第30話 がんばれ、紅桔くん!
第30話です。
よろしくお願いします。
レイナがドレッドビーを楽に倒す方法を画策し、それを実行に移して幾数分。俺たちの目の前にはなかなかにえげつない光景が広がっていた。
「うわぁ……おえ……」
「せめて手で隠すか何かしてくれるかしら?」
「わ、悪い……」
俺は目の前の惨劇ともいえる死屍累々の光景に一人餌付くと、俺の隣でレイナは嫌そうに身体を気持ち逸らして離れる。いや、ほんと申し訳ない……。
しかし、こちらにも言い分はあるのだ。だって人の頭ほどある気持ち悪くデカい蜂が何体も地面に転がっているんだぞ? 毒霧が効いているからか飛んでいるやつはいないが、地面を大量のドレッドビーで埋め尽くされているのは見ていて普通に気分が悪い。虫が苦手な人がこの惨状を見ると鳥肌が止まらず、眩暈がしてくること間違いなしだ。なんたって実際に俺が眩暈を起こしているから説得力があるだろう? オエッ。
「さっさと魔核を取り出してギルドに戻りましょう」
「マジか……」
「何が『マジか……』よ。魔核を持ち帰らないと討伐の証にならないでしょう?」
「コーキ、僕も手伝うからがんばろ!」
何とも気が進まない。ただでさえ虫を見るだけでもヒィヒィ言ってる人間がどうして虫を触れるだろうか? この女は鬼か? 悪魔か? いや、ただの美人さんだったわ。
そしてスラさんはいつも通りの聖人っぷりを発揮してキラキラしたおめめを俺に飛ばしてくる。う~んなんとも正反対な性格してる。でもこの二人、仲いいんだよなぁ。
俺がおそるおそるドレッドビーの死骸へゆっくりと近づいているのに対し、レイナとスラさんはサッと行って物凄い手際でパパっと捌き始め、ドレッドビーの腹の中から出たとは思えないほどの美しく澄んだ魔核を取り出した。そして魔核を取り出した後の死体をスラさんが飲み込んで処理していく。
なんと手早く素晴らしい連携。俺だったらもたもたしちゃうね。
俺がまだ顔を歪めながら一体目を初めて魚を捌く人みたいにもたもたと拙い動きで解体しているのに対し、二人はもうとっくに四体目を処理し始めていた。彼女の真剣な表情と鮮やかなナイフ捌きに思わず見惚れてしまう。いや、早くね? 手慣れすぎだろ。
「なんか解体すんの早くない? なに? プロ? プロフェッショナルなの?」
「モンスターと戦ってると自然と上手くなるわよ」
「抵抗とかないんすか」
「倒せる相手なら全然平気ね」
え? そういう基準? もしかして攻撃が通る敵なら怖くないけど幽霊とか物理的に倒せないやつは嫌いとかそんなの? いやまて、幽霊なら魔法通りそうだし実質無敵なのではないだろうか? でもこの人、人族嫌いなんだよね……。ということは、もし魔法が使えてたらきっと今頃、俺はかき氷にされているかもしれない。
「スラさんもそこに転がってるでかい蜂ばっか吸収してお腹痛くならないのか?」
「まるでスラさんが拾い食いしてるみたいな言い方ね……」
「だいじょーぶ! 何か知らないけど全然へっちゃらだよ!」
「そ、そうか」
このスライムさんってば愛らしいフォルムに対して中々頑強な身体をお持ちなのね……。
しかし、雑談をして気を紛らわせようとしても目の前の現実と向き合わなければいけない。嫌なことからは逃げてもいいが結局自分の背後を追い回してくるからどっちみち逃げられないんだよね! 南無三!!! いとあはれなり!!
ドレッドビーをちまちまと解体しつつ、よよよと涙をちょちょぎらせながらヒンヒン言っていると見かねたのかレイナが手持ちの解体を終わらせ、ため息をつきながら俺の方へ歩み寄ってきた。お? なんじゃなんじゃ?
「ちょっといい?」
「う、うっす」
俺の傍に腰を下ろすとレイナは手を差し出してきた。おん? 握ればいいのかしら? 俺が差し出された手を握るとレイナはビクッと肩を跳ね上げ咄嗟に手を引っ込めた。
「な、なにしてるの?!」
「え?」
「誰が握れって言ったのよ」
「あ、違いました?」
「とぼけないでよ……ナイフを貸してって意味なんだけど?」
「すいません……」
謝りつつ刃先を持って柄の方を彼女に向けるとレイナはナイフを受け取り、持ち直すと俺の前にあるドレッドビーの死骸と向き合った。
「いい? こういうのはまず節を切断していくの。いきなり腹にいくと後が大変だから」
そう説明しつつ彼女はさっきの素早い手捌きと違い、とてもゆっくりとした動きで説明していく。ドレッドビーの足を節から切断すると横へ綺麗に並べていき、頭、胸、腹と切り分けた。
「頭はとても硬くて解体できないからこれは触覚だけ切り落としてそのままギルドに持って行くわ。虚空巾着に入れておいて」
「へ、へい」
言われるがまま俺はドレッドビーの頭をためらいつつも虚空巾着にしまい込む。う、うえええ……。
「次、胸なのだけどこれは中に筋肉が詰まっててこれが珍味なの。殻は足の付け根からナイフを入れていけば簡単に切れるわ」
レイナは言った通り足の付け根のところからナイフを差し込み、大きく外側へ曲線を描いて切り込みを入れた。するとまるで取れるのが当たり前みたいになっているのか切った部分を簡単に殻を取り外してみせた。そして殻の内側にナイフを入れ、殻に沿うように切っていく。すると中身がつるんと出てきたではないか。
「おお……」
思わず感嘆が漏れ、拍手をしてしまう。
「……いいかしら」
「あ、すんません」
反応こそしなかったが彼女の横顔を見れば少し口元が上がっている……気がする。気のせいじゃないよな?
「で、問題の腹なのだけどこれは魔核以外はほとんど有効活用できないから」
「できないから?」
興が乗ってきた俺はふんふんと興味津々に頷きながら聞き返すと彼女は一息置いて口を開いた。
「捨てるわ」
「捨てる、えっ」
言い切ったレイナに俺は思わず振り向いてしまう。てきぱきとなんの説明もなく腹を大きく裂き、中に眠っている魔核目掛けてズボォ!!!っと綺麗な白い手を突っ込んで取り出して見せた。
「ええぇ……」
「じゃあスラさん、よろしく」
「あいあいまむ!」
とスラさんが触手で敬礼するとびよ~んと伸び、切り分けた腹を持つと飲み込んでしまった。
「と、こんな感じ。わかった?」
「り、了解……」
「じゃ、やってみて」
「お、押忍……」
俺とレイナは次の死骸のところへ行き、レイナの教えてくれた手順通り進めていく。足を切り、各部分を切り分ける。もう一度同じ手順を踏むだけだからもう説明はいらないよね!
つつがなく解体を終え、各部位を並べていき、レイナに確認してもらう。
「どすか、先生」
「……案外、手先が器用なのね」
「まぁな、でも意外なのはレイナさんの方だ」
「え?」
「だってこういうのするような感じに見えないしな、冒険者やってたのか?」
「そういうわけじゃ……」
「?? じゃあなんでこんな芸当を……」
「芸当って……ただ……」
「ただ?」
「覚えていて損はないからって……親が……」
「親……あっ」
俺は咄嗟に口を閉じ、自分が踏み入りすぎたことに気が付く。彼女の親は一年ほど前に人族の襲撃を受けて亡くなっている。嫌な記憶を思い出させてしまった、自分のデリカシーの無さに嫌気がさす。
「す、すまん……」
「……いいのよ、別に。あなたは関係ないものね……」
関係ない。実際そうなんだが、言われてしまうとどこか歯がゆいようで切なくなってくる。どこか寂しげに彼女は俯き、髪で表情が見えなくなってしまう。
「それに……私がいま自由でいられるのもあなたのおかげなのよね」
「うぇ」
突然何を言い出したかと思えばレイナは急にしおらしい態度になって俺の顔を見る。
あのいつもの凛とした涼しい顔から繰り出される儚げな表情はとてつもない威力を誇った。しかも不意打ちだ、努力値なしだったら一撃以外ありえない。そして俺は努力をするのが嫌いな人間だ。つまるところ、こうかはばつぐんだ!
「へ、そ、い、いあ。俺は、ただ人として当然のことをだな……」
「……人として、ね。人族がみんなあなたみたいだったら私もこんなことにならなかったのにね」
「……そうだな」
今の言葉はきっと彼女の本心だろう。だがその言葉は俺にとって少し寂しく聞こえてしまった。不謹慎だが彼女の悲運が無ければ俺はレイナと出会えなかっただろう。だがそれ口に出していうことはできない。俺の心の中を知られたくないというのもあるが、彼女の悲劇をありがたいと思っているように聞こえてしまうからだ。俺は情けない人間ではあるが最低な人間のつもりはない。
「ねぇ、重い空気の中申し訳ないんだけどさー。早く処理しないと日が暮れちゃうよー?」
スラさんはぶーたれてちょいちょいと触手で大量に転がるドレッドビーの死体を指した。スラさんの言う通り、まだ数体しか捌いていないのにもう日が傾いており、空も朱く染まり始めていた。
「スラさんの言う通りね、早く終わらせて戻りましょう」
「お、おう。そうだな」
レイナは立ち上がるとぷーぷー文句を垂れているスラさんの方へ行き、近くのドレッドビーを解体し始めた。その素早い手捌きは先程と変わらないが彼女の背中がとても小さく見える。
(……俺は無責任な人間だな)
己のエゴで彼女を救け、その助けたという事実が愉悦に浸らせている。自分の自己満足に彼女を巻き込んでしまった。少しでも彼女を安心させることが彼女を救けた俺の責任だ。彼女が落ち着ける場所を見つけるまでは……。
そしてなにがあっても奴隷解放を成し遂げなければいけない。その先のことは解放してからでも遅くはないだろう。
レイナの背中を見つめながら俺もドレッドビーの解体を進めるのであった。
次回投稿は6月4日です。




