えぇ……勇者を侵攻に使うのか?」
「あの国ならやりかねんー」
二人して怪訝な顔をしながら腕を組んでいた。いきなり物騒な話題になってきたな。だが召喚されたあの三人が侵攻に参加するとは思えないがな……。いや、臼見ならやりかねん。どんだけ臼見のこと嫌いなんだ俺は。
「もしアステリシアに侵攻してきた時はもちろん騎士団が出動するとは思うがギルドにも要請がかかるかもしれんなー。そんときはカイトにぜーんぶ任せるからなー」
「ええーーー!!!そりゃないよ!!マスター!!!!」
「お前だけで充分だろー」
身振り手振り全てを用いてカイトはミラに全力で抗議していた。流石にカイト一人に任せるとは思えないが冗談だろう。
「帝国のことは一旦置いといて、コーキの身分証だなー。こっちから話を通しておくからカウンターで受け取ってくれー」
「分かりました」
「あとコーキくんが狩ったデスバラッドの換金分も受付で貰っておいてね」
「え、俺が貰っていいのか?」
「ほとんど君が倒したようなものだから当然の報酬だよ。結構な額になってると思うから期待してて!」
……なんと! 当面お金の心配は要らなさそうだ。Bランクの魔物は素材が高く売れるのか。頭に入れておこう。
「このまま後で依頼でも受けてみるかー? とは言っても新人だからEランクのクエストしか受けれないと思うがー」
「あー、はいやってみます」
「んー分かった。それなりの依頼を用意するよう伝えておこうー」
「じゃあコーキくん! 一度カウンターの方へ戻ろうか!」
カイトは俺たちを率いてマスター室の扉へと向かう。
「あー、あと新人のレクチャーをするガイドもつけてやるからなー」
「えっ!、あの人呼ぶのかい!?」
「コーキは大事な異世界人だー。丁重に扱わないとなー」
「いやいや……全然丁重じゃないと思うけど……」
不穏な会話で俺の不安を煽らないで欲しい。まさかガルドみたいなタイプの人間なのか? そうだったら俺、全力で逃げる。
俺の辟易とした表情を見てミラはいたずらっぽく笑った。
「安心しろー。ちゃんと実績と信頼があるやつだー。変なようにはしないぞー。たぶん」
最後の一言が余計なんだよなー。
「もし、あれだったら僕がレクチャーするから安心して!」
「お前はダメだー。後で戻ってこいー、仕事が待ってるからなー」
カイトが頬をふくらませてミラの方をジロっと睨む。そんな視線をものともせずにミラはシッシッと手で追い払うかのように出るよう促した。
「仕方ない……頑張ってねコーキくん」
「……はぁ」
俺の心休まる時間はいつ訪れるのだろうか。
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紅桔とカイトがマスター室を出たあと、ミラはデスクのそばに置いてあった小さなベルをチリンと軽く鳴らした。するとベルの柄の先端にある宝石のようなものが淡く光り出し、どこからともなくに音声が流れ始める。
『はい、マスター御用でしょうか』
声の主は先のカウンターでミラを呼びに行った受付嬢のものだった。
「今から新人のやつを向かわせるから身分証の用意をしておいてくれー。私の推薦付きだー」
『畏まりました。すぐに手配致します』
「あと、キャサリンにレクチャーを付けさせろー」
『……畏まりました』
変な間を置いてから受付嬢は了承した。その返答をミラは少し気になったが敢えて流す。
「それだけだー。頼んだぞー」
『では、失礼致します』
受付嬢との連絡を終えると、ミラは椅子から降りて窓の外を眺める。街は活気づいており、あちこちで商売やら客引きが頻繁に行われていた。
いつものアステリシアの光景を瞳に写しながらミラは紅桔の戦いを思い出していた。
「……コーキのあの剣さばき……」
過去にも異世界人が自身の剣術や武術を用いてこの世界を旅したことは幾度もある。だがそれは皆、似たようなものばかりでさして気になるものではなかった。ただ、一人を除いて。
ぽつりと口からこぼしてミラは思いに耽ける。目を閉じ、まるで過去を遡るかのように脳内をグルグルと回していた。
得物は違っていたがあの剣術と立ち回りはミラの記憶の一片をとても刺激していた。
練度も紅桔と比べて数段上の使い手。そして、自分の家族の恩人。その人の笑顔がいつもミラの心に安心を与えてくれていた。
「……いや、まさかなー」
少しばかり気にはなるがそうとも断言は出来ない。きっとあちらの世界では他にも使い手が居て紅桔もその中の一人に違いないだろう。
紅桔をあの子に重ねようとするがどうも似合わない。あのもやしのような性格の紅桔とあの子じゃ性質が全くの逆だ。
首を振り、紅桔を頭の中から追い出す。
「今、お前はどうしている。元気でいてくれたら私は嬉しい。」
瞳を少しうるわせて、空を見上げた。優雅に雲が流れ、時がゆっくりと進んでいることを実感させる。ミラは、その青いキャンバスにかの人を思い描き、呟く。
「また、会いたいぞ。サクラ」
ミラの空に届くとも思えない小さな囁きに、マスター室は静寂で答えた。しかし、デスクの花瓶で花弁を開かせている小さな青い花たちだけはミラの背中を見つめていた。
次回投稿は1月28日を予定しています。




