第3話 始まりの鼓動
第三話になります。よろしくお願いします。
森に咆哮の轟音が響き渡り、音を中心に森が恐怖を抱いているのか木々がそこから逃れようと葉を枝を揺らす。咆哮の主であるデスバラッドは戦闘態勢をとっている俺とスラさんに身も竦むような威嚇を飛ばしていた。
一時もデスバラッドから目を離すことが出来ない。静かな冷戦を繰り広げている緊張の中、ヤツを刺激しないよう俺はゆっくりと口を開く。
「スラさん、あいつの弱点とかは」
俺の問いかけにスラさんは手を自分の頭の方へ持っていき、指をさす。頭……だろうか?
「厶(眼)」
「……」
スラさん、それどこ指してるんですか。眼がないから分かりづらい。しかしこんな状況で突っ込める訳がなく、俺は真顔で首を縦に振った。
ともあれ、納得した。どんな生物でも眼があれば弱点となるはずだ、視覚を奪えばこちらの位置を察知することは難しくなる。だがデスバラッドは俺たちの小さい会話も聞き取るほど耳もよく、離れたところからこっちを捉えたくらいに鼻もいい。眼だけ潰してどうにかなるとは考えにくいが、迷っている暇はない。
「スラさん、俺が何とかして目を潰すから、あいつの気を引けるか?」
「ムン!(分かった!)」
俺の作戦とも言えないような内容にスラさんは躊躇うことなく了承する。するとスラさんは飛ぶように駆け出して、ヤツを中心に大きく弧を描いた。そしてデスバラッドを撹乱するために、背後へ回ろうとする。
しかしデスバラッドは走り来るスラさんを容易に回らせないよう、後ろへ少し飛んで俺たちから距離をとった。すかさず俺もスラさんの動いた方向とは逆の方へ移動しデスバラッドを挟むように陣取る。俺とスラさんの間に入ったデスバラッドは俺とスラさんを交互に見て対象を絞ろうとする。
赤い眼球をギョロギョロと動かして目標を設定したのかデスバラッドは俺の方へ身体を向けた。デスバラッドが背を向けたと、その動きにスラさんはいち早く反応し、一気にデスバラッドとの距離を縮めた。
「ムラアアァァ!!」
巨大な雄叫びを上げ、急激に間を詰めた速度を利用した頑強な拳を振りかざし、スラさんは俺を見たデスバラッドの一瞬の隙を突く。だがデスバラッドはまるで想定内だと言うような動きをした。俺から視線を剥がして体を翻し、スラさんの拳はデスバラッドの顔をすり抜けてゴゥ!!と風を切って空振った。
「ムゥ!」
外した拳を引っ込めようとした瞬間、ぐるんとねじれたタコのように身体を回してデスバラッドは左側の腕二本でガッチリとスラさんの腕をホールドする。固定する腕から脱出するため、すぐさまスラさんは腕の部分だけ硬化を解除しにゅるりと引き下げる。
固めた腕が急に抜けたことで踏ん張っていたデスバラッドは力を分散させることができず、体がよろけて脇を晒した。
「ムラァ!!」
その一瞬を逃さないようにスラさんはもう片方の拳でデスバラッドの脇腹を巨大な弾丸の如く殴打する。
「グォアア!!」
ドコンッ!と爆発したような音を轟かせ、よろけた方向への強烈な追撃を繰り出す。とてつもない衝撃にデスバラッドは声をあげて体勢を崩し、肩を地面にゴリゴリとこすった。この間に俺はデスバラッドの背後を取り一気に駆け出す。ヤツの頭部に目掛けて素早く天照を抜刀し、渾身の力で振り下ろした。
もらったッ!!と心の中で叫び天照の刀身がデスバラッドの頭頂部にその身を刻もうとする。
しかし、この一連の動きすら把握していたかのようにデスバラッドはわざと横方向へ体を回転させ寸前のところで俺の斬撃を回避した。天照がヤツの身体すら触れることなく地表に傷跡をつける。デスバラッドは地面を一回転して立ち直り、そのまま四つ足の態勢でバッタのように跳ねて俺へ突撃する。
「ッ?! なにぃ!!」
空を切った天照をすぐに引っ込ませようとするが、防御が間に合わずデスバラッドの頭部が左肩に直撃し、ビキッ!と腕から鈍い音が鳴る。
「ごはぁっ!!」
三メートルの巨躯が放つ凄絶な頭突きは俺の意識を一瞬飛ばし、強烈な勢いで地面を転がりまわり、土煙がそこら中に舞う。とてつもない痛みが全身を襲い、地面に叩きつけられた衝撃で節々の骨が折れていくような感じがする。壮絶な痛みに立ち上がることが出来ず、俺はその場で倒れ伏してしまった。
「ムムゥ!!!(コーキ!!!)」
スラさんは吹っ飛ばされた俺を気にかけるも、今デスバラッドに追撃をさせるわけにはいかず、さらに距離を詰めて仕掛ける。さすがに先ほどの強打を無視はできないのかデスバラッドはスラさんへターゲットを変更し応戦し始めた。
何度も互いの拳と爪が打ち合われ、猛烈な戦いが両者の間で繰り広げられるが、パワー負けをしているのか少しずつスラさんは押され始めた。高速のフットワークと素早い拳でデスバラッドの猛攻をしのぐがヤツの腕が四本と多く手数で負けている。
さらにはデスバラッドの強靭な爪がスラさんの頑強な拳を切り裂き、形を保てなくなっていく。その度、即座に生成しなおすが、デスバラッドの連撃に再生が追い付かず形がどんどんと崩れていく。
「ムッ……!」
ノリに乗ったデスバラッドの攻勢が徐々に苛烈さを増し、スラさんは防御するのに精いっぱいだった。防御ばかりをするスラさんに勝利を確信したのかデスバラッドは体をひねり、腕を大きく振った。
これは耐えられないとスラさんは両腕をさらに硬化させ前に構えるが、その防御は面を受ける姿勢であった。デスバラッドはスラさんの動きをみるやいなや、面の大振りから一点攻撃の刺突へと変わる。その攻撃の変化にスラさんは付いていけず、このまま受けることしかできなかった。
ザクッッ!!!
「ムァ……!」
無惨にもデスバラッドの爪先がスラさんの腕を貫通し、スラさんの体をもえぐり抜けてしまう。苦痛な叫びを上げ、先を読まれた圧倒的な一撃にスラさんは耐えられずに、ぼふんと煙を立てた。
「す、スラさん……」
その音をきっかけに朦朧とする意識を何とかつなぎ止め、俺は霞む視界を無理やり広げる。ふと頭から何か液体のようなものが流れ、触ってみると手のひらが真っ赤に染まっていた。目にかかる血を拭って軋む四肢にありったけの力を込めて起き上がると、ぼやける景色に煙の中の黒いシルエットと青い物体が目に映った。
「スラさん……!!」
スラさんは元の丸い状態で為す術もなく、デスバラッドの腕に貫かれ、まるで抵抗すら諦めたようにだらんと脱力していた。形を保つのもやっとなのか段々とゼリー体が下に伸びて液状化しはじめ、ポタポタと青い雫を垂らしていた。
凄惨な光景に俺は腕を抱えて目を見開くばかりだった。
デスバラッドはスラさんにはもう用がないとばかりに腕を振り、スラさんを地面に打ち捨てた。地べたに横たわるスラさんはピクリとも動かず、生きているのかわからなかった。
情けない。実戦の経験もない癖にあの力を知って自信過剰になっていた。碌な作戦も立てず、自身の流派に驕った。完璧なタイミングと踏んだ攻撃もたやすく回避され、初めての異世界での友人を死に晒している。こんな結末に導いた自分に怒りが抑えられない。
「くそ……くそっ!!」
強い歯ぎしりの音が鳴り、握る拳の爪が肌に食い込む。何が守りの剣だ。自分も友達も守れない。あんな啖呵切っておきながら、あっけなくやられてこのザマとは。悔しさが涙となって滲み出てくる。
濡れた目で睨む俺をデスバラッドは嘲り笑い、鼻を鳴らしてゆっくりと近づいてくる。迫りくる恐怖に抗おうと俺はボロボロになった腕の痛みに耐えながら、天照を強く握りなおす。
デスバラッドを見据え、一太刀でも浴びせてやると覚悟を決めていると、か細く消え入りそうな声が聞こえた。
「……む」
声の方を見やるとスラさんがゆっくり、ゆっくりと這いずりながら俺のもとへ寄り始めていた。
「スラさん!」
何故かスラさんの言葉が分からない。さっきまではあんなに話していたのに、もう鳴くことしかできなくなったのか。スラさんは必死に溶けかけの体を伸ばして少しずつ俺へとすり寄る。
しかし、それを見たデスバラッドはまだ生きていたのかと言わんばかりに、とどめを刺そうとスラさんの方へ向き直り、腕を軽く振った。
このままではスラさんが殺されてしまう。戦慄く体を動かそうとするが足が前に行かない。一歩ずつ、着実にデスバラッドはスラさんへと進み、両腕の爪をかち合わせ豪快な金属音を鳴らす。
「動け……動けよ!!」
動かない足を怒鳴っても言うことを聞いてくれない。目の前でスラさんが殺される。そんなことを想像すると居ても立ってもいられないはずなのに足は拒み続ける。鉛みたいに重い足は俺と地面を縫い合わせていた。
「やめろ……やめてくれ……」
俺の嘆きはデスバラッドに届くはずもなく、耳すら反応しない。こうしている間にもゆっくりと二人の距離が縮まっていく。スラさんは浅い呼吸をしているように小さく動き、短く細い触手を震えながら伸ばして、なんとデスバラッドを挑発していた。まさか、俺を逃がそうとしてるのか?!
「だめだ! スラさん!」
俺が叫んでも状況は何一つ変わらない。スラさんは挑発し続け、逃げるように俺へ合図を送ってくる。動くのもやっとのはずなのに無理しているのが明らかだった。そんな健気な姿に俺は自身の無力さを感じていた。せめて俺がまともに戦えたらもっとマシな結果になったはずだ。
「やめろ……」
呟きとも聞こえる俺の言葉はデスバラッドに届かない。俺の中の悲しさが徐々に怒りになり、心の炉の火がどんどんと焔へと変化していく。体の温度が上がっていき、全身を巡る何かが燃え盛るように熱くなる。
スラさんとデスバラッドの距離がもう手の届く範囲にまで近づくとデスバラッドの腕がゆっくりとスラさんを捉え始め、腕を掲げた。スラさんももう力がなくたったのか、くたりと触手を垂れさせ始める。同時にデスバラッドの腕がスラさんを突き刺そうとした瞬間。
俺の中の焔が爆発した。
「やめろぉ!!!!」
喉がちぎれるほど叫ぶと突如、周囲の木を根元から吹き飛ばすような豪風が巻き起こり、デスバラッドを襲う。その強風をから身を守るようにデスバラッドは咄嗟に身をかがめ地面に張り付く。風に巻き込まれ、スラさんもデスバラッドのもとから茂みの奥へ隠れるように飛んでいった。
風は俺を中心に渦巻いていた。まるで台風でも起きてるかのように、轟々と風が吹き荒れる。自分でも訳が分からない。ただこの風が吹いていると俺の中から何かの力が抜けていくような感じがする。その脱力感からこの風は俺の中の何かを燃料として起こっていると理解した。
急激な俺の変化にデスバラッドは驚いたのか姿勢を低くし、口を開けて静かに威嚇した。あのデスバラッドが俺を威嚇している。ということはこの力を警戒しているのではないだろうか。それほどヤツにとってこの風が脅威になっているんだ。これの力を使えればあいつを倒すことができるかもしれない。
俺はこの風の力に最後の望みを賭けることにした。アドレナリンが出ているせいかさっきまでの痛みがマヒしていて身体を動かせる。この痛みを忘れている間しか戦うチャンスは無い。俺は腰を下げ、天照を逆さにして半身になり、二刀一心流の構えをする。
今構えている型は「月鏡」というもので主に敵の攻撃をいなし、カウンターを狙う型である。まともに打ち合うのではなく、相手の勢いを受け流しながら最小限の動きをして相手の隙を狙う。ある意味では近接戦闘において体力の続く限りはほとんど無敵を誇る型になる。
ただそれはあくまで相手が人である場合に限る。このバケモノにどこまで通用するかは計り知れない。だが先の戦いでこちらから攻めるのは不利だと学んだ。この戦いに勝つには一度の反撃で致命傷を与えることだ。やるしかない。
体の熱を冷ましてくれるのか周囲の風が俺へと集束し、俺の身体に風が纏う。心做しか自分の体重が無くなったのような気がする。額から流れる血を腕で拭って静かにデスバラッドを見据えると、俺は顎をくいッと動かし、挑発した。
「ガアアアアァァァ!!!」
先ほどまで狩る側であったのに、自分が狩られる側になったと理解したデスバラッドは簡単に挑発に乗ってくれた。四足歩行ならぬ六足歩行の状態でドドドドドッ!!と大地を踏み鳴らし、猛烈な勢いで突っ込んでくる。
突進をかましてくるデスバラッドの動きに合わせて俺は少し、左によれる。しかし追尾するようにデスバラッドは向きを調整してまっすぐ俺へと向かってきた。その動きにさらに合わせるようにして次は右へとよれる。
どちらに行くのかはっきりしない俺の動きに、デスバラッドは煮えを切らして動きにかまわず勢いをつけて、強烈なタックルを仕掛けた。それと同時に俺は足を開いて左へ急速なターンをする。その動きに合わせてまとっている風が俺を少し浮かして、ターンを加速させる。尋常じゃない速さにデスバラッドは付いてこれなかった。俺は突進に合わせて回避しつつ、デスバラッドの体に天照の刃を添わせる。
キキキキキッと火花が散り、まるで金属をこすったかのような音が鳴り響く。だが体毛が邪魔をして肉体まで刃が届かない。完全にヤツの体に刃を当てたはずだがどうやらあの黒い体毛はとてつもない硬さをしているみたいだ。刃を当てた程度じゃ毛すら切れないとは、あのスラさんの一撃を耐えるだけのことはある。
デスバラッドはそのまま通り抜けて急ブレーキをかけ、その勢いを利用して滑りながら体を反転させてもう一度突進してきた。俺は先程のような動きを繰り返して同じように回避を続けた。
さっきの余裕がどこへ行ったのか突進は何度も繰り返された。一撃を打ち込みたいが、カウンターを入れるのために突進を止める必要がある。俺としてはあまり時間をかけずに一気に決めたいところだ。ずっと回避し続けるのは痛覚がマヒしているとはいえ、いずれ体にも限界が来る。
避けながらどうにか手段を考えていたら、俺の動きにキリがないと判断したのかデスバラッドも突進をやめ、体を起こして腕で攻撃する。デスバラッドの四本の腕から繰り出される絶え間ない攻撃が俺を襲う。俺の天照一本に対してデスバラッドの四倍の手数に苦戦するかと思われた。だが俺を纏う風のおかげか、反応速度が飛躍的に向上していて、スラさんの時よりも遥かにヤツと戦うことができた。
刀と爪がかち合い、巨大な金属音が連続して空気を震わせる。デスバラッドの何度も繰り出される連撃を捌き、いなし続けるのは困難を極めた。一発一発が重いくせにやたらと速く、しかも息をつく暇もないほどに繰り出されるデスバラッドの猛攻は、天照ごと俺の腕を軽く持っていきそうだった。少しでも捌く方向を間違えれば俺の手首がねじ切れてしまう。ちょっとの油断がもとで屍をさらすことになる。
しかし、デスバラッドの体毛よりも硬いはずの爪とやり合っているというのに、俺が振るう天照には何一つ傷がついていなかった。ガキンッ!!と甲高い音を何度も出して連続攻撃に耐えている。いや、どちらかというとヤツの爪に細かいながらも傷がつき始めていた。
激しい打ち合いの中、俺は天照とデスバラッドの爪を交互に見ていた。もしかして斬ることができるんじゃ。
あの死角からの一撃をミスしているから本当のところはわからないが、現に天照は防ぎつつ爪に傷をつけ続けている。こちらからの斬撃はデスバラッドの体を切断することができる。この事実が俺に希望を持たせてくれた。
だがこのまま続けていればジリ貧だ。アドレナリンが切れ始めているのか、徐々に身体のあちこちから悲鳴が上がっていた。いずれはこの風の恩恵もなくなり、体力も切れて負けてしまう。ここで勝負を仕掛けるしかない。
そう思い、俺はデスバラッドの攻撃を一度だけ強く左へいなした。自身の力をそのまま受け流され、さらに俺の捌く勢いが加算することでデスバラッドの重心がずれ、身体全体が左へ傾く。その隙を逃さずに、俺は腕を回転させて流れるように下から斬り込む。
体幹がブレたデスバラッドは反撃を想定していなかったのか、慌てて片方の腕で対抗しようとした。だがそれすらも予測していた俺は全体重を右足にかけ、左腰から一気に力を込めてデスバラッドの片腕を斬り上げた。
ガキィィン!!!!
惜しくも投げ出されるように放った一閃はヤツの腕には届かず、極太の爪にヒットする。しかし俺の凄まじい一振りにデスバラッドの腕が弾けるように仰け反り、上へ放り出されたデスバラッドの腕の先からパキッという音が鳴った。
見上げると手先の爪がパックリと割れ、切れ端がクルクルと回転して宙を舞っていた。俺の斬撃がヤツに通ったのだ。しかも一番硬いであろう爪を斬り裂いた。
さらに左に重心をかけていたデスバラッドは唐突な俺の襲撃に体重を右に持っていかれ、完全に身体の軸が傾いた。腕を宙に躍らせ、デスバラッドの胴がガラ空きになり、無防備な顔を曝け出す。追撃するなら今しかない。しかし放った右手を戻すとヤツの防御が間に合ってしまう。せっかくの好機をものにできず焦り、歯噛んでしまう刹那。俺の頭に爺ちゃんの声が響き渡った。
『月詠を抜けッ!! 紅桔!!』
その言葉に俺はハッとし、咄嗟に呆けている左手を右腰に携えた月詠へ運ばせ、柄を握った。まるで熟練の武士がするみたく、瞬時に抜刀し、すべての筋肉を使ってデスバラッドの眼を狙う。
二刀一心流抜刀術「疾風」
腰から放たれた月詠のそれは俺の知っている「疾風」ではなかった。抜いた瞬間、月詠に黒い風の渦が纏い、刀の重さを感じなくなる。振り上げる刀は風が吹いたかのように軽くなり、黒い渦がさらに刀を後押しする。急激な攻防の反転にデスバラッドは対応が追い付かず、残った右腕二本で守りを固めた。しかし月詠の放つ光のごとき鋭く、黒い閃撃はヤツの二本の剛腕をバターのように容易く断ち切り、左頬ごと眼をえぐり斬った。
「ゴォアアアアァァァァァ!!!!」
青い空へ噴水のごとく血しぶきが飛んだ。デスバラッドの悲痛な叫びが天に轟き、切り落とされた二本の腕が地面を転がる。顔に残った一太刀の跡が致命傷を与えた証として物語っていた。ヤツの苦しみもがく姿に俺は勝ちを確信する。しかし、これで終わりじゃなかった。
突然、デスバラッドは弾き飛ばされた腕を子どものようにブンブンと振り回し始めた。これくらいの攻撃なら「月鏡」の型をすれば容易く弾くことができるだろう。
だが、今の俺は大振りをしたばかりでどちらの刀も切り返せず、デスバラッドの悪足掻きを防ぐことができない。幸い斬った眼を庇うようにしているからか俺が見えておらずギリギリのところで逃げれる。
そう思って足を後ろへ持っていこうとした時、ガクンと支柱が外れたように膝が折れた。
「は……」
思わず声が漏れる。今ので力が抜けてしまい、刀が手から抜け落ちていく。体にガタが来たんだ。ただでさえ満身創痍なところを鞭を打ち、アドレナリンに助けられて動いていたんだ。全身に痛みが走り始める。勝ちを確信した時に安堵してしまったんだろう。もう身体に力が全く入らない。
両膝を着き、腕を垂れさせた俺に悪あがきのようなデスバラッドの腕が右腕を打つ。ボキッ!と鳴ってはならない音が体に響いてきた。
「ぐふっっ!?」
肺を絞るように出された悲鳴はどつかれた衝撃でかき消され、ぶっ飛ばされた俺はまたもや地面を転がりまわった。同時に天照と月詠も手放してしまい、それぞれ違う方向に散らばっていった。
ボロボロの体に鞭を打ち過ぎたせいか、さっきよりも痛みが酷く、傷も深くなってしまったようだ。うつ伏せになりながらも飛ばされた跡を見ると、血痕がデスバラッドへと続いていた。
もう指の1本も動かせない。力なく俺は、必死に顔を覆って呻き、痛みを堪えているデスバラッドを眺めるしかできなかった。すると側方の茂みがガサリと動いた。なんとか視線だけでも送り正体を確認する。
出てきたのは溶けかけていたスラさんだった。戦いの合間に回復していたのか完治までは行かないものの、さっきよりかは動けるようになっていた。モンスターの回復能力凄いっすね……。
スリスリと地面を擦りながらスラさんは俺の顔付近まで近づき、傷だらけの俺の肩を覆うようにゼリー体を伸ばし始めた。
「スラさん……なにを……」
「むぅ……(じっとしてて……)」
破れた衣服の隙間から中へ侵入し、冷たい液状のような物体が俺の傷口を塞いでいく。熱く煮えるような傷がひんやりと冷却されていくのが分かる。少しずつ痛みが引いていく。
「スラさん……こんなこともできるんですか……」
「むふっ……(どやっ……)」
へへっと力なく笑う俺に呼応してスラさんも笑った。というかいつの間にかまたスラさんの言うことが分かるようになってる。どうなってんだ。
スラさんが傷を癒してくれているとはいえ、今すぐに動けるわけじゃない。こうしている間にもあいつは傷の痛みに慣れていつ襲ってくるか分からない。刻々と死刑を待っているような気分だ。
そんな危惧が現実となる。デスバラッドが呻くのをやめたのだ。そして大きな鼻をヒクヒクさせ、ピタッと止まる。するとおもむろに頬がえぐれた顔面を伏している俺たちの方へと向けた。ヤツの顔にはまだ右眼が赤く輝いていた。
「あー……終わった……」
「むん……(だね)」
デスバラッドの眼が完全にこちらを捉えている。グウゥと唸り、半分残った右腕からドボドボと血が垂れている。あんな大傷でまだやるってのか。もはや執念に近いな。
もうできることはない。スラさんはまだ俺の傷の治療をしてくれているけど、どう考えても間に合わない。でもスラさんはもう逃げれるくらいはできると思う。俺はスラさんに逃げるように言うが一向に聞いてくれない。どうやら俺だけ置いていくのが嫌なようだ。さっきは俺に逃げろって言ったくせに、かっこつけてまぁ……。
デスバラッドはゆっくり歩みを進め始める。手負いのため早くはないがそれでも数十秒で着くだろう。転移した時は信じられなかったけど、スラさんと出会い、自分の異常な力も見て異世界に来たことを自覚した。その異世界での初戦闘で死を迎える。もし死んだらどうなるのだろう。自分の世界に帰れるのか。あるいはここで骨を埋めることになるのか。
おそらく後者だろう。別に俺はサーヴァントでもなんでもない。死んだからといって元の世界に帰れるわけじゃない。
きっとここに転移させた人がいるんだろうが、次はちゃんとした場所に転移させてほしいものだ。まぁ次なんてないんだけどね。
齢、十七にして人生を終えるのか。早いもんだな。こんなところで死ぬなんて爺ちゃんと父さんには本当に悪いことをしたな。とんだ親不孝者だ。死んだら天国へ行くんだろうか。そしたらもしかすると母さんに逢えたりするかな。でもここ異世界だからそんな可能性は無いのか。そう思うと少し寂しい。
俺は目を閉じてこれから起こるであろうことに身を任せることにした。スラさんは最後まで粘るつもりなのか自分の体を今の限界まで広げて俺を保護するために覆いかぶさってくれる。スラさんはまだあきらめてないんだな。尊敬する。
足音が大きくなっていき、やがて音が止んだ。脳裏に爺ちゃんや父さん、スラさんに烏丸なんかも出てくる。……え、これだけ? いや交友関係少なすぎるでしょ俺。そして最後になぜか仏壇にある母さんの映った写真が浮き出た。最後の最後に出てくるなんて、なんだかんだ言って、母さんのこと色々気にしてたんだな、俺。
流れる走馬灯に想いを馳せていると、自然と瞼の裏側が濡れてくる。目頭が熱くなり、閉じた隙間から涙が零れて土を色濃くしていく。
「……ごめんな」
誰に向けたかもわからない言葉をこぼし、覚悟を決める。オォォと頭上から唸る声が聞こえた。
デスバラッドはもうすぐそこにいた。残った左腕を上げ、その後勢いよく振り下げたその時。
ドンッと地面が揺れた。デスバラッドがとどめを刺した音ではない、別の何かだった。きっと外したんだろうと思い、そのまま目を閉じていた。だが少し待っても一向に来ない。どうなっているんだ。
そう思って少し目を開くと、デスバラッドが脳天から臀部まで貫かれ、地面に串刺しになっていた。何事!? と思い、もう少し見ると何やら黒い塊?でできた、先が大きく刃幅の広い菱形の槍が雄々しくいきり立っていた。するとどこからか人のような声が聞こえてきた。
「—————————?」
何を言っているのかわからない。いや、正しくは知らないだな。日本語じゃない言葉が聞こえてくる。
声の主を探そうと重い瞼を力いっぱいに開く。そうすると急に地表が黒く染まり、円状かつ穴のように広がっていく。しばらくすると、まるで深淵のような穴から白い髪の毛がぴょこんと跳ねた。
「……へ」
目の前の情報の多さに唖然していると白い髪の持ち主がズズズッと地面の中から生えてくるように姿を表したのだった。
次回更新は1月16日を予定しております。




