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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
序章 異世界来訪編
10/52

第8話 ここは……日本か? いや違うか……。

第8話です。

ごゆるりとお楽しみください……。

皆さまは雪、大丈夫でしたか? 私は寒すぎて家から出れませんでした。

それといつも読んでいただきありがとうございます。


 マスター室へ向かった時とは違い、別方向からぐるりと回って俺とカイトはギルドの集会所へと戻った。辺りを見渡すと来た時とは打って変わって出払っているのか人がほとんどおらず閑散となっていた。あの決闘からまだそんなに経っていないはずなのに……。みんな多忙なのかしら?


「じゃ、コーキくん。僕はまたマスターの所へ戻るから後は大丈夫だね?」

「ああ、ありがとうカイトさん」

「またねー!カイトー!」


 俺とスラさんが軽く手を振るとニコッと笑顔で返してまた扉の奥へとカイトは消えていった。


 なんだかんだいろいろあったけどもここまで来られたのはカイトのおかげだ。デスバラッドのことやこの街、アステリシアのこともほとんどカイト無くしては来られなかっただろう。


 心の中でカイトに感謝感激雨あられ!と手を合わせておこう。


「さて……」


 カウンターの方へと目を向けるとあの受付嬢と目が合い、彼女は可愛らしく微笑んでくれた。ふわっと揺れた深紅の髪によく合う黒いベレー帽にはアルバートの紋章を象った飾りがキラリと光り、可愛らしいセーラー服のようなギルドの制服に身を包んだ彼女はこちらへと手をカウンターへ添えていた。……可愛い。というかこの世界の人間みんな、顔面偏差値みんな高くない? ガルドとかいうゴリラは知らん。


 俺は軽く会釈をしてカウンターへと歩み寄ると、受付嬢はいそいそと何やら紙の束を取り出してきた。諸々の書類の準備を済ませておいてくれていたようだ。


「初めましてコーキさん!アルバートの受付を担当しておりますフィリアと申します。お話はマスターより伺っていますのでこちらが身分証兼ギルドカードになります」


 そう言うと彼女は小さなカードを取り出して俺に差し出してきた。見ると何やら細かい文字が書かれていたが全然読めぬ。


「あっ、そうでしたね。マスターから言語疎通魔法はかかっていると聞いております。ではあとは文字ですね」


 俺がギルドカードとにらめっこしているのを見てフィリアは察したようでカウンターの中から小さな小瓶を取り出してそのまま両手で俺に手渡してくれた。やだ、フィリアさんのおててすっごくきれい!


「これは……?」


 青いクリスタルのような小瓶の中には何やら液体が入っていた。


「そちら、スクロールのようなもので中に文字判別魔法が込められた特殊な液体が入っていてそれを目薬のように使えば文字が読めるようになりますよ」

「スクロールって確か……魔法を込めた巻物でしたよね?」

「その通りです」


 物語の世界でしか知らなかったスクロールというものがこうして実在することに少し感動を覚える。というか、魔法を一時保存して使いたい時に使えるってそれかなり便利な代物だよな。しかも目に入れても大丈夫とかどうなってんのよ。俺もスクロール作れるのかしらん?


 などとまじまじと小瓶を眺めながら蓋を開け、目薬スクロールの液体を両眼に刺した。スーッと眼から熱が奪われていき、まぶたの裏がスッキリしてくる。


 それと同時にゴロゴロと目に異物が入った時の感触が俺を襲い、自然と涙が湧いてきた。そんな俺の様子を見てフィリアが気を利かせてくれたのかハンカチのような小さい布を手渡してくれた。


 軽くお礼を言って涙を拭うと徐々に視界が鮮明になっていきハッキリと目の前にいるフィリアの顔が瞳に映る。


「いかがですか?」


 そう言うとフィリアは手でギルドカードを指して促すので見てみると……。あら不思議! ヘンテコな記号と思っていた文字列がまるで日本語のようにスラスラと解読できるではありませんか! まじ魔法やばたにえん。


「おおお、読める……読めるぞ……!」


 ギルドカードを食い入るように見つめていると、ついつい赤い服の仮面パイロットのようなセリフを口ずさむ。


 ギルドカードには俺の氏名とランク、そして所属ギルドや魔法属性などあらゆる情報が記載されていた。だが俺の知ってる異世界ものの作品でよくある数値化されたステータスのようなものは記されてはいなかった。もうすこし自分の実力を知っておきたかったぞい……。


「言語疎通魔法と文字判別魔法は解除しない限りは永続なのでこれ以降はかけ直したりする必要はありませんので安心してくださいね」

「まじすか」


 っべー。まじ魔法パイセンぱねーっす。自分、舎弟してもらっていいですか? もしこの状態のまま元の世界に帰ったら俺、英語どころかどこでも通用するんじゃね? 最強の通訳じゃん。


「これでコーキも冒険者の仲間入りだね!」


 俺が妄想の中で外国人とぺらぺらお喋りをしていると、ぱちぱちとぷるぷるした体でかわいらしい拍手をスラさんが送ってくれた。それにつられてフィリアもにこにこしながらぱちぱちと小さく手を叩いた。これがやさしいせかいですか……。


「これでコーキさんも晴れて冒険者となりました! これからはじゃんじゃん依頼をこなしてランクアップを目指してくださいね!」


 今日も一日がんばるぞい! みたいなことを言いそうな仕草でフィリアはにぱーっと笑いかけてくれた。ダメです! そんな可愛らしい笑顔を向けないでください! 好きになってしまうのです! 助けて! はにゅー!


「ど、どもっす……」


 デヘデヘと気持ち悪い笑いが自然とこぼれてしまう。だって仕方ないじゃん。俺、こんな面と向かって無邪気な笑顔向けられたことないんだもん! 烏丸さんの場合は裏がありそうで怖かったからなぁ……。


「あと、これはコーキさんのデスバラッド討伐報酬になります」


 俺が気持ち悪い照れ笑いをしているとフィリアが何か白い包みが乗った高級そうな漆の黒いお盆を取り出して俺に差し出してきた。……お金だよな?多分。


 白い包みを開けると白く輝く少し大きめの硬貨が封入されていた。あら綺麗。


 一枚取りだしてほへーっと眺めているとまたまた俺が色々知らないことを察したのかフィリアが説明してくれた。


「本来ならば正式な依頼としてデスバラッドの討伐を請け負って頂き、正当に報酬をお支払いする流れなのですが、今回はコーキさんの事情やカイトさんの説明もあり特例として報酬を受け取って頂きます」

「あ、はい」


 突然のフィリアさんお仕事モードにすこし面を食らってしまう。この人こんなキリッとした応対も出来るの? 素敵! 俺こういうギャップ萌えにすごく弱いからほんとに好きになっちゃいそう。


「デスバラッドの討伐及び解体、素材提供、魔核(コア)の無損傷、その他もろもろの報酬総額としての金額は、白金貨五枚になります」


 報酬の内訳のようなものをフィリアは一言も噛まずにスラスラと言い述べた。


 ……んんん。色々聞き流しそうになったけど討伐だけじゃなく何やら色んな項目が出てきてなかったか? というか魔核? なんだそりゃ。あと報酬の白金貨ってあれだよな? プラチナってやつでは? ものすごく高いのでは?


「あのぅー。ちなみに白金貨ってその、下の硬貨何枚分とか相場を教えて貰ってもいいですか?」

「はい。白金貨は一枚で金貨百枚相当になります。」

「きんかひゃくまい」


 まったくもって現実感が無く、ピンと来ない。そのためついフィリアさんの言葉をそのままリピートする機械のようになってしまう。


「……そうですね、大体で説明させていただきますと銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。そして先程述べたように金貨百枚で白金貨一枚となります」

「……な、なるほど? ちなみに、白金貨五枚で何が買えるんですか……?」

「んー……。小さな家くらいは買えると思いますよ」


 ほーーん。家ね。家か……。ハウス……。


「ヴェァァア?! 家っ?!!?!」


 突然爆発したかのように叫んでしまい、スラさんとフィリアはビックゥウ!!と肩を上げて驚いていた。


「ど、どうされました?」

「い、いいいいややや。なんでももも……ははははは……」

「コーキめっちゃ動揺してる」


 びくびくと俺の様子を伺うフィリアに心配させまいと戦慄く手を軽く振ってみせる。だけど俺の足は正直だ。いまものっすごく膝が笑ってるぜ。ケタタタタ!!


 というかよくよく冷静になって考えてみろ。銅貨を日本円の一円と置いてみよ。一の百倍は百、百の百倍は万、まんのひゃくばいはひゃくまん……ふひっ。こーき、さんすうにがてだからわかんなーい!


 そう、この白金貨五枚は日本円にしてなんと五百万円。……あほか?


「こ、こんな沢山になるんですか?」


 おずおずとフィリアに対して上目遣いをしてしまった。


「? デスバラッドの討伐ですから妥当だと思われますよ?」


 何を変なこと聞いてんだコノヤローは?とでも言わなさそうな感じで至極当たり前じゃんみたいな空気をフィリアは醸し出していた。


 それでも俺は内心信じられなかった。化け物を討伐したとはいえここまでのものになるのか? 悪魔退治してるチェンソーの青年の百倍近くは貰ってる気がするぞ。


「でも追い詰めたとはいえトドメや解体なんかは全部カイトさんがやったんで俺がここまでもらうなんて……」


 フィリアが何か間違えたのではないだろうかという視線を送ると彼女は少し考え込んだ。少しの間を置いておもむろにフィリアは口を開く。


「コーキさん、何か勘違いされているようですがデスバラッドはB級の魔物ですよ。確かにランクはSからEまであったり、G(グランド)級があったりと幅が広いです。しかしB級の魔物もれっきとした怪物です。普通に死人が出ますし、放置も出来ないんですよ。しかもランクの低い冒険者ではまず太刀打ちができず、処理がとても大変なんです。このアルバートでもB級冒険者の方は何名か在籍しておられますが多いわけじゃないんです。人員をまわすにしても人手が足りず、圧倒的にC級以下の冒険者が多くて、デスバラッドを倒すのだけでも一苦労なんですよ」


 つらづらと俺を納得させるためにフィリアは一つ一つ教えてくれた。どうやらB級とC級では格の差が大きいらしい。


「もっとわかりやすく例えたら、今日戦ったガルドさんいますよね?」

「は、はい」

「あの人が十人も束になって戦ったとしても勝てる可能性が低いです」

「な、なん……だと……」


 あのガチムチゴリラが十人でポコパンしてもデスバラッドの相手にもならんとは……。


「ですから、デスバラッドを倒す一歩手前まで追い詰めたコーキさんは本当に逸材なんです」


 そう言ってフィリアは突然両手で俺の手をギュッと握ってきた。急な展開に俺は「あふぇあ?!」と変な声が出てしまったがそんなことも気にせずフィリアは言葉を続けた。


「それに、カイトさんからは全額をコーキさんに移譲しろと言われていまして、もう変更手続きも済ませてしまっていますのでこの報酬はコーキさんのものですよ」

「は、はぁ……」


 カイトはお金持ちなのだろうか? まぁあのデスバラッドをトドメだけとはいえ容易く葬ったからもっと上のランクなんだろう、色々と依頼で儲けてそうだ。


「あと、マスターからこれを渡すように仰せつかっています」


 またもやフィリアはカウンターの中から青い袋のようなものを取り出してカウンターの上に置く。手のひらより少し大きいくらいだろうか?


「これは?」


 俺が不思議そうに手に取って触っているとフィリアがちょいちょいと手招きをした。どうやら耳を貸せと言っているみたいだ。


 俺がそばによって耳を傾けるとボソボソと耳をくすぐるような可愛い声で教えてくれた。耳がしあわせだぁ〜〜〜。


「実はこれ、とっても貴重な虚空巾着(こくうきんちゃく)なんです」

「虚空巾着?」

「はい、人を超えるようなサイズのものは収納できないんですがそれより小さいものならなんでも収納できてしまうスーパーマジックアイテムなんです」

「すーぱーまじっくあいてむ」


 それはつまり、かの有名な四次元ポケットのようなものということですか? この世界に未来の道具があるとは。


「これ一つで軽く金貨百五十枚はする代物です」

「ぴゃあ」


 金貨百五十枚?! 日本円にして百五十万円!!! おいおいおい、ブランド物のバッグかよ。


 ちょっと俺そんな高価なもの貰えないんですが? さっきから大金だったり高級品だったり貰ったりしてるけど大丈夫? 俺、暗殺されない?


「マスターがこの先色々と大変だろうからということです」

「……何から何まですみません」

「いえいえ、カイトさんとマスターが目をかけておられるということは滅多にないのでこちらとしてもサポートのしがいがあります!」


 パッとフィリアは姿勢を戻すといそいそと白金貨を虚空巾着にしまいこんで俺に手渡した。あれ? さっき持った時は白金貨って一枚でも結構重かったのに虚空巾着自体の重さは変わってない……。


 この世界は質量保存の法則とかないのかしら? まぁ魔法の世界だから通用しないか。どっかの魔法の世界じゃテントの中が一軒家くらいの広さがあったりしたしこんなの普通か。んなわけあるか。


 そんなことを思っているとフィリアは先ほどの紙の束を俺の目の前へ引き寄せた。


「このあとすぐに依頼を受注されますか? マスターからEランクの初心者向けを用意するようにとは仰せつかっております。ですがまだ新人レクチャーの方が来られてないので即出発とはなりませんが選んでる間にいらっしゃるとは思いますので……」


 手元のカウンターの中からいくつかの依頼受注書を引っ張り出してカウンターに置くと丁寧にひとつずつ俺の前に並べてくれた。この子すっごいええ子やな……。


「あ、はいそれでお願いします。なにか良さげなものありますか?」


 色々と流し見てみたら、薬草採取から捜し物。はたまたペットの世話係などまであり、モンスター関連ならばミニゴブリン、スライム、スモールボアなど一般人でも武器を持てば戦えるような相手ばかりみたいだった。ここは店員さんのおまかせでいってみよう。今日の日替わり依頼(ランチ)はなんですか!


「そうですね……薬草採取などでもいいですがコーキさんには実力がありますし、無難なところだとスライム一体の討伐などがおすすめですが……」


 そう言いよどみ、フィリアはちらりと俺の肩に乗るスラさんを横目で見た。あー、同族の討伐はどうなんだろうか……。


「スラさん、流石におんなじスライムを相手に討伐するのは嫌だよな?」

「ん? 別に大丈夫だよ〜。たまに縄張り争いで戦うことはあるけど、スライムは基本お互いに干渉とかはしないからね〜。それに、人間だって人を殺すでしょ? それと同じだよ〜」


 ……う〜んシビア!! スラさんの感性は俺たちとかなりズレているみたいだ。にしても人殺しと縄張り争いを一緒にしてはいけないと思います! それほとんど抗争してるヤクザの発想だからね?


 あと見てご覧なさい、フィリアさんが引きつった笑い方しててドン引きしてるのか愛想笑いしてるのかよくわかんない表情してるぞ。可愛い顔が台無しだよ!


「えー。と、とりあえずスライムの討伐でお願いします……」

「えっ?! 行くんですか?!」


 スラさんが気にしないとはいえ、流石に俺が違うものを選ぶとばかり思っていたのか、ここ一番での声でフィリアは驚いていた。だって、ねぇ? スラさんが嫌がるなら当然別のものを選ぶつもりだったけど、そんな心配は全くいらなかったからな。それにスライムとはちゃんと戦ってないし、というか戦いたい。戦ってみたいんです! ここで戦わせてください!


「わ、分かりました。受注処理を致しますので先程のギルドカードの提示をお願い致します」


 フィリアに従い、俺はもう一度彼女にギルドカードを渡した。それを受け取ると彼女は羽根ペンで依頼書に何やら記入したあとアルバートの紋章を象った大きな判子をぽすんと押した。


「はい、これにて受注完了です。まだレクチャーの方が来られていませんので横の食事場でゆっくりなさってください」


 フィリアは手を伸ばして左方にある食堂を指して案内してくれた。


「ありがとうございます」


 俺はフィリアさんに軽くお辞儀をして、食堂の方へ歩いた。ここに入った時は満員だった席も今では一人二人座っているだけだった。


「なんか人少ないねー」

「だな。さっきまでの活気はどこへやら」


 この食堂はギルドのエントランスから左側に広がっており、受付のカウンターを正面玄関にL字に折れ曲がるようにして隣接していた。


 食堂自体の広さはエントランスの二倍か三倍はあり、席数も百人は座れるほどあった。


 適当な場所に目をつけてその席に座り、テーブルの橋にあったメニューらしきものを広げてみる。


 中には定食や洋物、中華、イタリアンと、さらにはパンケーキといったデザートも数多く揃ってあった。


 なんだここ、日本か?


「お決まりですか?」


 その声に少しビックリして反射的に背筋が伸びる。気づけばテーブルの横にはいつの間にかホールスタッフさんが立っており、グラスに注がれた水を置いてくれていた。


「あ、ええと……じゃあこの唐揚げ定食を……」

「かしこまりましたー! そちらのスライムさんはいかがなされますか?」

「コーキ、どれがおいしいの?」

「ん? そうだな……スライムって人の食べ物いけるの?」

「うん! 大丈夫だと思うよ!」


 アレルギーとかの心配はしなくてもいいか? てかアレルギーあるの?


「じゃあ、このふわとろパンケーキでもいくか? 俺の知ってるやつと同じなら甘くて美味しいと思うぞ」

「じゃあそれで!」

「はーい! 少々お待ちをー!」


 小走りでスタッフさんが奥の厨房へと向かって注文を述べあげていた。


「パンケーキいち、唐揚げいちでーす!!」


 なんだその居酒屋でよくある注文の通し方は。ますます異世界感が薄れてきた。


 しかし、ここまで日本と似通ったメニューは恐らく過去に異世界転移してきた人が残してくれた文化が染み付いた結果なのだろう。俺としてはもっとゲテモノじみたものでも異世界だからと楽しめるんだが……。イメージじゃなんかこう、魔物の料理とか出てくるものだとばかり……。まぁ実際そんなの出されたら食えるかどうか怪しいけどな! やばいですね!


「レクチャーの人ってどんな人だろうね?」

「んー、カイトさんの反応からして変なやつなのは確定だな。あのカイトさんが焦っていたし相当やばいやつじゃないか? マスターは結構信頼を置いてたみたいだけど」

「そっかー。あのガルドってやつみたいなのはごめんだね〜」

「だな」


 グラスに注がれた水をぐいっと煽り、一息つく。レクチャーが来るまでの少しの間だがようやくゆっくり出来る。


 この世界に転移してからずっと抱えていた不安を喉を通る冷水が鎮静させるようにゆっくりと身体に染み渡る。まだ来て半日も経っていないはずなのに目まぐるしいほど忙しなかった。張り詰めていた心臓の糸がするすると緩んでいく。


「コーキってば、いま酷い顔してるよ」

「んお?」


 そう言われ、窓に映る猫背の自分を凝視してみると何とも言い難い疲れた顔をしていた。いつもの腐った眼は拍車がかかり死んだ魚も心配しそうな目付きをしてた。


「はは、ひっでぇ顔してんなぁ」


 ニヒルに笑ってみせるとなお酷い顔になってしまった。こんな顔してるから無駄に目をつけられてしまうのだろうか? ほんとひどい顔。


「でもボクはコーキの顔かっこよくて好きだよ」

「……おう、ありがとな」


 急なスラさんの告白にちょっとドキッとしてしまう。この子こういうところは凄く素直だから反応に困ってしまい、柄にもなく素で照れてしまう。


 俺とスラさんが料理が来るまで談笑していると一つの人影が近づいてきた。


「やはー。戻ってきたねーキミたち」


 声の方を向けばあの猫耳の冒険者だった。ぴこぴこと猫耳を揺れさせ、ピンクのメッシュが入った彼女の黒いボブカットはパンクなイメージを彷彿とさせる。


 ちらりと彼女を足先まで目を流すが直ぐに彼女の顔へと引き戻す。だってこの人胸元と腰周り、そして左肩にしか装備を着ていない。圧倒的に肌色成分が豊富に含まれているだもん。おまけに尻尾がクネクネと誘っているように見えてしまう。


「おっと、青少年には刺激が強すぎたかなー?」

「……」


 ええまぁね! だが僕は至って健全な男子高校生なんでこういうえちちな衣装は大好きです! さっきから腰に着けた短いパレオのようなものからちらちらと太ももが覗いていて俺の性癖を刺激しまくってるんです。きっとその下には桃源郷が俺を待ちわびているんではないだろうか!


「少年〜、見すぎ見すぎ〜」


 指摘されてやっと気づいた。俺の目は彼女の顔を見ていると思っていたが太ももに釘付けだったようだ。いけないいけない、こういうのはもっと俺がおじさんになってからだね! いや、通報されるわ。


「むふふ〜、お姉さんが魅力的なのは仕方ないとしてもうちょっと視線に気をつけようね」

「すんませんした……」

「よろしい」


 彼女は手をひらひらさせて謝罪を受け入れてくれた。心の広いお姉さんだぜ!


「じゃあ自己紹介しないとね、あたしはCランクのニルハ・ケイト、人族は獣人族と一括りにしてるけどちゃんと猫氏族っていう種族ね」

「鬼束紅桔です。紅桔が名前になります。一応人族です」

「一応……? どこからどう見ても人族だよね?」

「えぇ……まぁ……」


 異世界人ということは伏せた方がいいのだろうか……? 俺は勇者じゃないから別に大丈夫そうだが異世界人ということで何かしら変な事に巻き込まれるのは避けたいからここは言わないでおこう。


「それと、そこスライムは……」

「ボクはスラさんっていうんだ!」


 相変わらずぷるぷるしながら触手を伸ばしてスラさんは返事していた。


「あのガルドを腕っ節だけでひいひい言わせてた子だよね! いやぁ〜あの瞬間はスカッとしたなぁ〜」


 ケラケラと笑ってニルハはスラさんを抱き上げると揉んだり伸ばしたりしてあそび始めた。ガルドの話が色んな方面から出てくるのは一種の才能ではないだろうか? どれだけやらかしてるんだ……。


「こんな愛らしい球体があんなムキムキになっちゃうんだもん、凄いねぇ〜。しかも言葉も話せるときた。超優秀スライムちゃんだね〜」

「むむぉ」


 グニグニといじられ、スラさんは美少女に弄ばされていた。なんてうらやま……けしからん!


「ところでニルハさんは俺たちに何か用でも?」

「んー? あの乱暴者を下した子がどんな人かな〜って気になっただけだよ。それに君、カイトとマスターのお気に入りみたいだからコネクション作っておこうかなって。あと堅苦しい喋り方しなくていいよ〜、さん付けもいらないから」

「あ、はい」


 ……なかなかぶっちゃけるなこの人。マスターは分かるけどカイトって結構人望あるんだな。ガルドもニルハもカイトに対しては一目どころか三目くらい置いてそう。


 ニルハは満足したのかスラさんをテーブルに返して俺の向かい側に座り、頬杖をついて俺を見つめる。


「それに、君自身に興味があるんだ」


 真っ直ぐと見つめる彼女の黒い瞳は離れていても分かるくらい俺の姿を映していた。その凛とした目付きはまるで俺を値踏みでもしているかのように俺を離さない。


「……そんな大層な人間じゃないんだけどな」

「またまたぁ〜、謙遜しちゃって〜」


 この世界の基準がまだよく分からない。フィリアにも言われたがBランクはギルドの中でも上位の存在だということは理解したが、俺の異世界知識が偏っているのかBランクがパッとしない位置にあるものだと思い込んでしまっている。


 実際、デスバラッドは俺とスラさんだけじゃ倒せなかった。腕を切り落として眼を抉ったにもかかわらず奴はまだ戦えたはずだ。それに比べて俺とスラさんは満身創痍。カイトが来なければ、いま俺はここにいない。


 彼女は自分の砕けた態度に俺が反応しづらそうにしているのを見ると居住まいを正して重い声音で口を開く。


「……どうやら君は自己評価が随分低いように見えるね。行き過ぎた謙遜は傲慢になるよ」

「……すみません」


 少したしなめるような口調でニルハは俺を諭すと椅子の背もたれに寄りかかり、手を組み腕を上げて伸びをするとふーっと一息ついた。……一部分がぷるんと揺れて凄い強調されるその動きは俺の心にいくばかの安らぎを与えてくれる。おぎゃ……。


「コーキくんはこれから依頼?」


 ニルハはテーブルに突っ伏すと腕を枕にして上目遣いをしてきた。この人いちいち仕草があざといな……。


「えぇ、まあ。なんかキャサリン?ってレクチャーの人が来るまでここでお腹でも満たそうかと」

「あぁ〜……。キャサリンかぁ……」


 もうみんなして何その反応。その人本当にレクチャーしていいの? 幸先不安ですよ! 紅桔、やんなっちゃう!


「そんなに変なんですか、そのキャサリンって人」

「う〜ん、変だね。でもいい人なのは確実だから安心して。あとインパクトが凄いから実際に会うと目ん玉飛び出ると思うよ」


 なんじゃそりゃ。そんな海賊王の漫画のようなことにはならないぞ。断じて。これはフラグではない。カイトやらマスター、ガルドと相手にしてきた俺だぞ。面構えが違う。いや、このメンツ案外普通かも……。


 そんなこんなでニルハを混ぜて談笑をしていると先程のホールスタッフさんが料理を運んで来てくれた。


「はいおまちー! 唐揚げ定食とふわとろパンケーキだよ! ゆっくりしていってね!」

「あ、どうも」

「ありがとー!」


 スタッフさんは丁寧に料理をテーブルに並べたあと、お辞儀をしてそそくさと他のテーブルに向かって行った。気づけば依頼帰りなのかチラホラと冒険者のパーティが入れこんでおり、席もちょっと埋まっていた。


「へぇ〜。コーキくんってば唐揚げ定食を頼むなんて中々分かってるね」


 ニルハはひょいと唐揚げを一つ摘んでそのまま口にほおりこんで、味に舌鼓を打っていた。おい、それ俺の唐揚げ。


「ちょ、勝手に食べるなよ」

「いいじゃん、富は分かち合うもんだよ少年」


 俺の唐揚げは限定五個しかねぇんだよ。食いたきゃ自分で注文せんか猫娘。


「???、コーキ、これどうやって食べるの?」

「ん?」


 スラさんはパンケーキの皿の前で鎮座したまま右へ左へと体を動かして覗き込んでいた。


「ナイフとフォークを使うんだよ、ちょっと貸してみ」


 俺はパンケーキの皿を引き寄せ、手際よくパンケーキを六等分にカットするとひと切れスラさんに差し出した。


「ほれ、スラさん」

「むぉ」


 体をのばし、フォークの先端を丸呑みにするがごとくスラさんはパンケーキを頬張った。


「むっ! これおいしい! コーキ! もっとちょーだい!」


 もぐもぐとまるで咀嚼しているかのように体をうねらせてスラさんは次弾を要求してきた。


「いや、自分で食べんかい」

 

 と言いつつも俺はスラさんにまた一切れ、また一切れと次々に食べさせてやる。


「むむむ〜。人間の食べ物はおいし〜ね〜」


 心做しかスラさんはほっぺを赤く染めて文字通り蕩けていた。ほっぺあるんですか。


「コーキくん、スラちゃんにかまけてていいのかな? 自分の心配しないとこの先生きていけないよ?」


 そう言われ、ハッと自分の唐揚げ定食を見てみればなんと唐揚げが既に三個も失われていた。このアマァ……。


「次々食ってんじゃねぇよ、この代償高くつくぞ」

「おお、怒った! 怖い怖い。そうカリカリしなさんな」

「誰のせいや!」


 このままではニルハに全て食い尽くされてしまう。この女手癖悪すぎだろ! 教えはどうなってんだ!


「まぁまぁ、奢ってあげるからゆるして? ね?」


 ニルハは両手を合わせておねだりするかのように俺を宥めてきた。……可愛いから許そうかな!


「ちゃんとニルハが持ってくれよ。スラさんのパンケーキの分も」

「それ私関係ないよね?!」


 さりげなくここぞとばかりに付け足したが案の定ツッコミを入れられてしまった。チッ、すばしっこい猫だぜまったく……。


「ここは先輩として奢ってくださいよ」

「それ、後輩がシラフで言うセリフじゃないよ……」


 それでも、しつこく食い下がってみるとニルハはため息を着き、「まぁいいか」と思いのほかあっさり了承してくれた。やったぜ、美少女にたかる飯ほどうまいもんはねぇな! 俺、最低だな!


 そんなこんなで食事を取っていると不意にギルドの玄関から大声が聞こえてくる。


「あたくしの可愛い初心者ちゃんはどこのどいつかしら〜〜〜〜!!!」


 一見、文面だけ見ればただのお嬢様のような感じがするだろう。……まぁお嬢様がどこのどいつとか言わないと思うが。


 しかしそんな可愛らしいセリフとはまったく似ても似つかない野太く低い重機のエンジン音のような雄叫びともとれる声に嫌な予感が止まらない。見ろ、グラスの水も恐ろしいのか震えて波紋をたたせている。


「……コーキくん、待ち望んでいた人が来たみたいだよ」


 いかにもな猫目でニルハは玄関とは全く逆の方向に視線を逸らしていた。ニルハをよく見れば額やら頬に汗が滲んでいる。


 ……何となく察したぞ、ニルハよ。このパターンはオネェ系の人に違いない。


 意を決し、いざ当人をちらりと横目で伺う。


 その瞬間、俺の網膜に焼印を施すかのごとく強烈な容姿でヤツは仁王立ちしていたのだった。

次回投稿は1月31日を予定しています。

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