第18話 空回りする想い
第18話になります。
よろしくお願いします。
アステリシアに戻った俺たちは早速ギルドに向かい、受付に依頼完了の報告をしに来ていた。
ギルドの中は人が溢れ返っており、ガヤガヤと昨日よりも騒がしさがより一層増してせせこましかった。
その騒がしさの中、所々何人かがこちらの様子を伺っていた。この視線はもうさっきから何度も経験したからわかる。これは今朝のレイナを好奇な目で見ていた視線と同じものだ。行く先々でこんなの味わってたら頭がおかしくなるな。
そしてその視線を俺よりも敏感に察知していたのがレイナ本人だった。背中に感じる視線を集中的に浴びてさっきから居心地が悪そうにしている。眉をひそめ、目だけをキョロキョロさせてまた俺の服の裾を掴んでいた。
「レイナさん、すぐ済ませるからもうちょっと我慢してくれ」
小声でそうレイナに呼びかけると彼女はとても素直にゆっくりと頷いた。しかし彼女の表情はこわばっていたので、俺は肩に乗るスラさんに話し相手になるよう移ってもらう。これで少しは気が紛れるだろう。
「申し訳ありません。すぐに終えますので……!」
そんな俺たちの目の前でさっきの言葉を聞いたからからフィリアが謝りつつ、忙しなく預けた袋の中にある薬草を出して重さを測っていた。
籠に中へひとまとめにされた薬草たちをフィリアは台のような物に乗せて魔力を流し込む。すると籠の周りに白いオーラのようなモヤがかかり始めた。少しの間待っていると籠がカタカタと動き始め、ゆっくりと宙に浮き出した。
それを見たフィリアは魔力を流し込むのをやめて籠を台の上に降ろした。
「三百マナグラムと……」
なにやら聞き覚えのあるような無いような単位をポツリと言ったあと、フィリアは小走りで籠を持って行き、カウンター奥の棚に置いて書類を書き出していた。
……忙しそうだなぁ。
当然、彼女ひとりでギルドの受付をしているわけではない。今朝見かけたお姉さんな受付嬢も隣でいま冒険者の対応しているし、カウンターの奥にあるデスクには何人もの従業員が慌ただしく働いていた。
たかだか薬草の依頼を報告するだけでも渡して終わりじゃなく、しっかりと重さや他のが混じっていないか精査している。しかしそれ故に少し時間がかかっているのも事実だった。
もうちょっと森で時間を潰しても良かったかもな……。
そう思ってレイナの方を見やるとまだ視線に脅えているのかカタカタと震えていた。スラさんが何とか話して気を紛らわせているが長くは持ちそうにない。
かと言って彼女だけをギルドの外で待たせるのも心配だ。部屋に戻ってもらった方がいいかもしれない。昼ご飯はそのあとでも遅くはないだろう。
「レイナさん、先に部屋に戻っとくか?」
俺の問いかけにレイナは何故かふるふると首を振った。
「レイナ、その方がいいよ。しんどいでしょ?」
スラさんも俺に賛同してレイナを説得しようと試みる。がしかし、レイナはテコでも動かないつもりみたいだった。
俺とスラさんは互いに見合せ、首をくいっと傾げる。そんなに一人になるのが嫌なのだろうか? 一応スラさんもいるんだが……。
「すみません! おまたせしました!」
するとパタパタとフィリアが気を利かせてくれたのか小走りでカウンターへと戻り、ササッと机上に書類を差し出した。
「今回の依頼で集めた薬草は三百マナグラムでしたので、報酬は銀貨三十枚になります!」
喋りながらフィリアはテキパキと盆を取り出して銀貨の入った袋を前に置いた。俺はそれを受け取って虚空巾着の中にしまいこむ。
「なんかすみません、忙しい時間に……」
「いえ、仕事ですので! ……話には聞いていましたがそちらの氷人族の方は大丈夫ですか?」
フィリアは心配そうに俺の背中に隠れるレイナを見た後、俺の方へ視線を戻した。
「んー、あんまりよくないですね……。どこか人が少なくて落ち着けそうな所ってないですか?」
「そうですね……」
うーんとフィリアが首を傾げていると背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「やは〜、コーキくん〜」
振り返り、声のする方に目を向けると手を振りながらニルハがいつの間にか後ろに立っていた。
音もなく気配を消していたのか間近にいるのに全く気が付かなかった。レイナも驚いたのかギョッと目を見開いている。
「っびっくりしたぁ……声をかける時はもっと遠くからかけてくれないか? こんな間近になってからだと心臓飛び出るだろ」
「あはは! ごめんごめん! 今依頼帰り?」
「そうだけど?」
「良かった! 朝来たらもう出発してるって聞いたからちょっと待ってたんだ。氷人族の娘とも話したかったし!」
ニコニコと笑顔を向けながらニルハは耳をピコピコさせていた。それに対し、ジーッとレイナは彼女の顔を見つめたあと、俺の方に目を向けながら口を開けた。
「……この猫氏族の人、誰?」
「ああ、この人はーー「ごめんごめん! ちゃんと名乗らないとね! あたしはニルハ・ケイト! Cランク冒険者やってます!」
俺がレイナの方へ振り返って紹介しようとしたところをニルハが突然俺の背中に抱き着いてきた。その瞬間柔らかい感触が背中を圧迫しとほのかな柑橘系の臭いが鼻をくすぐる。……猫って柑橘系の臭い嫌いじゃなかったっけ?
抱き着いて俺の肩越しにニルハはレイナの顔をじっくりと見つめていた。俺はうっとおしく感じつつもニルハの華奢な体がどうにも癖になって離れて欲しいけどこのままでいたいという気持ちがあり俺の心が右往左往していた。
「……なに気持ち悪い顔してるの?」
すると急に鋭く尖ったナイフが喉元に突き立てられたような感覚が俺を襲う。冷汗がドバっとあふれ出し、背筋がゾっと悪寒を走らせた。ちらりとその元凶である方を見やると、レイナがえげつない眼光で俺を射抜いている。
「ひゅ……」
あまりのプレッシャーに喉がしぼんで口から空気が漏れ出す。どうやら今の俺は相当だらしない顔をしていたようだ。でも不可抗力だから仕方ないよね!
「おおぅ……。おっかない顔……」
そんなレイナの鋭い眼光に俺だけでなくニルハまでも怯んで咄嗟に俺から身体を離した。ちぃ……あともうちょっとだけ抱きついててもいいんですよ?
「……私はレイナ。レイナ・フリューゲル」
俺から視線を外すとレイナはニルハを見据えて軽く会釈をした。へぇ、姓はフリューゲルって言うのか。俺が聞いても言ってくれなかったし今初めて知った。
「よ、よろしくね……」
ニルハは引きつった笑いをしつつボソボソと耳打ちしてきた。
「コーキくん、なんかしたの?」
「……一応身に覚えがあります」
「……マジか」
いや、あれは事故だったし不可抗力だから仕方ないって思うんですわ。
「やっぱ部屋一緒にするべきじゃなかったね」
「いや、あれは事故なんで」
ニルハが腕を組んで俺をジト目で睨んでいるところを俺はキッパリ水を差した。
だがニルハがため息をついて呆れたように俺を見据える。
「事故でもなんだとしても過失なのよ」
「……ッス」
ぐうの音も出なかった。俺って口論になると絶対に負ける気がする。勝てた試しがないぞ?
レイナとニルハからの冷たい眼差しがチクチクと肌を刺す。ヒン……もっと優しくして……。
「今日中にマスターと連絡をとって部屋を分けてもらおう」
「……はい」
悲報、夢の生活、半日も持たずに終了を告げる。
ニルハに叱られ、しょんぼりと眉を八の字にしていじけていたら、突然レイナが咳払いをし、彼女から思いもよらない言葉をかけられた。
「……見たことは許さないけど確かにあれは事故ね」
彼女のセリフに俺はぐるんと彼女の方へ首を回して目を見開く。どういう風の吹き回しだ……?
「レイナさん……?」
「ちゃんと気をつけていれば問題ないわ。だから部屋を分けるなんてしなくてもいいと思うけど。それに泊まるのもタダじゃないでしょう?」
淡々と話すレイナは肩に垂れた髪を背中の方へ追いやると澄ました顔でニルハを見ていた。
「え、でも何か間違いがあったら……」
「大丈夫。この人にそんな度胸無いと思うし」
渋るニルハにレイナは飄々として俺の方をチラリと覗く。その目は暗に俺への警告も含んでいたように見えた。
「……そうなの? ほんとに?」
「でしょ?」
ニルハとレイナの視線が俺へと集中する。ニルハは懐疑的な目で俺を見つめ、レイナは顔ではニッコリと笑っていたが目が全く笑っていない。
「……ハイ、ボクハ人畜無害デス」
レイナの静かな笑みに気圧されて変なカタコトが出てきてしまう。無理矢理言わされた感が凄い。
「まぁレイナがそういうなら良いんだけど……」
「ええ、問題ないわ」
そして何故かそのまま俺の話になり始め、本人の目の前で包み隠さずに俺への本音をぶちまけ始めたところで俺は聞こえないように会話から離脱した。
二人が会話しているのをよそに俺はフィリアの方を横目に見ると空気を読んでくれているのかさっきからずっと黙ったまま待ってくれていたみたいだった。この人良い人過ぎないか? 全然割り込んでくれても良かったのに。
「すみませんフィリアさん、さっきの話の続きなんですけども」
「あ、いえ全然大丈夫ですよ。そうですね、ここからだと少し遠いですが、悠久亭という所はいかがでしょうか?」
「悠久亭?」
「はい、ギルドから王城を挟んでちょうど向かい側辺にあるこじんまりとした食事処があるんです。美味しくて落ち着いた雰囲気のお店なんですが店側が客を選ぶので入れるかどうか……」
「なるほど、人の少ない理由はそれですか」
「ですね」
悠久亭か。人嫌いのレイナにとっちゃおあつらえ向きの店だな。しかし、入れないこともあるのか。一見さんお断りみたいなやつか?
「お? 悠久亭の話?」
するとこちらの会話が耳に入ってきたのかニルハがひょっこりとカウンターの方へ近づいて俺たちの間に割って入った。
「知ってるのか?」
「そりゃもちろん! あそこは人が入れないことで有名だからね。貴族でも入ることができないらしいよ」
それは予約が大量に入って人が入れないことで有名ってそれちゃんと営業できてるのか? 収支的な問題で……。
「あたしも入れなかったしコーキくんも無理じゃないかなぁ」
「ふーん。まぁ行くだけ行ってみるか。レイナさんもそれでいいよな?」
「ええ」
人混みから抜け出せるなら正直悠久亭に入れなくたっていい。元々昼食は軽く済ませるつもりだったから、人が少ないところならば何処でもいいのだ。
だが、そんな珍しい店を紹介されちゃあ冒険心がくすぐられて行かない訳がない。少しくらいスリルがないと異世界生活は楽しめないぜ! 今までもスリルだらけだったけどな!
「でしたらコーキさん、こちらをご持参してください」
するとフィリアが何やら便箋に一筆したためたものを丁寧に折ると俺へと渡してきた。綺麗に折られた便箋の入った封筒からはほんのりと甘い香りがする。
「? これは?」
「私からの紹介状です」
「えっ、悠久亭の?」
「はい」
「なんでフィリアさんが……」
「実は私、そこの常連なんですよ」
「ええっ?!」
俺よりも先に驚きの声を上げたのはニルハだった。
「フィリアってば悠久亭の常連だったの?!」
「はい、昔マスターに連れていただいたことがありましてその頃から通いつめてます」
「マジで……でもどうして紹介状まで用意したの?」
そう聞かれたフィリアはもじもじと言い淀んでいたが、紅潮した頬に手を当てると恥ずかしそうに目を逸らしながらぽつぽつと話始める。
「実はその……昨日の一件でのガルドさんとの戦いを拝見した時、コーキさんの勇姿に見惚れてしまいまして……」
言った途端ポッとさらに頬の赤みを増してフィリアは両手で頬を覆うと身体を捩らせる。
「「「えっ」」」
その言葉を聞いたスラさん以外の俺を含む三人が同時に言葉を失う。ニルハはドン引きの表情で不味いものでも食べたみたいな顔をして、レイナはありえないとばかりに困惑して首を小さく横に振る。そんな中俺だけは眼を開き、期待と希望に充ち満ち溢れた顔つきになっていた。まさかとは思うが、これはもしかして……。俺にも春が……!!
「それで私、コーキさんのファンになってしまいました!」
「「「あ、そう」」」
すると途端に三人はスン……と熱狂する所に水をぶっかけたようみたいにシラっとした遠い目でフィリアを見つめていた。
上げて、落とす。なんともいやらしいやり口だろうか。俺の純情は弄ばれ、容易く手のひらでコロコロ転がされてしまった。
「皆さんどうかされましたか?」
しかも当の本人はけろっと「私、何かやっちゃいましたか?」とでも言わんばかりの表情で首を傾げていた。マジかよこの人……、素でやってやがる。
「や、やは〜……告白でもするのかと思っちゃったから」
「え? いやですね〜、そんなわけないじゃないですか! こう見えて私、既婚者ですから!」
「えっそうなの?!」
ニルハも知らなかったらしく口をあんぐりと開け、呆然とする。
推しと好きは違うとはこのことだろうか。相手はその気がなくともこっちでは脈があるのかどうかの判断がつかない。なんともはた迷惑なものだ。まったく。今俺の心は残念な気持ちでいっぱいだよ!
「フィリアって今いくつなの?」
「え? 18ですけど」
「じゅ、じゅうはちっ!?」
ニルハの質問に臆することなくフィリアが答えると飛び上がるようにしてニルハは驚いた。心做しか彼女のしっぽがブワッと毛が逆立っているように見える。
それにしても若いなぁ……。18で結婚だなんて……。最近の子は進んでるんだな……。俺17だけど、結婚なんてまだまだ先の話のことに感じる。なんならできるかどうかすら怪しい。
「成人したと同時に入籍しまして……」
照れながらフィリアは惚気るようにはにかむ。その顔は本当に幸せそうな初々しい新婚さんの表情をしていた。
「は、はやいね……あたしもまだ21なんだけどな……」
何故かニルハはしょんぼりと肩を落として項垂れているとレイナが頭にはてなを浮かばせながら口を開いた。
「そう? 普通じゃない?」
「「え」」
彼女のセリフに俺とニルハがピシッ!と岩になったみたいに固まる。
「他の種族がどうかは知らないけれど、氷人族はみんな成人と同時に結婚するわ」
レイナの語る氷人族の結婚事情を聞いた途端、俺は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「ま、待ってくれ。レイナさんって確か19なんだよな?」
「ええ」
「じゃあもうその相手が居るってことか……?」
「そうなるわね」
平然と答えるレイナに対し俺は崖から突き落とされたような衝撃が走った。ああ、へぇ、そうなんだ……。
「まぁでももう亡くなったけれど」
不意に彼女は腕を抱えると寂しそうに目を伏せた。彼女の表情から理由は容易く察知できる。
「一年前の襲撃か……」
レイナはゆっくりと頷く。フィリアとニルハは彼女の背景を知らないから何のことかは分からないみたいだが話の内容から察していた。
……そっか、居たんだな。
俺はバツが悪くなってしまい黙り込む。するとおもむろにレイナは左耳に付けられたアクセサリーを触れた。
「まだ贈ってもいないのにね……」
そうポツリと呟くレイナは目を閉じた。想いを馳せているのだろう。哀愁漂う彼女の顔つきが俺をさらに苦しめる。
「これから悠久亭に行くってのに何しんみりしてるの! 元気だしてさっさと行くよ!」
「うわ、ちょ」
「に、ニルハ……!」
ぱんぱんとニルハは手を叩き、俺とレイナの腕を掴むと出口に向かって歩き出した。
「どうぞごゆっくりなさってきてください」
フィリアもニコッと笑みを浮かべて手を振って送り出してくれた。彼女の笑顔が嫌にまぶしく感じてしまう。
後ろ髪を引かれながらも鈍い足を動かして俺たちはギルドを後にした。
次回投稿は3月20日になります。




