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不思議の国の引き籠り

家に帰り、速攻で自室に入る。


そこは混沌の様相を呈していた。

4畳ほどの部屋の隅にはベッドが置かれ、その周りには本やゲームソフトが散乱し、衣服や空になったコンビニ弁当の容器、カップラーメンの器等が所狭しと並んでいる。

パソコンから漏れる光が暗い部屋を照らす。


自分の城だ。

この混沌とした部屋が異様に落ち着くのだ。


早速ベッドに座ると貰って来た本を開く。

中には何やら小難しい漢字などが並び、とても文章として成立しているとは思えなかった。


「乱丁か?」


印刷ミスを疑いページをめくる。

が、しかしページを捲ろうとも様子は変わらない。

それどころか英語や記号などが混ざりよりカオスになる。


「何なんだこの本は?」


半ば意地になりページを次々に捲っていると不意に強烈な眠気が襲ってくる。


駄目だ……眠い……


本を手に持ったまま、意識は闇に飲まれていった。






「起きてください」


声がする……

腹に衝撃が加わり跳ね起きる。


「ごふ!な、なんだ!?」


急ぎ辺りを見回すとそこには異常な空間が広がっていた。

宇宙とでも言えば良いだろうか?

黒い広大な空間に上下左右あらゆる場所に散りばめられた光点、それらは綺麗な様でどこか吸い込まれそうな恐ろしさも兼ね備えていた。

人の視線を感じ振り向くとそこには本屋で見かけた女の子が居た。


「やっと起きましたね。もしかして吸出しに失敗して、どこか飛んで行ったのかと思いましたよ」

「す、吸出し?飛ぶ?何を言っているんだ?」


一体どうなっている?

夢……?

いや、有り得ない。

ここまで鮮明で綺麗な夢など見た事無い。


「いてて……」

「すいません。中々起きなかったのでつい蹴りましたけど、破裂してない様で何よりです」

「ちょ!何か痛いと思ったら蹴ったのお前かよ!」


一体何なんだ!

俺の頭は混乱を極めている。


「まあまあ、私は貴方の夢を叶えてあげようとしてるんですよ?これくらい大目に見てください」

「夢?何かあったっけか?」


自分でも心当たりが無い。

行きたい学校があるとか、就きたい職業があるとかはニートには関係ない。

単純に金が欲しいと言えばそうだが、そんなの全ての人が同じだろう。

夢とは言えない気がするが……


「あれ?異世界に行きたいんでしょう?あなた‘ディファレントワールド’を読んであの本屋に来たんですよね?」

「え?俺は‘ディファレントワールド’って人気の本が欲しいから古本屋に探しに言ったんだけど……」


少女は あれ? っと小首を傾げ思案顔になる。

可愛い。


「ちょっとすいません。頭の中を少し見させてもらいますね」

「は?え、ちょちょちょ……」


突然少女が抱きついてくる。

ラッキー……じゃなくて!何なんだよ!この状況は!


「あれー。可笑しいなぁ……んー……」

「えっと、いきなりどうしたのかな?」

「えっとですね。すいません。間違えました」

「え?何を?」


少女が俺から離れて申し訳なさそうに話し始める。


「貴方の理解出来るレベルを超えているかも知れませんが、滅茶苦茶簡単に話しますと、ディファレントワールドは魔導書です。読んだ人間を魅了し、他人に広める魔法が掛かっています。それと、読んだ人間に魔法の適性があり、現状の世界に強い不満を持っていると、私の本屋に誘導される様になってます」


意味が分からない。


「そこで、更にこの世界……地球としましょうか。この地球にとって必要の無い人間であるならば‘異世界の扉’を認識出来ます」

「異世界の扉?」

「貴方に差し上げた本ですよ。あれは読んだ人間の魂を吸出し、この精神世界へ強制的に転移させる魔法が掛かってます」

「魔法?魂を吸い出す?なにそれ怖い」


到底信じられない。

だってそうだろう?

俺は電波男でもサイコ野郎でも無いのだ。

若干厨二病が抜けないだけの健全な引き籠りなのだ。


「あまり使いたくないんですが、<私の言葉を信じなさい>」


途端にこの少女の言葉は全て真実であり、肯定されるべきものであると、俺の中で感情が変化した。


「え?な、何を……」

「取り敢えず必要な情報を話します。まず、私は神です。GODです。分かりますよね?」

「お、おう」


俺は分かった、そう何故だか分からないがこの子は神であると分かってしまった。


「それで私が地球で魔導書を広めてまで魔法の適性があり、それでいて世界に不満があり、世界からも必要とされてない。あ、ここで言う世界とは地球ですよ?それと最後に重要なのが異世界に興味があるか?です。」


ふう、と一息入れて少女が続ける。


「異世界と言っても考えたことが無い人もいるでしょう。本当に必要なのは、この地球を捨ててまで他の世界に行きたいと強く願う人ですね。該当しやすいのは自殺する程思い詰めていたり、社会から隔絶されている人ですかね」


俺は思い当たる事があった。

元々俺は何も出来ない人間だった。

勉強もダメ、運動もダメ、就職も失敗してそのまま引き籠りになった。

友達もいるには居たが、それ程仲の良い人間は居なかった。

当然恋人等居た事はない。


そして行き着いた先は2次元だった。

アニメや漫画、ゲーム等は俺にとってかけがえのない心の拠り所になった。

とりわけ気に入っていたのはファンタジーの世界を冒険する創作物だ。


圧倒的な力で強力なモンスターを倒し、魔王も倒す。

こうして人々に賞賛され、綺麗なお姫様と結ばれる。

使い古された王道ながら、その完成されたストーリーに魅了された。

しかし、どれ程ゲームでレベルを上げようとも、漫画やアニメを暗記する程見てもその世界には行けないのだ。


当たり前だろ?

そう、分かってはいたんだ。

有り得ないって、でも心の何所かでは諦めきれない自分が居た。

何時か突然自分が異世界に転移して、チート染みた力を使い悪を倒し、女の子にもモテモテになってさ、人々に崇め奉られる。

そんな子供染みた、でも絶対に誰しもが一度は夢に見る光景を。


「だからなのか……?」

「そうかも知れませんね。貴方がそこまで強く願ったから、魔法の適性という最大の壁を乗り越えて私の元に辿り着いた。これは凄い事ですよ?誇っても良いですよ」


心の中は完全に筒抜けか……

神様だし、人の心を読む位訳無いよな……


「ですが、貴方には魔法の適性がありません。絶望的と言っても良いです。それでも貴方は異世界に行きたいですか?魔法が支配する、ファンタジーの世界に……」

「行きたい!何を捨てても良い!何でもする!行かせてくれ!」


これを逃せばまた詰まらない日常がやってくる。

誰の役にも立てず、必要とされず、ただただ生きているだけの日々が。


「分かりました。どうやら魔法の適性以外は大丈夫そうですので貴方を連れて行きましょうか。他に候補者が居なくて困っていたんですよね」

「じゃあ、俺は異世界に行けるのか?その世界で人生をやり直せるのか?」

「正確には途中からですが……貴方にはとある国の学園に入学していただきます。まず、やっていただきたいのは強くなる事です」


そう言うと少女は何処からともなく本を取り出した。


「これを持ってみて下さい」


俺が本を持つと文字が浮かび上がる。


中崎修一 22歳 男性

体力 50

防御 10

魔力 0

俊敏 20

状態異常耐性 無し

習得魔術 無し 

ユニーク 無し

対応ギア 無し


何だこれは?RPGのステータスか?


「それが貴方の現状の能力です」

「魔力が無いのは置いといて体力とかの上限値は100で良いのか?」

「いえ、999が最高値です。なので貴方は何の訓練もしてない子供並み、下手をすればそれ以下です」


ひでぇ。


「まずは目的を話しましょうか。強くなっていただきたい理由ですが、神を殺害して頂きたいのです」

「え?神って君じゃなくて?」

「正確には神では無いですが、表現出来る言葉が無いので便宜上神と名乗っているだけです。本当の神……全世界の創造主とは概念そのものであり、意志などは無いですからね。話を戻しますが、神は世界の数だけいます。現在の存在する世界はほぼ無限にあり、地球もその1つです」


頭が混乱しそうだ。


「貴方に今から行ってもらう世界には12の神が居ます。私はその1柱ですね。現状で殺害を依頼したいのは3柱……3体の神々です。理由は後々説明しますが……」


いや、何で魔法の無い世界から連れてくんだ?

自前の世界で用意した方が早いだろう。


「それはですね。その世界の人間では神を殺せないからです。神……世界の管理者は管理する世界の住民では絶対に殺せない様に設定がなされています。抜け道として他の世界から貴方を連れて行く訳です」


やっぱり心が読まれてる!?


「貴方の世界……地球の神々と交渉の結果、先程私の提示した条件に当てはまる人物なら連れ出して構わないとの返答を頂きましたので、貴方を連れて行きます」

「でも俺は魔法の適性が無いんだろ?良いのか?」


少女はニコリと笑うと言った。


「好きでしょ。チート」

「はい!大好きです!」


当然だ。

折角異世界に行ったのにチマチマレベル上げなんて御免だ。

男はズバッっと一撃で敵を葬らないと。


「ただ、私の権限にも限りがありますし、極端なステータスを与えてしまうと、他の神に察知されかねませんので、極度の期待はしないで下さいね?」


えー。

いきなりレベルMAX、ステータスカンストが良いのにー。


「そう膨れないで下さい。貴方にはユニークスキルを差し上げます。後はステータスの底上げですね。ユニークスキルは占有するポテンシャルが大きいのでそこまでステータスは底上げ出来ませんが、即死しない程度にはしときますね」


物騒な世界みたいだ……


「もう一度本を見てください」


手元の本に目を落とす。


中崎修一 22歳 男性

体力 100

防御 100

魔力 50

俊敏 100

状態異常耐性 即死完全無効 精神支配完全無効

習得魔術 無し

ユニーク 運命を切り開く者--成長促進、窮地に陥る程効果が増大

対応ギア 無し


おお!何か色々付いててお得感がある!


「これが今出来る限界です。一先ずは学園で序列1位を目指してください。達成しましたら、こちらから連絡します」


突然視界が暗転した。






何やら頬に不思議な感触を感じ目を覚ます。


「お兄さん起きてください。ほらほら」


俺の傍らにしゃがみ込み俺の頬を木の棒で突っついている少女が居た。

腰まであるだろうか、長い黒髪を蓄え、学生服にも見えるブレザーを着用したその少女は息を呑む程可憐だった。


ってどうして俺の部屋に!


…………?


「あれ?ここはどこだ?」


そこは見知った自分の城では無く、木々が生い茂る森だった。


「お兄さん?大丈夫?」


てか誰!?


「えっと、君は?それとここはどこ?あれ?」


混乱してきた。

確かに自分の部屋に居たはずなのだ。


……考えろ……考えろ……


悲しきかな、22年苦楽を共にしてきた頭脳は思考を放棄した。


「あ……これ夢だわ……寝よ」


夢で寝るというのも変な話だが、今の日本にこれ程立派な森は存在しないだろう。

それに、自宅に居たはずが森で目が覚めるというのも変な話だ。

加えて、こんなに可愛い女の子が俺に声を掛けるだろうか?いやかけない、QED証明完了。


「ああ!ちょっと寝ないで下さい!死んじゃいますよ!」


あー。煩いなー。

寝たら死ぬとか雪山かよ。

こんなジメジメした森で寝た所でどうやって死ぬんだよ。

あー。こんな適当な夢を見る自分が悲しい。


「ちょっと!お兄さん!起きてください!」


少女がゆさゆさと体を揺すってくる。

体が揺れ、草に肌が擦れる。


「ちょ!トゲトゲして痛ぇ!」


痛い?


はて?夢でこんなにハッキリと痛みは感じるだろうか?

俺が思案していると ドスン と振動を感じた。


「あー見つかっちゃったみたいです…」

「え?見つかるって何に?」


少女が指差す先を見る。

いや、見てしまった。


それは猪だった。

そう、ただの1点を除き、紛れも無く決定的に猪だった。

アホみたいにデカくなければ。


「ブルオォォォォ!」


大よそ全長5メートルはあるだろうか、小型トラック程の大きさを誇る‘それ’はもはや妖怪であった。


猪ってこんな鳴き声だっけ?

猪の妖怪を前に非常に呑気に構えている自分が居た。


少女が猪の前に立ち言った。


「削り喰らえ ソウルイーター」


どこから現れたのか、少女の手には黒く禍々しい剣が握られていた。


タン!っと軽快な音を立て少女が飛ぶ。

そう、飛んだと言っても良いだろう、少女の背は160CM程度なのに何せ軽く2メートルは飛んでいる。

大よそ人間業では無い。


スカートをはためかせ、少女は踊る。

両手で持った剣を上段に構え、そのまま振り下ろす。

猪の顔に擦り傷が出来るが、この妖怪にはそれじゃあ効かないだろう。


地面に降り立った少女は恐るべき速さで移動しながら、猪を切り刻む。

しかし、どれ程剣を打ち込んでも猪には掠り傷しか付かない。


しかし、不思議な事に猪が動かない。

まるで人形ではないか、少女に一方的に攻撃されている。


少女が再び飛びあがり俺の前に降り立つ。

何やら見えてはいけない布が見えた気がしたが努めて見ない様にする。


ドスン と音がして俺は音がした方を見た。

どうしたのだろうか?猪が倒れているではないか。


「お兄さん危なかったですね。思わずギア使っちゃいましたけど内緒ですよ?」


そう言うと少女は微笑を浮かべた。


俺は立ち上がると倒れた猪に近づく。

触ってみると温かさを感じる、それに獣臭い匂いも。


「これは夢なんかじゃない…?いや、でも説明が付かない…」


俺がブツブツ言ってると肩を叩かれる。


「お兄さん転入生ですよね?突然走り出して行った時は焦っちゃいました」


走り出した?転入生って?


「人違いじゃないか?俺は確かに家で寝ていた筈なんだが…」


混乱する。


「え?でも校章入りの制服着てるじゃないですか」


自分の体を見る。

そして、初めて気づく。


「え!?俺のジャージは!?何この服!?」


意味が分からない。

俺が混乱を極めていると


ボトリと何かがポケットから落ちる。


「お兄さん。落としましたよ?」


そう言って少女が俺のポケットから落ちた手帳を拾い上げて渡してくれる。


その手帳を開いてみる。

途端に頭に声が流れ込んでくる。


現在聖ガレリア歴945年です

現在ガレリア王国 首都カルシャーン外れの森に居ます

貴方は本日、首都にある聖堂学園の第2学年に編入を予定されてます

その際不都合が生じる為、年齢を17歳に修正、肉体を適正化しました

序列は最下位の1000位よりスタートです

ギアは編入後、能力測定を行い貸与されます

闘技大会を勝ち抜き序列を上げてください



そこで声は途切れた。

手帳が突然発火し一瞬で消滅する。


「うお!」


思わず飛び上がってしまう。

そこでようやく俺は思い出した。

この世界に来た理由を、果たさなければいけない使命を。


なにやら肩を叩かれ振り向く。


「お兄さん。魔導書持ってたんですね。何を発動したのですか?」


ま、魔導書?

ファンタジーに出てくる魔力の籠った書物か?

そういやあ神様も言ってたな。


「教えて下さいよぅ~」


そんな事を考えていると、黒髪の少女が矢鱈に接触してくる。

肩を叩き、俺の周りを回って顔を覗き込んだりしてくる。

そこで俺は謎の既視感を覚えた。

何だっけ?これ。


ドスン と再び振動が足に伝わる。

音のした方へ顔を向ける。

そこには先程と同じサイズの猪の妖怪がいた。

10体も。


「あはは。ちょっとこの数はキツイですね。お兄さん逃げましょう!カルシャーンに入ればそこまでは追ってこない筈です!」


少女は俺の手を掴み走り出す。

つられて走り出した俺は見てしまった。

怒りの形相で追ってくる猪を、小型トラック程の大きさの猪の群れを。


「うわああぁぁぁぁ!どうなってんだー!」


全力で足を動かし、少女と共に俺は森を駆けて行った。






少女の言った通り、何やら巨大な都市の門を潜る時には猪の群れは居なくなっていた。


不思議な風景だった。

自分の見慣れた機械に埋め尽くされた機械仕掛けの都市では無く、自然と調和したまるで絵に描いた理想の様な都市であった。

そう、この都市は芸術ではないだろうか?

石畳の道が真っ直ぐに走り、それを取り囲む様に煉瓦や木造、石製等の建物が立ち並ぶ、祭りでもあるのだろう店と思われる建物には人だかりが出来、路上に露店などがひしめく。

道の脇には木が立ち並び、建物も花や不思議な植物で装飾されている。


「すごい……」


思わず感嘆の声が漏れる。


「何がすごいんですか?ごく普通の風景だと思いますけど」


隣に立つ少女が声をあげる。


普通?これは映画のセットじゃないのか?

ふと、神様の声を思い出す。

聖ガレリア歴945年?

西暦じゃないのか?いや、そもそもあの猪は何だ?

そうか、ここは異世界だから地球の常識は通用しないのか……


ドン と胸に衝撃を感じよろめく。

どうやら考え事をしながら歩いていたら人にぶつかったらしい。

相手を見るとどうやら子供みたいだ。

自分より20CMは背が低い。


「ごめんねぇ。ちょっと考え事してたからさ。怪我は無いかい?」


俺の後ろで黒髪の少女が「あ!ちょっと不味いですよ!」と言っていた気がするが、考え事をしていたのと、ぶつかって転ばせてしまった子供を起こそうとしていたので聞き流してしまった。


その子は地面に尻餅を着き若干顔を顰めている。

俺は手を差し伸べるが、パシッっと払われる。


「あんた!どこに目付けて歩いてるのよ!」


立ち上がったその子を見て息を呑んだ。

綺麗な赤色の髪を耳の上で結った髪が特徴的なーー所謂ツインテールというやつだろうーーその少女の顔は非常に可愛らしく、まるでアイドルの様に見えた。

黒髪の少女と同じ服装をした赤髪の少女が立ち上がり、こちらを指差して言った。


「庶民如きが私にぶつかるとは良い度胸ね!今すぐ跪いて許しを請いなさい!」


「ちょっと待て!ぶつかったのはお互い様だろう!」


すかさず反論する。

この子供はどんな教育を受けてきたんだ……親の顔が見たいとはこの時の為にある言葉であろう。


赤髪の子供と口論していると俺の背に誰かがぶつかった。


「おっと、ごめんよ」


俺はその人物の謝罪を聞く事は出来なかった。

いや、耳には入っていたが脳が認識できていなかった。

何故なら体勢が崩れて前に倒れこむ途中だったからだ。

そう、事もあろうに口論の相手を巻き込んで倒れてしまった。


「痛てて。すまん大丈夫…か……」


言葉に詰まり、思考が凍結する。

俺は赤髪の少女を押し倒す形で地面に倒れていた。

左手は石畳に着いているが、右手を少女の左胸の辺りに着いてしまっていた。

右手に若干柔らかい感触が伝わる。

しかし、生まれて初めて触った女性の胸がこんな子供のまな板だとは……


極限まで失礼な思考を見透かしたのだろうか?

腹を蹴りあげられ地面にもんどりうって倒れる。


「ぐおおぉぉ……」


地味に痛い。

俺が苦痛に呻き声を上げていると


「あ、あんた!こんな事してタダで済むと思わない事ね!」


どこかで聞いた事がある様な捨て台詞を残して真っ赤な顔をした少女が走り去っていった。


えーー


生まれたての小鹿の様に弱弱しく立ち上がる。

まだ腹が痛い。


「お兄さん災難でしたね。いやラッキーでしたか?」


ラッキーなものか、子供の胸を事故で触ってしまった代償で腹を蹴りあげられたのでは元が取れない。


「ソフィー先輩、相変わらずですねぇ」

「ソフィー‘先輩’?え?さっきの子供君の先輩?」

「子供なんて言ったらまた蹴られますよ?ああ見えても17歳でお兄さんと同級生ですよ?……ああ!お名前聞いてませんでしたね。第2学年への転入生としか聞いていなかったものですいません」


そういえば言ってなかった気がする。


「俺の名前は中崎修一だ。2……」


ちょっと待てよ、確か不都合があるから年齢は17歳って言ってたな。

そりゃそうか、この子を見るに入るのは高校みたいだしな。

肉体を適正化は?えっと年齢は17歳だから17歳の肉体に戻ってるって事か?

ちょっと嬉しい。


おほん! っと一回咳払いして22歳と言いそうになった事をごまかすと


「年齢は17歳だ。そうそう第2学年に転入だったな!ちょっと春の陽気にやられて頭が可笑しくなってたみたいだ!」


神様に聞いた事だけでは分からない事だらけだ。

つまり、まず取るべき行動は情報収集だ。


「お兄さん今夏ですけど……」


渾身のギャグだよ…流してくれよ…

まあ、俺の素性を怪しまれないならそれで良いだろう。


「申し遅れました。お兄さんに学園を案内する様、学園長から申し付けられましたアリス・カーベインです」


外人さんか?いや、ここは異世界だ俺の良く知っている世界の常識は通用しない。

見た目が日本人っぽく見えても、明らかに日本語を話していても、名前が外国チックでも可笑しくないだろう。


「えっとアリスちゃんで良いのかな?同級生?」

「いえ。私は第1学年です。生徒会に所属しているのでその関係で学園長から声がかかりました」


早速新情報だ。

生徒会か……俺の常識で言うなら選挙で選ばれたのだろうか?


「ちょっと質問良いかな?生徒会の役員には選挙で選ばれたの?」


そうだ、ここは何も知らない転入生と言う立場を最大に利用して、情報を絞り尽くすべきだろう。


「いえ違います。まず生徒会の役員は全部で5人です。聖堂学園では序列10位以内の生徒の中から希望した者が全て生徒会役員になります。その中で一番序列が高い者が生徒会長となります」


えっと、聖堂学園がこれから行く学校だな。

序列?……強さの順か?

そうなるとこの子は序列10位以内、聖堂学園は全1000人らしいから上位1%!?

序盤から超強キャラ来たなー。

んー?何か既視感あるな……駄目だ思い出せない。


「えっとアリスちゃんは何位なのかな?」

「はい。序列でしたら第5位です」


この世界の基準が分からないけれども俺の序列1000位らしいからな……

いや、転入生が強制的に最下位なのか?

なら俺のまだ見ぬ魔法が覚醒したら一気に強キャラの仲間入りとかありうる?


「あとギアって何?魔法の道具的な物かな?」

「えっとお兄さんギア知らないんですか?」


アリスが訝しげな視線を送ってくる。

ヤバイ!怪しまれてる!


「い、いやぁ。えっと……そう!俺遠くの国から来たからこの国の常識とか知らないんだよね!ははは!いやぁ参ったなぁ~」


嘘は付いてない。

極限まで遠い国(異世界)から来たのだからこれで通そう。


「そうだったんですか。えっとですね、ギアとは別名魔装具とも呼ばれるマジックアイテムですね。通常時は亜空間へ収納されていますが、使用時に決められたワードを口に出す事で召喚できます」


俺の苦しい言い訳を信じたらしいアリスが説明してくれる。

そして


「削り喰らえ ソウルイーター」


アリスの手に先程も見た禍々しい黒色の剣が現れる。

まるで手品みたいだ。


「おー。俺もこれ貰えるの?」


すごい欲しい、本物の剣なんて初めて見た。

それは決して子供向けのちゃちな玩具では無い、触れれば人をも切断出来る凶器だ。

しかし、俺の中の厨二心が強く刺激される。

そう、男の子は剣だの魔法だの大好きなのだ。


「はい。転入時の能力測定後に適切なギアが貸与されますよ。良いギアに当たると良いですね」


アリスがニコりと微笑む。

そうだ、余りにも状況が急転し過ぎて意識してなかったがアリスはかなり可愛い。

元の世界に居たら確実にアイドルクラスだ。

可愛い子どころか女性そのものに免疫などある筈も無い俺は少しドギマギしながら


「えっと…それと、闘技大会についても教えてもらって良い?」

「はい。現在開催されている闘技大会ですが、校内の至る所で自分より序列の高い相手に挑むことが出来ます。勝利した場合相手の序列を奪えます。奪われた相手は1つ序列が落ちます。序列の高い相手に敗北してもデメリットはありません」


成程……

現状俺は誰からも挑まれる事は無いが、誰にでも挑める訳か。


「序列はいつ入れ替わるの?闘技大会の期間は?」

「そうですね、序列は1日毎に変動します。闘技大会は後1月で終了します。最後に序列が1位だった者に何やら景品があるらしいですよ?」


1月で999人を捲る訳か……

豪華景品かぁ……気になるなぁ。


アリスと話しながら歩いていたら学校らしき建物が見えてきた。

やはり石を基調とした建物は鉄筋コンクリートだらけの風景を見慣れた俺には新鮮に映った。


「取り敢えず寮の部屋まで案内しますね」


そう言ったアリスに連れられて寮まで来た。

中世の様な世界観だったから少し期待したがここは石造りながらも形は現代のマンションの様だった……残念だ…


「こちらがお兄さんの部屋です」


黒の扉は如何にも重厚で重々しい雰囲気を醸し出している。

アリスが持っていた鍵を扉の鍵穴に差し込み回した。

ガチャリと音がして鍵が開いたようだ。


「これが部屋の鍵になります。どうぞ」


アリスから鍵を受け取りポケットに仕舞う。


扉を開けて中へ入る。

そして目撃した。

先程俺を蹴り飛ばし素敵な捨て台詞を吐いていった相手を。

そしてその相手が何故か着替えてる途中の姿を。


「え?ここって俺の部屋じゃ……」


後ろを振り返るとアリスは少し開いた扉から顔を半分覗かせ薄く笑っている。

糞!あいつ確信犯か!


「あ、あんた……胸を触っただけじゃ飽き足らず覗きまで……」


アリスがソフィーと呼んでいた少女が下着姿で、ほぼ無いに等しい胸を片手で隠し、空いた手でこちらを指差す。


「ちょっと待て!ここは俺の部屋だ!それに俺は部屋にストリッパーを呼んだ覚えも無い!」


アリスが俺の部屋だと言ったし鍵も持っていた。

俺の部屋に間違いないだろう。


「えっと言い忘れてましたけど、お兄さんソフィー先輩と同室ですよ」


先 に 言 え よ !


それは怒りによるものか羞恥によるものなのか、ソフィーが赤くなりプルプル震えだす。


「この…変態……ど変態がぁ!消し炭になりなさい! 逆巻け!レーヴァテイン!!」


ソフィーの手に轟々と燃え上がる剣が現れる。

2メートルは離れている筈なのに、強烈な熱気が押し寄せ体を舐め付ける。

炎の剣が振るわれるのが見えた瞬間、脱兎の如く俺は逃げ出していた。






命の危険を感じ全力で走り学園まで来ていた。

ソフィーは何やら叫んでいたようだが、幸いにも下着姿では追ってこれなかったらしい。


「助かった~」


全力で走った反動で地面に座り込む。


「ふふ。お兄さん面白いですね」


汗を袖口で拭っている俺に涼しい顔で追いついたアリスが声を掛ける。


「さあ、時間も押してますしさっさと能力測定行きましょう!」


どこか嬉しそうなアリスに手を引かれて校舎の中へ入って行った。




能力測定の為に、保健室と書かれた表札がぶら下った部屋へ入る。

後はここに居る人に全て任せてあると言ってアリスは去って行った。

若干名残惜しい気もするが気を取り直して良い結果を出せるように頑張ろう。


それ程広くない保健室の中はベッドが2つあり、更に薬品をしまう棚が空間を圧迫していた。

ベッドの傍に小さい机が置かれており、その前に設置された椅子に座っている白衣を着た人物がいた。


女神……そう、陳腐かもしれないが女神としか感想が出てこない。

白衣を着た人物、おそらく保険医であろうその人物は長い栗色の髪をなびかせクルリと椅子を回すとこちらを見た。


瞬間俺の中で何かが弾ける。

長い脚を組んでいる事により短いスカートの中身が見えそうになっているが、絶妙に見えない。

そして、その蠱惑的な瞳には吸い込まれそうな不思議な魅力に満ちている。

最後に何よりデカい。

何がって‘胸’がだよ。


そう、一言で表すなら悩み多き性少年を更なる悩みに導く存在だ。

いや、俺は正確には青年か?成人してるし、いやこの世界では17歳だ。

ピチピチの色々な意味で悩める性少年だろう。


つまり、何が言いたいかと言えばこの保険医らしき人物は女神だと言う事だ。


「あら?学園長の言ってた転入生君?」


女神が口を開く。


「はい!色々測定しに来ました!」


もはや自分が何を言っているか分からない。

俺は悪くない!全部このダイナマイトボディが悪いんだ!


「ふふ。じゃあ早速能力測定を始めましょうか。この本を持ってくれる?」


今にも服のボタンが弾け飛んで色々と零れるのでは無いだろうか?

そう思わずにはいられない程の巨乳を揺らし、そして無情にも服が破れる事は無く、俺の手に本が乗せられる。


「能力を測定するのでは?」

「その本を開いてみて。それで能力測定は終わりだから」


神様の持っていた本と似ているが同じだろうか?

言われる通りパラリと本を捲る。

1ページ目には


中崎修一 17歳 男性

体力 102

防御 105

魔力 50

俊敏 110

状態異常耐性 即死完全無効 精神支配完全無効 打撃耐性極小

習得魔術 無し

ユニーク 運命を切り開く者--成長促進、窮地に陥る程効果が増大

対応ギア 無し


打撃耐性?

先程ソフィーに蹴られたからだろうか?

体力と防御が上がっているのはそれでか……

あと俊敏は走ったからか?

このペースだと結構すぐにカンストしそうだな。

楽しみだ。


俺の手元を覗き込んだアルシェがギョッとしてこちらを見た。

何で分かったかって?白衣に名札が付いてるからだよ。


「あら、これちょっと厳しいわね」

「え?厳しい?」


嫌な予感がした。

それに何やら好意的では無い視線をアルシェから感じる。


「対応するギアが表示されないってそんな事あるのかしら……」


やばい、雲行きが怪しい。


「もしかすると……」


アルシェはスッと立ち上がり机の引き出しから1つの本を取り出す。

そして本を開くと空中に突如として指輪が現れた。

そしてその指輪を俺に手渡してくる。


「えっと、これは?」

「それは‘黒鏡’というギアよ。かなり曲者で今まで完全に不良在庫扱いだったんだけどね。もしかしたら貴方を選んでくれるかも知れないわ」

「え?ギアって生き物なんですか?」

「いえ。生き物では無いんだけど意志の様な物はあるわ。ギアを製造した魔導士の思念が籠っているわけね。このギアはかなり曲者で今まで誰も受け入れようとしなかったの」


一筋の光が見えた。

このギアは俺の為に用意された専用装備だ。

間違いないと断言できる。

この世界で目覚めてから感じていた既視感、それは所謂ファンタジー物のテンプレートだったのだ。


始めに見知らぬ場所で目覚め、モンスターとの戦闘、謎の美少女が助けてくれて世界観の説明をしてくれる。

更には町に入るなり美少女とのラッキースケベイベントが発生する。

そしてこのギアだ。

こいつは間違いなく強い。

そう、今まで通りの具合で進んでいるなら断言できる。

ただ、問題はその性質だ。

初期から理不尽な程強いのか、あるいは少年漫画の様に戦いの中で進化するタイプなのか……それが問題だ。


しかし、安心もした。

ここまでの事がもし偶然で無いなら俺はこの世界での主人公的なポジションを獲得している事になる。

神様が設定したのだろうか?


「ギアを発動するにはどうしたら良いんですか?」

「指に填めてみて。そうすると頭に必要な情報が浮かんでくる筈よ」


言われるがまま指輪を右手の人差指に填める。

頭に情報が流れ込んでくる。


認証しました。

ギア型魔装具 タイプ 刀

銘 黒鏡

代償型 血液少量


召喚用コード「啜れ 黒鏡」

能力 身体能力の上昇


解放用コード「」


奥義用コード「」



更に情報が流れ込んでくる。


代償型とは召喚時に何かしらの対価を支払う必要があるギアです。

このギアは召喚に少量の血液を要求します。

大よそ50mlの血液を血管中から消費します。

召喚時の能力は身体能力の上昇です。

解放は認められていません。

奥義は認められていません。


「どう?使えそうな能力だった?」


アルシェが言った。

俺はアルシェに頭に流れ込んできた情報を伝える。


「うーん。やっぱ曲者ねぇ。代償型ってかなり珍しいんだけど」

「そうなんですか?ギアの事何も知らないので教えてもらえませんか?」

「まずこの黒鏡から得られた情報だけど、召喚に少量の血液を要求されるのよね。まずは要求量が少なくてラッキーかしら?中には結構えげつないのもあるのよねぇ。次に常時発動能力についてだけど、これはギアを召喚した瞬間に恩恵が得られるわ。身体能力上昇は殆どの近接系のギアなら付いてるわね。次に解放についてだけど、これはギアの持つ能力を引き出すコマンドよ。まだ、黒鏡のは使えないみたいだけどね。奥義も同様、これはかなりピーキーな能力が多いから人によっては全く使わない人もいるわ」


そこでアルシェは一息付く。


「解放についてだけど中には常時解放型って言って召喚した時から解放状態のギアもあるわ。アリスちゃんがそうね」


成程。

つまりこのギアは戦いの中で覚醒していくタイプか……

俺熱血とか苦手なんだよなぁ、痛いのも嫌いだし。


「分かりました。ありがとうございます」


俺はアルシェに礼を言い立ち上がる。

俺の予想が正しければそろそろ来るはずだ。


バダン!と激しく音がなり、肩を怒らせたソフィーが姿を見せる。


ほらね。

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