第11話 ボーイミーツスレイヴ
遅くなりまして申し訳ありません
第11話になります。
やっとこさヒロイン登場です……。
逃げるなら今しかない。
あの人族たちがゴブリンの集団に気を取られてる隙に、遠くへ逃げないと。
こんな深い森の中でたった一人走っているのには理由があった。
それは今の私が、捕まっていた奴隷商人から必死に逃げている最中だから。
靴なんてものはなく、裸足で森の中を駆け抜ける。人の足で逃げのびるのは難しいかもしれないけどこの好機を逃したら私は一生誰かの奴隷になって慰みものにされてしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
息が荒くなり、心臓がこれでもかというほどに血液を循環させる。口の中が乾いて呼吸がしづらくても、酷い獣道で足がおぼつかなくても無我夢中で走り続けるしかなかった。
私を運んでいた奴隷商人の荷馬車があった所では今、集団のゴブリンが襲ってきて戦闘を繰り広げている。
荷馬車の護衛自体は少なかったから殲滅するまでまだ時間がかかるはず。その少しの間でもなるべく遠くへ離れないといけない。
必死に足を前へ、前へ持っていかないと。
元からボロボロだった麻布が木の枝などに引っかかり小さな穴を開ける。たった一枚しか羽織っていない為、ところどころ私の肌まで貫通していくつもの切り傷が作っていた。しかしそんなのを気にしている余裕はない。
ふと、遠い後方でガサリと茂みが揺れる音がした。今、私以外は誰もいないはず。いるとすればこの森に住んでいるモンスターか? それに追いつくとしてもまだ早すぎる……。まさかとは思うけど終わったの?
一抹の不安を拭うべく、焦りつつも背後の正体を確認するためにチラッと肩越しに目だけ後ろへ向けた。遠くには動物のような物陰がうようよと蠢いている。
「っは……っは……えっ……あれは……」
浅い呼吸を交えながら独り言ちる。得体の知れないモノがぞろぞろと私の後を追いかけてきていた。背筋がゾッとして顔を背けたくなる。
だけどもっとよく確認するためにじっと目を凝らして陰の正体を探る。よくみれば人にしては頭が大きく、身体が小さい。そして四つ足じゃなく立ってこちらを追いかけている。
この場合、もう思い当たるのがひとつしかない。
「うそ……なんで……」
森の中じゃあちらの方が分があるのか、開いていた距離が徐々に縮まり、その姿も鮮明になってきた。
緑色の肌に髪のない頭部。鋭利に尖った大きい両耳は私の吐息すらも捉え、無骨な四肢は森の草木程度では傷など一向につく気配もない。
私を追いかけているその正体は、ゴブリンだった。
数体のゴブリンが、勝手知ったる庭のごとく木の間をスルスルと走り抜けていく。その姿はまるで水を得た魚だった。
あんなに差があったはずの距離もどんどんと縮まり、それを感じて私の心はさらに焦ってしまう。
今の私は武器も持たず、こんな首輪をつけているせいで魔法が使えない。それに加えて手首は縄で固く縛られて自由も利かない。
一体だけならまだ何とかなったかもしれないけれど、何体ものゴブリンが相手になると話は変わってくる。捕まれば散々弄ばれた挙句、一方的に蹂躙される。そして最後は何十体ものゴブリンが私の肉を奪い合うのが見える。
そんなことになるくらいなら奴隷として扱われている方がまだマシ。
せめて森の外までたどり着くために必死に足を動かす。再度ゴブリンとの距離を測るために後ろ見た瞬間、世界がぐるんと一周した。
何が起きたのか一瞬分からなかった。
勢いよくごろごろと全身で転げ回り、そのままドン! と奥の木に背中を強くうちつけてしまった。意識を手放しかけたが今の状況を思い出す。何とか失神せずに済んだみたい。
かなり強くぶつけたせいか背中だけでなく肩や肘、膝などあらゆる所が傷だらけになってビリビリと痛む。自分がなんで転んだのか分からず後ろを見ると足元の草木に隠れて大きな木の根が地面から盛りあがっていた。それに気づかず、私は足を引っ掛けたんだ。
でもこんなところで立ち止まっている暇は無い。一刻も早くここを離れないと……。そう思って、私は体を起こして立ち上がろうとする。しかし何故か足が一向に動かない。
「なんで……どうして……!」
うんともすんとも言わない足に焦燥と不安で頭が混乱してくる。さっきまであれだけ走っていたのに……。何が原因かを突き止めようと問題の足に目を向けると思わず絶句してしまった。
なんて酷い有様だろう。足の甲や指先は擦り傷や切り傷、打撲などで見るも無惨な状態だった。こんな状態で私はずっと走っていたの? 傷が酷すぎて体が痛覚を遮断していたのかもしれない。
そして一番酷かったのは足の裏だった。かかとから土踏まず、さらには指の裏まで赤黒い血がべったりと広がっていて土や草が混じって余計痛々しく見えた。しかも、私が今まで走ってきていた道の後には私のものと思われる血の足跡が続いている。
もしかしてゴブリンはこれを辿って私を追いかけていたんじゃないの? そう考えると途端に力が抜けてゆく。
悟ってしまった。私は最初から逃げ切ることができなかったんだって。
逃げたいと頭では思っているはずなのに、心と体が分裂していく。逃げきれないと判ったしまったからか、突然足に焼いた鉄を押し付けられたような激痛が走った。
「ぅ……あ……」
悲鳴を上げることもできないほどの猛烈な痛みに耐えようと足を抑えたけど、その痛みは毒に変わって私の精神すら蝕んでいった。感情と理性がまるごと煮詰まれて、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感覚に陥る。逃げたいのか諦めたいのかもうわかんなくなってきちゃった。
「は……はは……」
諦観の境地に至ったのか乾いた笑いがこみ上げ来た。極まった感情を諦めた理性が抑え込んでしまい思うように泣けない。溜まりすぎた嗚咽は体の何かと混じっているような気がしてつい零れてしまわないよう空を仰ぐ。
ここまで来たのに結局こうなっちゃうのか。泣いている自覚は無いのに涙がぽろぽろと溢れ出る。大粒の涙は頬を伝って、顎先へたどり着くとまるで死へのカウントを刻むかのように、ぽつ、ぽつとひとつ、またひとつ土の染みになっていく。
「もう、いいかな」
俯いて滲んだ濃い色の土を見下ろすとそう呟いた。鉛のように重くなった身体を引き摺っていくと近くの木にもたれて目を瞑った。せめて死ぬなら自分が死んだことを知らずに死んでしまいたい。ここで眠れば楽になれるかな。
脱力しきった首は自然に肩へと落ちていく。皮肉なことに傾きかけている日差しがまだ温かく降り注いで、私が眠るのをゆっくりと待ってくれているようだった。
痛みのせいで眠れないかなと思っていたけど、徐々に意識は私のもとを離れていく。遠くから茂みを掻き分け、邪魔な木の枝を折る音が聞こえた。どんどん近づいて来るたくさんの足音を耳にしながら、ついに私は眠ったように気絶した。
――――――――――――――――――――――
「おし、これで十体目だな」
スっと鞘に添わせるようにして納刀し、スライムの死骸から魔核を拾い上げる。最初の時と比べてだいぶ慣れてきた気がする。
俺たちはさらに森の奥へ進んでスライムを討伐していた。思ったよりも数が少なく、この際だから奥まで行って幻獣の森を知っておこうという話になったのだ。
丸い魔核を瓶に入れて蓋を閉める。中に詰められた魔核たちは淡い光を放っていて温かみを感じる。この温かさが魔力らしい。
そして十回目にして俺はもう魔核を傷つけることなく綺麗な状態で討伐できるようになっていた。ふふん? どうよ? 俺ってばやればできる子なのよ! やらないだけだからな!
「飲み込みが早いわねぇ、こんなに早くできるなんてコーキちゃんったら天才かしら?」
腕を組んでキャサリンが感嘆を漏らし、片手間で襲ってきたスライムを軽くいなしていた。その手には数多の魔核がジャラジャラとビー玉のように弄ばれていた。一番化け物じみた人に言われてもあまり実感がわかないな!
「もうそろそろ日も暮れそうだね」
傾く日差しを背にニルハは落ちているスライムの残骸をいそいそと集めて、スラさんも一緒に残骸を吸収していた。
「暗くなった森はとても危険だからそろそろ戻るとしましょうか!」
「だいぶ奥に来ちゃったしね!」
「「お疲れ様ッ!!」」
キャサリンとスラさんは息ピッタリで言葉を連ねる。ニィと二人は笑ってガッシリと腕を組み合った。なんだその友情のコンビネーションは。しかも腕を組むだけのためにわざわざマッスルフォームまで……。
それにしてもこの数時間でだいぶ打ち解けたみたいだ。あんなに怯えていたスラさんはどこへやら……。スラさんが成長して俺は嬉しいぞ!
「まぁ初日だからこんなもんだろ」
ふぅと一息ついてスライムの素材が入った瓶を虚空巾着にしまい込む。今日の討伐数は各々で十から十五体くらいだし大体六十体かな? というか俺が倒した分しかカウントされないのでは? なんでみんな狩ってるんだ?
ともあれ、初めて転移した時よりかはだいぶ慣れてきていた。あの一人でいた時はとても不気味で恐ろしく感じていたこの森もこうしてパーティを組んで行けばなんてことないピクニック気分で居られた。人がいるってすごく安心!
周囲を見渡して取り損なった素材がないか確認しておく。だいぶスラさんが吸収したからもう形も残ってないだろうけど。
その時、ふと森に違和感を覚える。なんだか妙に静かだ。風が吹いて木々が揺れる音はするがそれ以外はまるで音がしない。それに、なにか鉄のような匂いもする。
「おーい、コーキくん。帰るよー?」
呼びかけるニルハの声を聞きつつもその違和感が気になって俺を離さない。
「コーキ? どうしたの?」
俺の様子を見に来たスラさんが肩に乗って顔を窺ってくる。ブニブニとぷるぷるした触手で俺の頬を突っついてきた。
「……なんだろうな、変な感じだ」
「んー?」
弄られつつも至極真面目な顔で俺は呟く。訳が分からないよとスラさんはニルハたちに向き直ってぷるぷると身体を揺らす。どこでそんなアメリカンリアクションを覚えたんだ。カイトか? カイトなのか?
そんなスラさんはさておき、気になって少し道を逸れた奥を確認するためガサガサと茂み掻き分けて足を踏み入れた。
「ちょ、コーキくん? どこ行くのー?」
俺の行動に慌てたニルハがこちらへ駆け寄ってきた。それに続いてキャサリンも近寄る。
キャサリンがそのままニルハの隣に立つと急に顔をしかめはじめ、声を低くして言う。
「……コーキちゃん、あなた結構敏感なのね」
「え?」
今まで見た事のないような険しい表情をしたキャサリンに俺たちはかたずを飲み、無言でキャサリンに続きを催促する。
「ここから先は関わらない方がいいかもしれないわよ。厄介なことが起きてるみたいだから」
その言葉にニルハも察しがついたみたいだ。気づけば森の中は少しヒリついた雰囲気を醸し出している。
据わった声でキャサリンは俺をじっと見つめていた。黙ったまま腕を組み、視線でどうするのかの判断を俺に委ねている。この先を進むと何か事件に巻き込まれる、そう目が語っていた。
確かに、俺は自分から面倒ごとに首を突っ込むことを嫌う人間だ。変に関わると自分が痛い目を見るというのは中学の時で嫌というほど分かったからな。その経験がこの先で誰が何をしていおうと俺は関わるべきじゃないと警鐘を鳴らす。
もし忠告を無視して突っ込んで俺に不幸が起きたら目も当てれない。ほら言わんこっちゃないと。
「そう……だよな」
目を伏せ、一人思考に耽る。
俺は誰かのために自分を犠牲にするなんて考えは好きじゃない。俺は自分のことが大好きだし、周りから浮いている俺も嫌いじゃない。だってオンリーワンだからな。
二度と嫌な思いをしないために周囲の機嫌を窺って当たり障りのない対応をする毎日。どんなに嫌いなやつでも、どんなに関わり合いたくないやつでも顔色を変えずにいつも張り付いて剥がれない笑顔を向ける。だがこの周囲に合わせるやり方は自分を押し殺して日常を過ごすのと同義だ。
そこに俺は本当にいるのか? そう疑問に思ってしまう。
だから、テキトーにクラスメイトに合わせてただの良い人でいる俺は大嫌いだ。さっき自分のこと好きって言ったのに変だよな。
つまり何が言いたいかと言うと、俺の意思で動くのか、キャサリンの警告に従っておくのか。
答えが決まらず、黙ったまま立ち尽くす俺へニルハが優しい声ではにかんだ。
「コーキくんはさ、どうしたい?」
ニルハはあくまでも俺に選ばせたいみたいだ。確かにこの異変に気付いたのは俺だ。しかもこの世界のことだ、これから出会う問題はきっとめんどくさくて俺じゃ解決できないようなものかもしれない。
俺が動かなくても、経験も実績もあるキャサリンが動くかもしれない。俺が選ばなくても、冒険者として先輩のニルハが危険を察知してこの場から離れることを選ぶかもしれない。
元の世界でのうのうと日常を過ごしていた俺なら何も言わず、問題から目を背けて逃げるだろう。自分には関係ないからと。
でも今、俺は異世界にいる。不思議な力を持って、モンスターと戦っている。別にこんな危険なことをしなくても他の方法があるはずだ。
なら俺はなぜこの道にいるんだろうか。思い返してみればここまで誰かに導かれ、成り行きで来ている。まだ一日も経っていないのにとても濃密な時間を過ごした。でも一度だって俺は自分の意志で道を選んでいない。ただ流されるままだった。
……自分を変える良い機会なのではないだろうか。この選択がどんな結果にこの世界に来て自分を変えるチャンスがいくらでも転がっている。あの灰色の人生から俺は色づく世界をここから見つけ出してみたい。
俺はキャサリンの鋭い目に怯まずに見返す。
「……はぁ。答えは決まっちゃってたみたいね」
俺の顔を見て軽くため息をつくキャサリン。しかしその声は満更でもない様子だった。
「それでこそ冒険者だね!」
ニルハも嬉しそうに笑って腰に提げたナイフを抜く。クルクルと手馴れた動きでナイフを回して逆手に持った。いい笑顔で危ないことしないで……。
「大丈夫! 何があってもコーキはボクが守るから!」
「スラさん……」
このスライム、ラノベの主人公だったら何人かは女の子落としてそうだな……。
「日も沈みかけているから、早めに原因を調査するわよ!」
「分かった」
俺たちは、道を外れて草木が生い茂る森の奥へ歩みを進めた。
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徐々に日が沈み始め、辺りが夕日を浴びて木々が真っ赤に染まる。斜陽で森は茜色に輝き、とても幻想的な風景を作り上げていた。
そんな美しい世界の中で俺たち四人はあるものを囲っていた。
「これは……」
キャサリンが顎に手を添え、険しい顔でウーンと唸る。
彼女が困るのも無理はないだろう。なんたって人の足跡を見つけたからだ。それも裸足の形をして赤くしたものをだ。
「うーん……穏やかじゃなさそうだね」
ニルハもしゃがみこんで足跡を観察していた。
「大きさ的に男じゃないわね。でも子どもでもなさそう」
足跡の形と大きさからキャサリンは誰のものかを推測する。確かに、キャサリンのような大柄の足じゃないし、俺よりも一回り小さいくらいだ。そして角張っていないところを見ると女性ということが分かった。
「こんな森の奥で女の子が一人……しかも足に血をつけてまで……」
目を閉じてニルハは考え込んだ。血もまだ乾いておらず、瑞々しい光沢を放っているところを考えると状況からして何かから逃げているということだけは見えてきた。まだ足跡も新しいためそう遠くまでは行っていないだろう。
ともあれ、この足跡は足先が向いている方へずっと続いている。これを辿れば件の人物に会えることは明白だ。
俺たち三人が話し合っている最中にふとスラさんが何かを見つけた。
「ねぇ、みんな。これも足跡?」
スラさんが肩から降りて血の足跡とはまた違った小さい足跡を指した。俺たちは吸い込まれるようにしてスラさんのもとへ寄ってその足跡を見下ろす。
するとニルハとキャサリンが途端に目を見開いた。
「これ……!」
「まずいわね……」
「なんのモンスターなんだ?」
確かによく見ればいくつもの小さい足跡が重なるようにしてできている。おそらく何体かはいると思うけどそれは些末な問題だ。なんたってこっちにはキャサリンの姉御がいるんだ、なんてことないさ。
他力本願で余裕をかましている俺に二人は突然目の色を変えて声を荒げる。
「コーキくん! これゴブリン!! 知らないの!?」
「いくら何でも冗談きついわよ!!」
鬼気迫る表情で俺に詰め寄る二人。ニルハはともかくキャサリンまで眼前に来られると流石に仰け反ってしまう。
「ご、ゴブリン? あの小さいやつ?」
もとの世界であった某なんちゃら殺しとかで恐ろしさは十分理解しているつもりだが、いかんせんゴブリンが雑魚という認識が拭えない。俺、序盤で死ぬ新米冒険者みたいな価値観持ってんな。新米だけど。
「小さいやつってホントに知らないの!?」
「やつらは個は弱いけど群れを成せば簡単に村を落とすのよ!! それがこうして一人の女の子相手に少なくとも十体は追いかけているのよ!」
如何にゴブリンが恐ろしいかを二人に説かれ、俺はその剣幕にただただ押されるだけだった。
「こんな話をしている場合じゃないわ! 早くいくわよ!!」
「うん!」
「え、ちょ、ちょっと!」
俺とスラさんを置いて二人は一足先に血の足跡を辿りながら駆け出した。
「す、スラさん俺たちも行くぞ!」
「むっ!」
置いていかれないように俺は全速力で二人を追いかける。しかし流石と言うべきか俺はまったく二人に追いつけなかった。
ニルハはその身軽さを活かして木の枝を伝いながらまるで八艘飛びでもしているように跳ねまわり、キャサリンは持ち前のパワーを存分に発揮した力強い走りで暴走列車のごとく森の中を猛進していった。
それに対し俺は、ただのマラソンだった。至って普通の走り。速くもなく遅くもない。全然体力がないからかすぐに息が上がってしまってその走りもヘタってしまう。
距離自体はそれほど遠くはなかった。一、二分ほど走ったら何やら遠くの方で「ギギィッ!」と変な声が聞こえる。そして間もなく激しく金属がぶつかるような音も耳に入ってきた。
俺が疲れ果てながらも問題の場所まで到着した時、すでに二人はゴブリンと戦闘を始めていた。
「オラァ!!」
猛々しい雄叫びを上げながらキャサリンは猛烈な勢いで豪腕をゴブリンに突き刺して血飛沫を弾け飛ばしていた。腕はゴブリンの胴を貫通し生臭い血の匂いが辺りを充満する。獰猛な彼女の戦い様にゴブリンたちは恐れて後ずさりしていた。
「シッ!」
一方ニルハは素早い動きでゴブリンたちの間をすり抜けていき、すれ違いざまに項を一刺しして沈黙させる。悲鳴を上げることもなく倒れていくゴブリンはさっきまで本当に生きていたのかを疑うほどだった。
二人の戦い方はまさに真逆。静と動だった。圧倒的な力技で相手を捻じ伏せ、どんな小細工も通用しないキャサリン。手先の器用さとスピード、そして的確に急所を突いて必殺するニルハ。
それぞれの戦いは相容れないように見えてその実、絶妙な連携でお互いを補完し合っていた。
キャサリンがわざと目立つ派手な攻撃で大勢を粉砕しながら注意を引き付けて、キャサリンに気を取られて動きの鈍くなったゴブリンをニルハが颯爽とサイレントキルをする。二人はとてもバランスの取れた戦い方をしていた。
「す、すごい……」
圧巻だった。俺がデスバラッドと戦った時のような陳腐な戦いではなく、洗練された動きだ。自分の戦い方をしっかり理解して役割を担って動いている。無駄がない。自分の弱点を仲間に任せて相互にフォローし合う姿は、見事という言葉では物足りない程だった。
しかし、あれだけの勢いでゴブリンを殲滅しているというのに数が減っていない。キャサリンは十体と言っていたが、その倍かそれ以上はいるぞ?
一向に減らないゴブリンの数に焦りを覚えて、手を戦慄かせながら刀に手を添える。一見、二人が押しているように見えているが、その逆なんじゃないのか? 数には勝てないのか?
「コーキ! あれ!」
拮抗するニルハ達とゴブリンの攻防に参戦しようとしているとスラさんが声を荒らげて俺を呼ぶ。
「どうした!」
戦いの熱気に当てられてつい俺の声にも熱が籠る。
スラさんはニルハたちのいる所から若干離れた場所を指していた。目を向けると、そこには数体のゴブリンが一つの木に集っている。嘲るゴブリンの気味の悪い笑い声が共鳴し、俺の耳をざわつかせる。ニルハたちがあんな必死に引き付けているのに見向きもしないなんて……。
だがゴブリンたちが二人を見向きもしない理由がすぐに分かった。やつらの中心に誰かいたのだ。
ゴブリンが集中するほどの存在を一目見ようと、目を細める。
そしてその姿を見た瞬間、まるで時が止まったような気がした。
自然と目が見開かれていき、目の前の惨状すら吹き飛ばしてその姿しか瞳に映らない。スラさんの俺を呼ぶ声や、ゴブリンが俺たちに気づき飛ばしてきた威嚇の咆哮が遠く反響してこの世界から断絶される。俺と彼女しかこの世界にいない、そんな気さえした。
それほど、こんな場所にはとても似つかわしくない綺麗な人だった。二十代まではいかないだろうが十代だとしてもかなり大人っぽさのある少女だ。
傷だらけの体にところどころ血が滲み、もはや服と呼べるような代物じゃなくなったボロボロの麻布一枚を羽織っていても彼女が如何に美しいかを雰囲気だけで表していた。
真珠のような肌に、白く青みがかった空色のような長い髪を持った少女が木にもたれかかって座り込んでいた。そんな彼女の足の裏は血と泥が固まって赤黒くなっている。
その足は彼女が足跡の持ち主だということを示していた。
「そうか! あの子か!」
さっきまで走って疲れ果てていたはずなのに俺は咄嗟に駆け出していた。
「コーキくん!?」
俺の不可解な行動にニルハが叫ぶが、俺は止まらなかった。ニルハは気になりつつもゴブリンを無視することができず、戦闘を止めることができない。
「!! いたのね!」
キャサリンは理解したのか、さらに派手な攻撃で大勢のゴブリンを相手に豪腕を振って吹き飛ばす。その隙を突いてキャサリンはニルハにアイコンタクトでついていくように促した。
ニルハは頷いて、ゴブリンを切り捨てながら俺の跡を追いかけたが、倒しても倒しても湧いて出てくるゴブリンに阻まれて思うように近づけないでいた。
「こんのっ!!」
溜まった鬱憤を晴らすかのように一撃をお見舞いするが倒せたのは一体だけ。ついぞ突破することはできなかった。
「仕方ないわ! コーキちゃんを信じましょう!」
キャサリンは次々に現れるゴブリンを相手にしながらニルハへ近寄る。二人は背中合わせにしてゴブリンの群れを蹴散らしていった。
次回投稿は2月14日予定です。




