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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
序章 異世界来訪編
7/52

第5話 王都「アステリシア」とギルド「アルバート」

第5話になります。


「コーキくん! スラさん! 着いたよ!」


 影から生えるようにして黒い空間から解放されると、目の前には城壁がそびえ立っていた。城壁と門が一体になっており、開けた門の奥からは大通りが覗いていた。それにしても門自体の大きさがゆうに五メートルほどはある。ここまで大きな門は初めて見た。


 門の傍には兵士と思われる甲冑を来た門番たちがおり、外から来る人の取り調べなどをおこなっていた。


「で、でけぇ……」


 城壁の威圧感に圧倒されていた。こんな立派なものはそうそうお目にかかれないだろう。しっかりと瞼の裏と脳裏に焼き付けておこう。


「中に入るためにはあそこの守衛に身分証の提示をしないといけないんだけど、コーキくんたちは持っていないだろうから俺が先に話をつけてくるよ。ちょっと待ってて」


 一応ポケットの中に学生証はあるのだが、こんなの今は役に立たないだろう。カイトは俺たちから離れて門番のところへ向かう。それに気づいた彼らはカイトと話を始めてチラリと俺の方へ視線を向けてきた。


 一瞬、怪しそうな眼で見られた気がしたが、門番はため息をついて頷き、詰め所の中へと入っていった。まぁ身元の分からない人物を入れるのは彼らの役職柄においてご法度なはず。それが、ため息一つついて済むのだから余程カイトは信頼のおける人物ということだろう。


 詰め所の前で俺たちの方へ振り向き、こちらへ来るようにカイトは手をこまねいた。許可がおりたのか。カイトの方へ近づいて俺は門番の人に軽く会釈をした。門番はさっさと行けと言わんばかりに顔をしかめて追い払うように手を振った。俺、歓迎されてないな。


「一応滞在の許可はもらったから、中へ入って早速身分証の発行をしようか。」

「身分証の発行ってどうするんだ?」

「いろいろ方法はあるよ。役所に行ったり、貴族に発行してもらったり。でもそれは後が物凄くめんどくさくなるからギルドで発行してもらうのが一番楽だし早いよ」

「なるほど。ちなみにギルド以外の方法だとどうなんだ?」

「役所の場合だと、コーキくんのようなタイプは基本発行してもらえない可能性が高い。役所からいろいろな質問をされて不審人物かどうかを見極めるからね。信頼に足る人物なら発行されるけどそうじゃない場合は追い出されるね。」

「うげ……」

「貴族の方は身分証を発行するためというよりかはコネを作るためにするようなものだね。」

「誰かもわからない人物とコネを作るのか」

「んー、役所と似たようなシステムを使うけど基本的にはできるよ。困りごとがあった時に貴族へ相談すれば大体対処してくれる。でも作った本人はその貴族の傘下に入ることと同じだから逆らえなくなるんだ。言うなれば、貴族の駒になっちゃう。」

「対等な立場じゃないんだな……」

「貴族は権力を強くしたがるからね。従える人の多さが貴族の力になる。権力に固執しない良い貴族もいるにはいるけど、そっちの方が珍しいかな」


 カイトの話を聞いていると貴族に対して辟易してくる。なるべく貴族とは関わらないようにしよう。


「その点ギルドは来るもの拒まず去る者追わずみたいな精神があるから発行のハードルが低いんだ。その分何か問題を起こしたら役所や貴族は庇ってくれるけどギルドは後ろ盾にならない。全部自己責任になるよ。まぁ実績と信頼を積んでたら何とかしてくれるとは思うけど」

「一応デメリットはあるんだな」

「まぁ問題を起こさなかったら大丈夫だよ、さぁ中へ入ろう」


 カイトが先導して門を通り、街の中へ入っていく。開いた門からでしか中の様子を確認することはできなかったが中へ入るとその広さに驚いた。街を大きく縦断するように伸びる大通りには人がたくさんおり、馬車も闊歩していた。


 さらに大通りの脇には街をにぎやかすかのように様々な店が並んでいた。飲食店と思われる横には服屋があり、装備店だけでなく鍛冶屋などもある。店に呼び込もうと声を張り上げてアピールする人もいた。なんだか祭りみたいだ。


「ようこそコーキくん、スラさん! 王都アステリシアへ!」


 腕を大きく広げて振り返りカイトは笑顔を俺たちに向けた。笑顔がまぶしすぎるなこのイケメンお兄さん。


 陽の光に照らされて街の中はより一層輝いて見える。基本的に石造りの建物が中心で所々木材をあしらっており日本では見られない様式だ。多分ヨーロッパとかにありそう。


 森で迷っていたからか、こうして人の喧騒を聞けると安心してしまう。あちこちに人がいるってだけで人間はどうも安堵をする生き物みたいだな。人が群れる理由がよく分かる。


「さぁ、ギルドへ向かおうか!」


 大通りのさらに奥を指さしてカイトは道を示す。見やると遠くの方に青をアクセントに白く大きな城が建っている。まるで某、夢の国にあるお城だ。まさかあの城がギルドなのか?


「あの城って……」

「ん? ああ、あれはアステリシア城だよ。この王都の象徴とでも言うべき建物だね。王族が住んでるよ。まさかギルドだと思ったのかい?」

「い、いや別に」


 嘘。滅茶苦茶思ってました。まぁそんなはずがないのはよく考えればわかることだ。ただ俺の中の常識が異世界で通用するか異世界を試したまで。ホントダヨ。


「へー! お城って初めて見たよ! すごいねコーキ!」


 まぁスラさんは初めて見るだろうね。なにせ森の住人だったから人工物を見る機会なんてほとんどないだろう。それにしても田舎から上京してきた純真な学生みたいな感想だな。


「そうだな。俺の世界でも城はあるけどここまで大きなものは見たことないな」


 遠くからじゃそこまでかもしれないが周囲の建物との縮尺を比較すると段違いに大きい。一体何メートルあるんだろうか。


「ほら、ぼーっとしてないで行くよー」


 気が付けばカイトが一人歩き出して先へ進んでいた。いつの間にそこまで行ったんだ? この人通りの多い場所でスルスルと先へ進んでいき、気を抜くと見失いそうだ。慌てて俺は走り出し、追い付く。


 カイトの後についていくと大きな噴水のある広場に差し当たった。独特な意匠を施した噴水が中央に鎮座し、そこを円状に囲うように石畳が張り巡らされていた。


 来た道からまっすぐに進むとアステリシア城に続く道が伸びており、噴水の左右には違う方向へ続く道が細く続いていた。


 絶好のスポットなのか大通りの時よりも人が多く、中には噴水の縁石に腰かけて談話している人がみられる。その人を見やると、黒髪に何か生えている。なんだあれ? まるで猫耳のような……。猫耳? まさか?


「こっちだよ二人とも」


 噴水に座っている人を凝視しているとカイトが声をかけて、噴水の脇を通りがかり、右の街道へ入っていく。俺は猫耳少女を気になりつつもカイトの行く方へと人の間をすり抜けていった。


 道なりに進んでいくと三階建ての横に大きく広がった茶褐色の建物が見え始めた。そのどっしりとした風貌はまるで大使館みたいだ。建物の出入り口では何人も行き来しており、魔女のような格好をした女性から甲冑に身を包み、大剣を担いだ剣士など様々だ。中にはさっきの猫耳少女のように胸部と腰回りにしか布がない肌の露出が多い女性までいる。あの人もおそらく冒険者だろう。


それにしてもあの女の人はいったいどういう職業なのだろうか。盗賊? それとも踊り子だろうか。踊り子の冒険者ってどういう役割なんだ。あと健全な男子高校生には少し刺激が強すぎるぜ! もっと近くで見ても良いですか?


 そんなことを考えているとカイトが大使館擬きの前に立ち止まり見上げる。どうやらここが目的地のようだ。


「二人ともここがギルドだよ!」


 街に入った時と同じようにカイトは大きく腕を広げた。さっきも見たけどその仕草、カイトの中で流行っているのだろうか。


「へぇ、立派だな」

「おっきーねー!」


 あのアステリシア城を見た後だからかあまり感動しなかった。まぁ他の建物も似たような造りをしているからあの冒険者の多さが無かったらギルドだって分からなかったかもしれない。しかしスラさんは物珍しいのか魅入っている。この子にとっては全てが目新しく見えるんだろうな。俺もラノベの知識とかなかったらもう少し感動できたのかしら?


 ギルドの入り口には大きな看板が飾られており、剣を交差させたような紋様が描かれている。これはギルドのマークなのだろう。ただその横に羅列されている変な模様はなんだろうか。


 看板をジッと見ていると俺の視線の意図に気づいたのかカイトは親切に教えてくれた。


「あぁ、コーキくんは言語疎通魔法で言葉はわかるけど流石に文字までは読めないよね。これは”アルバート”って書かれているんだよ」

「ほ、ほお…」


 全く読めない。ただの記号にしか見えない。まぁ文字自体が記号だから仕方ない。学ばない限り、文字というのは所詮意味不明な記号だ。異世界の文字はこれから覚えていこう。まずはこのアルバートの文字列をからだ。えーと……。


「さ、パパっと身分証を作っちゃおう!」

「あ、ちょ」


 俺が手にアルバートの字面をまねて書いているとカイトは一人、冒険者の海へ飛び込んで行ってしまった。あの人、一人でさっさと行きすぎだろう。もうちょっと異世界の街を堪能させてくれ。


 このままではこの人混みに紛れてカイトを見失ってしまう。急いでギルドの中へ入り、カイトを探そうとあたりを見渡す。


 ギルドの中は人で溢れかえっていた。主に若い男女が多く、見る限りは剣士、魔法使い、ヒーラー、拳闘士といった四人組のパーティが多いみたいだ。


 それ以外にも休憩所のような場所があり、全ての席が冒険者で埋まっている。そこでは食事をしたり報酬の分配をしている人たちがいた。中には陽も高いのに酒を煽っているのか酔っ払らった男もいる。中々自由な雰囲気のする集会所だ。


 肝心のカイトを探しながら進んでいるとドンと誰かにぶつかってしまう。


「あ、すみませ」


 謝るべく、正面を見直すと綺麗にパックリと六等分に割れた腹筋が目に入った。その腹筋には何かが弾けたような大きい傷跡がある。腹筋の持ち主を確認するために首を上に向けると、如何にもな厳つい大柄な男が仁王立ちしており、背中の大剣が卑しく光る。


 眉間に大きなシワを寄せて鋭い眼光を俺に向け、チッ、としたうちのような音が聞こえる。明らかに機嫌が悪い。


 野獣のような目つきに怖気付いてしまう。急激に喉が狭まり、ひゅっ、とリアルに音が出た。俺よりも一回り、いや三回り以上大きい体をした男は背を曲げて俺に顔を近づける。


「アァン??? んだぁ?? ここはクソガキが来るところじゃねぇぞぉ????」


 明らかな喧嘩腰。お互いの鼻先がぶつかるくらいの距離で男はメンチを切ってきた。冷や汗が溢れ出す。ちょいちょいちょいちょい。やべぇってレベルじゃねぇぞ。こんなテンプレあってたまるか。俺はここから離れるぞ!


「あ、いや、すみません。ちょっと人を探してるんで。失礼します。じゃ」


 自分でもビックリするほど流暢に早口で捲し立ててしまった。その勢いのままそそくさと男の脇をデビルバットゴーストのごとく早歩きで抜けようとする。しかし、俺の態度に腹を立ててしまったのか、大男は制服の襟をつかみ俺を引っ張り戻す。なんてことだ。一瞬で捕まってしまった。俺にランニングバックの素質は無いらしい。走ってないけど。


 ぐえっ、と喉が押しつぶされて変な声が出てしまう。一瞬の息苦しさから生理現象が起きて自然と涙が出てくる。ちょっと! 乱暴しないでよね!


「おい、コラガキぃ。ナメテんじゃねえぞ!!」

「いえいえ、そんなことはまったくもって微塵も思っておらず勘違いだと思われるんですがその点はどうなんでしょうか」


 ここにきてオタク特有の早口が炸裂してしまう。大男は少し引いていた。効果は抜群だ!


 大男が声を荒げたことで周囲の視線が俺たちに一点集中してざわつき始める。しかし誰も止めようとはしない。なんだまたアイツか……、と囁く声が聞こえた気がした。えぇ……。この男、常習犯なんですか。


 まるで日常茶飯事とでも言いたげに冒険者たちは視線を逸らす。こんなのが日常とか異常すぎるだろ。誰か止めてぇ!


「その喋り方やめろ!! ガキがムカつくんだよ!!」


 怒りが沸点に達してしまったのか大男はついに俺の胸倉を掴んできた。今にも殴りかけてきそうな形相をしている。いやほんとまずい状況になった。問題は起こしたくなかったのに向こうから来てしまった。


 額には太い血管が浮き彫りになっており、ドクドクと脈を打っているのが見える。頭に血が上るってのはこういうことを言うんだろうか。大男はもう片方の拳をかざしてきた。


 異様に興奮する大男をなだめるため、必死に言い聞かせる。


「お、落ち着いてその握った拳を納めてもらって」

「ッせんだよォ!!!!」

 

 俺の説得も虚しく大男は拳を振り下ろしてきた。

 

 この世界に来てからロクなことがない気がするのは俺の気のせいでしょうか。もし神様がいたらひとこと言ってやりたい。このおバカと。


 抵抗をしようとも考えたが、こんな人の多いところで取っ組み合いなんて起こしたら二次被害に繋がる。そうなったら戦いの火蓋が切られたように、西部劇でよくある酒場の大乱闘よろしく殴り合いが起きてしまうんじゃないか?


 一概に冒険者がこういうタイプばかりとは言わないが少なくとも多いとは思う。なんでもありのバトルロワイヤルが始まるくらいなら僕は右の頬を差し出す。そして左の頬までぶたれるだろう。そのまま顔面タコ殴りされそう。やっぱ抵抗しようかな。


 せめて痛みに耐えようと目を瞑ると肩に乗っていたスラさんからボンッ! と煙が出る。おい、まさか。この煙は。


 案の定、俺の予想は的中した。俺の眼前でスラさんが大男と同じくらいの大きさのマッスルフォームになって拳を片手で軽々と受け止めていた。


 スラさんの口元と思われる箇所からハアァァ、と白い煙が出ている。やだ、ちょっとかっこいい。


「やめなよ、こんなところでさ」


 普段のスラさんとは大きく変わった低いトーンの声で大男を諭していた。スラさんの握力が強いのか大男は振りほどこうにも手が全く離れない。なんならどう動かしてもピクリともしなかった。


「しゃべっ?! なんだこいつ! 離しやがれ!!」


 スラさんが話したことに驚きつつも、必死に腕を引き剥がそうと綱引きでもするかのように大男は全体重をかけるが全然動かない。スラさんは片手一本で大男を制していた。このスライム強すぎんか?


「スラさんスラさん、そのくらいにな?」


 まぁまぁ、と俺は両手でスラさんを宥める。これ以上事態をややこしくしないでくれ。ほら周りがスラさんを見てめっちゃ目を見開いてる。飛び出しそうなくらいだ。あ、そこの魔女っ子さん、手に持ってたフォーク落としましたよ。


 スラさんがパッと手を離すと力を入れていた大男は勢い余って後ろへ転げる。その光景にスッキリしたのか周りの冒険者からくすくすと笑い声が聞こえた。そんなに笑ったら大男がぶちギレちゃうよ。


「クソっ! このスライムなんなんだ! モンスターの分際でふざけやがって!!」


 恥ずかしさを誤魔化そうとさっきよりも声を張って大男は立ち上がり、あろうことか背中の大剣に手を伸ばした。待て待て、それは流石にやりすぎだろう。


 大男に対してスラさんも応戦するつもりなのか腕を構えた。二人のピリピリした雰囲気が伝播して周りが静かになり、緊迫した空気が張り詰める。まさに一触即発。度が過ぎていることに今更気づいたのか周囲の冒険者たちの顔つきが重くなり始めていた。


「スラさんやめるんだ、元に戻ってくれ。あんたも俺が悪かったから武器を納めて欲しい」


 二人の間に入り、取り持とうと試みる。俺の言葉にスラさんは少し腕を下げるが、大男に停戦の様子はない。


「ガキが調子乗んなよ!!」


 俺の説得も虚しく、大男は聞く耳を持ってくれなかった。顔を真っ赤にして、いざ剣を抜こうとした時、大男の腕を掴む者がいた。


「その辺にしておいてくれないかな? ガルドくん」


 感情を殺したような声に大男はピタッと止まり、肩越しに後ろへ顔を向ける。カイトだった。


「……カイト・ウォーバーン……」


 抑揚のない声に対してカイトの顔は笑っていた。その笑顔が異様に怖く感じる。さっきまでの威勢はどうしたのか大男もとい、ガルドは肩を竦め、目が泳ぎ始めた。あんなに真っ赤にしていた顔が青く冷めきっている。


 顔を逸らして大男はチッ、と舌打ちをすると剣から手を離し居住まいを正す。その様子を見たカイトはよしよし、と言って手を離すとガルドは解放された腕を大事そうに抱えてさすり始める。彼の腕をよく見るとカイトの指の跡が赤くできていた。どんだけ強く握ったんだ?


「それと、キミの実力じゃあその子の足元にも及ばないと思うから喧嘩売らない方が身のためだよ」


 落ち着いた声音でカイトは俺の方を指して告げると、ガルドは俺の方を見て眉をひそめて目を見開く。俺の頭からつま先までじっくりと観察した後、ガルドは鼻で笑った。


「ハァ? 冗談にしてもセンスがねぇな? こんなひょろっちいガキに負けるかよ」

 

 んなバカな、とでも言いたげにガルドは首を横に振り、困ったように両手を上げる。それは俺も同感だ。こんなムキムキの冒険者とやり合うなんて想像しただけでもごめんだ。タコ殴りにあって足蹴にされる未来しか見えない。僕はかよわい男子高校生ですぅ。


 俺をバカにしたようなガルドのセリフにカイトはフフッと笑った。


「こんなナリをしてるけども彼、デスバラッドの腕を斬り落としてるからね」

「ハァッ!!!???」


 カイトの一言にガルドだけでなく周りの冒険者も驚いてまたざわつき始める。周囲からは「あんな子供がデスバラッドの?」とか「どうせ盛ってるに決まってる」など疑いの眼差しを向けられる。今すっごく居心地が悪い気がするんですが。


 ガルドはもう一度俺の方を見るとプッとこらえきれなくなったように笑い出した。


「カイトぉ。お前ついていい嘘と悪い嘘があるの知らねぇのか?」


 目に涙を浮かべてガルドは腹を抱えるとそれに釣られて周りの冒険者もどっと笑い始めた。まるで見世物にされている気分だ。腕を斬り落としたのは事実だが何の証拠もない。デスバラッドはカイトが解体してしまっている。俺は肩身が狭くなっていくのを感じていると五月蠅い喧騒の中、カイトの声が大きくはないはずなのによく通った。


「そこまで言うなら試してみるかい?」


「は?」


 は?


 なんとガルドと俺の心の声がシンクロした。驚いて固まる俺たちをよそに、カイトは受け付けのカウンターの方へ歩み寄る。静まり返った空気にカイトの靴音だけが響いていた。


「今ってマスター居る?」


 カイトはカウンターに肘をかけると可愛らしい受付嬢に静かに問いかけた。カイトの一言に俺を含めてギルド内の全冒険者の視線が彼女に集中する。少しの間をおいて受付嬢はあっと我を取り戻して答えた。


「し、少々お待ちください!」


 視線に気圧されて受付嬢は慌ててカウンター奥の扉へと消えていく。受付嬢が戻ってくる間の数分間は誰も一言も喋ることはなかった。なんだかすごいことになってきたぞ。


 受付嬢が戻ってくるとその後に続いて小柄の女の子が扉の奥から現れた。パッと見は小学生くらいの少女だ。愛らしい頬に沿って伸びるブロンドの髪の影からは尖った耳を覗かせ、とろんと垂れた目つきはなんだか眠そうに見える。まさかエルフなのだろうか。


 彼女は背丈の合っていない服の裾を床に擦らせてカウンターへ向かった。しかし彼女の身長ではカウンターを隔てると隠れてしまうので、普段から準備しているのか流れるように受付嬢が台座を運び、彼女の前に置く。少女は一言、受付嬢に礼を言うと台座に上り、水平線から昇る太陽のようにカウンターからその姿を見せる。


「呼んだかなー? カイトー?」


 囀りともとれる眠気を誘う優しい声だった。その声は静寂に包まれたギルド内をまるで反響するように響く。見た目の幼さからは考えられないような落ち着きのある雰囲気を少女は匂わせていた。彼女の大きく透き通った藍色の瞳は目の前のカイトの笑顔を映しており、カイトは彼女の顔を見るとあの冷徹な笑顔を崩して朗らかに笑った。


「やぁ! マスター! 今日もかわいいね!」


 明るいカイトの声に先ほどまでヒリついていた空気が一気に弛緩する。弾んだ彼の声はギルドに活気を取り戻し、各々が口を開き始める。カイトの世辞にマスターと呼ばれた少女は軽く首を振って応えると、目でカイトに用件を言うよう促した。


「あぁごめんごめん。今訓練所って使えるかい?」


 カイトの質問にマスターはふぅ、と息を漏らし、肩を下げる。


「なにー? そんなことで呼んだのー? 好きに使ったらいいのにー。わざわざ私を呼ぶこと―?」


 何事かと思って出て来たのに大した用件じゃなくてがっかりしているみたいだ。マスターは項垂れてしまい、ゆらゆらと頭が揺れていた。


「それがさ、面白いのが見れるからマスターにも見てもらおうと思ってね」


 カイトは親指で後ろを指すと、マスターは顔を上げて視線を流す。その遠い瞳は周囲から浮いている俺を捉えていた。彼女は集会所内の空気を読むように俺とガルド、そして囲う冒険者たちを流し見る。再び俺と目が合うと口元をニッと上げてカイトに向き直る。たった一度目が合っただけのになぜだろうか。とても寒気がする。


「なるほど……彼、お客様だねー?」


 マスターはころっと表情を変えておもちゃを見つけた子供のように目を輝かせる。


 なんだろう。今マスターは俺を見て客だと呼んだ。確かにギルドの客だけども文字通りの意味とは思えない気がする。マスターの視線に背筋が少し震える。


「で、相手は誰になるのー?」


 詳しい状況を説明していないのに彼女は見渡しただけで把握しているみたいだ。揉めているところは分かるけどもなんで戦うことまで知っているんだ。さっきの一言を考えると受付嬢が説明したとも思えない。しかも分かっている上で相手を聞いている。


「見た通り、ガルドだよ」


 カイトは顎で俺の対戦相手を彼女に示すと、マスターはふーん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。どうやらガルドでは彼女の期待に応えることはできないらしい。


「えー。カイトじゃダメなのー?」


 マスターが不満げに頬を膨らませるとカイトは手を横に振る。


「今はダメかな。ガルドに彼の実力を分からせたいんだ。」

「ぶー。ちなみにあの子どれくらい?」

「僕の目測でBってところかな」


 聞くやいなや彼女はおおっと目を見開き、両手を鳴らした。すると二人の会話を終わらせたいのかガルドがカウンターへ近づき水を差す。


「冗談言うなって、信じるなよマスター」


 ガルドがカイトの肩を引き、カウンターから引き剥がすとカイトの顔を睨みつけるが、カイトはまったく気にせずにヘラヘラと笑っていた。二人のやり取りを横目にマスターは台座から降りて、カウンターを出る。


「仮に、カイトの話が本当だとしたらCランクのガルドじゃ相手にならないよー?」


 そのまま彼女は二人を通り過ぎて俺の方へと歩いてきた。遠くからでも小さいと思っていたが、いざ近くで見るとそのこじんまりとした彼女の容姿に思わずきゅんと胸が鳴る。この小動物のような子がギルドマスターなのか。世界は広い。


「私はこのギルド“アルバート”のマスターを務めているハイエルフ族のミラだよー。よろしくねー。」


 ミラと名乗ったマスターは手を差し出して握手を求めてくる。差し出された小さな手を俺は壊さないように優しく握った。やっぱりエルフだ!凄い!だけどファーストコンタクトはムッチムチの超モデル体型美少女が良かったな!!


「鬼束紅桔っていいます。よろしくお願いします」

「オニツカコーキ……。コーキが名前かな?」

「あ、はいそうです」

「ん。おっけー。それとそこのスライムは……」


 俺と握手を交わしながら横目でミラはスラさんを流し見る。向けられた視線に答えるよう俺はスラさんに促す。スラさんはマッスルフォームを解き、もとの球状に戻って俺の肩に乗った。


「スライムのスラさんだよ。よろしくね!」

「おおお。言葉を喋るのかー。とても珍しいねー」


 ミラは口をすぼめて感嘆を漏らす。眠そうな目がぱっちりと開き、容姿相応のリアクションをとった。彼女が俺へ両腕を伸ばすとスラさんは不思議そうに触手をひねる。


「ほら、スラさん」


 俺は肩に乗っているスラさんを持ってミラへと差し出した。やっと意図を察したのかスラさんは自ら俺の手から離れて彼女の腕へ飛び移る。


「この子は君がテイムしたのー?」


 ミラはぷるぷる揺れるスラさんを抱きしめ、撫でながら俺に聞いてきた。


「いや、テイムとかはしてないです」


 俺の言葉にミラはピタッと撫でるのをやめた。そのまま見透かすかのような上目遣いで俺をじっと見つめる。


「君、テイマーじゃないのか」

「あ、はい」


 そもそも俺は職業とかは一切分からないし知らない。スラさんからテイマーの話は聞いたけども契約やらなんやらが必要らしく俺はその手順を知らない。


「……じゃあこの子は制御ではなく自立しているということかー」


 彼女は興味深そうにスラさんへ視線を落とし、また撫で始めた。当のスラさんは、そんなことはさして問題では無いとでも言っているかのようにのほほんとしていた。


 ミラの台詞から考えるとモンスターはテイムされてやっと制御が可能になるみたいだ。つまりスラさんはテイムを必要とせず、しかも自立して言語まで話せる。ついには形態変化を用いて肉弾戦闘をもすることができるのだ。……あれ? やっぱスラさんって普通に激レアスライムなのでは? メタルスライムよりも希少かも。


「スラさんは俺の友人なんで、モンスターだからって討伐とかは考えないで欲しいです」


 俺の頼みにミラは軽く頷いて見せた。


「もちろんー。ここまで理性のあるスライムなんて貴重すぎるからねー。大事にするんだよー」


 撫できって満足したのかミラはスラさんを俺の肩へと運んでくれた。スラさんは彼女の腕から俺の肩へと飛び移る。心做しかすこしスラさんは上機嫌に見えた。このスライムめ、自分だけいい思いを……俺にもなでなでしてくれませんかね!


「さて、ガルドとコーキの二人は訓練所まで来てもらおうかー。カイトー、案内ー」

「りょーかーい!」


 俺たちと向かい合いながらミラは手を軽く挙げて後ろのカウンターにいるカイトに合図をすると、カイトはビシッと頭に手を添えて敬礼のような仕草をとった。この世界でもあんなふうに敬礼するのか。


「お前たちは自分の仕事をしろよー。暇なヤツは見に来ても構わんー」


 ミラの言葉で周囲にいた冒険者たちは各々で動き始め、入った時と同じような活気がギルドに戻った。依頼を受ける者、また飲み始める者、出発する者、それぞれだった。中には俺たちの試合を見たいのか出口とは別方向へと向かう者もいる。その先におそらく訓練所があるのだろう。


「さ、コーキくん! 訓練所へと急ぐよーー!!!」


 カイトは俺の腕をひっ掴んで先の訓練所の方へと引っ張って行く。ちょっとまってくれ。俺はまだやるだなんて言ってないんですが?


「ちょ、ちょ。カイトさん、俺まだ戦うなんて……」

「あんな筋肉ダルマ、デスバラッドを追い詰めたコーキくんの相手じゃないよ!! ギッタンギッタンのボッコボコにしてやれ!」


 酷い言いようだった。よっぽどさっきの態度がムカついたのだろう。ガルドよ、君、嫌われすぎじゃない? 素行不良にも限度があるんだよ? 少しガルドが可哀想に思えてきた。


「オイッ! 言いやがったな! カイトォ!!! テメーの目の前でそのヒョロヒョロをバッキバキに折りたたんでやる!!!」


 全然そんなことなかった。お互い様だった。なんならガルドも同レベルの暴言を返していた。まぁ薄々そんな気はしてたけどね。


 ガルドは俺たちを通り越して先に訓練所へと足を運んで行った。


 俺の意志など介入する余地すら無く勝手に話が進んでいく光景に、なんだか懐かしさを覚える。あいつら無事だろうか……。まぁ大丈夫だろう! しぶとそうだし!


「うるさいぞーお前たちー。さっさと行けー」


 ほろりと級友に思いを馳せていると後ろからミラが付いてきていた。ずるずると手を引かれる俺の尻をぺしぺしと叩いていた。いやん。この子ったら結構大胆なのね。


 俺がミラにきゅんきゅん……いや、トゥンクトゥンク♡してるとカイトが物凄い現実を突きつけてきた。


「コーキくん! さっきからマスターを見る目がいやらしいぞ! この可愛さには同調するけど、マスターは僕らよりもずっと歳上だからね!」


 ……なんという恐ろしいカミングアウト、俺でなきゃ聴き逃したいね。てか、うっそだろお前。だってこんな可愛い少女だぞ? ンナコタアラヘンデ!


「カイト、私の歳の話をするなんて死に急ぎたいのかー?」


 先程の可愛さから打って変わって鬼をも超える形相でミラはカイトを睨みつけていた。真の幼女は相手を眼で殺す……。


 ……あと、僕のお尻にえげつない殺気を向けるのやめて貰えませんかね? ぷりぷりのおケツがしぼんじゃう……ふえぇ……怖いよぉ……。


「ごめんごめん! でもちゃんと言っておかないと万が一のことがあったら困るでしょーー!」


 それはどっちの心配をしているのでしょうか、カイトさん。僕がロリのじゃに食われるのか、はたまた僕が幼女を狙っていることに対してでしょうか。後者は完全にアウトだな。あと俺はロリコンじゃない。


 カイトはミラの射殺す視線をものともせず飄々と受け流し笑っていた。スルースキル高すぎないか? 俺にもくれ。


 二人の会話の間で俺は耳をかっぽじってよーく聞き流せるよう努力をしていた。虚ろな目で虚空を見上げていると、ふとカイトが耳打ちをしてきた。


「ちなみにマスターは728歳だよ」

「なっっ?!ーーーんぐっ?!」


 突然の事実に俺は反射的に繰り返そうとしてしまうが、俺の反応を分かっていたのかすぐさまカイトが俺の口を塞いだ。


「な?」


 俺が急に大声を出しかけたことが気になったのかミラは同じように発音して俺に言葉の続きを求めていた。


 ここで彼女の実年齢をおおっぴらにしては俺の異世界冒険譚が幕を閉じてしまう気がするので咄嗟に取り繕う。


「………なんで俺はここにいるんだ……」

「は? 何を言ってるんだー?」


 俺の台詞にミラは首をかしげて眉をひそめる。カイトは笑っているところを俺とミラには見えないように背を向けてプックククッ(笑)って笑っていた。この野郎、マスターにバラしたこと言ってやろうか。


 あとさっきのは、本当に俺の心の声だから。だってギルドへは身分証を発行するために来たのになんでガチムチ男と戦わなきゃならんのだ……。


 俺が哀愁漂う表情をしているとまるで心でも読んでいるのかミラからとんでもない追撃を貰ってしまった。


「あ、そうそう。この試合、コーキが勝たなかったら身分証は発行しないし、不審人物として衛兵に突き出すからそこんとこよろしくー」

「よしきた、あんのガチムチゴリラの似非原人なぞ俺の刀の錆にもならんわド畜生がッ!!!」

「コーキくんてば手のひらが返しが過ぎるよ……」


 この変わり身の早さが俺を俺たらしめているのだよ。


 俺はカイトを追い抜かして我先に訓練場へと歩を進めていったのだった。

次回投稿は1月22日を予定しています。

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