試される理性
その声は幻聴であったのか?
「……は……い……」
?
何か聞こえたような気がした。
蚊の鳴くような小さい声ではあったが。
「え?……もしかして……何か言った…?」
まだ、燃やされてないと言う事は若干希望が持てるか?
「……はい…って…言った……の……」
かなり小さい声ではあるが密着している為何とか聞き取れた。
しかし、意味が分からない。
俺は何か同意を求めただろうか?
「えっと……俺なんか同意を……ああ!」
自分で言って気が付いた。
そうだ、さっき混乱して告白紛いな事を仕出かしたのだ。
ん?
はいって同意の意味だよな?
いや、灰?
………
灰!?
処刑宣言!?
「ひいぃぃ!何でもしますから命だけは……何卒ご慈悲を……」
恐怖の余り更にキツく抱きつく。
ついでに神様にも祈りを捧げる。
助けてくれー!
俺が死んだら使命を遂行する者が居なくなるぞ!
いや、違います助けてくださいお願いします、何でもしますから。
「…はいって……あなたと……つ、付き合ってあげるって……言ってるの……」
?
聞き間違いであろうか?
‘はい’は同意の意味で‘灰’ではないのか?
……ん?
「付き合う…?え?マジで?」
今自分が聞いた言葉が信じられない。
だってそうだろう?
初対面で不可抗力とはいえ押し倒して胸を触り、続けざまに着替えを覗き、挑発した上で決闘に勝ち、エロ本を見られたのは不可抗力だが、押し倒して服の下へ手を入れた。
そして、極めつけに服を脱がして突然謎の告白を始め、突然抱きつく……
ひでぇ……
これは殺されても文句言えないわ……自分でも思う。
では何故彼女は付き合うと言っているのか?
気でも狂ったか?
いや、俺の予想が当たったのか……?
いやいや、しかし幾ら貴族の箱入り娘で男に免疫が無くたってこうも簡単に落ちるのか?
こんなに可愛い子が?
はっ!違うこれは罠だ!
俺を期待させておいて「なーんちゃって、うーそぴょん」って感じで燃やすつもりか!?
くそう、どうすれば良い?
そうだ、ゆっくりと顔を上げて相手の様子を見よう。
少なくとも怒っていれば顔で分かる。
もし、怒っていたら一か八かで逃げよう。
俺はソロソロと相手を刺激しない様に、しかし確実に顔を持ち上げていく。
ソフィーの顔をようやく見て気付いた。
ソフィーの顔はまだ赤い、しかし先程と違う点が幾つかあった。
目は潤みこちらをしっかり見つめている。
そして、先程とは違い顔が上気し若干汗ばんでいる様に見える。
本当に……?
しかし、これは……言葉で表すなら……欲情している?
そう、そう見える。
アニメや漫画で言うなればメスの顔って奴だ。
なんだろう……確かに初対面の時は子供だと思ったし、俺は胸の無い女なんて女とも思ってなかった。
だが……こんなに至近距離でそんな表情で見つめられると俺の中に邪な感情が湧き上がってくる。
確かにソフィーは………ハッキリ言って可愛い。
だが、それはアイドルとして、手の届かぬ高みに対する憧憬の様な物だ。
俺は何を考えているんだ?
思考が纏まらない。
ソフィーのまるでルビーの様な綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
いや待て!思いとどまるんだ!
こんな子に手を出したら犯罪……いや、同い年だからセーフなのか?
俺がそんな事を考えて混乱しているとソフィーの腕が背中へ回されて抱き寄せられる。
完全に油断していた俺はあっさりとソフィーと密着する。
ん!?!?!?!?!?
神様!さっき何でもするって祈りましたけど!
これはあんまりだ!
頭がクラクラしてくる。
くそう……情けないながら女の子に対して免疫が無さ過ぎて、もう理性が抑えられない……
そうだ。
俺はよくある創作の主人公みたいに聖人じゃない。
あそこまで紳士にもなれないし、難聴でも無い。
加えて、最早ホモじゃないかと疑われる程鈍感じゃない!
もう我慢ならない!
主人公補正だとか、いや最早主人公とかどうでもいい!
俺がソフィーの背に手を回そうとした時
ガチャリと鍵の開く音が静まり返った部屋に微かに聞こえた気がした。
しかし、そんな事はどうでも良い。
「ソフィー先輩ー?お兄さんいないんですかー?ご飯食べに行きましょうー?」
あ………
最早声と口調で完璧に分かった。
アリスだ。
ぐあああああ!何であいつ合鍵持ってんだよ!有り得ないだろ!
何でこのタイミングなんだよ!!
様子を伺うとソフィーの顔は青ざめている。
そうだろうな、知ってる後輩に情事を目撃されたら自殺ものだ。
………俺もか……
やがて廊下を歩く音が聞こえる。
ヤバイ……
俺は急いでベッドから出てソフィーに布団を被せると、寝室のドアの前まで行く。
その時寝室のドアが開いた。
「お兄さん?ソフィー先輩はここですか?」
寝室を覗いたアリスが言う。
「あ、ああ!具合が悪いらしくてな!今ベッドに入った所だ」
ソフィーとアリスが目を合わせる。
一体何が伝わったのだろうか?
「ソフィー先輩具合悪いんですか?」
「え、ええ。ちょっとね……」
ソフィーは隠し事が苦手なのだろうか。
声は震え、目を逸らし冷や汗をかいている。
あれでは、体の具合ではなく別の具合が悪いと言っている様なものだ。
「お兄さん?何があったんですか?」
アリスは笑っていた……
そう顔だけ笑っていた。
目は完全に座っている、怖い。
俺はソフィーに向き直り目で同意を求める。
ソフィーも観念したらしい、軽くため息をつくと
「……この子に隠し事は出来ないわ……」
と、諦めの声をあげた。
いや、お前が隠すの下手すぎるんだろう……
「えっとだな……何て言ったら良いか……」
「何があったか情報だけ時系列順に並べて教えてください。話の組み立ては私がやりますので」
怖い……
起きた事を余すことなくアリスに伝えた。
その間もアリスはずっと笑っていた。
顔だけは……
「お兄さんがエッチな本を見ていた事をソフィー先輩が怒ったのが始まりなんですね?」
そう、俺はあくまで第三者の視点から見て起こったことを伝えただけだ。
「そして、ソフィー先輩がレーヴァテインを出そうとした所でお兄さんが飛び掛かり、弾みでソフィー先輩の服の中へ手が入ったと……そしてソフィー先輩が気絶してしまい仕方なくベッドまで運ぶ…」
そこでアリスが考えている様な表情を浮かべた。
「そしてアリス先輩をベッドへ寝かせた所で欲情し服を脱がしたと、そしたらソフィー先輩が起きて、突然告白をして抱きつき、ソフィー先輩から良い返事を貰って、最後までイこうとしたら私が来たと……」
イくとか生々しいな……
いや、邪魔が入らなければ可能性は高かったのか…?
「お兄さんこっちへ来てください」
俺だけアリスにリビングまで連れて行かれる。
「そこへ座って下さい」
ソファーをアリスが指差す。
「はい……」
俺は最早囚人の様であった。
アリスの笑顔の圧力が強く、抵抗する気など最早無い。
主人公とは何だったのか……
「お兄さん本当にソフィー先輩の事好きなんですか?」
俺の耳の傍に顔を近づけたアリスが言う。
ギクリとする。
「ああー。その反応で分かりました。大方燃やされそうになって、無理矢理告白で乗り切ろうと奇抜なアイデアを使用したら、見事に落ちたって所ですか?」
エスパーかよ……
てか女の子が落ちるとか言うなよ……
俺の夢が壊れるから。
「えっと……まあ、そうではあるんだが……」
考えると最悪過ぎた。
自己嫌悪に陥る。
「この事は黙っておきます。ソフィー先輩とは責任を持って付き合って下さいよ?まあ同意があれば突き合っても良いですが」
え!?
俺の聞き間違いか?
何か凄い事言ってない?
この子こんな子だっけ?
「あ、ああ。男として責任は持つ」
一応この場における模範解答をする。
「なら良いです。私はこれで帰ります。お幸せに」
そう言ってアリスは帰って行った。
えーー
何なの?いじめ?
あと少しで最後まで……えっと……その……何かなりそうだったのに……
俺は落胆の息を零すと寝室に入る。
「アリス何か言ってた?」
「いや、お幸せにってさ」
ベッドで布団を被っているソフィーが赤くなる。
ああ!可愛いなぁ!ちくしょう!
でも一度中断してしまうともう一度再開する勇気は俺には無かった。
悲しいなぁ……
「ごめん。ちょっと疲れた…寝るわ」
「え……?ちょ、ちょっと!」
俺はそれだけ伝えるとリビングに戻りソファーに横になる。
完全に不貞寝だが、この遣る瀬無い気持ちは寝て誤魔化す位しか無い……
どうやらソフィーも寝室から出てくる気配は無い。
まあ、あんな事があったら気まずいしな……
制服が皺になると嫌なので、上着だけ脱いで適当に床へ投げておく。
目を瞑ると次第に意識は闇に飲まれていった。
ふと目が覚める。
辺りはすっかり暗くなっており大分時間が進んだのだろう事が分かる。
「うぐぅ…体が痛てぇ…」
ソファーで寝た所為だろうか?
体に妙な痛みがある。
それに夏とはいえ夜は冷える。
「仕方ない。ベッドで寝るか……」
月明かりを頼りに寝室のドアを開く。
寝室へ入り、ベッドへ近づく。
「寝てるよな?」
当然ながらソフィーは寝息を立てている。
どうやら着替えたらしく、布団から見える肩の部分がピンク色のパジャマ?ぽいものになっている。
俺は出来るだけ音を立てない様に2段ベッドの上に登る。
そのままベッドに入り布団を被る。
そのまま1時間が過ぎただろうか?
俺は全く寝られなかった。
だってそうだろう?
自分の下には先程あんな事になった女の子が寝ているのだ。
寝込みは流石に嫌われるか……?
いや待て!何を考えているんだ!
流石にあの子は犯罪だろ!
………
いや、この世界では同い年だからセーフか?
いやいや、待て落ち着くんだ。
俺は巨乳のお姉さんが好きなのだ。
そう、アルシェさんの様な包容力が滲み出しているタイプだ。
そうは思ったものの先程みた上気したソフィーの顔が頭に浮かぶ。
………
可愛い……
うぐぁぁぁぁ!
俺はベッドの中で音を立てない様に、器用に悶絶した。
何なんだこの状況は!
は!そうか!神様が理性を試しているんだな!
ふふふ、乗ってやる!俺がただの主人公ではない事を見せつけてやるぜ!
意味不明な事を考え、夜は更けていった。
当然悶々として寝れませんでした……はい。




