第21話 保護者鬼束紅桔
第21話になります。
よろしくお願いします。
「じゃあそろそろ行くとしますか! クアッドさん!ごちそーさまでした!」
「お粗末さまでした」
クアッドに礼を言うとニルハは勢いよく立ち上がるとレイナの手を取って歩き始める。
「ほらレイナも!」
「ちょ、ちょっとどこに行くの?」
引っ張られたレイナは席から引き剥がされ、引きずられるようにして連れていかれる。
「決まってんじゃん! 女の子同士で出かけるといえばショッピングよ!」
「え、でも私お金なんて……」
それを聞いたニルハはぐるりと首を回して俺を見据えてきた。
「コーキくん出しな、ほら」
ニルハはクイッと手をこまねいて……いや煽るようにして指先を動かす。その姿はまさにカツアゲをする不良少女のようだ。ふえぇ……怖いよう……。
だがここで断ろうとすればさっきまで下がりに下がった俺の株が氷点下まで急直下してしまう。そうなれば冷ややかな視線では済まされない。今の俺は従順なか弱い男の子なのだ。
でもひとつ気がかりなのはレイナが外に出ても大丈夫なのかどうかだ。人の視線に晒され続け、やっとの思いでここに漕ぎ着けたというのにまた人前に連れ出すのは酷ではないのか。
「ニルハ、出すのは構わないんだけどあんまり無理させたら」
「分かってるって、ほら出す」
ジーッと目だけではよ出せとばかりにニルハは急かしてくる。こんな斬新なカツアゲ今までにあっただろうか?
「はぁ……ほらよ」
俺は虚空巾着から金貨を一枚取り出してレイナへ軽く放り投げた。明かりに照らされてキラキラと輝きながら金貨は放物線を描いて綺麗にレイナのもとまで宙を舞う。それをレイナは手で受け皿を作って受け止めた。ナイスキャッチ。
「え……こ、こんなに?」
渡された金貨にレイナは驚いて、まじまじと俺を見つめてくる。金貨一枚は確か一万円ほどじゃなかったっけ? ショッピングって言ってたしこれくらいは必要だろう。
「……多いか?」
俺も人に小遣いなどやったことがないからどの程度必要なのか分からない。さらに言うとこの世界の物価を俺はまだ全く知らない。もし何か買うとなれば銀貨数枚じゃ足りないかもしれないと思って金貨を選んだんだが……。
「おっ、コーキくん太っ腹だねぇ〜! これだけあれば十分だよ!!」
ニルハが金貨を持つレイナの手を握らせるようぎゅっと掴んで「なんでも買えるね!」と彼女に話していた。
「え、でも……」
流石のレイナも金貨を前に遠慮が勝ってしまっているのか戸惑った様子だった。さっきの言い合いの後でお金を渡されると思っていなかったのだろう。だが俺はそんなみみっちい男じゃない。もし俺がみみっちくなることがあるとするなら爺ちゃんとスーパーに買い出しに行って、なんでもかんでも篭に安っぽい和菓子を詰め込んできた時くらいだ。なんだかんだ言ってああいう和菓子って高くなさそうで実は高いから困る。
それに今回はレイナとニルハの親交を深めるためにも必要な交際費だ。今彼女の面倒を見ている身としてこれくらいは許容してやらないといけない。……もしかして今すごく父性を発揮してるんじゃないか? 思春期の娘を持つってのはこういう気分なのだろうか……?
「別にいいよ、好きに使ってくれ」
実際デスバラッドの報酬のおかげで今お金には困ってはいない。一夜にして億万長者とまではいかないがそれなりの大金がある。ちょっとやそっとじゃこの貯金は無くならない。
これが元の世界とかならゲームやらパソコンやら色々と欲しいものを買っているところだが生憎、この世界じゃ欲しいと思えるものがない。贅沢するならせいぜい飯時くらいだ。
だから他の使い道はこういう時にしか無いのだ。
「あ、ありがとう……」
戸惑いながらもレイナは思ったより素直に礼を述べてきた。それくらい素直だったらこっちとしても気が楽なんだけどな。
「さ、行こ行こ! 氷人族の子といっぺん話してみたかったんだよね!」
軍資金も調達できたからかニルハ踵を返してレイナを引っ張っていき店を出て行った。
「あんま無理させんなよー」
ニルハが店を出ていく最中に俺が軽く忠告すると閉められたドアの向こう側から「おかーさんうるさいぞ!」と籠った声が聞こえてきた。もー、ニルハちゃんったら……。
それを微笑ましく見守っていたクアッドが気を利かせてくれたのか頼んでいないのに一杯のドリンクを差し出してきた。
「先程まで喧嘩が起こりそうな雰囲気だったのに今のやり取りを見たあとだとあれも痴話喧嘩にしか見えませんね」
「痴話喧嘩て……」
べ、別にレイナとはそういう関係じゃないんだからね!
「クアッドもそー思うでしょ! レイナも頭ではわかってるけど心が追いついてない感じがするよねー」
「スラさんもこの二人の面倒を見て大変ですね」
「ほんとだよー」
呆れた様子でスラさんはぷるぷると身体を揺らした。いつの間にかスラさんが保護者認定されている。今度からスラパパと呼ぶべきか……?
「それにしてもあんな大金渡してしまってよかったんですか?」
「えっ」
「金貨一枚でも相当な額だと思いますが……」
金貨一枚はだいたい一万円程度だと思っていたんだがそうじゃないのか? フィリアから聞いた話はちょっと規模が大きすぎて正しい相場を理解できていない。
「……金貨一枚ってどれくらいの価値なんですか?」
「そうですね……一ヶ月分の食料は買い溜めできますよ」
「ま、まじですか……」
「お小遣いで渡していい金額ではありませんね」
思っていたよりもこの世界は物価が相当低いらしい。フィリアからも大体の相場は聞いたけどパッとしなかったからなぁ……。現実味のある例えをされたら如何に金貨の価値が高いのかが分かる。今からでも返してもらって銀貨を渡そうかしら?
俺の守銭奴が発動しかけるがそれをグッと抑え込む。彼女にとっては久しぶりに手に入れた自由だろう。これからニルハとかしましくショッピングと洒落込んでいるに違いない。それに水を差すようなことはなるべく避けたい。
「せ、先行投資ってことで……」
取って付けたような理由で俺は自分に言い聞かせ、残っていた肉を一気に平らげる。
「それにしても彼女の人族嫌いは筋金入りですね。よく一緒に居られるもんです。尊敬しますよ」
「自分でもそう思う。でも助けちゃったからなぁ」
「ギルドに任せてしまえばよかったのでは?」
「そうしても良かったんだがマスターから所有者が見つかるまでは助けたお前が面倒見ろって言われたし」
「まぁ筋は通っていますね」
グラスに注がれた水を眺めながら俺はふと溜め息をつくと、クアッドがグラスを拭く手を止めた。
「……助けたこと、後悔してますか?」
静かに、はっきりとした声音でクアッドは問いかける。そんなことを聞かれるほど俺は酷いやつに見えるのか? それともさっきの溜め息が原因か。
「まさか、俺はそこまで悲観してない」
「そうだよ。コーキがどんな理由でレイナを助けたとしても実際に彼女は救われたんだよ! たとえそれが下心あってもね!」
「スラさん? 褒めてるのか貶してるのかどっちなの?」
「そうですか、それなら良いのです。もし後悔してると吐き捨てた時、あなたに引導を渡していましたよ」
「いや、怖すぎんか」
齢千歳を超える人の口から出る引導なんて計り知れない。答えを間違っていたら俺は一体何をさせられていたのだろうか。
「ともかく、その所有者にレイナさんは酷い扱いを受けているのですか?」
「詳しいところまではまだ聞いてないんだ。ただその所有者が奴隷商人だってことは教えてくれた」
「なんと、まだ主がいないのですね。ならばなおさら紅桔さんには頑張っていただかないとですね」
「え?」
「この問題は紅桔さんが彼女を買ってしまえば済む問題なのですよ。お金もあるみたいですし」
……ん? いやちょっと待ってくれ。何を言っているんだ、この人は。
「……クアッドさん? この国の奴隷制度について知ってる上で話してるんだよな?」
「当然です」
じゃあ尚更ダメじゃねーか。この人は俺を犯罪者にしたいのかな?
「レイナを買ったら俺は衛兵に捕まってしまうんだが……」
「それは紅桔さんがレイナさんを所有するからです」
じゃあなんで俺に買えって言ってるんだよ。
クアッドの意図が全く汲めず、唯々俺は頭を混乱させるばかりだった。
「紅桔さん、あなたはまず前提から間違っているんですよ」
「前提?」
「そう。レイナさん自身を買うのではなく、レイナさんの権利を買うのです」
「……それってどう違うんだよ」
するとクアッドはグラスをカウンターの内側に置くと軽く咳ばらいをした。
「いいですか、奴隷商人が売る奴隷は自分の権利を持っていません。彼らがどんなに声を上げようとも彼らは奴隷として扱われ、その立場は変わることがないのです」
そう喋り始めたクアッドはこの世界における奴隷の在り方を説明してくれた。
まず奴隷という立場は基本的に人権を持つことを許されず、物として扱われる。そのためこの世界における奴隷は人という括りに入らないのだそうだ。
だから所有者が奴隷をどう扱おうとどんな罪にも問われることがないのだ。例え享楽で殺しても一時の慰み者として扱ってもその所有者は物を使ったという認識で終わる。
アステリシアはそういった悲劇の存在である奴隷を救済するために奴隷の所有を制限する法律を作り、国から奴隷の存在を撤廃させようと考えた。これによってアステリシアの街から奴隷は消えていき、数を減らすことができた。
しかし、そんな中一部の貴族がこの法律の穴をついて奴隷を例外的に所有することができてしまう。それが奴隷の権利という部分だった。
貴族は奴隷撤廃の法律が適用される前にあらかじめ手を回して奴隷に権利を復権させ、奴隷を自分の身内にした。すると本来は奴隷を増やさず、この国から奴隷の被害者を出さないための法律が返って奴隷を貴族から引き剥がすことができなくなり、苦しめる法律になってしまっている。
これは貴族という権力があり、資産を持っている者ができることであるから現状で一般人が奴隷を持つことが実質不可能となっている。
法律が役に立っていないわけではないのだ。
そこで問題になってくるのが、俺がその権利を買えるかどうかだ。
「俺はその権利を買えるのか?」
「ええ、お金さえあれば。あまり知られてはいませんが過去に貴族が高額で権利を購入したという話からそれで金儲けを考えた奴隷商人たちがいるみたいです」
あまりにもひどい話だ、道徳なんてあったもんじゃない。俺の世界だったら一瞬で淘汰されてるぞ。
「ただ表上、奴隷商人は公に奴隷を販売していないのでなんとか商談まで持ち込まないといけません」
「商談……」
俺にできるのか? そんなこと。
「安心してください。交渉の場は私が設けましょう、ここなら人もあまり来ませんし交渉がしやすいと思いますよ」
「え?」
「かく言う私も奴隷には反対の立場です。形はどうあれ奴隷の子たちが幸せに暮らせるのであれば私は惜しみなく助力いたします」
それは俺の代わりに商談をしてくれるということだろうか?
「クアッドさんが俺の代わりに話してくれたら」
「それはできません。あくまでも彼女を買うのは紅桔さんですからあなたが交渉してください。私は場所を提供して立ち合いをしますから」
「……はい」
だめだ。そんな舞台にも立ったことのない俺が胆を試すような場所で戦えるはずがない。
「落ち込む必要はありませんよ。なるべく事が有利に進むようにしますから」
「お願いします」
頼みの綱はクアッドさんしかいない。土壇場になったらクアッドに熱いまなざしを向けるとしよう。
「それにしたってアステリシアはなんで奴隷を撤廃しようとしてるくせに貴族が奴隷を持つことを容認しているんだ?」
「それはウランドラス帝国が関係しているからですね」
またウランドラスかよ、もはや全ての元凶な気がしてきたぞ。
「なんか聞いてる限りウランドラスってとんでもない国だな」
「実際とんでもない国なんですよ。ほとんど奴隷の力で国力を増大させていった国ですからね」
「マジかよ……」
そうして、クアッドはウランドラス帝国とアステリシア王国の関係を詳らかに話し始めたのだった。
次回投稿は4月6日予定になります。




