第19話 悠久亭の主人
第19話になります。
よろしくお願いします。
アルバートから小一時間ほど歩いたところにその店はあった。ギルドから見て王城を中心にぐるっとちょうど180度の対角線上に位置する悠久亭。そこは有名でありながら普通の人では入ることが叶わないという変わった店だ。
入り組んだ路地の奥に隠れるようにして佇む悠久亭はなんとも奥ゆかしい雰囲気を持っていた。アステリシアは全体的に見れば西洋風の街なのにここだけなぜか和を感じる。古い木造建築の様式に低い屋根には植物の蔦が絡まっていて、まるで何十年も前からそこに建っているように見えた。
有名と聞いていたから入れなくて外に人が溢れかえっているんじゃないかと思ったが思っていたよりも人がいない。というか人っ子一人いなかった。こんなことある?
「ここが悠久亭か……」
ほう……と悠久亭の景観に見惚れていると横からニルハがそそくさと悠久亭の入り口に近づいていった。
「コーキくんはやくはやく!」
はやる気持ちを抑えられないのかニルハは年甲斐もなく子どものようにはしゃいで瞳をキラキラさせていた。
「そんな焦らんでも店が走って逃げるわけじゃないだろうに」
「ニルハってば子ども〜!」
「君たちはここに入れる凄さが分からないからそんなこと言えるんだよ!」
ニルハの様子に呆れていると肩に乗っているスラさんがケラケラ笑っていた。その姿を見てニルハは不満そうに頬をふくらませる。
そんな俺たちのやり取りなんて微塵も聞いていなかったのかレイナ独り言ちる。
「趣きのある店ね」
店の様相をくまなく見渡す彼女の声は元気を取り戻していた。さっきの人ごみから開放されたからか、レイナの顔色も先程と比べてだいぶ良くなっている。ここにくるだけでも正解だったみたいだ。
「だな、これならゆっくりできそうだ」
早くしろとニルハが横で騒いでいるが無視して俺はフィリアからの紹介状を手に店の扉に手を掛ける。ドアを開くと扉にかかっているベルがチリンと涼しげな音を立てた。
店の中はなんとも落ち着いた雰囲気があり、逆に昼食をとるのがはばかられるような場所だった。
淡く暖かみのある照明が全体的に広がることで木製の家具がより一層輝いて見える。
店内はさほど広くはなく、十数人も入ってしまえば席は全て埋まってしまうだろう。テーブル席が三つと奥まったところにあるバーカウンターには四つしか椅子がない。
そのバーカウンターの内側にある大きな棚には
外の景観からは想像がつかないほどカジュアルかつ、モダンでありながらクラシックが似合いそうな空間が出来上がっていた。
「おじゃましまーす……」
店の雰囲気に自分が場違いなのではと少し気が引けながらも俺は恐る恐る中へ入っていく。カフェとかも入るのが苦手な俺にこういう店はちょっとハードルが高いと違いません?
「お先〜」
俺がしり込みしているとニルハは我先にと臆することもなく軽い足取りで店内へ入っていった。自分の家と勘違いしてるんじゃないか?
「早く入ってくれる?」
玄関口で呆然と立っていると後ろから冷たい声が俺の背中を逆撫でる。ビクッと肩を跳ねさせながらも俺は後ろを見るとレイナが腕を組みながら俺をぶすっと睨んでいた。
「す、すみません……」
まるで上京したての田舎っ子が行列のできるラーメン屋の前で立ち尽くしていると後ろから怖いおじさんから急かされているような気分だ。ちょっと違うのは急かしているのがおじさんじゃなくて超絶可愛いクール系美少女ってところだな。どっちにしろ怖い。
背中にかかるプレッシャーから逃れようと俺は横へズレるとレイナがおもむろに入口をくぐる。
「……いい雰囲気ね」
「だねー!」
レイナの一言に彼女の肩に乗っていたスラさんがうんうんと賛同する。スラさん、君にこの空間の耽美さが分かるのか……?
一方レイナはかなり気に入ったのか首をあちらこちらへ向けて内装に目を向けていた。心做しかレイナの瞳が輝いて見える。さんきゅー、フィリアさん。グッジョブ、フィリアさん。
しかし、店が人を選ぶと聞いていたがこんなあっさり入れて良いのだろうか? もっとこうストップがかかるもんだとばかり……。なんか思ってたのとちがーう!
「ほら! こっちこっち!」
するとニルハが奥のカウンターへすでに腰をかけてまるで常連のように振舞い、ぽんぽんと椅子を叩いてこちらを呼んでいた。あんた入ったことないって言ってたのになんでそんなに手馴れてんだよ。
「だ、大丈夫なのか……?」
「ビクビクしてても仕方ないと思うけど?」
腰が引けている俺に対し、レイナは毅然と振舞っていた。さっきまでギルドでビクついていたのはどこの誰ですかね……?
そう俺は目でそれとなくレイナに訴えかけるが当の本人はこちらを見向きもせずにスタスタとニルハの方へ歩み寄って行く。
レイナもニルハも滅多に入れない店ということで少し浮き足立ってるみたいだ。雑談している二人の姿が妙にそわそわしている。
まだ玄関で立ちすくんでいるとふと外から玄関へと風が吹いたような気がした。すると急に背後から声をかけられる。
「おや、あなたは入らないのですか?」
「あひゃぁ!!」
後ろにまったく気を使っていなかったので突然話しかけられたことで俺の体は反射的に跳ね上がった。
驚いて振り返るとそこには店員と思われる白髪で高身長の少し老けた男性がカジュアルなスーツを着て佇んでいた。最近俺、後ろ取られること多くない?
雰囲気はどことなくハウンズに似ている気がする。しかし、その凛とした姿勢はハウンズのとはまた違って穏やかなものだった。
「す、すみません! 勝手に入って!!!」
あわあわと慌てふためきながら手をわちゃわちゃさせて俺はペコペコ頭を下げる。
別に店に入るのは悪いことじゃないはずなのに咄嗟について出た言葉がそれだった。
「? なぜ謝るんですか?」
落ち着いた雰囲気のままでクールダンディな男性はくいっと小首を傾げた。よく見ればこの人耳が長く、先が尖っている。エルフなのか?
「え、あ、いや。中々入れない店と聞いてたもんで、勝手に入っていいのか分からなくて……」
どぎまぎと言い訳とも取れないようなものを吃りながら連ねる。
「問題ございませんよ。既にお話は伺っておりますから、鬼束紅桔さん」
「えっ」
どうやってフィリアさんが連絡をとったかはともかく、とっくに話が通っていたのもあるが、フルネームで呼ばれたから少し驚いた。普段なら名前ばっかで鬼束なんて聞かなかったぞ。異世界生活始めて二日目だけど。
「ん? 違いましたか? 確かフィリアさんから三人組が来店されると伺っておりましたが」
「あ、いえ。その通りです……」
「よかった。では、そちらのカウンターまでどうぞ」
するとその人はするりと俺のそばを通り抜けると前を歩いて導くように案内してくれた。奥のカウンターでは既にレイナとニルハが並んで少し高めの丸椅子に腰かけており、スラさんはカウンターの上にに乗って待っていた。
「コーキくんてばなぁにもたもたしてたのよ?」
「あなたは店一つ入るのにあんな時間がかかるタイプなの?」
カウンターにたどり着く俺を待っていたのはなぜかちょっとした非難でした。
「んなわけないだろ、俺クラスになればこういう店なんて敷居が高すぎて逆に避けるレベルなだけだ」
「避けちゃうんだ……」
自慢げに語る俺を見たスラさんは少し呆れた様子でため息をつく。なんかこいつらだんだん俺の扱いが酷くなってきてないか? 俺が変だからか?
「おや、紅桔さんはこういう雰囲気の店は苦手でしたか、これは失礼いたしました」
「あ、いやその……すみません」
「いえいえ、冗談ですよ。どうぞおかけください」
カウンターの内側へ入った店員は軽い感じで笑いながら作業を始める。そして準備が整ったのか店員は俺たちの前へ近寄って姿勢を正してまっすぐと見据えてきた。
「改めまして、この悠久亭を営んでいる店主のクアッドといいます」
俺たちにそれぞれにしっかりと目を配りながら丁寧にクアッドと名乗った店主は深々とお辞儀をすると俺たちはそれに釣られるようにして同じように自己紹介をして頭を下げる。
「本来は俺たちは入れないんですよね」
「ええ、いつもは予約が入っていたり私の気分で営業をしておりますからね。紅桔さんと氷人族のレイナさんはともかく、そこの猫氏族のニルハさんでは店を開けるつもりはなかったんですよ」
「うぇ~やっぱりぃ~……」
うげーっとニルハは苦いものでも飲んだかのように渋い顔でカウンターに顎をつく。
予約で埋まってるとかなら分かるが店主の気分で営業するというのも変な話だ。しかし有名店ともなれば忙しくなるのは必須。自分なりに調節しているのだろう。
「じゃあ俺とレイナさんだったら初めてでも入れたかもしれないってことですか?」
「その可能性はあります。今回はフィリアさんから事前に興味深い情報を貰っていましたからね」
その瞬間クアッドは不意に口角を少し上げて俺をじっと見つめた。フィリアがどんな話をクアッドにしたかは不明だが何か妙に居心地が悪い。
「そ、そうですか……」
「ええ。それはもう熱弁されました。ギルドへ登録するために訪れると突っかかってきた冒険者たちを薙ぎ倒していったと」
「……なんか事実が捻じ曲げられてるんですが?」
俺がツッコむとクアッドは「はて?」と腕を組んで首を傾げた。
「そうなのですか?」
「実際は一人なんだけどね〜、でもあの光景は本当にスカッとしたんだよ!」
ニルハはその時の俺とガルドの話を事細かく話した。レイナとクアッドは話に耳を傾け、スラさんが補足したりして会話を盛り上げている。
その間俺は自分の話をされるのが慣れていないから店の内装を見るフリをして三人の会話をから逃れていた。
俺の活躍ぶりをたまに強調して三人がこっちを見てきたりしたが恥ずかしくてまともに顔を合わせられない。常にそっぽを向いた状態で俺は適当に相槌をうつ機械になることに徹底した。
ちょくちょくニルハがいじってきたりもしたが俺特有のスーパースキル、話を合わせて乾いた笑いを相手に叩きつける、が自動発動してなんとかその場を凌いでいた。
時折何故かクアッドから熱い視線を感じたり、レイナがチラチラと俺の様子を窺う素振りを見せていた。たかだかガルドをポコパンしてやっただけなのにそんな大層なことだろうか?
そして話は段々と時を遡っていき、ついに俺とスラさんの出会いからデスバラッドの話にまで持っていき、俺は終始背中がムズムズして落ち着かなかった。
スラさんが中心となって話しているその間、クアッドは聴きながらも手早く調理を始め、店内には香ばしいスパイスの独特な匂いが鼻を刺激して空腹を自覚させる。
クアッドの流れるような手さばきに俺は目が離せなかった。調理器具を扱う際に放つこぎみ良い音色がさらに料理待ち遠しくさせる。
「良い匂い〜」
スンスンと漂う香りを鼻で吸い上げ、ニルハは恍惚とした表情でふやけた笑みを浮かべた。
「本当にね」
レイナも少しうっとりしたような顔つきでクアッドの調理風景を楽しんでいた。
そして、少しの間また雑談を挟んでいると俺たちの目の前に料理が並べられる。
「どうぞ召し上がれ」
そう言って出された料理は自ら輝きを放っているように見えた。大きなプレートには二つの丸く綺麗な小麦色をしたパンと丁寧に切り分けられたローストビーフのような肉料理が折り畳んで並べられていた。何の肉なのかは分からん。聞いてもいいが普通にローストビーフだったらなんか恥ずかしい。
もちろんそれだけではなく肉の傍には野菜なども添えられており、色鮮やかなプレートに仕上がっていた。
「う、うまそ……」
不覚にも俺は口元から溢れた涎を拭ってしまう。リアルでこの仕草するとは思いもしなかった。
「これが噂に聞く悠久亭のローストビーフ……!!」
ほへーっと惚けた顔でニルハは眼を開いて耳を忙しなく動かしていた。なんだ、やっぱローストビーフなのかよ。
「ローストビーフ……初めて見るわ」
キラキラと目を輝かせて少し前のめりになっていたのはレイナだった。
「おや、初めてですか。初めてのローストビーフが私のものとは光栄ですね」
クアッドも誇らしげに首元に締めたネクタイをキュッと締め直す。
「「いただきまぁーす!」」
「いただきます……」
俺以外の三人がおもむろに料理に手を出し始めたので、俺も食べようと食器を手にするがふと手が止まってしまう。
悠久亭と聞いていたからか大層なものを期待したが肩透かしにあった気分だ。言っちゃ悪いけどな。
俺の世界でも見知ったような料理ばかりで少し味気ない。もっとこう漫画肉とかを想像したんだけどな。
心の中でそう思いながらクアッドの料理を眺めていると手を出さないことを不思議に思ったのかクアッドが声をかけてきた。
「お気に召しませんでしたか?」
「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど」
両手を振って俺が否定しているとクアッドはそのまま言葉を続けた。
「確かに紅桔さんにとっては変わり映えしない料理でしたね。もっとこの世界の雰囲気を感じられる料理を出すべきでした」
クアッドの言葉にニルハとレイナが食事の手を止めてこちらを見ると頭にハテナを浮かべる。
その様子を見たクアッドは不思議に思い、俺の方を見て眉を寄せる。
「お話になられていないのですか?」
「え、あ、ああ……えっと……」
クアッドは恐らくフィリアから聞いたから俺の事情を既に知り得ているのだろう。しかし、横の二人は違う。ニルハもレイナも俺が異世界人だということはまだ知らない。
「何の話?」
気になったニルハはレイナ越しに俺の方を覗き見る。
「大した話じゃないから別にな……」
「話した方がよろしいかと思いますが……」
「うーん……」
そう言われても俺は話すことを渋った。だって面倒くさそうなんだもん。俺が異世界人だと分かった途端、態度変えられたり変なことに巻き込まれたりして俺の安寧を邪魔されたりしたらたまったもんじゃない。
あのカイトやミラがわざわざ口外しない程度には異世界人は異質なのだろう。過去にも何人かこの世界に召喚されているみたいだが、それは勇者としてだ。俺みたいにハブられたタイプの人間は何を言われるか分からない。
基本的に異世界人は王族が召喚するから今みたいに身近な存在じゃないだろう。ましてやこんなところに異世界人がいるなんて思いもよらないはずだ。
そうなると今まで普通に接してきてくれた二人はどういう反応するのだろう。俺を勇者として見るのだろうか。はたまた勇者から除外された哀れな人間に映るのだろうか。
同情や慰めが欲しいわけじゃないが可哀想な目で見られるのは中々キツイ。勝手に呼ばれて勝手に捨てられてるようなものだからな。憐憫の眼差しを向けられるのは嫌だ。
そう思うと自分のことを話すのは気が引ける。なんなら召喚された理由すらも知らないからな。現状、自分のことなのに俺は何も分かっていない。
「話してもいいんじゃない?」
するとそう言ってもさもさと一人だけ食を進めるスラさんはローストビーフを咥えながら俺の方を見やる。
「スラさん……」
「コーキがなにを心配してるのかは僕には分からないけど、ここにいる人はみんなコーキのことを蔑ろにしたりはしないと思うよ」
確かに今まで会ってきて俺の事を異世界人と知り、どういう経緯でここに居るのかを知っている人たちは皆優しかった。憐れむ訳でも無く馬鹿にするわけでもない。ただ、大変だったねとそう言われたくらいだ。
傍から見ればもうちょっと他に言うことがあるんじゃないかと思うかもしれないが、俺にとってはそれくらいの気遣いがとても心地よかった。変に入れこまれることも無く、俺の苦労を少しだけ共感してくれるだけで十分だった。
ニルハもレイナもきっとそういった風に接してくれるだろう。ニルハは笑い飛ばしてくれて、レイナは静かに聞いてくれるかもしれない。いや、レイナはわかんねぇな。俺に対するレイナの態度が状況によってコロコロ変わるからどれが素なのかわかんね。
とにかく、ここにはガルドみたいにうるさいやつもいないし臼見みたいにうざったいやつもいない。ちょっとくらい愚痴をこぼしてもバチは当たらないだろう。
恥ずかしさからか俺は変にかしこまって居住まいを正すとカウンターに肘を付いて指を組んだ。
「えーと、実はな……」
そうして俺はここに至るまでのたった二日間の経緯を零すように話し始めたのだった。
次回投稿は3月25日になります。




