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乙女ゲームのヒロインに転生したのに、死亡ルートしかない  作者: 春野スミレ


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NO.6 亡霊

 門をくぐった瞬間、空気が変わった。

 街のざわめきとはかけはなれた、張りつめたもの。

 

 リヴィアは歩みを緩めないまま、視線だけを巡らせた。

 庭はいつも通り整えられているが、そこを行き交う使用人たちの動きは何処が硬かった。

 

 そのまま屋敷の中へ入ると、後方で扉が閉まる音がした。

 外の光が遮られ、廊下に落ちる影が一段深くなる。


 足音が、やけに響いた。

 ルカは何も言わず、後ろをついてくる。


 リヴィアの頭の中には、まだあの男の顔が残っていた。

 焦点の合わない目。

 乾いた声。


 そして——

 “命令は絶対だ”

 あの言葉だけが、妙に鮮明だった。


 廊下の先で、足が止まる。

 執事が静かに一礼した。


「お嬢様。ボスがお待ちです」


「分かったわ」


 短く返す。

 執務室の前に立ち呼吸を一つ、整える。


 中にいるのは、アルド・バレンティーノ。

 父であり、このファミリーの頂点。


 ノック。


「入れ」


 低い声が返る。

 ルカが開いた扉を真っ直ぐ進む。


 相変わらず重苦しい空間だった。

 机の上には書類が山のように積まれている。


 アルドは椅子に座ったまま、視線だけを上げた。


「戻ったか」


「ええ」


 リヴィアは部屋の中央まで行くと早速報告を始めた。


「情報を得ました」


 アルドの目が、わずかに細くなる。


「聞こう」


 リヴィアは息を整え、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。


「近頃、行方不明者が多く出ているようです」

「貧民街の身寄りのない者や、ファミリーの下級構成員が中心で、把握されにくい人間ばかりが消えています」


 アルドはわずかに顎を引いた。


「数は」


「正確には掴めていません」

「しかし、国中で同じことが起こっているとなると、100人以上は消えている可能性があります」


 リヴィアは言葉を切る。


「ノア・クロウの紹介で、私たちのファミリーの“構成員だった”者と接触してきました」


 アルドの表情は変わらない。

 だが、視線の温度がわずかに落ちる。


「彼は、行方不明になった人々の中で唯一“帰ってきた”人物でした」


 リヴィアは少し言い淀んでから続ける。


「意識はありますが、まともな会話は成立しません」

「……おそらく薬の影響と、精神的支配を受けていた可能性があります」


 アルドは何も言わない。

 続きを促す沈黙。


「“命令”という言葉に、強く反応していました」


 ほんの一瞬だけ、空気が沈む。

 アルドは、すぐには口を開かなかった。


 机の上に置かれた指先が、わずかに動く。

 考えているというより、すでに持っている情報と重ねているようだった。


「……やはり、奴らか」


 小さく、呟く。

 リヴィアはその一言を聞き逃さない。

 やはりアルド達は敵組織の事を知っている。


 アルドは静かに目を閉じている。

 リヴィアは迷ってから質問を投げかけた。


「……ノアは“亡霊”と言っていました………」

「お父様達は……、その者たちをご存知なのですか……?」


 しばらくの沈黙。

 アルドの瞳がゆっくりと開かれ、リヴィアを真っ直ぐ見る。


「……ああ。昔の話だ」

「隣国の連中だが、なかなか非道なやつらでな」

「私たちが潰したんだ。その組織を」


 そして一瞬だけルカに視線を向ける。

 ルカはいつもの無表情で目を伏せていた。


「だが、生き残りがいたようだ」

「お前も見ただろう。あの刻印を」


 リヴィアはわずかに息を止める。

 あの銃に刻まれた見たことのない刻印。


「組織のシンボルだ」

「武器だけが使い回されているのかとも思ったが……」


 指先が、机を一度だけ叩く。

 乾いた音。


「……この反吐がでるような動きは、奴らしか考えられん」

「……残党どもが動き出したのだろう」


 リヴィアの背筋に、冷たいものが走る。

 頭の中で描いている考えを見ないようにして、恐る恐る口を開いた。


「……彼らは何をしようとしているのでしょうか」


 アルドは視線を上げる。


「この国を乗っ取ろうとしている」

 

 リヴィアは言葉を失う。

 そこまで考えが至っていなかったわけではない。

 だが、断言されるとそれが現実になった。

 

「まず、ファミリー同士をわざとぶつけて国内を荒らす」

「次に行方不明者だ。まだ気付いているの者は少ないがこのまま増え続ければ国民の不信感が募り、暴動が始まる」

「そして薬。あれが一番厄介だ。貧民街の奴らは現実逃避したがっているからな」


 アルドは淡々と続けた。


「お前が会った構成員。正気じゃなかったと言ったな」


 リヴィアは思わず息を呑み、小さく頷いた。

 

「おそらく攫われた連中は、今頃奴らの駒に育て上げられている頃だ」


 その言葉はあまりにも、非現実的で、あまりにも恐ろしかった

 あの男の姿が重なる。


 焦点の合わない目。

 命令という言葉。

 逆らえない反応。


「……そんな」


 無意識に呟く。


「奴らのやり方は知っている」

「絶対的支配、反抗する気力なんて持てない」

「もし死んだとしても、代わりを補充すればいい」


 アルドは迷いなく断言した。


「人間のような扱いは受けていないだろう」


 リヴィアの指先が、わずかに強く握られる。

 そんな事が、今は現実となって直ぐ側で起きているというのか。

 理解はできても感情が追いつかない。


「ベルティーニも奴らの存在に感づいている頃だろう」


 アルドの声が落ちる。


「早急に対策を練らなければ」


 リヴィアは顔を上げる。


「共同戦線だ」

「ベルティーニも国とともに心中する気は無いだろう」


 迷いのない瞳が、リヴィアに向く。


「お前が直接話せ」

「その方が分かりやすいだろう」


 アルドは椅子に深く背を預けたまま、静かに続けた。


「“状況に応じて”ヴァレンティーノファミリーの役に立て」


 部屋の空気が、わずかに重くなる。

 リヴィアにはその言葉の意味を、その言葉の奥に沈んでいる意図を読み取ることは出来なかった。


 だが、彼は違ったようだ。

 後ろで、わずかに気配が揺れる。


 ほんの一瞬。

 ルカの指先が動いた。

 

 だが、リヴィアが振り返る頃には、いつもの無表情に戻っていた。

 

「会談は明日だ」


 淡々と告げる。


「見たものをそのまま話せ」

「相手の出方も、よく見ておくんだ」


 リヴィアはわずかに指先を握り、それから静かに頷いた。


「……分かりました」


 アルドはそれ以上なにも言わなかった。

 リヴィアは一礼し、背を向ける。

 

 何か嫌な予感だけが胸の中に渦巻いている。

 扉が閉まる音が、やけに長く残った。


***

 

 ルカはリヴィアを部屋まで送ったあと、真っ直ぐに自室へ向かった。

 会合の準備で忙しいのか誰とも会わなかった。


 部屋に入り扉を閉める。

 そこでようやく、肺の中に溜まっていた息を吐き出した。


 静かだ。

 広くも狭くもない簡素な部屋。

 自分だけの空間。


 ルカは上着を脱ぎ、椅子にかける。

 そのままベットに寝転んだ。

 

 しばらく天井を見つめていたが、ふと視線を左肩に向ける。

 指先が、布越しに腕をなぞる。

 そこにあるものを確かめるように。


 ルカの腕には、黒い薔薇の刺青があった。

 まだ完全に咲ききらない、開きかけの薔薇。

 蔓はどこか執拗に絡みつくようで、ところどころに小さな棘がある。


 ルカは目を閉じて、さっきの男の姿を思い出した。


 思考能力を完全に絶たれた男。

 ――そしてあの言葉。

 “命令は絶対だ”


 指先に、わずかに力が入る。


 “亡霊”


 もう完全に決別した過去だったはずなのに。

 なぜ今になって。


 ——俺は。


 ルカはゆっくりと目を開け、呼吸を整える。

 指先の力を抜く。


 いつもは無表情のルカの瞳が、ほんの少しだけ怯えを宿していた。


 そして。

 リヴィアの顔が浮かぶ。


……お嬢様を奴らに近づけるわけにはいかない。


 酒場の事件といい、情報集めといい、彼女はお構いなしに首を突っ込む。

 ルカの心配を他所に。


 そして先程の会話。

 会合にリヴィアが同席する“わけ”。


 果たして自分に彼女を守ることが出来るのだろうか。


 かつての自分に下された、ボスからの一番最初の命令。


――私の娘を守れ。命にかえても。


 ルカはさっき触れていた場所を強く掴む。

 初めはただの任務だった。

 だが、彼女と過ごすうちに、本気で彼女を守りたいと思った。


 ボスは何を考えているのだろう。

 わざわざお嬢様を危険に晒しているのでは無いだろうか。


 だが、それを口に出すことは無い。

 ボスの命令は絶対だ。


 明日の会合で何があるかは分からない。

 でも一つだけ言えることがある。


――俺は、お嬢様を絶対に守る。

 そのためなら——


 ルカはそれ以上、考えを続けなかった。

 必要ない。

 やることは、決まっている。


 部屋の静けさが戻る。

 外では、何も変わらない一日が続いている。


 だが、ルカの心にもまた、重たいしこりがのしかかっていた。

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