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無難に生きるのが俺のモットーです。  作者: よにー
第一章 氷人族の少女
16/52

第13話 偽善と善意

一週間ほど間が開いてしまい申し訳ありませんでした。

ちゃんとお見送りできました。

これからもどうかよろしくお願いします。

第13話になります。



 ギルドに戻った俺たちは早速受付のフィリアさんに話を通してマスターを呼んでもらうと、連れ立ってマスター室へ案内された。


 ここまで来る途中色んな人がヒソヒソと氷人族の女の子を見て噂をしていた。誘拐だの奴隷だの言われていたがその度にキャサリンがあちこち睨んで離れさせていった。こういう時人よけとしてキャサリンは頼りになるな。


 そして、今。ギルド「アルバート」のマスターであるミラは頭痛でもするのか眉間にシワを寄せ、肘をつきながら頭を抱えていた。


「はぁ〜〜〜〜……面倒なもん持ち込んできたなーお前らー」


 至極面倒くさそうにため息をつくミラが座るデスクを前に俺たちは横一列に並んでいた。


「仕方なかったのよマスター。ちょっと森の空気が変だったから調査をしたらゴブリンに襲われてるこの子を発見しちゃったのよ」


 不機嫌なミラに臆することなく落ち着いた様子でキャサリンは事情を説明する。


「それに関しては別に構わんー。なんせ人助けだからなー。私が問題視しているのはその子が氷人族で奴隷だという点だー」


 俺たちの後ろのソファで寝かせている少女へギロリとミラは睨みつけた。


「お前たちは事の重大さを理解しているのかー?」


 ミラは鋭い目付きを俺たちの方へズラしながら一人一人一瞥していく。小さい体には似合わず、眼光には凄みが宿っていた。俺たちは固唾を飲んで逆にミラを見返す。その様子を見たミラはゆっくりと口を開いた。


「ここはアステリシアで、そいつは奴隷だ。知っているだろ? ここじゃ奴隷を持つことは固く禁じられている。一部の貴族までは拘束できないにしろお前らは別だ。しかもそれが氷人族。貴族が喉から手が出るほど欲しがる代物だ。もしまだ買い手が居なくとも奴隷商人が手放すはずがない」


 いつものゆったりした口調とはかけ離れた主く冷たい声音。俺たちの願いを


「重々承知よ。だからこうしてマスターのもとまで連れてきたんじゃない」


 毅然とした振る舞いでキャサリンはハキハキと喋った。その姿勢を見てミラはバツが悪そうに頭を搔く。


「なんとかならないかな?」


 不安げな声でニルハは懇願するようにミラを見つめていた。態度自体は弱気に見えるがその実、瞳は是が非でも引かないという強い意志を感じる。


 キャサリンとニルハが前のめりにミラへ判断をこいていると、ミラは頬杖をつきながらこちらに視線を向けた。


 その目で見られた途端背筋がゾッとした。とてつもないほど冷たい目でミラは俺の反応を待っている。


 前までの俺だったらここで折れてしまって中途半端に彼女を放棄するだろう。勝手に理由をつけて逃げてまた灰色に生きていっただろう。また、自分で選んだ結果が酷く悲しいものになると思い込んでしまったに違いない。


 だが、俺はこの世界に来たのをきっかけに変わりたいと願った。だからここで引いたら負けだ。この子のためにも強気にでなければならない。自分の保身を捨てるという覚悟が今必要だ。


「俺からも頼みます。もともとは自分が動いて得た結末なんで責任はちゃんと持ちます」


 子どもが責任を持てるか、そう言われてしまえば何も言えない。だがそれは日本での話だ。ここは違う、異世界だ。


 俺は決意を固めた瞳をミラに差し向ける。怯まず、じっと見つめる先にいたミラは口を尖らせた。


「じゃあ、コーキ。お前がこの子の面倒を見ろ」


 強く言い放ったその言葉を聞いてニルハとキャサリンは目を見開いて俺の方を見る。


「え、でも奴隷を持つことは禁止されて……」

「そうだ、だから持たずに面倒を見ろと言った。身柄はギルドに置いておけばいい。そいつの世話をしろ」


 それを聞いて俺たちの表情にぱあっと花が咲いていくが、それを一蹴するようにミラは華やぐ俺たちを黙らせた。


「だが、条件がある」


 一瞬の沈黙がマスター室を訪れる。黙ったまま俺たちはミラの言葉を待った。


「もし、持ち主が現れた場合は大人しく引き渡せ」

「そんな!!」


 厳しく言い渡されたミラの条件にニルハが声を上げる。


「この子を奴隷から解放しないの!?」

「そうしたいのは山々だ。だがな、奴隷はあくまでも物として扱われてる。ここにいる奴隷が貴族の物、奴隷商人のものにしろ誰かの所有物であることは明白だ。この場合、この子を連れ帰ってきたからお前たちは窃盗にあたるぞ?」

「うぐ……」


 正論をぶつけられてニルハは何も言い返せずにいた。


ミラの言い分は最もだ。どこからどう仕入れたかはともかく、奴隷商人としては奴隷は大事な商品だ。その商品がひとりでに逃げ出したとはいえ、俺たちはそれを拾って持ち帰ったんだ。どこかで落としたみかんを他人が勝手に食べたようなものか?


「それまでは別に何も言わん。好きにしたらいい」


 手をヒラヒラさせてミラは背もたれに寄りかかって深く座り直す。俺は二人の方をチラッと見るとキャサリンはさっきからずっと何か考え事をしているみたいだ。ニルハの方は耳を垂れさせて「う〜……」と唸っている。流石に納得はしていないみたいだ。


 俺としても彼女を奴隷のままでいさせるのは良心に反する。少しでも食い下がる姿勢を見せなければならない。


「もし、奴隷を持った場合どうなるんですか」


 そんなことを聞かなくても分かるだろうとでも言われそうだが大事なことだ。しっかり聞いておきたい。


「当然、奴隷所持の罪で捕縛されるぞー。貴族は少し扱いが変わるがなー」


 普段の口調に戻ったミラは手を組んで腕を上げると軽く伸びをして、ピリピリしていた雰囲気を落ち着かせていた。


 なるほどね。じゃあ、貴族じゃなければ適応されると。


「じゃあそれは奴隷商人にも言えるんじゃないんですか?」


ピクっとミラの耳が反応したのを俺は見逃さなかった。


「……確かになー。でもそれは無理だ」

「なんでですか」

「それはなー。その奴隷が奴隷商人の商品であって、個人で所有している訳じゃないからだ」


 ……難しいな。ニルハと同じように納得できないでいる俺にミラは俺の頭でも分かるように説明してくれた。


「アステリシアでは、奴隷を持つことはダメでも奴隷の販売は禁止されていないんだー。分かるかコーキ?」

「……いえ」


 奴隷を持てないのに販売なんて出来るのか?


「一体なんで……」

「言っただろー? アステリシアじゃ一部の貴族が未だに奴隷を持っているとー。奴隷商人はそいつらを顧客として扱うんだー。そして王族は貴族が奴隷を持つのを黙認している状況にあるから貴族は奴隷を買うことが出来るー。王族がそれを止められないのは貴族の力が強いからだー」


 ……そういうことか。結局は貴族が奴隷を買うのとその貴族を止めることが出来ない王族にも問題があると。こう見ると王族の力はあまり強くないみたいだ。


「じゃあ、奴隷を解放するにはどうしたらいいんですか」

「お前、なかなか食い下がってくるなー。どうしたー?」

「いや……その……」


 ここまで俺が引き下がらないのを想定してなかったのかミラは訝しんだ。別に隠す必要も無いのだが詮索されるのもはばかられる内容だし、なんなら少し動機が不純でもある。


 出し渋って言い淀んでいるとキャサリンがフッと笑って代わりに答えた。


「ただ気に入らないだけよ、コーキちゃんは、ね?」


 キャサリンはこちらを横目にしながらばっちりメイクを決めた目でウィンクをしてきた。……本当に頼りになる。


 わざわざ気持ちを代弁してくれたキャサリンには感謝しかない。


 俺とキャサリンを交互に見ると、ミラはスっと目を閉じた。


「無いわけじゃないー。奴隷商人が隷従の首輪を解呪すれば奴隷から解放されるー。だがなー、そう簡単にはいかんと思うぞー?」

「氷人族、だからかしらね」

「そうだ。お前たちが思っているよりずっと氷人族という種族は希少なんだー」


 キャサリンも腕を組んで目を伏せ、ミラは席を立ってソファに寝る彼女のもとへと近寄っていく。


「つまりだ、コーキー。お前がそいつを解放してやりたいと言うのなら、その子に信頼された上で、奴隷商人が納得して解呪する必要があるー。信頼されなければまず無理だと思えよー」


 ソファのアームレストの上にミラは軽く腰かけて少女の前髪を指で梳いた。


「あと、所有者がもし貴族だった場合は解放はできないからなー? それだけは貴族が手放すか死なない限りどうしようもないー。祈っとけよー?」


 さっきまで射殺すような目をしていたミラだが、少女を見る時は慈愛に満ちた表情をしていた。


 ミラも内心は解放してやりたいのだろう。ミラだって亜人族だ。人族と亜人族の確執はここいる誰よりも知っているはずだ。奴隷という一方的搾取は許せないが、マスターとしての立場から彼女が一番物事を冷静に見ている。非情に見えて本当はかなり甘いのだ。


 ああ厳しく言ったのも俺たちを守るためだ。現に彼女は解放するなと言っていない。解放はできるならしてもいいのだ。


「それまでこの子のことはお前たちに任せるー。まぁがんばりなー」


 ミラの言葉はとても優しい声音をしていた。


「はい。ありがとうございます」


 俺はミラに深く頭を下げた。期待、されているのだろうか。てくてくとミラはまた自分のデスクへと戻っていった。


「ところでコーキ。お前、今日泊まるところ決まってるのか?」

「あっ……いえ、まだです」


 言われて気づいた。そういやまだどこに泊まるとか決めてなかった。やばい。氷人族の子の面倒を見る前に自分の面倒を見なければ……。


「ええーーっ! まだ決めてなかったの!? もうこの時間帯だったら宿取れないんじゃ……」

「えっ、そうなの?」


 内心、焦りまくって逆に吹っ切れかけていた。どこかに飛び入りで泊めてもらおうかなと思っていたが……今日は野宿ですか?


「だろーなー。そう思ってギルドの宿舎を一部屋確保しておいた。当面はそこを使えー」

「マジですか。ほんと何から何までありがとうございます……」

「まぁきっちり宿泊料金はとるがなー」


 いや、本当に有難い。ニルハの言う通り宿が取れなかったらスラさんを枕にソロキャンするところだったぜ。


 感動に打ちひしがれているとミラが「あっ」と小さく声を出した。


「そうだ、急に連れてきたもんだからその子の部屋がないんだー。ギルドに置いとけと言った手前、追い出すわけにもいかんから、コーキ。お前と同じ部屋で良いか?」

「………………………え?」


 待て、まてまてまてまてまて。同じ部屋、ですかい?


 ミラの台詞に言葉をなくし、カチンコチンにフリーズしてしまう。だが不覚にも心の奥で興奮している自分がいた。それと同様にニルハも驚いた表情で口を開いた。


「えーっ! 流石に同室はまずいんじゃないですか?」


 ちぃ……ニルハめ……余計な真似を……。


「んー? 間違いが起こるとでもー?」


 顎をさすりながらミラが興味深そうに眉を動かす。


 間違い……。間違い?


 その言葉で俺はつい連想してしまった。


 理性の城にて無防備なあの子を前に男の本能をさらけ出してしまった俺の愚息が謀反を起こした様子を。それに対し、紳士な父親が息子を諌めるために軍を出兵させた様子を。どこからともなく法螺貝の野太い音色が木霊する。


 理性と性欲の関ヶ原が、今巻き起こる!


「コーキくんは大人しそうに見えて案外スケベ大魔王ですよ! 氷人族の子は可愛すぎるからコーキくん暴走しますって!」


 ニルハはミラのデスクに両手をついて猛抗議する。おい、俺はスケベ大魔王じゃないぞ。ムッツリ大魔王だ。


「そーなのかー? コーキー?」


 じろりとミラが俺へと目線を流してきた。心做しか目元がニヤケて口角がつり上がっているような気がする。た、楽しんでやがるのか?


「……ないとは……言い……きれ……ぐっ!!!」


 葛藤が俺を苛んでいき、ついに自責の念に耐えられず膝から崩れ落ちて両手をつき、ガクッと項垂れる。だって、紅桔も男の子だもん……。興味が無いはずがない。お父さんは討ち死になされました……。


「やっぱりー!!! コーキくんと二人きりは危ないですって!」

「えー。でもなー、コーキに任せた以上は仕方ないんだがー……」

「キャサリンさんのお店に泊まるとかできないの?!」


 渋るミラにニルハは何故かすごい剣幕でキャサリンへ問いただした。俺、めっちゃ信用されてないな! 当たり前だが!


「うーん。あそこ泊まれるような場所がないのよねぇ……。あたくしの家でも構わないなら良いけれど?」

「えーっ」

「コーキくんはお黙り!!」

「ぴゃあ……」


 介入を許さないとギャンギャン吠えるニルハに俺は子ウサギのように震えていた。でもキャサリンの家に行くのはなんか……違くない?


「キャサリンの家はなー……。オススメせんぞー?」

「あら、嫌だわマスター。私の家はごく普通よ?」

「そう、家は普通なんだー……。家はな……。」


 徐々に声が萎んでいくミラの顔は青ざめ、目が泳いでいた。


「いやねー。泊まった子にちょっと服を着てもらうだけじゃない? 別になんてことないわよ?」


 思い当たる節がないのかキャサリンは太い首を傾げて頬に手を当てる。するとそれを聞いた途端、ミラが血相を変えて噛み付いた。


「ばかやろー!!! 私は着せ替え人形じゃないぞー!! 何時間もおもちゃにしたこと忘れてないからなー!!!」


 ちょっと涙目でキャンキャン吠える齢728のロリおばあ。でも悔しいかな、見た目が可愛いから幼い子がワーワー言ってるようにしか見えない。萌を感じてしまう俺がいる。


「あら? それで怒ってるの? あんなのちょっとに過ぎないわよ?」


 んもー、とキャサリンはわがままを言う子に困った親のような顔をしていた。


「あ、あれでちょっとだとー………?」


 対するミラはまた顔面蒼白にして立ちくらみを起こし、よろよろと椅子に寄りかかって膝を着く。背が小さいせいでミラの姿がデスクに隠れて頭しか見えなくなってしまった。


「……マスター?」


 気になったニルハはデスク越しに様子を窺う。地べたにへたりこんでなにやら念仏のようにブツブツと早口で呪詛を唱えているみたいだ。しかし声が小さくて聞き取れない。


 俺も少し近づいてミラの様子を窺うとその呪詛が聞こえてきた。


「嘘だろあれで少ないとかどうなってるんだひとつ着ればまた次のヒラヒラを着せられて終わることの無い永遠の屈辱を味わわされたんだぞ私がエルフじゃなきゃ絶対に耐えられないそれに変に布地の薄いものとか明らかに面積がおかしい奴まで着せて普通だとかおかしいだろ私はもう孫までいるような歳なのに未だにあんなの着せられて恥辱に満ちてなおまだ続く地獄の永久機関だって嫌と言っても力が強いし早いし一瞬で服剥がされるし私のマスターとしての尊厳や女としての矜持もなにもかも汚されてしまったなのに」


 ……うん。まだ続くけどここいらで引いておこう。こんなに乱れてるミラを見るのも面白いがこれ以上はこっちまで心が歪みそうになるのでやめておく。


「……というわけで、キャサリンの家はちょっと遠慮させてもろて……」

「あらそう? ちょうどいい服とか沢山あったから試着してもらおうと思ってたけど。仕方ないわね、また今度持ってきたげる」

「……お、おう」


 なんか素直に喜べないな。


「えー! そんなぁ! これじゃ氷人族の子がコーキくんに美味しく頂かれちゃうよ!!」

「食べねぇよ」


 何言ってんだ。俺は食べる時はちゃんと相手の許可を貰うぞ? 食べたことないけど。


「じゃあニルハの家はー?」

「ダメ」


 ミラがチラッとニルハを見ると息もつかせぬ即答でニルハは腕をクロスさせ身体全体で拒否を表現した。


「あたしんちはねー……あまり他人を入れたくないってゆーか……」


 ぽりぽりと人差し指で頬をかいてバツが悪そうに視線を逸らした。俺が泊まるのを嫌がっていると言うよりは人が来ること自体に問題がありそうな言い方だ。家族と同居してるからという感じでもなさそうだな……。ははーん、こやつさては……。さぁ、反撃の時間だ!!


「なるほどな。家の中が荒れまくっていると」

「!! ち、違うから!」


 ウンウンと頷きながら言い述べると猫耳をイカのヒレみたいな形にしてニルハは慌てた様子を見せる。この反応は図星だな。さっきのお返しだ。この程度で済むと思うなよ。お前の罪を白日のもとに晒しやがれ!


「ニルハの部屋は汚いと……もうちょっと身の回りに気を使った方が……」

「だから違うってばぁ!!」

「ぐえっ!!」


 気分が乗ってきて追い打ちを仕掛けた途端、突然口止めしようといきなりニルハが思いっきり俺の首を両手で掴んできた。グググッとかなりの力を込めて締め上げるもんだから一気に俺の顔が青ざめていく。


 何度もニルハの腕をタップしてギブアップを表明してみるがニルハはワーワーと慌てた様子で言い訳みたいなことを言って俺のタップに気づいていない。どんだけ汚いんだよ……。というかたちけて……。


「どうどう……落ち着いてニルハちゃん」

「自業自得だぞー」

「コーキってば、変な顔して面白いね!」


 キャサリンがニルハを宥め、ミラはヘラっと鼻で笑って、スラさんは肩の上でケラケラと楽しそうにしていた。おい、スラさんや。ガルドの時みたいに助けなさいよ。なにわろてんねん。


 手を離して落ち着いたニルハは「だって家事苦手なんだもん……」と涙目でぷっくり頬を膨らませ、猫耳を垂れさせていた。そんなポンコツぶりを披露して可愛いさぶりをアピールしても許さんぞ!!! 家事なら俺ができるので一緒に住みませんか!?


「ならやはりギルドで泊まるしかないなー」


 椅子に座るとミラはデスクの引き出しを漁り始めると、カチャンと『5号室』と書かれた札のついた鍵をデスクの上に置いた。


「これがお前の部屋の鍵だー。とりあえずベッドがひとつしかないから今日はその子を寝かせてやれー。冗談でも同衾なんかするなよー? その時はお前を衛兵に突き出してやるからなー」

「アッハイ」


 ミラは「ハハハ」と笑いながら言っているが目が全く笑ってない。信頼なんてあったもんじゃないな。ひとり悲しみを感じて目を閉じ、軽く天を仰ぐ。


「スラさん、コーキが変なマネしたら遠慮なく捻り潰せよー?」

「変なマネ?」


 ミラの言葉にスラさんはキョトンとする。


 ちょっと待て。止めるとかなら分かるが捻り潰すってなんだ。あのマッスルパワーで俺はボロボロの雑巾のようにねじ切られでもされるのか?


「変なマネっていうのはなー。その子を裸にして足とか太ももとか舐めまわしたり、胸や尻をベタベタ触ったり、こいつも裸になって身体全体を密着させてスリスリしたりすることだー」

「おい、ド変態じゃねぇか。しねぇよ」


 いやいや、直球すぎるだろ。しかも恥ずかしげもなく楽しそうに言うんじゃない。ちょっとは恥らえや。


 その話を聞いて「んー……」とスラさんは考え込むとひとつの答えにたどり着いた。


「それって交尾ってこと?」

「そうだー。それはもう激しいやつだー」

「んなことするかぁあ!!!!!!」


 オブラートの壁をぶち壊して、またもやデリカシーレスの王が爆誕した。


「しないでよ? コーキくん」

「さすがにあたくしでも引きますわよ……」

「え、なんで俺する前提になってんの? しないよ? 僕、健全だよ?」

「健全なら尚更危ないなー」


 スラさん以外の全員が疑わしい視線を向けてくる。これは四面楚歌というやつではなかろうか? 敵は身内にいた。


「冗談はさておき、お前たちはもう休めー。コーキはまた食堂でテキトーになんか食ってけー。あとキャサリン、その子の服を見繕って何着か持ってきておいてくれー。代金はコーキ持ちだー」

「分かったわマスター」


 気づけばなんか俺が支払うことになってる。まぁまだ余裕あるんで良いんですけどね……。


「じゃ、解散だー。おらー、とっとと出てけー」


 虫でも追い払うかのようにミラにシッシッと手を払って追い出された。急かされながら俺たちはマスター室を後にし、ギルドのエントランスまで戻ってくるとそのままニルハたちと別れた。


 俺はマスターからもらった鍵の部屋の場所を受付のフィリアに聞き、一度氷人族の少女を部屋に寝かせて食堂へまた戻った。


 夕食どきだからかかなり賑わう食堂の中を縫うように歩きながら適当に空いている席に座って注文し、スラさんと談笑しながら食事を済ませた。


 途中、ガルドをコテンパンにした新人ということで注目されて話しかけられたりしたが俺のお得意戦術であるテキトーに話を合わせる相槌マンをひたすら活用してその場を凌いだ。


 腹も膨れ、ギルドの廊下を歩きながら窓の外を眺めると夜の帳も下りきっていて大通りの街灯が道を照らそうと必死に揺らめいていた。


 この世界にはまだ電気を使った技術がないのだろうか。それとも必要が無いのか。


 石畳や西洋のような建築。そしてまるでコスプレなんじゃないかと疑ってしまうような風貌をした人々が夜の街を闊歩している。落ち着いた夜の見慣れない風景に俺は少し疎外感を受けていた。


 不意に比べてしまうのだ。見慣れたアスファルトや自動車、横断歩道、マンションやアパートに有名チェーン店。そんなのが一切ない。全てが目新しく、違和感がついてまわる。


 今日一日を過ごしてやっと実感が湧いてきた。


 俺は本当に異世界に来てしまったのだと。


 初めは異世界転移っていうだけで盲目になって楽観視していたけど、こうして今になってようやく自分の置かれた立場が理解出来た。


 夢でも冗談でもなく、俺はここでしっかり地に足をつけ、呼吸をし、この目で世界を見ている。死にかけたり助けられたり喧嘩売られたり、今日の出来事が鮮明に浮かび上がる。どれも現実だった。


 窓の外の道行く人々の顔は笑顔で満ち溢れている。きっとこの後、家に帰って食事をするのだろう。恋人と過ごすのだろう。家族と過ごすのだろう。


 対して俺はどうだろうか。たった一人、わけも分からず森に放り出されて行き場を見失い、誰かの助けがあって屋根のある場所を見つけられた。俺はこんなにも一人では何も出来ないということを酷く痛感していた。


 窓から夜空を見上げると、星屑たちが幾重にも瞬いて響きあっている。よく知りえた空では見ることの難しいその星雲の美しさは、俺には眩しすぎた。


 不安に苛まれ、胸の奥が締め付けられていくのを感じる。


 ……帰りたい。


 心の奥で小さく呟く。家に帰って爺ちゃんの古臭い湯呑みでお茶を飲みたい。帰ってくる父さんと一緒に下手な料理を作りたい。家族みんなで、母さんの仏壇に手を合わせたい。


 そう思いだすともう止まらない。目頭が熱くなってきて鼻がムズムズしてくる。目元からは滲み出た涙がゆっくりと滴って顎先まで伝う。


 俺は、元の世界に帰れるんだろうか?


「……コーキ? どうしたの?」


 不安げな声で肩に乗っていたスラさんが俺の異変に気づいた。


「……いや、ちょっと」


 たった一日のホームシックで泣いてしまっている顔を見られたくないのでずっと窓側の方を向きながら俺は歩みを進める。


「辛いことがあるならちゃんと言ってね。ボクはいつだってコーキのために頑張るから」

「……ありがとう、スラさん。でも大丈夫だから」

「そっか」


 本当に、いい子だ。俺といるのがもったいないくらいに。いつかスラさんには俺の世界へ遊びに来て欲しいな。


 涙を拭いつつ、歩いていると自室の前でキャサリンが壁に寄りかかって腕を組んで立っているのが見えた。


 向こうもこちらに気がついたようで片手を軽く上げて挨拶してくる。その腕には何か紙袋のようなものがぶら下がっていた。


「コーキちゃん、待ってたわ。はいコレ」


 そう言ってキャサリンは俺に例の紙袋を差し出してきた。


「これは……」

「マスターが指示してたあの子の着替え。とりあえず似合いそうなのを何着か持ってきたから目を覚ました時に着せてあげて」

「ああ、確かに言ってたな」


 キャサリンの言う通り、中にはぎっしりと服が折りたたんで詰めこまれていた。折りたたまれた状態ではどんな服かは分からないが見た感じ二、三着はあるな。


「ちゃんと下着も入ってるからね。コーキちゃん変なことに使わないでよ?」

「いや、使わねーよ!」


 冗談めかしてキャサリンはフフッと笑うと俺は咄嗟にツッコんで紙袋の口を勢いよく閉じた。


 するとキャサリンは突然居住まいを正したように俺の目を見てきた。


「コーキちゃん。今日はどうだった?」

「え?」


 真剣な眼差しでキャサリンは俺を見つめる。その瞳は鋭くもありながらどこか俺を心配そうにしているようにも見えた。


「……まぁ初めての依頼にしちゃ色々と疲れたかなーとは思う」

「そうね。大変だったでしょ? この世界に来たばっかでたくさんのことが起こりすぎて」


 キャサリンの言葉に俺はピクっと反応してしまった。


「え……キャサリン、知ってたのか?」

「当然よ! マスターから新人のレクチャー依頼が来た時と同時に事情は聞いていたわ」

「そうなのか……」

「それに異世界人を相手にしたのは今回が初めてじゃないわ。あたくしは過去に異世界人と旅をしたこともあったのよ」

「えっ」

「二十五年くらい前かしら。あたくしがまだひよっこの冒険者だった頃に女の子の勇者が召喚されたのよ。その子ったら好奇心旺盛の天真爛漫な性格でね。召喚された王宮をしょっちゅう抜け出してはギルドに顔を出していたのよ。それでよく会っていたからか不思議と馬があってね、その子が旅に出る時について行ったの」


 思い出を語るキャサリンはどこか物憂げで寂しそうな表情をしていた。


「ちなみに、今その人は?」

「分からないわ。この世界にいるのかもしれないし、もしかしたら元の世界に帰ったのかもしれない」

「元の世界に帰る方法があるのか?!」


 聞き捨てならないキャサリンの言葉に俺は亀のように食い付いた。


「そうかもしれないってだけよ。あなたの世界に帰れるかどうかは分からないわ」

「そっか……」


 あからさまに落ち込む俺にキャサリンは優しく声をかけてくれた。


「そう悲観しないで。今は自分の世界が恋しいでしょうけど過ごしていくうちに慣れていくわ。余裕が持てるようになってから帰る方法を探しちゃえばいいのよ!」


 明るく朗らかにキャサリンは笑って見せた。濃い顔から作り出されるキャサリン特有の笑みはとても迫力があったが、困ったことに憔悴しきった今の俺の心にはとても効いた。


「キャサリン…ありがとうな」

「んま、何よ~? 照れちゃうじゃない!」

「ぐえっ!!」


 キャサリンは照れ隠しのつもりなのか俺の背中をバンバンと叩きまくった。肺の中の空気が一気に絞り出されてしまい息ができなくなる。


「ちょ、ちょっとは手加減してくれよ」

「これくらいなんてことないわよ! さてと、あたくしはここでお暇するわね」


 そういうとキャサリンは俺に背中を向けて廊下を歩き出した。


「ああ、今日は本当にありがとう。助かったよ」

「どうしたしまして。でも明日からは大変よコーキちゃん。なんたって一人で彼女の面倒を見ながら生活していかないといけないんだから」

「……お、おう」

「何かあったらマスターかあたくしを頼りなさい! たまになら何か手伝えるかもだから!」

「たまにかよ」

「じゃあね、コーキちゃん! スラちゃんも!」

「おう、またなキャサリン」

「またねー!」


 大きいはずの彼女の背中が遠く小さくなっていく。そのまま廊下の角を曲がってキャサリンは見えなくなった。


 キャサリンを見送ると部屋の鍵を開け、中に入る。六畳間より少し広いくらいの部屋にはビジネスホテルみたいに必要最低限のものが揃えられていた。過去の転移者が文化を残していってくれていたのかトイレとシャワーが備え付けてあり現代っ子の俺に優しい仕様になっていた。


 そして一人用のベッドには件の彼女がまだ眠っていた。気絶していた時と比べて今は穏やかな顔をして静かな寝息を立てている。


 ぐっすり眠っているみたいだし服は明日でもいいだろう。


 キャサリンからもらった紙袋を机の上において椅子に腰をかける。


 さて、問題はどこで寝るかだ。日本と違ってここは土足だ、地べたで寝る訳にもいかないだろう。だがベッドで寝る訳にもいかない。かろうじて二人は寝れるかなといった面積ではあるけど俺の倫理と良識上、非難を被るのは絶対俺だ。


 なら残された道はひとつしかない。俺は椅子を引いてテーブルに突っ伏してみる。


 ……結構いけるか?


 もぞもぞと自分の寝るスタイルを模索しているとテーブルの上にスラさんが乗ってきた。


「コーキ、僕を枕にする?」

「お、いいのか?」

「うん」


 スラさんは俺の頭より少し大きいくらいのサイズになり、目の前で鎮座すると、ぷるぷる揺れる青い球体に俺の疲れ果てた顔が映し出されていた。うわぁ……顔やばいな。


「ほらコーキ」

「では失礼して……」


 促されて俺は顔をスラさんに(うず)める。ぷにゅんとしたスラさんの体はまるで水枕のような感触だった。これは……なかなか……。


 今日一日動き回って疲れきった今の俺の体ならこのスラ枕さえあればどんな体勢でも寝れる気がする。


 スイッチが切れたように今までの疲れがどっと身体にのしかかる。もうここから動きたくないな……。


「どう? コーキ? 寝れそう?」

「ん……ああ……」


 スラさんが感想を求めてくるが既に微睡みの中にいた俺は曖昧な返事しかできなくなっていた。


 自然と瞼が降りて呼吸も小さく静かになっていく。


「……おやすみ、コーキ」


 囁くスラさんの声を聞きながら俺はゆっくりと眠りについた。

次回投稿は2月23日を予定しております。

良ければ感想や評価の方よろしくお願いいたします。

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