俺ができること
こんな場所で、出会いたくなかったその人は目の前にいた。俺の中で、なにかが渦巻いていく。
「こんなとこで出会うなんて奇遇だね。」
笑顔で話しかけてくる彼女に俺はどうしていいかわからずつい、いやな顔をしてしまった。それを一瞬で隠したのだが隠しきれておらずすぐにばれてしまった。
「やっぱりそうなるよね・・。今日は友達に相談があってここにきているだけだよ。」
「そうか。もしなにか力になれることがあったらいつでも言えよ。」
こんなこと本当ならば言うべきではないし、言えるような状態ではないが、自然と口からこぼれてしまったのだ。全くとんだお人好しで大馬鹿野郎だと俺は自分のことを罵る。
「あはは・・。私、裏切者なのにまだそんなこと言ってくれるんだ。・・優しすぎるよハル君。」
夏川さんは、苦しそうにこちらを見ながら言う。そのとき、なにか首に引っ掻き傷のようなものがみえてしまったのだ。気にしないようにしようと思ったのだが、どうしても気になってしまう。そんなところすら気がついてしまうとは皮肉なものだ。彼女の気持ちには気がつけなくて別れてしまったのに俺は何をやっているんだろうな。優しすぎるか、海斗やほかの友達にも言われ続けてきていることだが俺はそれを変えようとする気持ちはなかった。それが俺であり、真田春樹の個性なのだからと。
「報われないだの沢山言われたさ・・でも俺の根本にあるものは変わらない。俺の関わりがある人、手が届く範囲のひとたちは守りたい。たとえそれが・・裏切った元カノだとしてもな。」
それを聞いた夏川さんはさらに苦しそうになる。やめろ・・そんな顔するな。お前は前を向いて歩いてるんだろうが。幸せになってくれるんだろうが。だから・・・やめてくれ。時間にすれば数秒だろうが、俺たちの間に沈黙が生まれる。それを破ったのは彼女だった。
「じゃあ・・・一個相談してもいいかな。実は・・・好きな人と付き合えたのはいいんだけどその人が鬱気味みたいな人でさ、毎日慰めるところから始まるんだ。」
とんでもない相談だと思う。でも俺は、元カレではなく一人の先輩として話を聞くことに決めた。そう思うと気持ちが楽になった。
「毎日か!そりゃ大変だ。言っちゃ悪いがかまってちゃんなのな。」
「そうともいうかもしれないね。それがエスカレートしてさ・・暴力振られちゃったんだ。それに束縛もきついし・・・。」
え?いまなんていった?暴力だと・・・。俺の中に怒りがこみあげてくる。怒ってはだめだと思ったから押し殺しながら聞く。
「え?それってDVじゃん。俺は、DV男に負けたのか・・。なんかショックだわ(笑)」
そしてごまかすようにおちゃらけていう。こんな話し方でもしないと心傷をえぐってしまいそうだったから。
「そうだよね・・・それでね、ほんとは、戻りたいなんか思っちゃいけないのに思っちゃうんだ。・・最低のことなんだけど抱きしめてほしいなんてさ・・・。私おかしいよね。ごめんね忘れて。」
そのときの彼女の笑顔は儚げだった。裏切って罪悪感もあるだろうに俺に相談するくらいに追い詰められていた彼女にかける言葉は見つからない。それでも・・・俺は・・・。
気がつくと俺は、彼女を抱きしめていた。驚く彼女にこうささやいていた。
「・・・俺にできることは、これくらいしかないから・・。俺は何も見ない。泣きたいなら泣け。全部・・・全部受け止めてやる。味方でいてやるよ。」
そう・・・これが俺ができる精一杯のこと。優しすぎても自分が傷ついてもいい、その考えが俺を行動に走らせた・・そして彼女は、胸の中で静かに泣くのであった。




