不思議な本屋
20XX年に発売された‘ディファレントワールド’と呼ばれる小説は爆発的にヒットし、全世界で10億部以上を売り上げ、歴史に残る小説として脚光を浴びた。
書店では売り切れが続出し、転売屋達によってネットオークションに出品されたその本は定価の5倍以上の値が付いた。
増版されるも売り切れ、増版して売り切れ、ひたすらにそれを繰り返し、瞬く間に全世界中で一番売れた小説となった。
20XX年 東京某所にて
照り付ける様な暑い日刺しが肌を焼く中、一際目立つ男が一人道を歩いていた。
通り過ぎるサラリーマンは上着を脱ぎ汗を拭い、主婦たちが足早に喫茶店へ避難する中、その男は異質であった。
全身黒のジャージを着用し、頭にはジャージに付いているフードを目深に被っている。
明らかに不審人物なその男は警察官に見つかれば職務質問間違いなしな異質さを放ち早足で移動していた。
そうこの男こそ、本作の主人公 中崎修一 その人である。
彼は何をしているのか?
暑い……
何だこの暑さは?
地球温暖化だのヒートアイランドだの言われだしてから、かなり経つがこの暑さは異常じゃないか?
確かに俺の格好にも問題があるかもしれない。
全身黒のジャージ+フード……
いや、しかしこれにはやむを得ない事情があるのだ。
そう、俺は引き籠りだ。
人目が気になって仕方ないのだ。
引き籠りなのに何故外に出たかだって?
簡単さ、どうしてもある本が欲しかったんだ。
そう‘ディファレントワールド’が。
あの本が出てから暫く経つが、俺はまだ持ってなかった。
何故かって?
発売当時はテレビやネットでバンバン宣伝されて「~部突破!」だの「歴史に残る!」だの言われていたが、どうも胡散臭かったのだ。
当時俺は「嘘乙」だとか「出版社も必死だなー」位の認識しかなかった。
当然直ぐに化けの皮が剥がれて、失速するかと思った。
現実は違った。
日に日に売り上げを伸ばし、増版しても直ぐに売り切れる始末。
一体どうなっているんだ?
気になり出して、某大手インターネット通販会社で注文しようとしたが、常に売り切れ。
レビューサイトやテレビでも特集が組まれているが何故か具体的な内容には一切触れないのだ。
不思議だろう?
本屋も軒並み売り切れだという。
しかし、一度気になり出した物はどうしても欲しくなるのが俺である。
もしかしたら古本屋にならあるかも?と思い立ち意を決して家を出たのがついさっきだ。
「帰りてぇ……」
引き籠りにこの日刺しは堪える。
何せ18で高校を卒業してからと言うもの殆ど部屋に引き籠ってばかりいたからだ。
コンビニ位は行くが遠出はしない、声が出なくなると困るので、1人寂しく部屋で歌ったりもする。
泣きたくなってきた。
ようやく目的の古本屋に到着し中へ入る。
「あの……ディファレントワールドってありますか?」
店員に聞いてみる。
「すいません。ついさっき売れちゃったんですよー」
と店長と思われる頭髪の寂しい中年男性が言った。
ガックリと肩を落として店から出る。
ある訳無いよな……
何せネットオークションでは定価の5倍以上の値が付くのだ。
転売屋達が黙っている筈ない。
「糞……出てきて損した……」
家へ帰ろう……
そして夜までニュース纏めサイトでも巡回しよう……
そう思うと俺は帰路についた。
「ん?」
帰り道の途中ボロイ本屋を見つける。
あれ?こんな所に本屋なんてあったっけ?
かなりボロイ本屋で恐らく築50年以上は経っているだろうか?
しかし不思議と周囲の近代的な建物と同化している。
もしかしたらここなら置いてるかも?
無くて元々だ、若干不気味ではあるが意を決して店へ入る。
店に入ると中は小狭い、個人経営の本屋と言った感じであった。
薄らと埃の積もった本も多く、こりゃ外れだったかもなーっと思い帰ろうとする。
different World Door
一瞬気になる文字が目に映る。
ガバっと振り向き本棚から‘その本’を取り出した。
表紙は掠れて若干読み辛いが、たしかにディファレントワールドと書いてある。
もしかしてこれか?
ひょっとしたら違うかも知れないが、まあ何の成果も無いよりは良いだろう。
レジと思われるカウンターへ本を持っていく。
俺はハッと息を呑んだ。
外人だろうか?綺麗な青色の髪を後ろで纏め、メガネをかけた幼い少女がそこに座っていた。
恐らくモデルと言っても通用するであろう、スラリと伸びた四肢、そしてどこか妖精めいた容姿はこの古びた本屋の中ではどこか浮いている様に見えた。
あまりジロジロ見るのも失礼だと思い本を差し出す。
「これは幾らですか?値札が貼ってない様ですけど…」
本には値札が無かった。
まあ、ボロだし定価より高いという事は無いだろう。
「その本‘見えるんですか?’ならタダで良いですよ。持って行って下さい」
え?
意味が分からないがタダで良いんなら貰おう。
「はあ……?タダで良いんなら貰っていきますけど、本当に良いんですか?」
「ええ、構いませんよ。その本、気に入ってくれると嬉しいです」
そう言ってニコっと少女は微笑んだ。
不覚にもドキリとしてしまい内心焦りながら店を出る。
いかんいかん。
あれは不味いだろう、常識的に考えて。
あんな子に欲情したら逮捕一直線だ。
でも悲しいかな女性に対する免疫が無さ過ぎて、少しドキリとしてしまったのは事実だった。




