第32話 問題の夜
第32話になります。
よろしくお願いいたします
さて皆さん、俺は今とある問題と直面しています。それはとても些細で重大な問題。目を瞑れば何ともないのだが世間の体裁を気にしだす黙ってる訳にはいかない事案。それは一体何なのか、目の前に広がる光景がそれを如実に表しています。
俺が借りているギルドの一室。その部屋には一つのベッドがあり大の大人が一人寝るのに適したサイズの一品だ。結構ふかふかで休息を取るには十分の品質を備えている。これを毎日ギルドの職員が洗ってくれていると考えるととても気分がいい。フィリアさんとかがお洗濯してくれているのかしら?
このベッド寝ればきっと明日も元気に冒険者活動が捗るだろう。今日の疲れを一人癒す、そういった目的のためには必要な寝床だ。
そう、一人で休む分には、な。
しかし今、俺はその愛しのベッドちゃんの前で腕を組み、仁王立ちをしている。そして相対するは、ベッドに腰をかけ、寝るのに適した肌触りのいい白いワンピースタイプの寝衣を身につけた絶世の美女がじっと俺を見つめていた。誰かと言わずも分かるだろう? レイナだ。
つーかキャサリンってばこんな服まで用意してたのかよ……。優秀だな! でもよぉ、いくらなんでもちょっと無警戒なんじゃないのか? 今日の朝と比べたら雲泥の差だぞ? ほんと、今日だけでなんでここまで態度が変わるのかね……? 彼女を軟化させる出来事なんてあったか……? しかもレイナはこのベッドで寝る気満々だし、ベッドひとつしかないし、スラさんはどこでも寝れるし、かと言って同衾する訳にもいかないし。どうしたらいいんですかね?
これがまだ臼見や剛力なら喧嘩でもなんでもしてベッドを勝ち取るのだが相手が相手だ。そういう訳にもいかんし、なんならレイナは保護対象であって無下な扱いをする訳にもならぬ。嬉しいようで悲しいような心持ちだ。
俺が心底最低のクズ人間だったらレイナの好感度なぞ考えずズカズカとベッドに潜り込んでしまえば楽なのだろうが、生憎俺はそんな良心の欠けらも無いダークファンタジーの主人公みたいな人間じゃない。
こちとら一般人、パンピーよ? しっかりとまともに育ってきた好青年よ? 今まで培ってきた常識があるから同意を得ていない同衾とか法に抵触するおそれがありすぎて萎縮してしまうわ。……待て、同意ならいいのか?
俺が一人悶々と葛藤しているとレイナが口を開いた。
「何してるの?」
「何って」
「寝ないの?」
「どこで」
「ここ」
そう言ってレイナは自分の座っているベッドをぽんぽんと軽く叩いた。
「寝られるかぁ!!」
「大きな声出さないで、もう夜なのよ?」
「…………」
ついツッコむとレイナは手厳しく、もはや黙りこくるしかなくなってしまう。
今すっごく頭痛薬が欲しい。この状況に混乱していることもあるがレイナの態度が急変しすぎて追いつけない。心を許してるのか、それとも覚悟を決めているのか、肝が据わってるのか、無謀なのか、余裕なのか、どれを考えても分からない。
何故こんなことになっているのか、少し時を遡ることとしよう。
――――――――――――――――――――――
食事を済ませた俺たちはギルドカウンターへ戻ると、フィリアを探した。しかし、カウンター内には彼女の姿が見当たらなかった。
「取り出すのに時間がかかってるのか?」
俺がカウンターを見渡していると、一人の受付嬢と目が合った。
「お、あの人……」
向こうも俺の事に気がついたのか「あらあら〜?」と頬に手を当ててアイコンタクトで挨拶をし、手元の書類をまとめると彼女は俺の方へと歩いてきた。
「コーキさんお疲れ様です〜。今朝ぶりですねぇ〜」
「そ、そうですね。……えっと」
「ああ、申し訳ございません〜。私、ルイ・ルースと申します〜」
ルイと名乗った彼女は長いブラウンの髪を耳に掛けるとチャームポイントである右目の泣きぼくろがあらわになる。
「僕も自己紹介してなかったですね、鬼束紅桔です、よろしくお願いします」
「ええ、存じております〜。フィリアがお熱になる殿方ですからね〜、私も気になっていましたから〜」
「へ、へ〜……」
ふふっと妖艶な笑みを浮かべたルイはなまめかしい表情で俺を見据える。こ、この人、朝の時となんだか違う……危険な香りがするっ!?
俺がルイの扇情な雰囲気に圧倒されデヘヘと鼻の下を伸ばしていると「ゴホン」とわざとらしい咳払いが聞こえてきた。ふと横を見ればレイナが売れてない芸人をつまらなさそうに見るような目で俺を見ている。なんて目ぇしてやがる……。
「と、ところでそのフィリアさんはいまどちらに……」
「今は奥の部屋でコーキさんがお持ちになったモンスターの素材を鑑定中です〜。ただ……」
「ただ……?」
ルイは少し溜めたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「『処理は丁寧なんだけど量が多くて今夜は徹夜になりそ〜!! うえ〜ん!』って……」
「アッ、スゥーー……すんません……ほんと……」
「良いんですよ〜。これが仕事ですからぁ〜。……でも」
「でも?」
ルイはカウンターに手をついて身を乗り出し、俺の顔とくっつきそうなくらいまで顔を近づけて手を横に添えた。いや、近いって……めっちゃええ匂い……ほわ……。
「明日、フィリアに何か奢ってあげてね〜」
「ふ、ふぁい……」
柔らかい笑みで子供をあやす様にルイが小声で囁く。柔らかい周波数を持つ声は鼓膜を震わせ、背筋をぞくぞくと逆撫でる。
彼女の艶やかな雰囲気に呑まれてしまい俺はルイの顔を直視できずにいた。
必死に目を逸らし、何とかレイナの方へ視線を向けて逃げるのに成功した。したんだが、レイナはもはやこちらを見ることもなく、肩に乗るスラさんと楽しく談笑していた。くっ……嫉妬もなしか……。嫉妬してくれるほど仲良くないんだけどね!
「か、考えて……おきます」
「うふふ〜。あ、そうそうフィリアからこちらを預かっていましたのでお返ししますね〜」
ルイはカウンターの中をごそごそ漁り始めると、盆に乗せた俺の虚空巾着を取り出し、カウンターの上に置いた。
「あ、どうも」
「いえいえ〜。ところでコーキさん〜」
「はい?」
「そちらの方は〜? ひょっとしてマスターがおっしゃってた氷人族の〜?」
「あ、ああそうそう。レイナさんです」
俺はレイナの方を手で指してルイに紹介した。自分の名前を呼ばれたことに反応し、レイナがスラさんとの談笑をやめて俺とルイの方を見る。
ジーッと俺とルイがレイナを見つめ黙っているのを不思議に思い、頭上にぽかんとハテナを浮かべたがスラさんからボソボソと何かを言われ顔をハッとさせた。話、聞いてなかったんだな……。かわいいか?
「こほん……レイナ・フリューゲルです。よろしく」
「ルイ・ルースと申します〜。うふふ〜お茶目さんですね〜」
「…………」
スン……と先程までの話なぞ一ミリも聞いていなかったくせにちゃんと聞いてましたよ?とレイナは振る舞う。しかし俺は見逃さなかった、彼女の耳がほんのり赤くなっていることに。
だがここでからかうとあとが怖いのでそっとしておくことにする。君子危うきに近寄らず、だ。まぁ別に賢くないんだけどね。
「……なに?」
「えっ、いや、なんでも……」
まさか俺のほんの少しだけチラッと動かした視線がバレたのかレイナは訝しむ表情で俺を睨んでくる。いや目ざとすぎるだろ。ハンターか?
「ボク、スラさん! よろしくねルイ!」
「はい〜スラさん、よろしくお願いしますね〜」
俺とレイナの目線上の攻防戦を繰り広げているといつの間にかスラさんがカウンターの上に乗り移り、ルイと握手まで交わしていた。
「うふふ、かわいいスライムさんですねぇ~。本当にテイムなされていないのですか~? ここまで人に懐くモンスターなんて初めてですよ~」
「やっぱ珍しいんですか?」
「ええ、とっても~」
「そうね……ここまで友好的なモンスターは普通いないわ」
レイナはゆっくりと優しくスラさんの頭を撫でる。その顔は愛しいものをめでているようにも見えた。
「でしょ~? ふふん! ボクはとっても貴重なスライムなんだ! だからもっと大事にしてもいいんだよ?」
「……なんだかこの喋り方、この人の影響受けてない?」
レイナは俺を一瞬だけ見ると呆れたようにほんの少しため息をつく。あらやだ、失礼ね!
「そんなことないよな? スラさんはいつでも純粋純朴純情で健全なスライムさんだぞ? 俺みたいな心のひねくれた人間の真似なんてしないさ」
「そこまでピュアなら影響されても仕方ないわね……可哀想なスラさん」
「待て、それは早計というもの。ちゃんと本人に確認を取るべきだ。スラさん、影響なんてされてないよな?」
「うーん? よく分かんないけどボク、コーキの話し方好きだよ!」
「はい、確信犯ね」
「……弁護士を呼んでください」
「そんなのもったいないわ、自己弁護でもしてなさい」
「辛辣すぎませんか?」
「むしろ自己弁護を許してるだけでも温情があると思って欲しいわ」
「うそでしょ……」
「……うふふ、仲いいですね~」
ルイがのほほんと呟くと俺とレイナは互いに目を合わせジッと見つめたあと、すぐさまルイへ向き直る。
「冗談でもちょっと嬉しい」
「冗談でも言わないで欲しいわ」
俺がにこやかに述べ、レイナが嫌そうに口を歪ませながら二人同時に言い放つと、次はスラさんとルイが顔を向かい合わせてお互いにクスリと笑った。
「ね? 仲いいでしょ?」
「ですね~」
スラさんはニコニコと笑顔を絶やさず、ルイさんは良いものでも見たのか慈愛に満ちた表情をしてほほえましく俺たちを見つめる。するとレイナは気恥ずかしくなったのか手のひらを向けて顔を隠してきた。
「や、やめて。ほんと……」
「なんだ照れるなよ、かわいいだろうが」
「…………」
おっといけね、尊さがカンストしてしまってつい口を突いてポロッと出てしまった。俺は咄嗟に口許を手で押さえてチラッとレイナを見ると指の隙間から頬をほんのり赤くさせて、恥辱に耐え忍ぶ鋭い眼光が覗いていた。なにこの人、めっちゃかわいい。
「コーキ、あんまり意地悪しちゃダメだよー」
「うっす、さーせんした」
「なんて軽薄な謝罪なのかしら……」
レイナは頭痛でもするのか頭を軽く抑えて項垂れる。おやおや、頭痛持ちは大変そうだな。ちゃんと頭痛薬常備しないから……。
ニヨニヨと俺がレイナを眺めているとルイが何か思案顔で顎に人差し指を当てていた。
「そういえばレイナさんはコーキさんと同じ部屋に泊まられるのですかー?」
「へあっ」
ルイのセリフで不意にドキッと心臓が跳ね上がる。眺めている場合じゃなかった。そうだ昨日は彼女か気絶していて仕方なく俺の部屋で介抱したのだ。別に俺としては居てくれても全然構わないのだが困ったことに世間はそれを許しちゃくれない。なんならこの場合俺の方が悪役になるだろうな。
「……今って他の部屋空いてますか?」
「い〜え〜、全くこれっぽっちも全然ざんねんながら〜」
「ええぇ……」
やけに部屋のなさを強調してくるな……。これは仕組まれた罠かしら?
「……別にいいわよ。それに言ったでしょ、宿代も馬鹿にならないって」
「いやでもさ」
「それともあなたは私を襲う予定でもあるのかしら?」
「いや、シャレにならねぇ……なんとかならないか?」
初めはウキウキもので別に問題ないだろ!って思ってたけど、よくよく考えれば超絶美人とひとつ屋根の下、こじんまりとした小さな部屋にスラさんがいるとはいえ二人っきり。俺の方が持たねぇわ。
「うちの宿舎はいつも満員ですからね〜。他の宿もなかなか取れないんじゃないでしょうか〜」
「そんな……」
「宿代も浮いていいじゃない」
「……なぁなんでそんなに落ち着いてんだよ。こういう時は普通もっと焦るものでは?」
「まぁ、そうね」
「なら他の部屋を希望するのが普通だろ」
「さっきも言ってるけど、宿代が」
「宿代ってだけでそこまで許せるのか?」
「あら、そんなに不思議?」
「ああ」
レイナは一息置くと俺を見て目を閉じる。
「あなたが何もしてこないって分かったからよ」
「え? いやそんなの分から――「今日の朝」
まだしつこく引き下がらない俺の上からレイナは無理やりかぶせて俺を黙らせる。
「どうして私を襲わなかったの?」
「……そんなの当たり前だ。意識なかったしな」
「じゃあ、私が目覚めた時、どうして話しかけてくれたの」
「え?」
「私の知ってる人族なら、奴隷を前にわざわざ気にかけるような言葉なんて出さないし、やさしくするなんてありえないわ」
「……」
怪訝な表情で俺はレイナを見つめる。この世界の人族ってそんなにガラが悪いのか? そうだとしたなら目の前のルイやフィリアはどうなるんだ……。
「そして、最後。あなたが朝、マスターを探しに出て帰ってきた時、一番襲いやすかった瞬間があったはずよ」
「…………それって」
俺はあの時のことを思い出す。この世界の神様に感謝の意を示した瞬間のことを。スラさんはどの瞬間か察しているみたいだがルイはずっとなんの話なのか首を傾げていた。
少し間を置いたあと、レイナは少し恥ずかしそうにしながらも淡々と言ってのけた。
「私がシャワー室から裸で出てきたあの無防備な瞬間よ」
「まぁ〜!」
それを聞いたルイはのほほんとしていた目を見開いて口許を手で隠し、少し驚いていた。それに対し、俺は冷や汗をダラダラと垂れ流す。
「いや、ほんと、あの時は、すみませんでした……」
「ほら」
俺が平謝りをするとレイナは人差し指を軽く俺の方へ向ける。あ、こら、人を指さすのは良くないんだぞ?
「今みたいにあの時もあなたは謝ったじゃない。それに私がブっても抵抗しないし、大人しく外に出て待ったでしょう?」
「いや、普通だと思うんだが?」
「この世界の氷人族に対する人族は普通じゃないわよ。あなたが私の大嫌いな人族なら今頃私は人に言えないようなことをされているわね」
「…………」
俺はそうなのか?とルイの方を見ると、彼女は困った顔をしながらゆっくり頷く。うそでしょ……。人族の治安酷すぎないか?
「まぁレイナさんのおっしゃることはだいぶ極論ではありますけどね〜。少なくともこのアステリシアにはそういう方はおられないと思いますよ〜……多分」
「うわぁ、急に説得力なくなった」
「ここがウランドラスだったらそれはもう酷いことになってるでしょうね〜」
「そうね。あそこと違ってあなたは優しすぎるのよ」
どんだけなんだよウランドラス帝国。召喚されたかもしれない烏丸さんやあのアホ二人のことがかなり心配になってきたわ。
「ということだから部屋のことは別に気にしないで」
「そうですか~、レイナさんがそうおっしゃるのならば~」
「いや、待てい」
「まだ何かあるの? 往生際が悪いわね」
「なんで俺が悪いみたいになってんだ……それはもういいからせめて布団か何かを貸してくれないか? あの部屋ベッドが一つしかないから寝床が欲しいんですが」
「あ~……」
ルイはどこか遠くを見るような目で虚空を見上げた後、ニコッと笑う。
「やっぱり皆さん考えることは同じなんですね~」
「は?」
俺はルイの放った言葉の意味が取れず生返事をし、口をぽかんと開けた。
「すみません~、今は毛布類がすべて出払っておりまして……」
「……ウソでしょ……」
「本当にすみません~」
俺がガクッと肩を落とすとルイは平謝りで頭を下げる。するとレイナは少し考えたかと思うと静かに口を開いた。
「……別に私は床でも構わないわよ?」
「え? なんで」
「慣れてるから」
平然と言い放つ彼女に、俺は少しムッと口を曲げた。
「そういうわけにはいかない。レイナさんは今までそうだったかもしれないが、今は違う。寝る場所くらいはちゃんとしないと、これからはまともな生活に戻っていくんだからな? あと変なところで遠慮しないでくれ。そこ遠慮するくらいなら部屋を分けるべきだ」
俺がくどくどと説教じみた文句を垂れ流すとレイナはなぜか呆然と俺の顔を見続ける。……変なこと言ったか?
するとレイナはどこか嬉しそうにしながらフフッと笑った。
「ほら、やっぱり優しいじゃない」
聞こえそうで聞こえないくらいの小さな呟きに俺は聞こえないふりをした。
「じゃあコーキさんはどうなさるのですか~?」
当然の疑問にルイは首を傾げた。
「そうだな……あ」
俺はカウンターの上でのほほんと我関せずを決め込んでるスラさんに焦点を合わせる。
「スラさんや、大きくなってベッドになれますか?」
「え? できるけど……」
「お、やった」
「でもボクが寝たら元の大きさに戻っちゃうよ?」
「あかんやないか!」
虚しくも夢も希望も打ち砕かれてしまった。昨日みたいに椅子を抱いて寝るわけにもいかん。連日そんな睡眠のとり方をしていたら碌に疲労も取れないしな。今宵、俺はどうやって眠ればよいのだろうか……。
――――――――――――――――――――――
そして現在に至るのだ。
「コーキ、明日もあるから寝ないと疲れ取れないよ?」
「休みたいのは山々なんだけどな……」
「休めば?」
「レイナさん、ちょっと一旦静かにしてくれませんか」
「……わかったわ」
俺が両手で待ったの姿勢を取ると、レイナはふぅーっと深いため息を鼻から漏らした。なんか不満そうなんですが?
「でもコーキ、いやいや言ってたら休むのもままならないよ」
「分かってる。でもなスラさん、これは重大な問題なんだ。一歩間違えてしまえば俺は世間から冷たい視線を送られ、隣に住むおばさんからは『やだあの子ったら、昨日あんなかわいい子と一夜を共にしたって? 最近の子は進んでるのねぇ~』となぜか生暖かく微笑ましい目で見られるんだ。そんなの耐えられるか」
「隣のおばさんって……それに妙にリアリティのある話ね……前科持ち?」
「んなわけないだろ」
「じゃあどうしたらコーキは寝られるの?」
「……どうしたらいいですか」
万策尽きた。というか元から八方塞がりだったんだ。疲れた顔で椅子にドサッと座りこんで俺は項垂れる。
「もう諦めて往生しなさい」
俺は濁った眼をさらに濁らせてレイナの方を見る。
「なんて目をしてるの……スケベなクセして私と寝るのがそんなに嫌?」
「言い方ァ!!」
「それにちょっとくらい触っても明日あなたが生きてるかどうかに関わるくらいだから問題ないわよ」
「問題しかねェ!!」
「冗談よ」
「冗談に聞こえねぇ……」
まだ渋る俺をよそに、レイナはあくびをしてベッドへ横になった。
「ともかく、私は休ませてもらうわね」
「お、おお……」
俺はごくッと生唾を吞んでこちらに背を向けて寝るレイナを見つめる。長く綺麗な髪をシュシュで軽くまとめ邪魔にならないよう自分の前へ持ってきている。よく見れば、決して広くはない普通の一人用ベッドなのにまだなんとか一人眠れるスペースが空いていた。
「……」
もう一度彼女の方を見てみればぴったりと壁と向き合って眠っている。一人しか寝られないはずのベッドで無理やり空けてくれているみたいだ。……気を遣わせているなぁ。
「コーキ、どうするの?」
「……本当にいいと思うか?」
「いいんじゃない? 好意は甘んじて受け入れるものだとボクは思うよ」
「達観してるなぁ……」
「じゃ、ボクも寝るね。おやすみコーキ」
「お、おう」
スラさんは卓上にある魔道具の灯りを消し、静かに眠りについた。
部屋に静寂が訪れ、スースーと二人の寝息だけが小さく響く。そんな暗闇の中で俺だけがまだ起きていた。
するとどこからか謎の声が聞こえてくる。
『さっさとベッドに入っちまいなよ。そんでもってひと揉みしちまいな!』
『ダメですよ! やっと信頼されて心を開きかけてきているというのに、それでは元の木阿弥じゃありませんか!!』
『るせぇなぁ! それじゃいつまでたっても童貞なんだよ!』
『な!? 言葉を慎みなさい!! 下品ですよ!!』
上を見るとどうやら俺の心の中を具現化したよくある天使と悪魔のような奴らが俺の頭上で口論を繰り広げていた。なんじゃこいつら。
「あのぉ……」
『いいか? 目の前に極上の女が無防備に寝てるんだぞ? しかもあっちから寝ろって誘ってきたんだ。据え膳食わぬはなんとやらだ!』
『やかましいですよ! こういうのはもっと順序を大切に……』
『まどろっこしいこと言ってんじゃねぇーよ!! 先にヤっちまえばこっちのもんだろ!』
『バカですか?! あなたはバカなんですか!? それでもしデキたりしたら……ちゃんと避妊はしないと!!』
「ええぇ……なんでヤる前提なんですか」
俺がポツり呟くと天使と悪魔もどきは見下ろしてキョトンとアホな顔を晒す。
『『え、ヤらないんですか』』
「アホか。というか天使、お前最初と言ってること違うだろ」
『いや~、私はあなたの心ですから……潜在的なものには逆らえません』
「欲望に忠実だな……本当に天使か?」
『これでも理性は残してるつもりなんですが……』
『こいつ俺よりもムッツリなんだぜ?』
「おん、なんとなくわかる」
『欲望全開のあなたにだけは言われたくありませんね!』
『へっ!! 口ではあれこれ言ってもお前も結局はこいつの一部ってことに変わりねぇな!』
『ほんと、甚だ遺憾ですがね』
「なんなんだよ……」
『で、ヤるのか? ヤらねぇのか?』
「やらん」
『うっそだぁ~、ホントはヤりたいくせに~』
「なぁ、こいつ消していい?」
『ああ、構わねぇぜ』
『ま、待って! 私はあなたの心を代弁したに過ぎません!』
「なんてことしやがる」
『せめて温情を!!』
「人の心を勝手にさらけ出すようなやつに、んなものはない」
『ああ、そんな……』
俺は手で虫を振り払うように天使を霧散させる。去り際に「あなただってシたいクセに!!」と捨て台詞を吐いていったような気がする。気がするだけだ。聞こえなかったことにしよう。
『フッ……愚かな……』
悪魔は腕を組みながら消えていく天使を嘲笑う。なんだ、案外簡単に消えるもんだな。
「よし、じゃお前も消えてくれ」
『ええっ?! ちょ、まっ!!』
悪魔も両手でパンっ!と叩き潰すと静かに消えてくれた。俺の脳内にこんな野獣どもが住み着いていたとは……。まったく、困ったなぁ……それにこんなのが見えるくらい俺ってば溜まってるのかしら?
別段何かしたってわけではないがドッと疲れたような気がする。
チラッとベッドの方をもう一度見ると、レイナの肩はゆっくりと上下していた。静かに寝ているみたいだ。
(…………)
内心はダメだと分かっていながらも俺自身がすでに限界を迎えており、もう瞼も降りかかっていた。
「はぁ……」
ゆっくりとベッドに腰を掛け、ため息を吐くと後ろの方で何やらごそごそと音が聞こえた。
「……?」
振り返ってみるとレイナがこちらに寝返り、目を薄っすら開けていた。
「うお……起こしちゃいました?」
「……なに一人でぶつぶつ言ってるの?」
「あー……気にせんでくれ」
「そう……で、寝る気になったの?」
「背に腹はかえられんと思いまして」
「殊勝な心掛けだわ」
「はぁ……」
「もっと気を楽にしたら?」
「できると思うか?」
「そうね……なら」
そういうとレイナは恥ずかしそうに微笑み、横になったまま毛布を上げてベッドの中を見せてきた。それじゃまるで入って来いって言ってるようなものでは?
「……何してんの?」
「見てわからない?」
「…………」
いや、尚更ハードル上がってるんだが?
レイナの行動にフリーズしていると彼女が急に俺の腕を軽く掴んできた。
「ほら、入って」
「お、おい」
されるがまま俺はベッドに引き込まれ、彼女と顔合わせになる。ひ、ひええええええ!!!
急な出来事に心臓が高鳴り、思考がまとまらない。
「はい、あっちむいて」
「え」
とまた、レイナのされるがまま俺は無理やり寝返りを打たされる。あれ、レイナの顔どこ行った?
すると不意にレイナが背中に触れて来た。
「うぉ……な、なんすか……」
「いいから……ゆっくり目を閉じればじきに眠れるわ」
徐々にレイナの声が小さくなり、気づけば寝息が聞こえてくる。
「……どうしたもんか」
しかし疲労からそんなことを考える余裕もなく、自然と降りてくる瞼に抵抗するが、為す術もなく俺は眠りについたのだった。
次回投稿は6月18日になります。




