第42話 天秤
第42話になります
よろしくお願いいたします
人にとっての究極の選択とはなんだろうか。例えば働くサラリーマンの場合、毎日仕事に忙殺されて蔑ろにされた恋人から「仕事と私どっちが大切なの!?」と訳の分からない選択肢を突きつけられたとしよう。
まず前者の仕事を選んだ場合、恋人はこう答えるだろう。
「そんなに仕事が好きなら仕事と付き合えばッ?! バカ! 死ね!!」
……いや、最後の部分はちょっと言い過ぎではなかろうか? え? そうでもない? 難しいなぁ……。
ともかく、機嫌を損ねる選択肢をとってしまうと二人の関係は容易に破綻してしまうということだ。
だが後者の恋人を選んだ時、どんな反応をするかご存知であろうか?
……知らないんだなぁ、これが。だって俺、彼女いたことないもん。分かるわけねぇじゃん。痴話喧嘩なんて知るか、ボケ。勝手にやってろ。
なぁにが究極の選択だ。俺からしちゃあこんなの、スパゲッティとパスタくらいの違いしかねぇからどっちとっても変わんねぇよ。独り身舐めんなコラ。……まだ学生なんだけどね!
で、なぜこんなしょうもない話をしているかと問われれば、それは今の俺の状況から起因するのだ。
誰しも人生において選択をしないことはない。いくつもの選択をして自分の道を選んでいくだろう。
だが、数ある選択の中で自分の意思で選ぶのが酷く難しいものが存在する。
それが究極の選択。
とどのつまるところ、究極の選択とは、詰みの一手である。
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「足りない分は別のもので払え?」
俺は口をへの字に曲げて目の前の男が発した言葉をそのままそっくり繰り返した。
「当然だ。私はお人好しでもなければ気の利いた人間でもない。事に、それが商談の場であれば尚更だ。ただの商人と同じに見てもらっては困る」
固い意思を示すかのようにギルバザークは語気を少し強めて言い放つ。
少しばかり融通が効くかなと思っていたが全くもって全然そんなこと無かった。この奴隷商人、大分堅物だな。
だが向こうからすれば俺は初めて会う人物であり、尚且つ異世界人だ。警戒しないわけがない。
まぁ白金貨一枚まけろという方がおかしいから当然の反応だ。百万円まけてくれといってるようなもんだからな。そこはもう仕方ない。
問題はその対価を何で払うか、だ。
「……ちなみに別の物って言ったけど具体的には?」
何を求められるか想像もつかない。おそるおそる問いかけてみる。
「なに、別段難しいことはない」
その時、不意にギルバザークが笑みを浮かべた。
「そこのスライムを私に譲ってくれればそれで手を打とうという話だ」
思いがけないギルバザークの言葉に耳を疑った。スラさんを渡せと?
「待ってくれ、なんでスラさんを?」
「単純にそのスライムが珍しいからだ。言葉を理解し、意思疎通ができるモンスターなど極めて貴重だ。それに私は見たのだよ、彼がその奴隷を抱えて走っているところをね」
なるほど、変身して喋るスライムは普通じゃありえない。珍しくて欲しくなったと。だがどんな理由があろうとその誘いに乗る気はサラサラない。
「悪いんだがスラさんはモノじゃないからその選択肢はない」
「ほう、ならばこの話はなかったことになるが?」
「いや、そもそも選択肢にないって言ってるんだ。別の案があるなら俺はそれを受け入れる」
「君、意見できる立場だと思ってるのかね? 随分図々しい男だ」
「こればっかりは言わせてもらうがな、俺はスラさんを道具とも飼い犬とも思ったことは一度もない。言わば友人だ。友人は売れないって言ってるんだ」
「飼い犬でない……? 君、テイムをしていないのかね?」
「ああ」
するとギルバザークは尚更興味深そうに前のめりなった。
「つまり、そのスライムは自らの意思で君の元にいると言うのか、益々興味が湧いた。君がこの条件を飲んでくれるのであれば足りない分だけと言わず、もう一、二枚はまけても良いくらいだ」
「しつこいなあんた。何を言われようと俺は―――「コーキ」
俺が頑なに拒絶し続けていると横からスラさんが口を挟んできた。おい、まて。なんでこのタイミングで止めるんだ。嫌な予感しかしないぞ。
俺以外にも察しがついているのかレイナやギルバザークの表情が変わっていく。
「待てスラさん」
しかし俺の願いとは裏腹にスラさんは表情を一つも崩さず一言、俺に告げた。
「コーキ、ボク、役に立てるよ」
「いや、そうじゃない。役に立つとかそんな話じゃないんだ」
この子は何を言ってるんだ。なぜ今その言葉が出るんだ。
「そうよ。こんなバカな話、鵜呑みにしないで」
レイナも焦る表情を浮かべながらスラさんを諭す。彼女にとってスラさんはここに来て初めての話し相手になった存在だ。止めないわけがない。
「でもこれが一番手っ取り早いよ?」
「て、手っ取り早い……?」
レイナは戦慄しているのか言葉が詰まっているように見えた。
「うん。レイナはコーキの買ってもらえるし奴隷から解放もされるから良いと思うんだけど」
「違う。スラさん、俺はそんな方法でレイナさんを助けたくない」
「……でもこの期を逃したらレイナはどうなるの?」
「この期も逃さないし、スラさんも渡さない」
「強欲な少年だな。二兎追うものは一兎も得ずと言うだろう? 奴隷かスライムか、どちらかを切り捨てなければ得られるものも得られないぞ?」
フッとギルバザークは不敵に笑う。その笑みはまるで始めからこれを狙っていたかのようにも思えた。
「だからスラさんは」
「もうその話には応じない。私はそのスライムが断然欲しくなった。今ここで君は選択するしかないのだよ。その喋る珍しいスライムを取るか、大枚をはたいて見目麗しい氷人族をとるかをね」
「ぐっ……」
切り捨てるなんて考えられない。スラさんは友人だ。レイナさんとは約束をした。
俺は、どうすればいい。
額から汗が滲み出て、その一滴が素知らぬ顔で頬を伝う。
白金貨一枚くらいならまだ上の依頼をこなせば確保できるか? でも俺は今Dランクだ。デスバラッド級のモンスターを狩ろうにも依頼を受けれない。
それにデスバラッドに関してはほとんどカイトの功績のようなものだ。俺が同じようなことを出来るとは到底考えられない。
魔核を綺麗に取りだし、部位ごとに解体をしてギルドまで持ち帰る。そんなこと出来るか? そもそもデスバラッドはあれでB級だ。俺の腕でデスバラッドは倒せない。
そんな俺が白金貨一枚を稼ぐなんて……到底できない。
俺が眉を顰め、目を細める様を、隣にいるレイナが心配そうにさりげなく見つめていた。そしてスラさんはレイナの顔を見てまた口を開く。
「コーキ、ボクね」
「スラさん、何も言わないでくれ」
「聞いてコーキ」
真剣な眼差しでスラさんは俺の目を見据えた。
「ボク、悔しかったんだ。デスバラッドと戦った時、君を守れなくて」
スラさんは悲痛な表情で語る。
「あの森で君とはじめて会ったとき、不思議だったんだ。普通の人ならスライムなんて真っ先に倒そうとするのに、コーキは何故か怯えていたんだよね」
……良い風に言ってはいるが、実の所これは情けなさを指摘されているのでは。
「それにコーキを助けるつもりが助けられちゃったんだ。ボクの方があの森で戦い慣れてるはずなのにね」
「単に相手が悪かっただけだろ? 気にし過ぎだって」
「それでもだよ。だからコーキに恩返しをしなきゃって」
そういうスラさんの眼は真剣そのものだった。俺が一言、イエスと言ってしまえばなんの戸惑いもなく彼は奴隷商人のもとへ行くだろう。
だがそんなの許すわけない。
「スラさん、そんなのは恩返しでも何でもない。ただの自己犠牲の精神だ。恩返しをしたいならもっと俺が幸せになることを考えてくれ」
「幸せ?」
「そう例えば、俺にかわいい彼女さんができるように頑張ってくれるとかさ」
スラさんの重い雰囲気を和ませようと努めておちゃらける。しかしスラさんに受けても隣の人には受けなかったようだ。
「何言ってるの……」
シラーっと場違いな台詞を吐く俺をレイナが冷たい目で見ていた。
「……ゴホン」
ギルバザークも困った顔をして咳ばらいをする。
「…………とにかく、スラさんが体張る必要はまったくないってことだ」
「じゃ、じゃあどうするの?」
確かにギルバザークはだいぶスラさんにご執心のようだし話を切り替えるのは難しいかもしれない。でも、ギルバザークがスラさんを求める理由がスライムを欲しがっているのではなくて、ただ珍しいからだとしたらどうだろうか。
そうとなれば俺にはまだ切れる手札がある。
「ギルバザークさん、あんたがスラさんを欲しがるのはスラさんが言葉を話せるからか?」
「ん? まぁそうだ。こんな珍しいスライムは見たことがないからな」
「つまり、ただのスライムだったら要らなかったってことか?」
「無論だ。ただのスライムなど持つ価値すら存在しない」
「じゃああんたはただ単に珍しいものが欲しいってだけじゃないのか?」
「……そうとも言えるな」
「ならあんたにとって垂涎ものを俺は持っている」
「なに?」
ギルバザークは少し目を輝かせたかと思うとすぐに商人の顔へと切り替わった。
「そ、そんなものあるの……?」
レイナも驚いた顔をして俺の言った物を探して眼をキョロキョロと動かした。
「ああ、いつも持ってたぞ」
俺は座っている椅子の脇に置いていた二本の刀を手に取り、テーブルの上に置いた。
「え、それが……?」
「え、あれ、もしかしてこの世界じゃ刀ってあまり珍しくない……?」
「か、刀……?」
ポカンとレイナは小首をかしげて訝しんだ。んん? なにその反応。メジャーなのかどうなのか分からんな。
しかしギルバザークは見たことがないからか目を見張って天照と月詠を見ていた。
「ふむ……手に取ってみても?」
「ああ」
物珍しいのかギルバザークは鞘を撫でてみたり、刀身を抜いてみたりして夢中になっていた。
「君……これをどこで?」
「私物だ」
「私物だと?」
「ああ、俺の家に伝わるもんだ」
「つ、つまりこれは……異世界の武器……!?」
驚きを隠せないのか見たことのない表情をギルバザークは晒した。
「た、確かに見たことないとは思っていたけど……。こ、これそんなすごいものだったの?」
「え、んー……。すごいものかどうかはともかく、この世界の人からすれば珍しいものなのは確実だろって」
レイナも異世界の物だと知ったからかマジマジと刀を見つめる。
「これは、どのくらい切れるのかね?」
「えー……デスバラッドの爪とか腕とか切れるくらい?」
「な、なんだと……」
雷に打たれたみたいにギルバザークは驚きすぎて無意識に立ち上がっていた。ここまで驚かれると無性に誇らしくなってくる。
でも勝手に売ったりしたら爺ちゃんに怒られ……いや殺されるな? 全身ボコボコにされた挙句、毛布で繭状にくるめられて道場の門の前に吊るされるかも?
……ま、まぁ人助けに使ったって言ったら情状酌量の余地はあるかも? 有罪なのは確定だけど。
ってそんなことより、今はこの刀が売れるかどうかだ。
「で、どうだ?」
「ふむ、とても気に入った。刀身も綺麗で鞘も特殊な加工をしていてこの世界には見られない意匠が施されている。白金貨一枚の価値などゆうに超える」
「お、じゃあ」
「いいだろう。これで手を打とうではないか」
そういうとギルバザークはいそいそと書類を取り出して契約の準備をし始めた。
よっしゃ。一時はどうなることかと思ったけど。何とかなってよかった。これでレイナさんも解放することができるし、スラさんも守ることができた。
「……ねぇ」
と、一人勝利に打ちひしがれているとレイナが心配するような声で俺の顔を覗き見た。その瞳は愁いを帯びていた。
「お、喜べレイナさん。これでレイナさんもこれから普通に過ごせるぞ」
「……本当に良かったの?」
「お? あー……刀のことか?」
「……大事な物なのでしょう?」
「……物と人を秤にはかけられないだろ?」
「でも……」
「気にしないでくれって」
「…………」
まだどこか思うところがあるのかレイナは寂しそうに腕を抱える。
「少年。……コーキと言ったかね?」
「鬼束紅桔だ」
「うむ。では、鬼束紅桔君。君に奴隷を売るとしようか」
俺とギルバザークは机を挟んで話し始めたのだった。
次回は12月3日予定です




