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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
序章 異世界来訪編
8/52

第6話 自分の青さ

第6話です

遅くなり申し訳ありません。

いつも見ていただきありがとうございます。



 訓練所の形状は円形になっており壁面の上はなんとスタジアムのような座席が段々になっていた。そこにちらほらと人が座ったり立ち見をしている。これでは訓練所というよりかは闘技場に近い気がするんだが。


「さ、コーキくんはマスターについて行ってくれ。スラさんは僕と一緒に観戦だ!」

「コーキ! あんなやつぷるっぷるにしてやれ!」


 カイトはそう言って俺の肩からスラさんを取り上げると跳躍して軽々と壁を越え、座席の方まで飛んでいってしまった。えっ、あの壁、結構高いんですがそれは……。あとスラさん、ぷるっぷるってなんすか?


「んー。じゃ、コーキはこっちに来てー」


 ミラはすれ違いざまに俺の手を握り、訓練所の中心まで引き連れる。背丈に合わない服の裾と綺麗な長いブロンド髪が地面を摺れて汚れていく。気にしないのかしら?


 当の相手であるガルドは既に中央で仁王立ちをして、俺の方をギッと睨み続けていた。なんか俺、睨まれること多いような……。とっくに防御力は下限まで下がってるんですが。


 俺は睨まれていることに気づいてませんというような風で目を逸らし、訓練所の座席を見上げる。


 その中には先程、噴水広場でいた猫耳少女が俺の方を見ている。目が合うとこっそりと笑顔で手を振ってくれた。一応苦笑いをしておくことにする。というかあの人、冒険者だったのか。


「早くしろよクソガキがァ! いつまで待たせんだよ!」


 イライラが頂点にまで達してしまってるのか、はたまた素の状態なのか分からないがガルドはキレ散らかしていた。言っても三分くらいしか経ってないはずなのだが、困ったやつである。


「ガルド、うるさい」


 そんな喚くガルドをミラは一言で諌める。チッと舌打ちをしてガルドは手を腰に当て、つま先を何度も地面に叩いて苛立ちをアピールしていた。


「さ、コーキはガルドの向かい側に立ってねー」


 観客の視線の中を歩き、ガルドの真正面に向かい合ったのを確認するとミラは俺とガルドの間に立ち、口上を述べ始めた。


「これよりー。ガルドとコーキの模擬試合を開始するー。審判はこのギルドマスターである私が務めるー。勝敗は相手が降参、または戦闘続行不可能と私が判断した場合決定するー。殺すのはなしだー。以上ー。好きなようにやれー」


 ミラが口上を述べている最中、ガルドは首や足、手首を鳴らしに鳴らしてポキポキとうるさかった。しかもずっと俺の方見てニヤニヤしていてキモかった。


「ガキンチョ〜。お前みたいなひ弱なやつは冒険者向いてねぇからさっさと降参することをオススメするぜ〜〜?」


 安い挑発だった。降参なんかしてみろ、ここでボコられるよりも酷い目に逢うんだぞ。だから逃げても負けてもだめなんだよな。俺の異世界ライフを安寧にするためにはこの男に勝つしかないのだ。


「はいはい、さっさと始めませんかね?」


 俺が挑発に乗らずため息をついたのを見て、ガルドはまたもやキレ始めた。そんな怒ったら禿げるぞ。まじで。


「まぁ〜〜あ? 自分の力量も測れずに冒険者なんて目指すおツムの足りねぇガキならさぞかし親も大概なんだろうな〜〜!! お前を産んだゴミ親を拝んでやりたいぜ!!」


 …………………は?


「おい、ガルドそれは「なんでそこで親が出てくるんだ」


 ミラの言葉をかき消すように俺は語気を強めた。急に親の話を持ち出してきたガルドに対して俺は目を細める。ミラは少し心配そうに俺の方を見ていた気がする。


「だってよ〜こんな弱そうなガキが冒険者やらなきゃならねぇほど、ビンボーなんだろぉ? 貧しいくせにガキなんて産むなよな!!」




 ……なんだと?




「ガルド。言っていいことと悪いことがあるんだぞー?」


 ミラの苦言も意に介さず、ガルドは我こそは正義と疑わんばかりに続けた。


「俺は真実を言ったまでだぜマスター? なんならいっそのこと奴隷として働いた方が稼げるかもだぜ? まぁ子どもに養われねぇと生きていけないみっともない親なんか捨てた方がマシだな!」




 ふざけるなよ。




「ガルドいい加減にしろよー?」


 流石にいきすぎだと判断したミラはガルドに忠告をした。しかし歯止めが効かなくなったヤツはもう止まらない。観客席にいる冒険者もざわつき始める。


 ガルドは興が乗ってきたのか嘲笑を交えながら口を動かした。


「まぁ結局はおまえをこんなとこに追いやるしか能がねぇ親って事だな! ちゃんと愛されてんのかよ? かわいそなやつだなぁ? いない方がマシの親なんか持ってよ?」




 『いない方がマシの親なんか持ってよ?』




 その言葉と俺の中の母親の遺影が重なる。母親のことは分からないが一度たりとも母さんがいない方がマシだなんて思ったことはない。父さんだって仕事は忙しいが俺の事を蔑ろにしたことなんてない。いつも俺の事を第一に考えてくれていた。


 なぜこんな野郎に俺の親が侮辱されるのか理解できない。


 それをきっかけに、ぷっつん、と俺の中で限界まで張りつめていた糸が勢いよく弾け切れた。


「三度目はないぞガルーーー


 ゴォォオオオオオオオ!!


「「!?」」


 ミラがガルドへ手をかざし何かしようとした瞬間、デスバラッドの時のような豪風が吹き荒れる。


 突然の強風に観客席のほうから悲鳴が上がる。その風は徐々に俺へと収束していき、風を纏う。


「……ほう。風かー」


 ミラは目を細め、俺を囲う風を注視していた。それに反し、俺の風を纏う姿を見たガルドは可笑しそうに笑う。


「ハハハッ! なんだよ! よりによって風魔法かよ! 火魔法のような力もない、水魔法みたいな遠距離攻撃もできない! 戦闘じゃなんの役にもたたねぇ属性じゃねぇか! それでどうやってデスバラッドの腕落としたんだよ?????」


 よっぽど風魔法というものが弱いらしいのかガルドは腹を抱えて笑っていた。


「風魔法なんてせいぜいさっきみてぇな突風起こすくらいしか能がねぇのになぁ??? やっぱカイトがやったんだろうがよぉ!! 話盛ってんじゃねぇよ!!」


 確かにデスバラッドにトドメを刺したのはカイトだ。だがそんなこと、今となっては至極どうでもいい。ただ俺の両親をバカにしたこいつをぶちのめさないと腹の虫が収まらない。


「ガルド、それ以上の侮辱はマスターとして見過ごせない」

「マスター、手を出さないで下さい」


 またミラは手のひらに魔力のような塊を収縮させていき、ガルドに対して何か仕掛けようとするのを俺は制止した。


「……ちょっと声を出せなくしてやろうとしたんだがー」

「いいんです。俺が落とし前、付けさせてやるんで」

「……分かった。だが先も言ったとーり、殺しは無しだからなー」

「分かってます」


 冷静を装い淡々と述べているがその実、俺の腹の中は煮えくり返っていた。


 デスバラッドの時と同じく腕の一本は覚悟しておけよ。


 俺の意思を尊重してミラは放ちかけた魔法を霧散させて腕を下ろした。


「ではー、両者ー。武器を構えろー」


 ミラの言葉にガルドは背中の大剣を片腕で軽々と持ち上げてどっしりと前に構えた。俺も左腰に携えた天照をゆっくりと抜刀する。鞘から出た天照の刀身はいつもよりも鋭い輝きを放っていた。


 束の間の静寂が訓練所を包み込む。


 俺とガルドを交互に見たあとミラはおもむろに口を開いた。


「はじめっ」


 掛け声とともにガルドは突如、大剣で地面を斬り、勢いよく抉りあげると同時になにか魔力の光を放った。


「オラァ!!!爆砕弾!!!」


 えぐり取られた地面は様々な大きさになって岩石のようになり、速度を増して放たれたショットガンのごとく俺へと降り注ぐ。


 風の恩恵もあり、一つ一つを躱すのは無理ではないが。こいつの攻撃を避けるということ自体が癪に障る。真っ正面からねじ伏せてやりたい。なので命中しそうな部分だけを俺は素早く斬り伏せた。


「………ちょっとはやるようだな」


 この一撃で決めるつもりだったのか、ガルドは少し呆気に取られていた。


 こちらには遠距離攻撃の手段が無い。一気に奴の懐に潜り込むために距離を詰める。ガルドも爆砕弾とやらでは倒すことは出来ないと判断したのか同じように踏み込んできた。


 ガルドの身の丈を超えるほどの大剣が俺の頭を狙う。俺は咄嗟に「月鏡」の型で奴の大剣を地面へといなす。風の力があってもガルドの繰り出す重い一撃を俺では受けきれない。


 金属音が弾け、ガルドの大剣は勢いを全く殺さずに地面へめり込む。その隙を逃さまいと俺はガルドの腹を狙う。


「ハハッ! あめぇなぁ!」


 ガルドは大剣から手を離し、俺の反撃を一寸のところで躱す。得物から離れた所に俺はさらに追い討ちをかけた。するとガルドはニィッと笑い、両手を地面につける。


「クレイエッジ!!」


 突如、地面から土が盛り上がり、俺の目の前に一枚の分厚い壁が生成された。この程度ならすぐさま天照で切り倒せる。そう思い、そのまま土壁を切りつけようとした瞬間、土壁から数本の細長い棘のようなものが一瞬で突き出された。


「ッ!?」


 俺は咄嗟に伸びてきた土の針を数本だけ斬ることが出来たが、一本だけ逃してしまい、横腹に突き刺さった。


「ぐっ!!」


 すぐに刺さった針を切って抜き取り、壁から距離をとる。針自体あまり太いものではなかったのが幸いか出血は少しで済んだ。


「おいおい大丈夫かぁ? ちゃんと様子見ねぇとダメだぜ?」


 俺が横腹を抑える仕草を見てガルドは嬉しそうにして、大剣を引っこ抜いた。。


 刺さった横腹からジンジンと痛みが熱を帯びていた。戦いを続けられない程ではないがこの痛みが動きを鈍らせてしまうだろう。


 だがこんな痛みは枷にすらならない。


「……次は当てる」


 天照を強く握りなおし、腹に力を入れる。無理やり痛みを押さえ込んでもう一度「月鏡」を構える。剣術だけじゃなくて魔法も考慮に入れないといけない。


 魔法の種類が何種類あるのかカイトにまだ教えて貰っていないが、あいつの技を見るに魔法の属性は火、水といったものじゃないみたいだ。俺のは風だとガルドとマスターも言っている。


 ということは、魔法属性はおそらく地面と繋がりがあるものか。岩とかか? それだともっと何も無いところから岩石を飛ばすはずだ。ヤツはわざわざ地面を抉ってまで攻撃したんだ。


 それにさっきのクレイエッジとやらは地面から生えた……ということはやはり地面……土か?


「……土魔法か?」


 ぽつりと呟いたのを聞いていたのかガルドはフンっと鼻を鳴らした。


「気づくのおせぇんだよ。普通ならすぐわかるだろうが。そんなこともお前の親は教えてくれなかったのか??」


 ……いちいち親の話を出してくる。


「土魔法は風と比べてすごく優秀だからなぁ? 攻撃も防御もお手の物。なんでもできるってんだ。風とはちげぇんだよ」


 べらべらとよく喋るな。


 ガルドが自慢げにうんちくを垂れ流している間。俺はデスバラッドとの戦いを思い出していた。あの死線の感覚をもう一度想起させるんだ。


 無我夢中だった自分を客観的に見る。倒すことだけに必死だったから魔力というものの使い方がまるでなってない。まさしくがむしゃら。


 コントロールするんだ。体から漏れ出る魔力が自動的に風になっているのを感じる。それを最小限にして、デスバラッドと戦った時と同じように意識する。


 すると少しずつ風が収まっていき、小さな渦を素早く回転させるかのようにして体へ纏わせた。


「……やるねー」


 その様子を見ていたミラはうっすら笑っていた。


「外からのお客様なのにもうあそこまでとはー」


 何か意味深なことを言っているように聞こえたが、今は目の前のクズ野郎に集中しなければ。


「んだぁ?? そんな小さくしたら羽虫一匹すら飛ばせねぇぞ??」


 俺を纏う風の規模が小さくなったことにガルドは不思議そうな顔をする。


「決める」


 足に力を込め、風を足へ収束させる。するとバネが弾いたようにして一気にガルドとの距離が縮まった。


「うおっ!?」


 予想外の速さに驚いたガルドは反射的に大剣を大振りする。その安直な太刀筋は「月鏡」にとって捌くのは至極容易だった。


 流れるような刀捌きでガルドの大剣を捻らせ、まるで大剣が俺を避けるようにして空振りする。


「なにィ?!!」


 見たことの無い動きに翻弄されてガルドはさっきのように俺の動きを読めず、ただ何か手を打とうとして安易に蹴りを放つ。


 元の世界にいた時は絶対にできないような動きも、今では風の力を使って動くことができる。


 ゆえにガルドの蹴りを軽く飛んで避け、ヤツの足を使って手で逆立つとそのまま腕で飛んでみせた。


「このやろッ!!」


 まるで遊んでいるかのような俺の動きにガルドは冷静さを欠いて、また大剣を大きく振り上げる。俺は天照を大剣に添わせ、その勢いを利用してガルドの背後へくるんとまわった。


「クソがッ!!!」


 一瞬で背後を取られたガルドは焦って大きく回転斬りを仕掛けるが、そのわかりやすい予備動作のおかげで対処がしやすかった。


 天照を逆さにしてヤツの剣筋が上へと流れるように傾ける。するとまるでガルドの大剣は吸われるようにして天照の刃先に沿って上へと切り上がっていった。


「んなっ!?」


 自分でも訳が分からないのかガルドは間抜けな声を出していた。この隙を逃さずに俺はガルドの懐へ入った。


「捉えた。俺の間合いだ」

「ヤロッ!!」


 俺がガルドを斬ろうとすると、まだ奥の手を残していたのか、ガルドはすかさず片手を大剣から剥がして俺へ向けた。


「ソイルバレット!!」


 その瞬間、俺の目の前でかざしたヤツの手のひらから魔力の光が溢れて何かを飛ばしてくる。しかし言ったはずだ。俺の間合いだと。


 直感で俺は首を傾げて、すんでのところでソイルバレットを回避する。そしてそのままガルドとすれ違うようにして音もなくスパッと斬ってやった。少しの間を置くと後ろの方からボトッと何かが落ちたような音がした。


「……う、うおおおおおお?!!!!!」


 背後からガルドの悲鳴が聞こえる。それもそのはず。言っただろう。腕の一本は覚悟してもらうと。


 後ろを見やるとガルドは左腕を抱えて座り込み、必死に痛みにこらえていた。切断されたガルドの腕からは真紅の血が滴り、足元で血溜まりが出来ていた。


「くそっくそっクソっ!!!」


 目尻から涙が溢れて、ガルドはギリギリと歯ぎしりをする。地面に転がるガルドの腕はさっきまで動いていたのが嘘みたいに静かだった。


 ガルドの苦しむ姿を見て俺は少しスッキリした気持ちでいた。殺しはしてないから腕はセーフですよね? あとでカイトに治してもらってくれ……。


 しかし、こうしてみると俺は人の腕を切り落としたんだよな……。


「うっ……」


 大量の血と生々しい切断面を直視してしまい、生理的に嗚咽が出てしまう。こういうのは耐性がないんだ……。


「ちくしょう……ぜってぇ許さねぇ……」


 顔を逸らして口元を抑えているとガルドはゆっくりと立ち上がり、性懲りも無く大剣を俺へ向ける。その放たれた殺気は始めの時とはまったく別物だった。完全に俺を殺そうとする目をしている。


 ビリビリと肌を焼く殺気を向けてガルドは狂ったように突撃してきた。


「クソがァァァァァァ!!!」


 俺は目でガルドの異常をミラへ訴えたが、ニヤニヤして止めるつもりはなさそうだった。確かに戦闘不能では無いから続行だろうがアレは俺を殺すつもりだぞ。ちょっとくらい止める素振りを見せて欲しい。


 ガルドの方へ向き直り、天照を構える。殺しはできないし、あの暴走は簡単には止まらない。あれを止めるにはあいつの闘志を完全にへし折らないとダメだろう。


「死ねやァァァァ!!!!」


 もうほとんどアウトだと思うんだが、ミラは一向に動く気配がない。あのロリおばあめ、俺に何かを期待しすぎじゃないのか?


 ほとんど冷静さを失ったガルドの剣を受け流すのは簡単だった。無作為に何度も癇癪を起こした子供のようなチャンバラごっこの太刀筋は最早「月鏡」で対応しなくとも捌くことが出来た。


「うおおおおおおお!!!!」


 しかし、ガルドの剣は留まることを知らず、幾度となく俺に打ち込んできた。もうこれには付き合いきれない。


 早々に切り上げるため、俺は受け流すのをやめて天照でガルドの大剣を強く弾き返した。弾いた強烈な振動でガルドの腕は酷く痺れ、前に掲げたまま硬直する。


「うぐっ!」

「シッ!!」


 その隙をついて左手を月詠へ伸ばし、抜刀術「疾風」を放った。綺麗な弧の軌跡を描いて月詠はガルドの大剣をすり抜ける。


「いきがんなよ!クソガキがァ!!!」


 まだ負けてないとでも言いたいのかガルドは性懲りも無くまた大剣を上へ掲げる。もう勝負は着いたのに、往生際が悪いヤツだ。


 ガルドが腕を上げた瞬間、俺はすぐさま詰め寄り、天照と月詠を交差するようにしてガルドの首に押し当てた。


「ぐっ……」

「あんたの負けだ。諦めてくれ」


 そう言うとガルドの大剣が役目を終えたと言いたげに刀身が真っ二つに折れ、静かに剣先が地面に突き刺さった。


「そこまでー」


 それを合図にミラが口を開く。その瞬間大きな歓声が訓練所に響き渡った。俺を賞賛するような声や、目の前の真実にまだ疑っている声。中にはガルドへの恨みを募らせたようなものも混じっていた。いや、ほんと嫌われてんな。


「コーーーーキーーーーー!!!!!!」


 観客席の方を見ていると空からぷるぷるしてそうな声が聞こえてきた。


「ん? うおお!!」


 見上げた途端目の前には空よりも真っ青な球体が飛んできた。もうほんとに目と鼻の先にあったので為す術なくスラさんのスライム体が俺の顔面を覆い尽くす。


「モガッ!!!」


 あ、やべ。これ息できねぇ。


「やったねコーキ!! さすがボクが見込んだ人間だよ! 見事にぷるっぷるにしてやったね!」

「モガッ! モゴゴコガガガ!!!」


 嬉しそうに体をぷるぷるさせるスラさんに対して、俺は必死だった。生命の危機を感じていた。何度もスラさんの体を持とうとするが何故か掴めない。指の先をするりするりと抜けていく。


「コーキも嬉しい? だよねー!」

「モガッ……モゴッ………」


 あ、こんなとこでまた走馬灯を見る羽目になるとは……。


 腕をだらんとさせて俺は諦めかけたその時、顔からスラさんが離れて新鮮な美味しい空気が俺の体へと吸い込まれていく。


「プハァァアアア!!!!」

「ほーら、スラさん。そこまでにしないと君がコーキくんをノックアウトさせちゃうよ」


 水をすくうようにしてカイトがスラさんを持ち上げて肩に乗せてくれた。鬼束、危機一髪。さらに俺が受けた傷をカイトは手早く魔法で治してくれた。


「た、助かった……ありがとうカイトさん」

「あんな大男に勝ててスライムに負けるって……コーキくんは面白いね!」


 いや、スラさんが異常なだけだから。普通のスライムならこんな遅れは取らない。多分きっと大体そうメイビー。知らんけど。


 ガルドの方を見やると悔しそうに自分の切られた腕を大事に抱えていた。少しばかりやりすぎた気がする。


「あと、すみませんカイトさん。ガルドの腕を、治してやってくれないか?」

「ん? いいのかい?」


 両膝を付いて項垂れるガルドと転がっている腕を見てカイトは聞く。


「腕、治んないままだとなんかこっちが後味悪いから……治せるか?」

「……」


 少し黙り込んだ後、カイトは口を開いた。


「君が言うならまぁいいか! おっけー! あれくらいならどうとでもなるよ!」


 腕を切り落とされたのをあれくらいで済ませられるのか……回復魔法すごすぎる……。


「ガルド、自分の腕を持ってきなよ。くっつけてやるからさ」


 カイトが歩み寄るといきなりガルドは噛みつかんとばかりに吠え出した。


「ふざけんなッ!! こんな無様晒してノコノコ腕なんかくっつけられるか……剣までスパって切られてよぉ……クソ……」

「ふぅん……」


 カイトがどうする?と困ったように俺の方へ視線を送ってきた。ヤツにもそれなりにプライドがあるのか。見上げたものだが嫌でも腕を治してもらおう。


「ガルドさん、あんた冒険者を生業にしてるんだろ?」


 俺が近づき、ガルドに問いかける。


「んだよ……それがどうした……」


 完全に意気消沈している。この先を、ガルドがどうするのかは俺には興味はないが、こいつは今まで問題起こしていたんだろうがCランクになるくらいだ。それなりにやってきたんだろう。ということはこいつにとって腕は剣を振るための大事な心臓だであり商売道具だ。魔法だけでもやれない事はないだろうが、あの戦闘スタイルは正直、学ぶものも多かった。


 それにこれでガルドが冒険者を辞めれば俺が悪者みたいで気分が悪い。……そうでもないか?


「切り落としておいてなんだけど、腕は剣士にとって大事な心臓なんだ。それを治せるのに治さないで、片方無しのままでいるなんて心臓を大事にしていないということだろ。あんたも剣士ならプライドよりも自分の腕を守ってくれよ」


 俺の説得とも取れるのか微妙な言葉にガルドは押し黙った。俺の稚拙な説教じゃ心に届かないか……。それもまたケンカツだね!


「………お前本当にガキかよ?」

「まぁ……」


 フッと鼻で笑うとガルドは眉を寄せて俺を見た。もちろん、ぴっちぴちの高校生です。まぁ精神面はあの藤一郎のクソじじいに嫌という程鍛えられたが。もはや精神年齢は中年レベルよ。……俺、加齢臭しない? 大丈夫?


「そこまで言うなら、治してやる。勝ったのはお前だ、従ってやる」


 にしては言動があまり従順ではありませんね? ガルドくん?


 そんなガルドは重い腰を上げ、自分の腕を拾い上げてカイトのもとへ寄ると、自分の腕を差し出した。


「頼む」

「おっけー」


 目を伏せてカイトは集中し始めると、囁くように唱えた。


「リザレクション」


 差し出された腕にカイトは魔力を集めると微粒子レベルの光の集合体がピクリとも動かない腕を覆った。まるでゆりかごのように光が腕を抱えるとガルドの切られた腕へと磁石のように引き寄せられていく。


「おお……」


 その神々しい光景に俺は少し目を奪われていた。ピタリと切断面に張り付いたガルドの腕はみるみるうちに切り口が無くなっていく。治すなんてもんじゃない。これは元通りと言えるレベルだ。


 ガルドの腕を覆う光が消えていくとカイトは大仕事を終えた後のような一息をついた。


「これでもう大丈夫だよ、動かしてみて」


 ガルドは自分の腕をまじまじと見つめて手のひらを握ったりする。まるで切られたことなんて一度もないかのようだった。


「……すげぇな。やっぱカイトは別格だな……」


 そう言ってガルドは愛おしそうに自分の腕を触っていた。現代なら外科手術をしないと治らないような怪我でも魔法ひとつで元通りとは……。魔法、チートすぎやしませんかね?


「まぁー、カイトの治癒魔法は普通とは少し違うからねー。カイトくらいのレベルじゃないとその腕は治らなかったからしっかり感謝しろよー」


 俺たちの輪にミラがてくてくと歩み寄ってきた。その小さな肢体からは年長者とは到底思えない。本当に人形みたいな人だな……。


「どう違うんですか?」


 カイトの凄さはよく分かったが、普通とは違うとはどういうことだ。魔法も使い手によってはその魔法でも差があるということだろうか。さっきの「リザレクション」も違う人が使うと治らないってことだよな。


 俺の問いにミラは可愛らしい唇に人差し指を当てた。


「企業秘密ってやつだー」


 あからさまに何かあるなこれは。怪しすぎる。


「とりあえず、約束通り身分証の発行をしようかー。コーキとスラさんは私についてきてくれー。一応カイトも来いー。ガルドは自分の依頼に戻って仕事しろー」


 ミラが両手をパンパンと叩くと観客席の冒険者たちもぞろぞろと訓練所を後にしていく。ガルドも折れた大剣を担ぐとすれ違いざまにボソッと俺に一言残した。


「次は負けねぇからな」


 ガルドは俺の顔も見ずにそのまま訓練所を出ていった。その顔は初め会った時とは全く別の顔つきをしていた。まるで何か目標を見つけたような志を持った目だった。


 どうやら闘志を折ったつもりが火をつけてしまったらしい。俺はそういった少年漫画のような展開は望んでないんですがね……。まだ親を侮辱したことを流したつもりは無いんで、今後は話しかけないでもろて……。


 俺はガルドの背中を見てべーっと舌を出した。それを見てスラさんも触手を舌のように出して同じようにしていた。なんだこの可愛いスライムは。


「カイトー、マスター室まで運べー。疲れたー」


 普段はあまり動かないのか、ミラは地べたに座り込んで子供のように駄々をこねていた。さっきまで普通に歩いてたのに……。


「もー、マスターは仕方ないなぁー。始めは威厳をたっぷり見せるために歩くクセにもうへばったのかい?」

「うるさーい。マスター室からここまで歩きっぱなしなんだよー。いいから運べー」

「はいはい……」


 ミラが幼子のように抱っこなるものを要求するように腕を伸ばした。それに応じてカイトは片腕でひょいっとミラを抱えた。その姿はまるで若き父親と娘だ。年齢は全くの逆だが。


「コーキー、失礼なこと考えてんなよー?」


 ファッ?! なぜ分かるっ!? エスパーか!!!


「ッス……ナンデモナイッス……」

「何考えてたの? コーキ?」


 純粋なスラさんの疑問に俺はつい顔を逸らしてしまう。っべーまじっべー。さすが俺のウン十倍は生きてるわ……。


「さ、マスター室へ、れつらごー」

「うぇ〜い!」


 ノリが完全に陽キャだった。いや実際、カイトは陽キャの星に生まれたような人だが。それにれつらごーって……。言語疎通魔法はなんでも変換するんだな……。


 俺が冷や汗かいているのをよそに二人はギルドの方へと戻っていく。俺は気持ちを入れ替えて二人の後をついて行ったのだった。

次回投稿は1月25日予定です。

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