第15話 レイナの美しさ
第15話になります。
よろしくお願いします。
食事を済ませた俺たちは一度部屋に戻り、レイナの話を聞くことにした。
本当なら話したくないだろうけど状況を確認しておかなければ。レイナには悪いが話を聞かせてもらう。
まず、分かったことはレイナが誰かの奴隷じゃないということで、このアステリシアにいる貴族へ売るために連れてこられたらしい。その輸送中に幻獣の森でゴブリンの大群に遭遇して場が混乱している隙に逃げ出したみたいだ。
元々は逃げられないように荷馬車の中で檻に入れられていたが襲撃の際、荷馬車が転倒し、檻が壊れて逃げられたとのこと。
ここで唯一の懸念であった貴族の奴隷というのが除外され、俺は一安心する。
そして、何故レイナが奴隷になったかというと。一年ほど前にレイナの故郷である氷人族の村が何者かに襲撃されて全員捕らえられたらしい。レイナの両親は今どこにいるのかを聞くと、父親はその時に戦って命を落とし、母親はレイナと同じように捕まってどこかへ売られてしまったのか行方は分からないらしい。
どうして襲撃されたのかを聞くと氷人族がとても珍しく、男女共に美系だから奴隷として人気が高いかららしい。
他の種族は労働力や憂さ晴らし用などになっているところで、氷人族はその美貌から性別関係なしに性奴隷としての価値が高い。
それゆえ、価値を落とさないためにも氷人族は他の種族の奴隷と比べて奴隷商人から薬だったりで栄養失調にならないようにされていたみたいだ。
だからレイナは奴隷なのにとても綺麗なままで居られた。
「今はまだ主が居ないから自由にできるけど、もし主ができたら私は逆らえなくなる」
椅子に腰掛けているレイナはそう言って首につけられた黒いチョーカーのような首輪に触れた。
「それ、本当に奴隷商人が解呪しないと外せないのか? なんか簡単に外れそうだけど」
座っている彼女の目の前で俺は腰を下げ、いまだにただのアクセサリーにしか見えないそれをどうにか外せないか彼女の首元を覗く。
「……じゃあ試してみる?」
挑発するように言ったレイナは首を傾げ、後ろの髪を片側に寄せて見えやすいように首元をさらした。なんか女性の首元って見てたら気恥ずかしくなってくるが、この場合レイナが見て良いと言ってるようなもんだ。遠慮なく見させてもらおう。
俺はレイナの背後にまわり、彼女のうなじに目をやる。見れば首輪には金具で付けられていて、普通に取り外せそうだった。
「ちょっと触るぞ」
「……どうぞ」
静かに待っているレイナの後ろから俺は首輪に触る瞬間、少し肌に触れてしまって彼女がくすぐったそうに息を漏らす。その声が妙に艶めかしくてイケナイ気分になっていく。
俺は咳ばらいをして場をごまかす。改めて首輪に触ってみるがとても硬く、びくともしない。首輪をずらしたり、回すこともできない。まるでレイナの首に根を張って何重にも縫い付けているみたいだ。
「……痛かったら言ってくれ」
「え? ちょ、ちょっとまって」
ここまで動かない首輪にちょっと腹が立ってしまい、レイナの制止を無視して俺は金具の部分を思いっきり引きちぎろうとした。
すると、指先から無数の針で刺されたような激痛が俺を襲った。
「いいぃ!!??」
無理に外そうとしたからか首輪からバチバチッ! と電撃が走り、俺の指はもげそうなくらいに痛かった。慌てて指を見てみるが、何ともなっていない。
「コーキ! 大丈夫!?」
突然俺が変な声を上げるもんだがらスラさんが驚いて心配そうにしていた。
「あ、ああ。なんともない」
「だから止めたのに……」
手をさする俺にレイナは知っていたかのような素振りを見せ、髪を戻して彼女は肩越しに後ろにいる俺を見上げた。
「なんだよ……知ってたのか……。てかレイナさんは何ともないのか?」
「ええ」
どうやら首輪をつけてる本人には害がない電撃みたいだ。首輪の防衛装置か何かだろうか。
「分かったでしょ? これを外すには奴隷商人が必要なの」
レイナは凛として毅然に振舞って見せる。しかし、その瞳は自らを哀れんでいるようにも見えた。
やはり奴隷商人と直接交渉するしかないのか……。ただその場合、こちらの部が悪すぎる。そう易々と解除なんてしてもらえないだろうな。
「それしかないか……でも奴隷商人がここに来たらレイナさんを引き渡さないと行けないんだけどな……」
「……」
それを聞いたレイナの顔が目に見えて曇った。俺としてもせっかく助けたレイナを簡単に渡してしまうと元の木阿弥になるので避けたい。
腕を組んで悩む俺を見てレイナが独り言のように呟く。
「あなたが買ってくれたら……まだ……」
きっと俺に向けて言ったのだろうが、彼女の視線は既に俺から逸らされてどこを向いているのか分からなかった。
レイナの言う通り、俺が買えればレイナの問題は解消されるだろう。解呪まではいかなくとも今日のように普通に食事をして、ちゃんとした服も着れる。幾分かは人としての生活を取り戻せる。
だが、レイナを買うということは俺は奴隷の持ち主ということになり、そうなれば俺はこの国でお咎めを受けることになってしまう。すると彼女はどうなるんだ? 持ち主がいなくなったことでまた奴隷商人のところへ帰ってしまうんじゃないのか?
俺の足りない頭ではいくら考えてもレイナを解放する手段が思いつかない。
「……よし」
そう意気込んで俺はスラさんとレイナを見下ろすと二人して俺の顔へ目をやる。
「とりあえず、キャサリンに会いに行くぞ」
こういう時こそ頼らなければ。
「キャサリン?」
「レイナさんがいま着てる服をくれた人だよ」
聞き覚えのない名前にレイナは疑問符を浮かべたので、端的に説明する。するとレイナはすこし嬉しそうにし始めた。
きっとその服をくれた人に会えることが嬉しいんだろうけどあんまり期待しない方がいいぞ……。人はすごくできてるんだけどな……。
そしてキャサリンの店に向かうべく、俺は二人を引き連れてギルドを後にした。
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日が高く昇りはじめ、道行く人の密度が徐々に増加していくこの時間帯。開店時間なのか路肩に並ぶ店たちが看板を上げたり、扉を開けたりしていた。
ギルドを出て数分、俺たちは目的地であるキャサリンの店『ミス・ウェーバー』に辿り着く。
だが、少し困った状況に陥っていた。
なんと、『ミス・ウェーバー』の前で開店を待っている俺たちを取り囲うようにして一定の距離を開けながら群衆がこちらを見ていたのだ。好奇の視線や怪訝なものまで様々な目が俺たちを嘗めるように見つめてくる。
しかし、こうなった原因は分かりきっていた。
その理由である群衆の注目の的になっている人物を俺はチラリと横目で見る。本人は群がる有象無象に怯えきって俺の背中に隠れてしまい、さっきからずっと俺の服の裾を強く握っていた。
そう、この状況を作り出しているのはレイナだった。彼女が氷人族というのが原因だと思うがそれだけではないだろう。老若男女問わず、彼女は無意識に人を魅了し、引き付ける力があるからだ。だから道行く人が立ち止まって野次馬のように集まる。
これだけの視線を一身に受け続ければそら臆病にもなるな。
「レイナさん、大丈夫だって何もしてきやしないから」
彼らは氷人族であるレイナが物珍しくて見ているに過ぎないのだ。しかしこれだけ注目されていても奴隷だと騒がれていないということはおそらく彼女が奴隷だとバレていない。この国が奴隷とかけ離れた世界ということもあって奴隷の一般イメージがないのだろう。
さすがに身なりとかが汚ければバレるだろうが、今のレイナは麻布一枚じゃない。彼女の着ている服は冗談抜きでとても高貴な雰囲気が出ている。これを見て一目で奴隷だと見抜ける猛者は早々いないだろう。
そこだけはアステリシアの制度に感謝したい。
それに奴隷の証である彼女の隷従の首輪は遠くから見ただけではただのチョーカーにしか見えない。今の服装も相まって一種のファッションと思われているだろう。
だからそこまで心配するようなことはないと俺は思っていたが、渦中である肝心のレイナは周囲の人の視線にあてられてしまい、完全に萎縮していた。眉を不安そうにひそめて、顔が引きつっている。臼見や剛力と比べてそこまで背丈の高くない俺の背後にレイナはすっぽりとその体を縮こませていた。
体を俺の影に隠し、掴んでいる服の裾から彼女の震えが伝わってくる。もともと白い肌をした彼女の顔はさらに真っ青になっていた。あんまり長居しているとキャサリンに会う前にレイナが参ってしまうな。
公衆の面前で少し恥ずかしいが、俺は意を決して店の扉をノックし、呼びかける。
「キャサリン! いないのか?」
ドンドンと扉を叩く音が響くが、届いていないのか全く反応がない。ガラス越しに見える店内を覗くが店員らしき人は見当たらず、静まり返っていた。
少し焦って扉のノブにかかっている小さい看板を見てみるが「CLOSE」となっているだけでいつ開くのか分からない。
店の前でおろおろする俺たちを見て周囲はひそひそと何やらウワサしているみたいだ。傍から見れば俺たちは迷惑客そのものだ。こんなことになるならレイナをギルドに残しておいてやった方が良かったか……?
「一度出直そうか」
俺がこの状況から脱出するために二人へ声をかけたと同時に、群衆の奥の方が何やら騒がしくなり始めた。
人が多くて奥の方が見渡せないが、何か嫌な予感がして俺は無意識にレイナの手を取って歩き出そうとしたがその瞬間、騒ぎの元が大衆を掻き分けて俺たちの前に姿を現した。
「なんだこの人だかりは!! うっとおしい! 散れ! 散れ!!」
そう吐き捨てながら黒服の執事のような人を使って人ごみを無理やりどかしながら、小太りの小さい達磨のような金髪の男の子がズカズカと歩いてきた。
金髪の男は見るからにけばけばしい服装で自らの高貴さを見せびらかしているようだった。仕立てのいい服の首元には昔の貴族がつけていたジャボのようなスカーフを引っ下げ、整髪剤でカチカチに固めた髪を手櫛でセットし直していた。
そして道を作り人を退かしていた黒服の執事は背筋を伸ばして一歩後ろ、彼のそばに立つ。執事の腰には柄の部分が綺麗に磨かれた剣が下げられていた。
すると、その二人を見た人々はまるで接触を避けるように二人から距離を置き、遠くから眺めて小さい声で何か話している。
「うわ、見て。ピンザッツ伯爵のドラ息子よ」
「また下町まで下りてきたのかよ」
ちらほらと聞こえる群衆の囁き声が俺の耳に入り、目の前の二人の正体が判明する。
どうやらこの小太りの達磨っ子はボルシャック・ショウ・ピンザッツというピンザッツ伯爵の嫡男に当たる人物らしい。貴族らしからぬその言動からして性格はかなり横暴で粗忽、そして我儘さが目立っていた。
もう一人の方はハウンズという初老の執事でもともとはピンザッツ伯爵の執事だった人らしい。
「なんだ貴様ら、僕に陰口でも叩くつもりか?」
ひそひそと声のする方へボルシャックは贅肉で埋もれた豆粒みたいな目をギロリと向ける。向けられた視線に対しウワサしていた民衆は一気に静まり返って、誰もが目を合わせようとしなかった。
またボルシャックとは関わりたくないからか先程までいた人たちは逃げるようにして霧散していく。
場の空気が重くのしかかり、誰も喋らない。それを見てボルシャックはフンッ! と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
どうやら権力を傘にして下町でやりたい放題やってるみたいだな。異世界ものではよくあるシチュエーションだ。でも実際目の当たりにするとすげームカつくなこいつ。しばいてどつきまわしたろか?
だが、変に関わると余計なことしか起きないのが貴族ってもんだ。しかも今は状況が状況。ただでさて目立つレイナに目をつけられたらたまったもんじゃないし、さっきから頭の中の警鐘がうるさくて仕方ない。
「二人とも、ここを離れるぞ」
「うん!」
俺が半ば強引にレイナの手を引き、奴とは真逆の方へ振り返る。その時「えっ、あっ……」と戸惑うような声が聞こえたが、いま構っている暇は無い。あのドラ息子とやらが周りに気を取られている間にこの場から離脱するのが優先だ。
しかしそうは問屋が卸さないのか、俺たちが逃げようとしたのを執事が見抜いて瞬時に動くと、俺の前に立ち塞がった。
「ぴゃあ?!」
その圧倒的なスピードと正確さに俺は反射的に仰け反ってしまった。執事は手を後ろにしてただ起立しているだけなのになんだこの異様な圧迫感は……。
驚く俺を下目にしながら背の高い初老が入った黒髪執事は静かに口を開いた。
「お待ちを」
そう一言告げた彼の瞳から俺は目を離せないでいた。普通に避けてしまったらいいだけなのに俺は動けなかった。何かに縛られたとかそういう物理的な要因じゃない。動いた瞬間、俺はこの人に取り押さえられる。そう感じた。
何も出来ず、ただ執事と静かに見合っているとふと俺の服が後ろに少しだけ引かれたような気がした。体を執事に向けたまま俺は首だけ後ろへ軽く向ける。
そこにはピッタリと俺の背中に張り付いて不安そうにレイナが顔を覗かせていた。
うーん、頼られるのは嬉しいけどこの状況は嬉しくないなぁ……。
全く一歩も動かない膠着状態の俺たちへとポーキーが短い足をせかせかと動かして歩みを進めてきた。
「よくやった、ハウンズ。僕の前からノコノコ逃げ出そうとするなんて見下げ果てたやつもいたもん……だ……」
何故かポーキーの言葉尻が徐々に小さくなっていった。無駄に大きい声が萎んでいくのを不思議に思って俺たちはボルシャックの方に顔を向ける。
するとポーキーの目の色が分かりやすく変わった。
「お、おい!!! お前!!! そこの女は誰だ!!!」
うわ……。一番危惧していたことが起こってしまった……。
急に声を張り上げると、ボルシャックは俺の後ろにいたレイナを指した。突然の大声と指差しにレイナはギョッとしてハウンズと呼ばれた執事がいるにもかかわらずそそくさと俺の前まで移動してポーキーから隠れた。
いや、レイナさん? 背中ならまだ良いけど前はどうなのよ? 近いし可愛いしいい匂いするし恥ずかしいし近い。
さっきまではハウンズと対峙してたから動けなかったが今はまた別の理由で動けない。恥ずかしさと戸惑いと嬉しさがごちゃ混ぜになり、頭がパンクしてなんとも言えない顔になってしまう。
俺の顔を見たハウンズは何か面白いものでも見たのか微笑ましそうにクスッと笑って口元を手で隠している。何だこのやろう、見せもんじゃねぇぞ。こっちはレイナの魅力と戦っていて、いま過酷なんだ! 笑うな!
違う意味で硬直して反応しない俺にボルシャックは業を煮やし、俺の方を引っ掴んだ。
「貴様ッ! このボルシャック・ショウ・ピンザッツを無視するとは無礼者め!! その醜い顔を僕に見せろ!!」
ボルシャックはぐいっと俺の肩を引くと、それに合わせてレイナは俺から手を離して俺だけがぐるっと回った。
「……ど、どうも」
俺は苦笑いしながらボルシャックに挨拶した。近くで見るとなんかあんぱんについてるゴマ粒みてぇな目してんなこいつ。
乾いた笑いを出している俺の後ろでレイナは初めて話した時と同じような冷めた目付きでボルシャックを睨み付ける。
「……なんだお前、死んだ魚のような目をしているな」
うるせぇ、あんぱんのゴマみてえな目したやつに言われたくねぇよ。
「はは……よく言われます」
「お前のことよりそこの女のことだ。そいつは誰だ? どうしてそんなにも美しい? お前の女か?」
「え? あのちょっと」
「うるさいやつだな! ちょっと黙れ!」
えぇ……話しかけてきておいてうるさいとはこれ如何に……。
ボルシャックは俺に答えさせるつもりがないのか俺の顔すら見ずに、怒涛の質問攻めでグイグイとレイナを見ようとしてくる。
それに対しレイナも見られまいと必死に俺を引っ張りまわしてボルシャックの視線を俺でガードした。
さながらそれは柱を間に挟んだ鬼ごっこに見える。
……何してるんですかね? この人たちは……。
というかさっきから俺の周りをぐるぐるしないでもらいたい。ほらスラさんも目を回して大変だ。
「くっ……! なぜ逃げる! そうか! 恥ずかしいのだろう! この僕が直々に見初めたために恥ずかしくて前に出られないのだろう!」
体力が無さすぎるのか息を切らしながらボルシャックは延々とレイナを追い回す。
いや、明らかに違うだろ。だってレイナってば必死の形相で逃げ回ってるぞ? しかもさっきからたまにチラッチラッと俺に目配せして何とかしろって言ってる気がするぞ? どうしろってんだよ……。
困り果てているとハウンズが両手でボルシャックの肩を抑えて、静止させた。
「ボルシャック様、ストップです」
「む、離さんかハウンズ」
「いけません。もっとピンザッツ家の跡取りとして自覚ある行動を心掛けてください」
はしゃぐ子供を優しく窘めるようにハウンズは言い聞かせるとボルシャックは「むぅ……」と不満気な声を漏らす。
このハウンズというやつはまだ小太り達磨のちんちくりんよりかは常識がありそうだな。まぁだとしてももっと厳しくしつけないとダメだと思うぞ。
「それにボルシャック様、相手とお話される際はきちんと目を見てお話にならないと失礼ですよ」
「女はともかく、こんな死んだ焼き魚のような目をした奴でもか?」
ボルシャックは俺の方を指差しながらハウンズを見上げる。こいつほんとに失礼だな……。
そしてボルシャックの言葉にハウンズは大きく頷いてみせ、口を開いた。
「魚類だとしてもです」
「おいちょっと待てやこら。人間扱いせんかい」
……しまった、いつもは心の中でツッこんでたのにあまりの扱いの酷さに関西弁まで出てしまった。
咄嗟に出た俺のツッコミに二人してポカーンとこちらを見ていた。レイナすら目を丸くして「何言ってるのこの男は……」と哀愁漂う表情をしている。ちなみに、スラさんは肩の上でケラケラ笑ってた。後で覚えてろよ。
「なんだ貴様? 変な喋り方しおって、僕が誰だか分かっているのか?」
片方の眉を上げてボルシャックは俺に眼を付けて近づく。しかし背丈が足りないからか覇気を感じられない。まるでまんまるのブルドッグが威嚇しているみたいだ。
しかしここで機嫌を損ねて、因縁でもつけられたらたまったもんじゃない。俺のその場凌ぎ力を見せつけてやろう。
「いえ、お初にお目にかかります。なにぶんここに来て日が浅いもんで……」
俺は努めて礼儀正しく、深いお辞儀をして謝罪した。こういうやつは基本下手に出てりゃ気分良くして見逃してもらえるからな! まったく……ちょろいぜ!
「ふん! そうか、まぁいいだろう! 僕は寛大な心の持ち主だからな!」
俺の予想通りボルシャックはふんぞり返って満足そうに鼻を鳴らすと、そのまま言葉を付け足した。
「本来なら極刑にでも処すところだが僕はいま気分がいい。そこの女を僕にくれたら許してやっても良いぞ?」
「は?」
突拍子もないことを言われ俺は生返事が出てしまう。少しの間思考停止して頭の中が真っ白になる。
確かにさっきの態度からレイナが気になっていたのは分かるが、急に寄越せと? 何言ってんだこの脳みそあんぱん野郎は? どういう思考回路してんだ。しかもなんで俺に言ってんだ? 言うなら俺じゃなくて本人に言えよ。
お辞儀したまま固まる俺を見てボルシャックはさも不思議そうに首を傾げた。
「む? 変なことを言ったか? その女を僕に嫁がせろと言ったのだ」
「……えーと、なぜ僕に? 別に僕は彼女のなんにでもないので……。僕でなくて直接本人に言ってみては?」
俺は呆れながらもなるべく平静を装いながら告げ、後ろに隠れているレイナを見やる。こういうのは本人から直接言わせて打撃を与えるのが最も効果的だ。俺がとやかく言ってもしょうがないだろう。
当の本人は「ここで私に振るの? うそでしょ?」とでも言いたげな顔をして首をふるふるさせていた。なにそのリアクション、めっちゃ可愛いなおい。
その返事にボルシャックはムッと口をへの字に曲げて眉をひそめ、怒気のこもった声を上げた。
「貴様! そいつが僕を避けているのを分かってて言ってるだろう!!」
分かってるならその自分の態度を見直せよ……。
そう口から出そうになったが無理やり下唇を噛んで自分を黙らせる。
「……いえいえ、そんなことは。彼女が人見知りなだけだと思いますよ」
込み上げる苛立ちを抑えつつ、当たり障りなく飄々と俺は言ってのけた。こうでも言わないとこのダルマボーイはずっと突っかかってくるだろう。非常にめんどくさい。
それを聞いたボルシャックはコホンと咳払いをして急に居住まいを正したかと思えば、何事も無かったように手を後ろに組んだ。
「そうか、ならいい。ではもう一度問おう。そこの女、僕の嫁になれ。その美しさは僕と釣り合うだけの価値がある。悪いようにはしない、良い暮らしをさせてやる」
胸を張って声高らかにボルシャックは自信に満ちた表情でレイナを見ると手を差し出した。
……え? これがプロポーズ? うそだろ? しかも問いかけておいて命令かよ……。
プロポーズとは到底言えない誘い文句にこの場にいた一同が呆れた顔でドン引きしていた。ハウンズも呆れてモノが言えないのか大きく溜息をつき、頭を抱えていた。
しかし、ボルシャックは決まったとでも言いたげにムフーと鼻から息を漏らして目をキラキラさせていた。これでいけると思ってるのか……。だんだんこいつが可愛く見えてきたぞ。
そしてその求婚されたレイナはというと、すっごく嫌そうな顔した後、俺を一瞬睨みつける。なんか、ごめん。
誰もが答えは決まってるだろうなと思いながらレイナへと視線が集中していき、ほんの数秒沈黙が訪れて皆がレイナの反応を待っていた。
レイナは一度悩んだ振りをしたあと、俺の顔を見ると何か思いついたのかいたずらっぽく微笑んでゆっくりと口を開く。
「悪いけれど私、この人のものだから」
そう言ってレイナはしたり顔でおもむろに俺の腕をとると突然自分の腕を絡め、ぎゅっと腕を抱いて自慢の双丘を押し付けてきた。彼女の冷たい体が俺の体温を奪っていくのを感じる。
それと同時に、俺の保っていた平静の均衡が破られた。
「へぁ?!」
突然の出来事に俺はフリーズして身体が石像みたいに固くなった。今、俺は腕に接触している謎の感触へ全神経を集中させ、脳のリソースを全て費やした。
う、腕にや、やわこいやわやわわわぁ!!!!
これは想定してなかった。レイナのことだからきっと俺の時みたいに汚物を見るような目で見下した後、心を抉るような一言でも浴びせるものだとばかり思っていた。
というか会ってまだ一日も経ってない男にこんなことするか普通? 痴女? 痴女なのか?
口をぱくぱくさせて顔を真っ赤にさせる俺に対し、ボルシャックは豆粒のような瞳を極限にまで見開かせていた。
周りの人たちはなぜか「おお……」と感嘆を漏らし、ハウンズはニコニコと笑顔を崩さないでいた。いや、ちょっと笑ってるなお前?
「き、貴様……」
その様子を見たボルシャックは俯いて身体をぷるぷる戦慄かせ、震える声を絞り出す。
「さっきお前の女ではないと言っていたではないか!!!! 嘘をついたな!!!」
すると突然顔を上げ、泣いて涙を撒き散らし、ズルズルと鼻水を啜る音を立てながらボルシャックは叫び始めた。
そんなこと言われてもこっちも理解が追いついてないんだ。
「お、俺にも訳が……」
何とかカチカチになった首を曲げてレイナへと顔を向けるとさっきの仕返しのつもりかレイナは半目で俺を嗤うかのように見つめていた。
するとレイナは俺の首に抱きつくようにして顔を近づけてきた。え? まさか……。
「あなたのせいだから」
そう掠れた甘い声で耳打ちすると、レイナはそっぽを向いて知らない顔を決め込みはじめた。どうやらさっきの仕返しのつもりらしい。期待とは裏腹な言葉を耳元で囁かれ嬉しいのか残念なのかよく分からない感情に支配される。
「んなアホな……」
打ちひしがれているそんな俺に追い討ちをかけるがごとくボルシャックが俺へと指さした。
「許さんぞ!! 貴様を殺してその女を奪い取ってやる!!!」
「ええっ!!!」
吠えるように喚くボルシャックは鋭く刺すような目付きで俺を射抜いてくる。突然の殺害予告に俺は白目をひん剥いた。
やっぱギルドに置いてくればよかった……。
そう思いながらも俺は開いた口が塞がらなくなってしまったのだった。
次回投稿は3月5日予定です。
よろしければ評価、感想のほどよろしくお願いします。




