第12話 ガールミーツヒーロー
また遅くなってしまい申し訳ございません。
私事ですが、飼っていた猫が天寿を全うしましたのでバタバタしておりました…。
第12話になります。
よろしくお願いします。
夢を見ていた。小さい私とお父さんとお母さんがいる幸せな家族の夢。こじんまりとした一軒家に住んでテーブルを囲って楽しそうに食事をしている。
でも不思議だった。そこに私はいるはずなのにまるで空虚に感じられる。
理由はすぐに分かった。だって今私が見ているのは私を含めた三人だから。
遠くから幸せそうに日常を送る三人を私は眺めているだけ。その間に私が入る余地なんてない。私の家族のはずなのにまるで輪に入ることを拒絶されているみたい。
自然と涙があふれてくる。胸が締め付けられて呼吸がしづらい。目頭が熱くなって瞼に力が入っていく。
心が痛んでいくのを感じる。
すると、急に世界が移り変わって燃え盛る炎が私の周囲を覆いつくした。
訳が分からず辺りを見回すと、焼け落ちた家に田畑は燃やされ、何人もの兵士が押し寄せてくる。
するとどこからともなく悲鳴が聞こえ始めた。
その方向を見れば私と同じ髪色をした人が武装した人間たちに襲われて蹂躙されていた。助けに行きたいのに足はいうことをきかない。
抵抗した人もいたけどあっけなく殺されて、飛ばされた首が石ころみたいに転がる。その顔は悲痛に満ちていて今にも叫びだしそうだった。
そしてその顔は私がよく見知った男の顔でもあった。
それが眼に入って吐き気が一気に押し寄せる。慌てて口元を抑えるけど耐えられずつい吐き出してしまう。
でも吐いたはずなのに何も出ていなかった。手を見ても何もついていない。頭が混乱してめまいがして、激しい動機が私を襲い脂汗が首筋を伝う。
また、遠くから私の名前を叫ぶ声がする。何度も聞きなれたその声は私に逃げろと泣き叫んでいた。その声に反応して私は掠れながらも強く声を放り出した。
「お母さん!!!」
勢いを増していく炎の向こうで何が起きているのかわからない。だけどそこには確かにお母さんがいるはず。
勇気を出して火に触ろうとしたけど揺らめく炎は私を拒んで突き放す。まるでこの場から離れることを許さないみたいに。
一歩、二歩、炎から離れていく。これさえなんとかなればお母さんを助けられるのに。この炎を消すしかない。
そう思って魔法を使おうとするが何も出ない。手をかざしても魔力の欠片すら漏れない。
必死に腕を伸ばしても、叫んでも魔法は答えてくれない。
すると、揺らめく炎の間から人影が現れて、陽炎のようにたゆたう姿でゆっくりと私に近づいてきた。
それを皮切りに炎の向こうから何人もの影が現れてきて私に迫りくる。
徐々に近寄る影に私は怯えて何も言葉が出ない。足がすくんで腰が抜けてしまい、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
一歩も動けない私を見るやいなや、影は見えないはずなのにゆっくりと口角を上げている気がした。
そして這い寄るようにして腕が私を掴もうと伸ばしてくる。
少しずつ、少しずつ確実に私の方へ黒い手が伸びていく。
この手に掴まれたら終わりだ。
そう思って少しでも距離を取ろうと体を引きずりながら逃げようとしたけど、後ろにも影がやってきてしまい逃げ場所を失ってしまった。
もう逃げられない。
ついに耐えきれなくなって俯いて泣きじゃくり始めてしまう。堰を切ったようにして大粒の涙が零れだし、拭っても拭ってもキリがなかった。
こんな夢なんて早く覚めてしまえ。そうすれば苦しみから解放されるのに。
だけどこの夢は覚める気配がない。
すぐ側まで影が来て目の前に立ち、何体もの影たちが私の体に手を伸ばして触りかけていた。
絶望の淵に追いやられ、精神が脆く崩れ去っていく。ノイズのような影が体を覆いつくして暗闇が絡んで私を取り込み始めた。
黒い深淵に引きずり込まれて体の感覚がなくなっていく。涙はもう枯れ果てて瞳は虚空を見つめている。
このままお父さんと同じ所へ行けるのかな?
諦めかけたその瞬間。空高くに光り輝く一筋の光が明滅する。その光はここまで届いていないというのに寒い空間の中で冷え切った私の体をじんわりと温めていた。
直感で分かった。これは生への執着だと。
腕を伸ばして手を広げる。まだ弱い光で輝くその暖かみに触れたい。
もっと強く光って。私をここから出して。真っ暗な世界から私を救い出して。
私を助けて!
そう願うと光は急速に強い輝きを放ち、一気に膨れ上がる。強烈な光に影は霧散するように消え失せて引きずり込まれていた私の下半身は何事もなかったようにもとに戻った。
そして暖かい光はこの空間ごと私を飲み込んでいく。まるで誰かに抱かれているような安心感が私を包み込んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――
夢から覚めて私の瞼はゆっくりと開かれる。まだぼやける景色が眠りからの解放を教えてくれていた。
どれくらい眠っていたんだろう? あのゴブリンたちは……。
絶えない疑問に頭を悩ませながら何度も瞬きをして景色を瞳に宿していく。その間、耳には音が入ってきていた。しかし何かに遮られていてしっかりと聞き取ることができない。
だけどその音は紛れもなく激しい剣のつば競り合いや何かが物凄い勢いで斬られる音だった。
誰か戦ってる……?
虚ろな目にどんどん光が宿ってその光景を鮮明に映し出した。私の眼先では黒い服を着た男の子が何体ものゴブリンと戦っていて、見たことない剣を振りかざし鮮やかな剣捌きでゴブリンを一刀両断していた。
背後からの奇襲にも感知してすぐさま翻り、流れるようにして胴を真っ二つに切り伏せていた。
その流れる水のような動きに私は見惚れていた。荒い動きだけどそれをもカバーする技術が彼には備わっていた。
「すごい……」
感嘆がつい漏れてしまった。それほど私は彼の姿に感動していたんだろう。
そんな私の声に反応したのか自分の体の方から声が聞こえた。
「あ! 起きた!」
声のする方を向くと薄く伸びたゼリー状の物体が私の体を覆いつくしていた。痛みで感覚が麻痺していたのか全く気が付かなかった。よく見ればこれスライムじゃ……一体何をしているの……?
「え……」
「よかった!! コーキ! 意識戻ったよ!」
コーキ……? なんだかよく分からないけど今このスライム喋って……? ってちょっと待って、もしかして私、食べられてるんじゃ……?
自分の置かれた状況に理解が追い付かない。肩から足先までべっとりとスライムの体が張り付いていて気持ち悪い。
やっと悪夢から覚めたのに起きたらこれなんて……。
「あ、あれ? ちょっと? 大丈夫? おーーい?」
目の前の現実が受け入れられず白目を剝く私をスライムは心配しているみたい。でもあまりにも衝撃的過ぎて気が遠くなっていく。
どうしてこう不幸が続くんだろう。
残響の中、私はまた意識を手放した。
―――――――――――――――――――――
彼女が目覚める数分前――――――
「スラさん! デスバラッドの時みたいにあの子の怪我を治せるか!?」
少女を囲うゴブリンの集団のもとへ走っていた俺は、スラさんを横目で見る。
「うん! できるよ!」
「よしッ!」
自信満々のスラさんの返事を聞き、俺は身体に風を纏わせる。脚にかかる負担を軽減するために風が身体を軽くしてくれた。ニルハまでとはいかないが無いよりはマシだ。
これで少しでも早く助けに行かないと!
走りつつ、ゴブリンの動向を確認していると群れの中の一体が彼女の腕を掴んでこの場から去ろうとしているのが見えた。
このままじゃまずい! なんとかしないとあの子が連れ去られる!!
焦りながらも頭をフル回転させてこの状況を打開するための一手を模索する。
今のままで走ってもまだ距離が遠く、逃げられるか最悪殺されてしまう気がした。彼女をこれ以上傷つけずに助けるために、なんとしても一瞬で行く必要がある。
思考を巡らしている最中、実時間ではほんの数秒のはずが物凄く長い時間に感じられた。
しかしどうしても、あそこまで一瞬で行ける方法が思いつかない。風を纏えたとしても動きが早くなるだけでワープできるわけじゃない。ましてや後ろから風で自分を押して飛ばすような真似なんて難しくて到底できない。できたとしても纏った風を手に集中させて突風を吹かせるくらいだ。
どうすればいい……。スラさんなら何かいい方法が……。
そう思ってふと、もう一度スラさんの方をチラリと見る。まるでスロー再生する動画の中に入っているみたいにスラさんの体がゆっくり、ぷるんと波をうっていた。
そういえば、スラさんは自分の大きさを自在に操れるんだっけか。
今のスラさんは俺の肩に乗れるほど小さい。いつもはつま先から膝上くらいのサイズで、俺の肩に乗るためだけに小さくなっている。大きさで言うとバレーボールより一回り小さいくらいか?
……ん? ちょっと待てよ?
ということは、このスラさん、投げれるのでは? 風魔法で押して瞬時に加速させたら一秒もかからずにあのゴブリンのところへスラさんだけ一人乗り込めるんじゃ?
じーっとスラさんを見つめてゴクリと喉を鳴らす。
……これしかない!
その結論に至った途端、ゆっくりになっていた世界が元に戻ったように加速する。それと同時に俺の体は自然と動いていた。肩に乗るスラさんを俺は腕に抱え、半身になりながら足を止めて地面を滑って慣性を和らげていく。
俺の急な奇行にスラさんは驚いて目を丸くする。
「コーキ?! どうしたの!?」
「今から、スラさんをあの中に力いっぱい投げ込む!! そして群れを蹴散らしてあの子を守るんだ!」
「え?! うん?! 分かった!?」
突然言ったもんだから分かってないみたいだ、だが迷ってる暇は無い!
俺はスラさんを持つ腕を大きく振りかぶり渾身の力を込めると、身体がねじ切れるんじゃないかと思うほどに全身を捻った。
グググっと限界まで引き伸ばされたゴムのごとく全体重が右半身へ移動していく。そしてあげられていた左足が地面にめり込むように着地したのを合図に一気に体重が左半身へ傾いていき、それに連動して捻った身体が勢いよく元の形へ戻る。その反動を利用し、俺はために溜めた腕をちぎる思いでスラさんを前へ投げ飛ばした。
そして投げると同時に纏っていた風を右手の一点に集中し、一気に爆発させてスラさんを吹っ飛ばした。
「いけぇ!!! スライム特攻弾!!!!」
咄嗟に思いついた羅列を大声で叫んでしまう。つい興が乗っちまった……。
「むぁぁぁああああ!!!!!」
当の投げられたスラさんはメジャーリーガーもうっとりの速度で宙を駆け抜けていく。戦闘機のような風切り音を立てながら飛んでいるスラさんの声はドップラー効果で変に聞こえる。心做しかスラさんの声は泣いてるみたいだった。ちょっとやりすぎた? ごめんね……。
そんなスラさんはあっという間にゴブリンたちの所まで一直線に距離を縮めていく。遅れないように俺もすぐ走り出してあとを追いかける。せめて連れ去ろうとしていたゴブリンだけでも倒してもらいたい。
だが俺の心配など杞憂に過ぎなかったのかスラさんは凄まじいほどの順応性とアドリブ力を発揮してくれた。
「むっ……」
大きく口を開けて息を吸い込み、強く力み出したスラさん。何をするかと思えば突如、ボンッ! とスラさんから煙が溢れ出した。これは……まさか!!
「ムワッチ!!」
なんと空中を隼のごとく飛びながらスラさんはマッスルフォームに変身したのだった。腕を前に伸ばし、足を揃えた綺麗なフォームで飛ぶその姿はまさにヒーロー。正義の味方、スライムマンの誕生だ。さっすがスラさん! ひと味違うぜ!!!
「やったれ!!! スラさん!!!」
まんまるスライムが突然、ゴリゴリのガチムチマッチョマンに変身したのを見て「んなアホな?!」とでも言ってるみたいにゴブリンたちは「ギギィ?!!」と驚きの声を上げていた。
「ムラァァァアアアアア!!!!!」
驚愕のあまり呆然と立ち尽くすゴブリンたちへスラさんは圧倒的なスピードで突っ込んでいく。勇猛果敢にスラさんは雄叫びをあげ、手前の二体を両腕でラリアットを決めながら激突した。
土煙を巻き上げ、辺りが砂埃で埋め尽くされる。煙が空気に溶け込んでいき、ゆらりとスラさんの影が見え始めた。スラさんの足元には巻き込まれたゴブリンが潰れたトマトのように地面に飛散していた。
「スラさん! 他のゴブリンに構うな!! あの子だけに集中してくれ!」
俺は走りながら天照の鞘を握る。手に集中していた風をまた全身に纏わせて加速していく。
「ムッ!!」
指示を聞いたスラさんは囲んで襲いに来たゴブリンたちを回し蹴りで一掃する。しかしキャサリンほどのパワーは無いのか致命傷を与えるに至らなかった。
蹴り飛ばされたゴブリンは団子状態に被さっていき木に叩きつけられる。その隙にスラさんは一気に走り出してまるで重戦車のように駆け抜ける。
それに対し、彼女を連れ去ろうとしていたゴブリンは慌てて彼女から手を離し、棍棒を携えてスラさんへ突進していく。
ゴブリンと相対するスラさんは怯むことなく真っ直ぐ突き進んで行った。互いに一歩も引かず、まるで引き合う磁石のように距離を縮め合う。
ぐんぐんと近づいていき、ついにお互いの間合いに入る。この戦い、先に仕掛けたのはゴブリンだった。
高く跳躍し、振り下ろされる棍棒。落下を利用し速度が増したその一撃は人ならば容易く頭を割ることが出来るだろう。だが、相手はあのスラさんだ。ただのスライムじゃない。
「ムゥ!」
スラさんは避けずにあえて腕で受ける。しかし、スラさんの腕は軟化していき棍棒が食い込んでそのまま水を穿ったようにすり抜けていった。
勢いを殺すことができず、空を切ったゴブリンは頭から地面に激突していくかに思われた。このまま何もしなければ勝手に自滅するだろう。しかし、それ許すほどスラさんは甘くなかった。
「ムラァア!!!」
ヤツの勢いを利用し、下からスラさんは強烈な膝蹴りを顔面に叩き込む。真反対のベクトルからなる衝突のエネルギーは尋常じゃないほどの威力を発揮した。
めり込むスラさんの膝はゴブリンの鼻を折り、頬骨を砕いた。顔面を陥没させて宙を漂うようにゴブリンは放り出される。そこへ容赦のない追撃がゴブリンを襲った。
「ムララァァアアア!!!!」
轟く咆哮と共に堅く握りしめられた拳がゴブリンの頭部目掛けてパイルバンカーのごとく射出された。頭蓋を割り、水風船が圧迫して破裂するみたくゴブリンの頭部は形をも捨て去る。そしてゴブリンの身体はスラさんの拳に追随していき、地面へと叩きつけられクレーターを形成した。
ひ、ひえ〜〜〜……。
ゴブリンは見るも無惨な姿へと変えられてしまい、原型を留めていない肉塊は血溜まりを作り出していた。
「す、スラさん! あとは俺がやるから!」
「ムッ! りょーかい!」
やっとたどり着いた俺はスラさんへ指示を飛ばし、風のおかげで普段より素早く動けるため他のゴブリンが戸惑っている隙に向かう。一方スラさんはポンっと元のスライムに戻ると彼女の身体を覆うように自身の身体を薄く伸ばし始めた。
よし、これであの子は大丈夫そうだな。
俺はゴブリンの方へ視線を戻し、懐に潜り込む。
せめてもの情けだ。あんな潰れたあんぱんみたいにされるよりかは俺がスパっと倒してあげた方が浮かばれるだろう……。
姿勢を低くして抜刀の構えをすると、ゴブリンは涎を撒き散らしながら棍棒を横薙ぎしてきた。
立ち会いにおいて先に仕掛けるのは確実に相手を仕留める自信があるものしかやらない。先手必勝という言葉があるほどだ。それを知らずに無鉄砲に仕掛けてくるのは素人だ。ってじいちゃんがそう言ってたぞ!
見事な大振りをして棍棒は俺の顔側面を狙ってきた。その刹那、瞬時に天照を抜刀し、ゴブリンに抜刀術「疾風」をお見舞いする。
捉えることのできない神速の太刀はズバンッ!! とゴブリンの棍棒を持つ腕を肩から切り離し、遠心力でグルグル回りながらあらぬ方向へ飛んでいく。
腕を切られたことで狼狽えているゴブリンの首を俺はすかさず刎ね飛ばした。飛び出したように宙を舞うゴブリンの首は生々しい音を立てて地面に転がる。その表情は苦痛に満ちていてまるで斬った俺を睨んでいるみたいだった。
背筋がゾっとする。そうだ、俺は今モンスターとはいえ、人型の首を刎ねたんだ。意識しだすと手が震えてきた。まだ肉を裂いて骨を絶った感覚が手に残っていて切った瞬間の映像がフラッシュバックする。
「コーキ!! 後ろ!!」
気づけばスラさんが絶叫して俺の方を見ている。下を見れば自分の影が濃くなっている気がして背後から気味の悪い声がした。
不意に直感が教えてくれる。このままじゃ殺されると。
すると突然頭が冴えた様な感覚がして勝手に体が動いた。振り返らずに天照を逆手に持って背後へ突き立てる。姿も見ていないのに剣先には何かが突き刺さり、途端に刀が重くなる。
しかし、これだけではまだ駄目なのか直感が警鐘を鳴らし続けていた。すぐさま刀を抜き、反転しながらしゃがむと俺の頭上を錆びた剣がかすめていく。
そのまま見上げるとゴブリンが剣を振り切った状態で空中を飛んでいた。
また景色がゆっくり見える。本来ならもう着地しているはずのゴブリンがまだ宙に浮いている。どうなっているんだ。脳がオーバーヒートでも起こしてるのか?
ただ、今はその速度がありがたい。
刀を持ちなおして逆袈裟斬りを仕掛け、腕ごとゴブリンを切り倒す。一息つこうとするが休む暇もなく次々とゴブリンたちが襲い掛かってきた。
だが今の俺は何かが吹っ切れたような感じがして何のためらいもなく続けざまにゴブリンを一体、二体と一太刀で黙らせていく。刀で斬る感覚と漂う血の臭いが俺の理性を煽る。
デスバラッドの時と比べれば簡単だ。あの死線を超えたからか体が熱いのに頭はひどく冷静でいられる。
次から次へと向かってくるゴブリンの位置が手に取るようにわかる。一手を打てばその次、またその次とゴブリンの行動が見えるみたいだ。流れるように刀を振るい、振ったところにゴブリンがやってきて勝手に死んでいく。不思議な感覚だ。
そのままを斬り続けていると、いつの間にかゴブリンの猛攻が止み、気が付けば俺の周りは死骸だらけになっていた。まさに死屍累々。これ、全部俺がやったんだよな? 戦いに夢中だったためかあまり実感が湧かない。
「すごい……」
どこからかぽつりと聞こえた声はとても澄んでいて小さいのに聞き取りやすかった。その声の方向を見れば少女が眼を開けてこちらを見ていた。彼女の瞳はとても綺麗なアクアマリンのようで吸い込まれそうだ。
「あ! 起きた!」
少女が起きたのを見てスラさんは嬉々とした声を上げる。その声に反応して彼女は自分を覆うスラさんを見下ろすと目を見開いて硬直していた。
あれ、ちょっと待てよ? この状況、傍から見ればスライムに食べられてるようにも見えるな? まずい気がするぞ?
「え……」
どうやら俺の懸念は的中したみたいだ。少女はくるくると眩暈を起こしてぐったりとまた木に体を預け始める。
「よかった!! コーキ! 意識戻ったよ!」
それに気が付いていないのかスラさんは陽気に俺へ声をかけていた。可愛らしい笑顔でこちらを見る前に彼女の心配をしてくれ。
「あ、あれ? ちょっと? 大丈夫? おーーい?」
やっとスラさんが彼女の様子に気が付いて声をかけ続けているが案の定、少女は瞼を閉じて気絶してしまった。
「こ、コーキぃ~……」
「いや、まぁ……そらそうよな……」
情けない声でスラさんは俺の方を見ていた。大丈夫だ、初見なら俺も気絶すると思うから。
ゴブリンの死骸をよけながらスラさんと少女のもとへ寄っていき容体を確認する。彼女の傷はだいぶ治っており服以外はほとんど外傷が見当たらなかった。
それにしても本当に可憐な容姿をしてるなこの人。端正な顔立ちは少し童顔っぽくも見えるがちゃんと大人びている。閉じられた瞳には長く艶やかなまつ毛がピンと伸びていて切りそろえられた白くも青い前髪はどんなに汗ばんでいてもサラサラしているのか、驚くほど柔らかそうだった。そして前髪がかき分けられた奥には彼女の白い額が見え隠れしていた。
いや、もうね……。端的に言おう。
やばい!!! めっちゃ美人!!!
つか、ばちくそ好みなんですが?! え?! なんだよ!! 異世界やるじゃねぇか!!! ていうかこの世界容姿端麗な人多くないか!? ちくしょう!! 生まれる世界間違えたか!?!?
こんなことが許されていいのだろうか。おお神よ……。私を救いたまへ……。
「コーキ、どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
心の中で祈りを捧げていると、固まっている不自然な俺を見てスラさんが不思議そうにする。
待て、今俺顔真っ赤なの? それ返り血じゃない?
「き、気のせいだ。気のせい」
「そお? 耳までまっかっかだよ?」
へぁん……。うそん……。スラさんが人の感情に疎くて助かった……。ニルハにでも見られたらどういじられるか考えられない。
ふと手で口元を触ってみればなんと口角が上がっているではないか。つまり俺、ずっとニヤケてた? ……この子が目を覚ましてなくてよかった。
「とりあえずは服だな……なにかあったっけ」
腰につけた虚空巾着の中をまさぐる。キャサリンの店を出てから色々準備は済ませていたから何かしらはあるはずだが色々手にあたって何が何だかわからない。
「まどろっこしいな」
そう言って俺は虚空巾着を取り外して口を大きく開いた。中は空洞になっていて様々な物が宙に浮いている。これ、お金取り出す時大変じゃないか?
そんなことを考えていると自分の学生服に目がいった。……いや、これを着せるのはどうなんだ? 自分の服を着せるってなかなかハードル高くないか?
とはいえ、他にあるものだとタオルくらいしかこのボロボロの服を覆えなさそうだ。でもタオルもちょっと面積が足りてないから微妙だ。
「仕方ない……」
俺は渋々学生服を取り出した。とりあえず上着だけでいいだろう。
「スラさん、怪我も大丈夫そうだからもう戻ってくれていいよ。ありがとう」
「あーい!」
しゅるしゅると縮んでいき元のスライムの形にスラさんは戻っていくとそのままスラさんはゴブリンの死骸の方へ跳ねながら移動した。ゴブリンも吸収するのか……。
スラさんは放っておいて俺は学生服を広げ、木にもたれている少女を少し抱き寄よせようと、肩に触れると違和感を覚えた。
……? 冷たい……?
なんと彼女の身体が人肌と思えないほど冷たいのだ。まさかと思い、少女の首もとに指を当てて脈を測る。だが正常に鼓動しており生きていることは確認できた。
「どういうことだ……?」
怪訝な顔をして独りごちる。顔色を見ても白いだけで別段青いというわけじゃないから大丈夫だと思うが……。
不意に彼女の左耳に着いたアクセサリーがキラリと光る。あれ? 左だけか? 右はどこかで落としたんだろうか?
変に思いながらも、ささっと学生服を羽織らせる。すると俺の来た方向から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「コーキくーん! だいじょーぶー?」
遠くの方からニルハとキャサリンが走ってくる。どうやら二人とも無傷で済んだみたいだ。流石だな。
「おお、なんとか。足跡の子もこのとおり無事だった」
再度彼女を木に寄りかからせ、立ち上がるとキャサリンが腕を組んで少女をじっと見つめていた。
「ん? その子もしかして、氷人族じゃないかしら?」
「ええっ?! ホントに?」
「氷人族?」
また聞きなれない単語が出てきた。ニルハは驚いて顔を少女に寄せ、俺は頭の上にハテナを作っていた。
「氷人族はとっても珍しい種族なのよ。体温が低いから肌が白くて男女共に見目麗しく、特徴的な髪色に片側だけの耳飾りをしている。そして同族想い。でもその容姿から人族に付け狙われて奴隷にされてるから、数が減って滅多に見られないって聞いたわ」
「そうなのか」
「そのせいで氷人族は物凄く人族を嫌ってるんだ」
「そうよ、それにその子も奴隷ね。ほら首に黒いのが巻きついているでしょ? それ、隷従の首輪よ。持ち主から逃げていたのかもね」
キャサリンは彼女の首もとに指をさし、俺はそれに従う。少女の首には黒いチョーカーのようなものが付けられていた。奴隷の首輪にしてはデザインが秀逸だな……。
それにとニルハは人差し指を立てて付け足す。
「その隷従の首輪をなんとかしないとまたすぐに見つかっちゃうかも」
「ほー」
「だから早く連れ帰って保護しないと……」
「ふんふん」
と、話を続けようとしたニルハは言葉を止めた。何故止めたのか。それは話を聞いている風を装い、俺はテキトーに相槌を打つばかりでその目は気絶している氷人族の子から離せないでいたからだ。やっぱこの子綺麗だな……。
ぼーっと少女に気を取られている俺の様子をニルハが窺う。
「……コーキくん?」
じーっと彼女を見つめる俺を見かねてニルハは少し困った顔をする。その後すぐにまさかと思いニルハはキャサリンの方をチラリと見た。キャサリンも何か察し、呆れた声で「分かってないわねぇ」と聞こえた気がする。
「はぁ……コーキくん、本当に分かってる? 人族を嫌ってるんだよ?」
「聞いた聞いた。キャサリン大変だな」
「いや、あたくしよりも……この子ったらわざとかしら?」
まるで話を聞かず、まだ視線を縛り付ける俺にニルハはため息をついて頭を抱える。キャサリンも分からせようと口を開きかけた。しかしそんな俺を振り向かせ、現実を突きつけたのはぷるぷるする物体Xことスラさんだった。
「じゃあコーキのことも嫌ってるんじゃない?」
……はい?
それを聞いた瞬間、脳天へズガビシャドーン!!! と天雷が降り注ぎ嵐が吹き荒れる。
「ば、ばかな……」
足がすくみ、フラッとよろけてしまう。そういえば俺、人じゃん……。
スラさんのひと言で俺の脳内コンピュータがフリーズし、硬直してしまった。
「だからそう言ってるのに……」
ニルハはジト目で俺を睨みつけ、下唇を突き出す。
しかし、まだ希望はある。なんたって俺は異世界人だからな! 人生諦めが肝心だが、たまにはねばっこさも必要なのサ!
「いや、まだだ。まだ終わらんよ!」
「コーキくんはほっといて早く戻ろう。あらかたゴブリンの素材も集めておいたし追加報酬も出るかも」
「そうね。スラちゃん、この子運べるかしら?」
「むっ! お安い御用!」
俺を置いてけぼりにして三人は話をポンポン進めていく。なんか俺の扱い雑になってない?
そしてボフン! と煙をたててスラさんはまたマッスルフォームに変化すると、ヒョイと氷人族の少女を抱え、慣れた様子でお姫様抱っこをした。このスライム恥ずかしげもなく臭いことしやがるぜ……ったく。
それを見て俺はピン! とアイディアを思いつく。待てよ? この子確かスラさんを見て気絶したよな? となれば本人もスラさんにお姫様抱っこされるのは嫌に違いない! 大義は我にあり!!
「……スラさん変わろうか?」
「え? なんで?」
「いや、冷たいんじゃないかなーって……」
「ううん! 平気だよ! ありがとうコーキ!」
「あ、そう……ならいいんだ……」
邪な考えなど光の前では浄化されて当然。なんの疑いもなくスラさんはとてつもなくいい笑顔で俺にお礼を言った。俺は咄嗟に目を瞑ってとツーと一筋の涙を流し、打ちひしがれていた。……いい子すぎて逆に俺が悪者じゃないか。ふっ、俺はいつだって必要悪なのさ……。トホホ……。
「コーキくん……」
しかしニルハは俺の意図に気づいていたのかシラーっとした目線を俺に突き刺し続けていた。……いやこれ殺気か!?
俺は気づかないフリをして吹けもしない口笛をあさっての方向へ飛ばす。だがニルハは瞳のナイフを俺の背中に突き立て続けていた。こっわ。
「馬鹿やってないで早く戻るわよ。もう日が落ちて当たりが暗くなり始めてるわ」
「はーい。コーキくん、遅れないでね」
「……ウス」
弛緩した空気をキャサリンが一気に引き締めるとニルハはつーんとそっぽを向いて先に走り出してしまった。ちょっとトゲあったなぁ……。
ニルハに続いてスラさんも走り出していく。言われた手前、遅れないように俺も駆け出そうとした時、不意に肩に手が置かれた。
「前途多難だろうけど、負けないでねコーキちゃん」
「お、おう……」
そう言って手を離し、キャサリンも行ってしまった。……今、応援された? 負けないでねとは何にだろうか……。氷人族の人族に対する嫌悪のことかな? それとももっと別のことか……。
三人の背中が見えなくなる前に俺は走り出し、ふと森を見渡す。赤い陽光が差し込み、まるで聖域のような雰囲気が漂う。幻獣の森なんて呼ばれてるけどこうして見れば何ら普通の森と変わらない。
ただ、地べたに転がるゴブリンの死骸を除けばだが。
あれはどうするんだろうか。スライムが掃除するのか? はたまたべつのモンスターが食べるのか……。
その真相を知る間もなく、俺たちはアステリシアへと帰還して行った。
次回投稿ですが、少し期間を置かせてください。
心の整理が着いたらまた投稿しようと思っております。
一応目安は2月20日くらいにしてますが、前後するかもしれません。
勝手な投稿者で申し訳ありません。




