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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
第一章 氷人族の少女
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第44話 不安な夜

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

この作品を始めてから一年が経ちました。

いつも読んで下さりありがとうございます。


第44話になります。

よろしくお願いいたします。





 夜の帳がすっかりと世界を覆いつくし、黒と青が滲む空の下、私はギルバザークに連れられて町の外にある野営地に足を運んでいた。


 簡素な造りをしたテントと私を運んでいた荷馬車があり、その荷馬車には所々泥のほかに血が乾いた後のような赤黒い染みも見受けられる。


 きっと私が逃げだしたあの日、ゴブリンの群れに襲われていた時の残骸だろう。荷馬車や積荷、馬が無事なところを見るに、あの大群をたった一人で退けたのかと思うと私は自然とこの男に恐怖を覚える。


 テントの傍にいる馬が待ちくたびれたのか、ブルルと鼻を鳴らしながら首を振り、蹄鉄を地面にこすり付けて手持ち無沙汰をアピールしている。明らかに機嫌が悪そうだ。今、あの馬の後ろへ回ればきっと容赦なく蹴り飛ばされそうなほどの獰猛さを感じる。


「すまないな、待たせてしまって」


 そう言いながらギルバザークは不機嫌な馬の様子に少し顔を綻ばせながら、荷馬車から薪を取り出して円形状に突き合わせると、中央に枝や葉などをかき集める。そして軽く指を鳴らすと小さな火種が彼の目の前に現れ、薪へと乗り移った。


 じきにパチパチと木が燃えて弾けているような音が聞こえ始め、小さな火がやがて大きな炎へと変貌する。


 ある程度火が大きくなった後、ギルバザークは荷馬車から木箱を取り出すと、中から人参を拾い上げて馬に食べさせた。


 ボキボキと無骨な音を響かせながら人参を貪る馬の胴を撫でながらギルバザークは私の方など見向きもせずに口を開いた。


「……そこで突っ立ってないで座ったらどうだ」


 不満げに元から低い声をより低くした声音に私は一瞬びくりと肩を跳ねさせる。しかし、腕に抱いていた彼の大切な刀を落とすわけにはいかず、腕に込める力をより一層強めて強張る唇を戦慄かせる。


「……なに? 今更になって口を利くようになったの?」


 まさか向こうから話しかけられるなんて……。この男に捕まってからその口からそんなことを言われたことなんて一度もなかった。私がどんなにわめいても首を横に振るか無視するかだったのに。


「もう貴様は私の商品ではなくなったからな。あの少年が対価を払い、貴様を物じゃないと言い張ったのだ。であれば私もそれに準ずる」

「……」


 それはつまり、誰かが私を買ったとしても、その買い手が私を人として扱わなければそれと同様の扱いをするということ。なんて勝手で傲慢なのだろう。


 だが皮肉なことに私は本当に運が良かった。一週間前、ゴブリンたちが襲って来てこの男から逃げ出したあの日。コーキという男の子が私を見つけてくれてこうして私を奴隷から解放しようとしてくれている。彼がこの元の世界との繋がりのある大切な刀を手放してまで、私を買ってくれた。奴隷撤廃を謳う国の下で奴隷を買うというリスクを背負ってまで、私を助けようとしてくれている。


 しかしそこまでして私を助ける理由はなんなのか、それが分からない。口では解放してやると言われても高い金額を出してまで私を助けるメリットはなんだろう。


 やはり、彼も氷人族が珍しいというのを知ってしまったから物珍しさで私を買ったのだろうか。解放というのは建前で本音の方は私の嫌う人族の貴族どもと根底が同じかもしれない。


 そう思うと今この状況が本当に良かったのか不安になってくる。


 だけど今までの彼の柔らかい態度はとてもそういった下卑たものではないとも思えてしまう。


 彼は異世界人とはいえ、私の故郷を奪った憎むべき人族と同じではある。けれど……彼の厚意は本物……だと信じたい。


 まだ彼を信じられない自分が心のどこかにいて、どうしたらいいのかわからない。彼は一体何を感じて私と一緒にいるのだろう。


「本来ならば貴様はウランドラスまで持ち込んで好色の貴族どもにでも売ってやろうかと思っていた。しかしあそこの貴族は安く買い叩こうとするからあのままウランドラスへ行ってはあまり利益を得られなかったやもしれん」


一人モヤモヤと悩んでいるのをよそに、ギルバザークはフっと笑って口角を釣り上げる。


「だがあの少年……コーキ殿はどうだ。値切るどころか足りない分を大事な自分の刀とやらで補填し、貴様のために売ったのだ。見上げた男だまったく、私はとても彼を気に入った」


嘲笑うように気に入ったと宣うギルバザークに、私は無意識に刀を抱く腕の力を更に強める。不敵な笑みを浮かべる奴の表情に背筋が強張り、頬から一粒の汗が滴る。


「きっと彼は私にとって良い顧客となる。甘く穏やかな世界で暮らしてきた彼からすればこの世界の奴隷は目に余るだろう。私がまた君のような奴隷を用意すれば、少年は後先も考えずに金を落としてくれるに違いない」


恍惚とした笑みでギルバザークは馬に餌をやりながら高らかに嗤う。なんて根が腐り果てた人間なのか。


少なくとも彼はこんな下衆の商人と同じではないと確信が持てる。


こいつは私以上に彼を利用しようとしてる。それも彼の良心を弄ぶのを前提として。


さっきまでこの男に対して恐怖を覚えていたのに、今はとても腹立たしく感じる。


私は自分のために頑張ってくれている人がこの先、大変な目に遭おうとしてるのを見過ごせるほど私の心は冷たくない。


すると不意に抱いていた彼の刀たちがかち合って軽く音が鳴る。目を落とせば漆の塗られた黒い鞘が怪しく光っていた。


……今ここでこの刀を使えば背を向けて油断しきっているこの男を刺し殺せるかもしれない。そうすれば彼はこの男に目をつけられなくなる。……自分の命と引き換えにだけれど。


そう思った瞬間一気に手汗が滲み出て鼓動が忙しなく胸を打ち鳴らし始める。


簡単なはず。馬のたてがみを愛おしそうに撫でるギルバザークを後ろから近づいて刺すだけ。私のことをなんとも思っていないこいつを今なら仕留められる。私が自分の命を省みずに襲ってくるとは思いもよらないだろう。


異様に荒くなる息を気づかれないように潜め、ゴクッと生唾を飲む。


大丈夫ゆっくりと近づいて気取られないように刺すだけ。


何度もそう思って片方の刀をゆっくりと地面に置いて、もう片方の鞘を持って柄を握り、ギルバザークから目を離さず、刀身を引き抜こうとする。がしかし、抜けなかった。


なぜ抜けないのか一瞬戸惑い、刀に目を落とす。


刀が重いから? 思ったように引き抜けなかったから?


頭では心の底から憎いあの男を殺そうと思っているのに、どうしても身体がこの刀を抜こうとしてくれない。


まるで刀が抜かれるのを嫌がってるみたいに、私の腕が抜くのを躊躇っているみたいに引き抜けない。


……躊躇ってる? あの奴隷商人を殺すのを? 自分も一緒に死ぬことに怯えてるから? それともせっかく彼が助けてくれるのに自分から死のうとしてるから?


その瞬間、彼の顔が脳裏に浮かぶ。濁った眼をこちらに向けて、あどけない笑顔を向けてくる彼の姿に私はつい顔を綻ばせてしまった。


……いや、きっとどれも違う。なぜかは分からないけども。


もし私が死んだら彼はどう思うのだろう。あれだけの金額を払ったのに死ぬなんてと怒るのだろうか。それとも厄介事にもう絡まれなくなると喜ぶのだろうか。


それとも……悲しむのかな。


 そう考えてしまうともうダメだった。柄を持つ手から一気に力が抜けていく。すると刀が私の手から離れ、ガタンと無機質な音を立てて地面に落ちてしまった。


「……む?」


 その音に反応してギルバザークが振り向くと地に落ちた刀を見て顔を顰める。


「貴様、気をつけろ。手荒く扱ってくれては困るな」


 ……ムカつく。これは彼の刀なのにまるで始めから自分の物だったかのように……。そしてこんな男すら殺せない私にも腹が立つ。


 眉を顰めてギルバザークを睨みながらも刀を拾い上げる。……ごめんなさい、あなたの刀を落としてしまって……。


 ここにはいない彼のことを思いながら、刀を抱く力を少し強める。


「それは荷馬車に入れておけ。誰かに盗まれでもしては困るからな」


 しかし、私の思っていることなんてまったく察することもなく、ギルバザークは冷たく言い放つ。むかっ腹が立つが、仕方なく言う通りに彼の刀を抱えながら荷馬車の中へ入っていく。


 荷馬車の奥は暗くてよく見えないけど商人の荷物やら私を入れていた檻があったり物で溢れていた。


「もうここに戻ることはないのよね……」


 あのゴブリンの襲撃で形がひしゃげ、入り口の扉が開いた檻を眺めつつ、一人ぽつりとつぶやく。


 あの時、彼が私を見つけてくれたからこうして解放までこぎつけることができた。けれどその反面、彼は私なんかのために大切なものを切り捨てた。


 彼への感謝の気持ちと申し訳なさが入り乱れて、感情がぐちゃぐちゃになる。


 せめて、今だけは大切にしたい。


 そう思って私は自身の腰に巻いてあった布を取り外し、刀にくるくると巻きつけた。そして巻かれた彼の刀をじっと見つめたあと、感情をグッとこらえてゆっくりと置いた。


 荷馬車から降りる際、つい振り返って見てしまう。荷物の山に囲まれてどこか寂し気な雰囲気を漂わせる刀に私は目が離せなかった。


「おい、すこしこっちへ来い」


 すると背後から私を呼ぶ声が聞こえる。振り返るとギルバザークが腰を木箱に落として何かを持っていた。


「これに血を垂らせ」


 後ろ髪を引かれながらも荷馬車から離れてギルバザークもとへ歩み寄る。見れば一枚の紙を持っていた。奴隷契約証だ。けれど彼がサインした物じゃない別の契約証みたいだった。


「これって」

「私が使っている契約証だ。これと貴様の首に着けている隷従の首輪が連動している。私の血と貴様の血をここに垂らして私が契約破棄を望めばその隷従の首輪は解放される」

「……それで私は解放されるのかしら」

「まぁそれでも別に私は構わないがね。コーキ少年が貴様を奴隷として扱わないと言い張っているから隷従の首輪があってもなくても大して変わらないだろう。だが契約証に関しては彼にも渡さねばならん。着ける着けないは好きにすればいいが、隷従の首輪は渡させてもらうぞ」

「たったこれだけで解除できるなら悠久亭で解放すればいいじゃない。なぜここまで来てわざわざしなければならないの」

「念には念を、だ。対価を支払ったコーキ少年のことを疑いたくはないが用心をするに越したことはない。もしあの場でこの単純な方法を教えてしまえば何をされるか分からないからな」


 ギルバザークは喋りながら懐からさっきの時と同じナイフを取り出して鞘を抜くと、自身の指先に軽く刺した。刺したところから膨れるように血の玉が小さく溢れる。そして指を逆さにすると契約証の紙面に一滴、血が滴り落ちる。落ちた血は紙面に吸い込まれるように滲み、消えていった。


 それを確認するとギルバザークは私にも同じようにしろとナイフの刃先を私に向けて手渡してきた。……刃を向けて渡す当たり、この男の性格が見て取れる。


 目を細めつつもナイフを受け取り、自分の指先を指してギルバザークと同じように契約証に血を垂らすと急に契約証が淡く光り始める。そして同時に私の首元も淡い光を放った。


 すると自然に私に着けられていた隷従の首輪が自ずと剥がれ落ちるように外れた。


「これで名実ともに貴様は自由の身となった。あとは明朝、コーキ少年がここへ訪れて残りの手続きも済ませるだけだ。貴様はもう寝ろ」

「……分かったわ」


 そう言いつつ地面に座る。地面は砂と土と少しばかりの雑草。……せっかくコーキが買ってくれたこの服を汚したくはないけれど仕方ない。明日、彼に謝らないと……いえ、お礼を言うのが先ね……。


 と、横になろうとしているとギルバザークに呼び止められる。


「おい、何をしている」

「え……」 

「言ったはずだ。貴様はもう私の商品ではないと。何も敷いていないところで寝ることは許さない。寝るならそこのテントの中で寝ろ」


 ……まさかそこまで気をまわすなんて思いもしなかった。冷たい檻の中で一年ずっと過ごしてきた身からすればなぜか新鮮に感じてしまう。


「……」


 多少面を食らったけれど、この台詞の意味はおそらく私を気遣って言ったものではない。私がもう他人に譲渡されたあとであり、彼の所有物として見ているからだろう。でなきゃこんな台詞はこの男の口からはこの先一生出てこないはずだ。


 私は返事もせず、ギルバザークを一瞥だけしてテントの中へと入る。そこには一人分の毛布が用意されていた。これを使うのか……?

 

「毛布があるだろう。それを使え」


 まるで私の心を読んでいるかのようなタイミングで外からギルバザークの声が聞こえる。


 言われた毛布を手に取ると、汗が発酵したような渋い臭いが鼻を劈く。


「く、臭い……」


 彼が泊っている部屋ではこんな臭いはまったくしなかった。……そういえば彼って結構いい匂いしてたような……。


 ともかく、この夜を過ごせば彼のもとへ戻れる。


 私は毛布にくるまって横になると、ゆっくりと目を閉じたのだった。



次回投稿は1月14日予定です。

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