第20話 レイナの気持ち
第20話です。
よろしくお願いします。
優しい午後の日差しが降り注ぐ中、悠久亭の中はしんと静まり返っていた。誰もが話すことなく皆がただ俺の方に集中していた。
何故こんなに静まり返っているのか……それは俺にも分からん。
いや、だって普通にここに来るまでの経緯を話しただけなのになんでこんなに静かなの? え? 俺変なこと言ったかしら?
確かに、召喚にハブられたりスラさんと出会ってデスバラッドにぶち殺されそうになったりはしたけど静まるほどか? 俺がよっぽどドン引きするような話でもしてたらこうなるだろうけど、今の話はただの略歴だ。恥ずかしいものじゃない、はずだ。
変に静かな店内の中、ただ一人、話をしていた俺はこの静けさに妙な焦りを感じていた。
するとニルハは目を閉じて腕を組み始めた。
「……そっか。コーキくんって勇者だったんだ……」
「いや、だから違うって」
「そうよ。こんな魚人族も驚くような腐った目つきの人間が勇者だなんて、有り得ないわ」
「えぇ……そこまで言います……?」
わざとらしくボケるニルハに俺はツッこんだり、冷たい声にさり気ない罵倒を混じえたレイナが白い目で見たりと忙しない。
「ですが、活躍ぶりを聞くにまさに王道といったような展開ばかりですね。違うと言われても勇者と思ってしまいますよ」
クアッドはピカピカに磨かれたグラスにジュースのようなものを注ぎながら俺をチラッと見る。
「……そうね」
レイナもああは言ったが本気でそう思っているわけでも無さそうだ。気のせいなのかレイナはさっきから俺の方を見ようとしない。
「まぁでも納得しちゃったよ! コーキくんってば変なとこで常識ないクセして妙に強いから変なやつだなって思ってたの!」
ガハハ!と笑いながらニルハは手を止めていた食事を再開し始める。
俺からすればここの世界の住人の方が強いと思うんだがな。ああいうモンスターと日々隣り合わせの生活を送っている時点で俺とは天と地ほどの差だ。日本だとこうはいかない。
「変なやつ認定だったのか……」
「むしろ自分が常識人と思っていたの?」
項垂れていると追い打ちをかけるようにレイナがダメ押しの一手を叩き込んできた。
「……少なくとも」
少しムカッとして俺はレイナの方を見て睨むが全く効いていないのかレイナはじとっとした目で返してきた。
「そうなの? なら自分で思い込んでるからよっぽどね」
「な、なにィ……」
「氷人族と人族の確執は知ってるんでしょ? それなのに昨日私を助けたなんてホントにおかしな人」
「うわぁお、レイナちゃんやっぱ氷人族だね〜」
レイナの冷たい言葉に俺は顔を歪ませる。氷人族が人族を嫌ってるとはいえここまで言われる筋合いは無いはずだ。
助けてやったとかそういう恩着せがましいのは嫌いだが少しくらいは感謝の気持ちがあってもいいんじゃないですかね? 流石の俺でもちょっと物申したくなってくるぞ。
俺がぷるぷると肩をふるわせて口を開けかけた時、とスラさんが先に口を開いた。
「レイナってば素直じゃないよね」
するとスラさんの言葉を聞いたレイナは急に静かになり、少し俯いた。
お? スラさん良いぞ! もっと言ってやれ! ばちばちに俺の功績をレイナに叩きつけてやれ! 助けた理由がほぼ下心で動いたようなもんだけど結果的にはオーライだから!
「まだちゃんと言えてないでしょ?」
そう告げたスラさんに俺は首を傾げる。話すって何を?
「今がちょうどいいと思うけどなボク」
「……そうね」
スーッとゆっくり深呼吸をした後、レイナは改めて俺の顔を見た。さっきの刺々しい表情とは打って変わってなんだか恥ずかしそうに目を泳がせている。
「な、なに?」
態度が180度反転したレイナに俺は気持ち悪さを覚えてつい身構えてしまう。一体何を言うつもりだ?
レイナは心を落ち着かせているのか目を閉じてひと呼吸置くと、次はしっかりと俺の目を見て話し始めた。
「昨日は助けてくれてありがとう」
「……へ」
レイナの思いもよらない言葉に絶句してしまう。目の前で何が起こっているのか分からない俺はただただ彼女の目を見るばかりで微動だにしなかった。
「その……言わなきゃとは思っていたの、助けられたのは事実だし命の恩人でもあるから……」
面と向かって話すのが恥ずかしいのかレイナは手で口もとを隠すとすぐに目を逸らしてしまった。
突然のレイナからの感謝の言葉。想像ではどんな悪口を仕掛けてくるのかと考えていたがそれとは全くの逆方面の言葉。まさかレイナの口から俺への礼がでるとは……。
するとスラさんが恥ずかしがって思うように言葉が紡げないレイナの代わりに補足し始める。
「今日の朝、コーキがマスターに会いに行くって出たでしょ?」
「お、おう……」
「その間にシャワーを使ってる時とか依頼こなしてる最中とかで色々聞いたんだ」
「す、スラさん」
やっぱりスラさんのコミュニケーション能力は尋常じゃないな。出会って間もなくの人と包み隠さずに話せるっておかしいだろ。
小声でレイナはスラさんを止めようと試みるがお構い無しにスラさんは続ける。
「昨日のこと、本当はお礼を言わなきゃって思ってたんだって。でも、色々とアクシデントやらなんやらで言い出す機会が無くて歯がゆそうにしてたよ。でも時間が過ぎるにつれて言い出すのがどんどん難しくなっていったんだ」
「そ、そうか……」
確かに感謝というのは時間がたてばたつほど切り出しにくくなるものではあるな。しかもその相手が嫌っている存在だとしたら尚更だ。
しかしスラさんは俺の考えを一蹴するかのような一言を告げた。
「それに、コーキにだけ冷たく当たってるのはそれを気取られたくなかったからなんだよ」
「へ?」
「す、スラさん!!」
スラさんからとんでもない情報をリークされて俺は半ば思考停止状態に陥った。レイナもさっきまでは澄ました顔で平然としていたのに今は茹でダコみたく顔が真っ赤になっている。
しかし、それだけではさっきの態度はなんとも説明がつかない。
「いやでもそれは俺が人族だから嫌ってたんだろ?」
「それは……そうだけど……」
きっぱりと答えると思いきや、なんとも煮えきらないレイナの台詞に増々頭が混乱してくる。
「おいおい、コーキくん。あまり乙女心を責めるんじゃないよ。スラさんがこう言ってるんだからきっとそうなんだよ」
ニルハは何故か得意げに鼻を鳴らした。なんだそのふわふわした中身のない言葉は。
「……とりあえず、俺を嫌ってたのって単純に俺にお礼を言いたかったけど恥ずかしかったからってことか?」
「……屈辱だったから」
「はい?」
俺が整理して理由を解釈しようとするとレイナはボソッと小さく付け加えてきた。
「人族のあなたにお礼を言うのが嫌ってだけだったの!」
「えぇ……」
するとレイナはまるで痛いところをつかれた子供みたいにムキになり始めた。なんだこの情緒不安定は……。
「レイナ、違うでしょ。ちゃんと恥ずかしかったからって言わないと」
「もう言っちゃってるじゃない!!」
「ちょ、へいな、まっぶぇ」
ちょっと涙目になったレイナはスラさんを掴むとグニグニと顔をいじり始めた。
恐らく、スラさんもレイナも言ってることはどっちも正しい。レイナは人族に対する嫌悪と、命の恩人である俺に対する感謝が入り乱れてどうすべきか分からなくなったのだろう。
それがスラさんによって暴露され、最終的に礼を述べることはできたがそれと同時にレイナの気持ちもさらけ出されてしまったのだ。
「……えーと」
どう対応したらいいものか頭を悩ませながら俺はレイナの方を見る。するとレイナは俺の視線が気になったのか自身の顔をぐにゃぐにゃになったスラさんの身体を盾に遮った。
だがスラさんの身体は若干透き通っていた為、磨りガラス越しで見るかのようにレイナの紅潮した顔が垣間見えた。しっかりとは判別できないがレイナの瞳は俺の方を向いていたように見える。
すっかり黙り込んでしまったレイナに俺はなんと言えばいいのか分からず、とりあえずで言葉を紡いだ。
「ど、どういたしまして??」
「……なんで疑問形なのよ」
自分でも分からず出たものにレイナが隙を見逃さないとばかりにツッコんできた。俺自身もこんがらがってるんだって。
「まぁ要するに助けてくれてありがとうってことでしょ」
「さっきそう言ったわよ」
「ぐえっ」
するとレイナはスラさんをまたぐにぐにとこね始めてスラさんの口を塞いだ。
「ゴーギィ、ダズゲデェー」
スラさんがこねられながらも何とか声を絞り出して救助を求める。だが生憎今の状態のレイナに突っかかったら今度は俺がこねこねされて顔面崩壊してしまう。……あれ? それって案外ご褒美なのでは……?
「人の心をさらけ出した罰よ、大人しく裁きを受けなさい」
「そ、そんなぁー」
嘆くスラさんに情などかけないとばかりにレイナは執拗にスラさんをこね続けていた。
そんなレイナの姿を見て俺は内心ほっとしていた。今までの態度が俺を嫌っているものじゃないと分かっただけでも心持ちが軽くなる。
しかし、レイナがそんな風に思っていたとは夢にも思わなかった。氷人族だから俺に対しても態度が冷たいんだろうなとは考えていた。だが実際は種族の軋轢が原因というよりも、その先入観のせいでお礼が言いだしづらいくて恥ずかしかっただけだった。
時折彼女がふんわりと柔らかい雰囲気になったりしたこともあったのは心から俺のことを嫌っているわけではなかったという証明だろう。おそらく、今のこの彼女がきっと素の状態なのだ。
レイナの気持ちを知った途端、俺の心は踊り狂っていた。
だってよく考えてみろ。こんなクール系の超絶美少女が俺のことを嫌っていると思いきや実は羞恥心でまともに話せなかっただけだったんだぞ? 初めはまともに相手してもらえず心が荒みかけたが今となってはそれすら可愛らしく思えてくる。俺って案外ちょろいな。
まだまだ希望が失われたわけじゃない。紅桔、がんばります!
「これで態度がもっと軟化してくれればなぁ」
「嫌よ」
ポロッと出た俺の切ない願いもあえなく即答され撃沈してしまった。そんな食いつくように言わなくても……。
「たとえ命の恩人であろうと、あなたは私の故郷を奪った人族と同じなのよ。馴れ合う気はさらさら無いわ」
レイナはキッと鋭い目付きで俺を睨みつけスラさんをカウンターの上に置いた。
「所詮人族と氷人族は相容れない存在なのよ……」
スラさんの頭を優しく撫でるとレイナは黙々と食事に戻った。レイナ越しにニルハと目が合いどうしたもんかと目配せをするとニルハは目を閉じて肩と手を軽く上げた。どうしようも無いみたいだ。
しかしレイナの言葉に疑問を呈する人がこの場にはいた。
「そうですか? 私はそう思いませんが……」
その一言に全員がクアッドの顔を見上げる。
「どういうこと?」
気になったニルハがクアッドに言葉の続きを要求した。
「私もここに店を開いてかれこれ三百年は経っていますが店を出した当初、この国が様々な種族が暮らしていて、その中には氷人族もいたのですよ」
「さ、三百年前……」
「途方もない話だな」
「これでも私の人生の三分の一にも満たない年数なんですけどもね」
「……クアッドさんって今おいくつなんですか?」
「千を越したあたりで数えるのをやめました」
「せ、千歳……」
おいおい、ミラよりも生きてるじゃねぇか。そんな人の言葉の重みなんて計り知れないし一周まわって神話レベルに思えてくる。
「昔は氷人族も人族も手を取り合って生活していたというのに、現代ではいがみ合う中になってしまうとは……」
悲しそうに顔をしかめながらも彼は手元のグラスを拭くのを止めなかった。
「……全部人族が悪いのよ。亜人種を奴隷にしたり私の故郷を奪う酷い種族」
するとレイナは語気を強めながらギロッと俺の方を見てくる。
「まてまてまて、この世界の人族のことだろ。俺を見るな、関係ないだろ」
この際だから俺がこの世界の人間でないことはさっきの経緯の中で説明したからここではっきりさせておかなければならない。レイナは人族に対して過剰に反応し過ぎるところがある。それではレイナも気が持たないだろう。
「だけど人族には変わらないわ」
それでもとレイナの鋭い目つきは緩むことがなかった。まるで俺のことを故郷の仇みたいにみている。
「じゃあ俺が人族以外だったら仲良くしてくれんのかよ?」
「ええ」
お互いに段々苛立ちが加速しはじめ、俺とレイナは目を細め合う。
それを見かねたスラさんがヒートアップしていく俺たちの間に入った。
「レイナ、君の事情は分かるけどもなんでコーキまでそういう風に見るの?」
「そうそう、奴隷にするような人族と違ってコーキくんはあなたを助けたじゃない」
「……下衆な考えで助けたのかもしれないわ」
スラさんに続いてニルハも苦言を呈すも、レイナは目を伏せて苦し紛れに言い放った。
「コーキはそんな最低なやつじゃないよ! ね!」
「……」
下衆かどうかはともかく、下心があったのは間違いないので何も言い出せない。キラキラと熱いまなざしを向けてくるスラさんを俺は直視することができなかった。グッと何かをこらえるようにして俺は頬を膨らませる。
「……コーキくん? うそでしょ?」
信じられないとニルハが青ざめた顔でドン引きした顔で目元を引きつらせる。
「やっぱり……最っ低……」
レイナは自身の身体を守るようにして腕を抱き、さっきみたいな射殺すような目をより一層鋭く突き立ててきた。
「ち、ちがっ! 俺は氷人族なんて知らなかったしまさか奴隷だったなんて知らなかったから!」
「コーキ……言ってることは分かるけど否定するところが違う気がするよ」
しまった、焦るあまり自分から墓穴を掘ってしまった。これではレイナの嫌う人族と何も変わらないじゃないか。
どう言い訳をすればいいのかわからず頭をぐるぐると巡らせているとだんだん頭がショートしてきた。
「た、たしかにちょっとはそういうことも思ったりはした!! だってあんまりにも美人だったからさ!! 俺だって健全な男の子なんだよ!! 夢を見させてくれよ!!!!」
「え、なんで逆ギレしてんの……こわ……」
相変わらずドン引きしたまま、ニルハは遠ざけようと俺の隣にいるレイナを自分のもとへ抱き寄せた。レイナもそれに身を任せて俺から離れていく。
「レイナ、今度から私と行動しよう。ね?」
「そうするわ」
「頼むからドン引きしないでくれ……」
「こ、これからだよコーキ」
「そうですよ。まだ出会って間もないですから、これから信頼を築いていけばいいんですよ」
「うう……」
うなだれる俺にスラさんとクアッドはポンポンと肩を叩いて慰めてくれたのだった。
次回投稿の件に関して、申し訳ありませんが一週間ほどお時間をください。
一応予定としては4月1日を予定しています。




