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乙女ゲームのヒロインに転生したのに、死亡ルートしかない  作者: 春野スミレ


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NO.4 情報の対価

 朝の光はやわらかかった。

 

 リヴィアは鏡の前に立ち、最後に髪を整えた。

 今日はノアとの約束がある。


 酒場で拾った、見知らぬ刻印の入った銃。

 小規模ファミリーの動き。

 

 リヴィアは小さく息を吐き、扉を開ける。

 廊下には、すでにルカが立っていた。


「おはようございます、お嬢様」


 抑揚の少ない声。

 だが、昨夜の会話が一瞬だけ胸をよぎる。


――あなたを、あんな奴に近づけさせたくない。

 

 気恥ずかしさを隠すように視線を外し、リヴィアは歩き出した。


「おはよう、ルカ」


 ルカは半歩遅れて後ろにつく。


 屋敷の廊下を抜け、玄関へ向かう。

 朝の空気はまだ涼しい。

 外に出ると、街はすでに起き始めていた。


 この静かな街の陰で、何か大きなものが蠢いている。

 リヴィアは視線を前に向けたまま言った。


「ノアの指定場所は?」


「はい。中央区の喫茶店です。奥の席は話がしやすいそうです」


「……わかったわ」


 ゲームでも何度か登場した喫茶店。

 そういえば、スコーンに毒が入っていたエピソードがあったような……。


 リヴィアは何度も記憶を掘り起こしながら車に乗り込む。

 

 あてになるか分からないような記憶。

 もう既に、自分の知っている世界ではないのかもしれない。


……とりあえず、スコーンは食べないようにしよう。


 そんな事を思いながら、車窓を流れる景色をぼんやり眺めた。


 ベルティーニとの会談が控えている。

 その前に少しでも優位に立てるような情報が欲しい。


 ロッサに武器を流したのは誰か。

 この国で何が起きているのか。 

 生き残るために必要な事全て。


 喫茶店は大通りから一本入った静かな通りにあった。

 古い石造りの建物の一階。

 外から見れば上品で、落ち着いた店にしか見えない。


 中に入ると、鈴が小さく鳴った。

 店内にはやわらかなピアノの音が流れている。


 客は多くない。

 年配の紳士が新聞を広げ、窓際では若い夫婦らしき二人が静かに話している。

 

 ノアはすでに奥の席にいた。

 椅子に浅く腰かけ、片手でカップを持っている。


 長めの髪がさらりと頬に落ち、整いすぎた顔立ちに影を落としていた。

 笑っているように見えるのに、目だけは少しも揺れていない。

 こちらに気づくと、彼は軽く手を上げた。


 リヴィアはゆっくりとノアのいるテーブルに向かった。


 ノアが自然な動作で立ち上がり、リヴィア手の甲に軽く口づけた。

 あまりにも唐突で、リヴィアは一瞬、言葉を失う。


「来てくれてうれしいよ」


 彼はにっこりと笑い、リヴィアの椅子を引く。


「どうぞ」


 背後でルカが固まっている気配がした。


――この世界ではただの挨拶よね。


 リヴィアは平静を装って席につく。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 ノアはそう言って自分の席に戻っていった。


 ルカは少し脇で周囲を警戒している。


 テーブルの上には、すでに二人分の紅茶が用意されていた。

 白い磁器のカップから、細い湯気が立ちのぼっている。


「勝手に頼んでおいたよ。一緒にお菓子はどう?」

「この店、スコーンが有名だけど」


 リヴィアの動きが一瞬だけ止まる。


「いいえ、今回はやめておくわ」


 ノアは少しだけ残念そうに言った。


「そう、じゃあまた今度」


 なんだかノアのペースに飲まれているような気がする。

 リヴィアは仕切り直すように言った。


「それで」

「この前の続きなんだけど」


「うん」


「武器の流入経路について、教えて」


 ノアは小さく頷いた。

 カップを受け皿に戻す音が、かすかに鳴る。


「いいよ」

「この間話した、武器を流しているやつらだけど」

「やっぱりヤバそうだね」


 彼は指先でカップの縁をなぞりながら続ける。


「武器を流すついでに、抗争の火種になりそうな情報も流してた。」

「事実と、ほんの少しの嘘を混ぜてね」


 ノアは笑う。

 その笑みは軽いのに、目だけはひどく冷静だった。


「つまり、抗争を煽っているってこと?」


 リヴィアは息を潜めた。


「簡単に言えばね」


 ノアはあっさりと認めた。


「ただ、もっと正確に言うなら」

「抗争そのものが目的じゃない」


 リヴィアの指先が、カップの持ち手にかかったまま止まる。

 ノアはほんの少しだけ首を傾けた。


「混乱を広げたいんだよ。街の中に、国の中に」


 一拍置いて、彼は静かに言う。


「多分、国家が動いてる」


 店の中の音が一瞬、遠のいたような気がした。

 隣の席の食器が触れ合う乾いた音だけが、やけに鮮明に聞こえる。


「……標的はファミリーではなく、この国だと?」


「可能性は高い」


 ノアは笑顔のまま答える。

 

「君も見ただろう?ヴァレンティーノの酒場で、あの刻印を」


 リヴィアの脳裏に、酒場で死んだ男の最期がよぎる。

 問いに答える前に、毒を自ら呑んで息絶えた。


「分かるやつがみたら一発だ。“亡霊”だってね」

「僕から君に言えることはこれまでだよ」


 ノアは静かに脇に立つルカに視線を移した。

 ルカの表情からはなにも読み取ることはできない。


「“亡霊”?」


 リヴィアは一人だけ仲間はずれのような気持ちになり、二人を交互に見た。

 だが、どちらもこれ以上話す気は無いと言うように視線を返すだけだった。


 抗争の裏に隠された狙い。

 それを仕組んでいる者たち。


 二人は何を知っているの?

 お父様も関係がある?


 ゲームにはなかった。

 少なくとも、リヴィアの知る範囲には。


 結局、背後にいるのは、私以外の人間ならわかる“亡霊”とやららしい。

 これ以上はもう話してはくれないだろう。


「……まあいいわ」

「他に気になることはある?」


 諦めて別の話題にむける。

 ようやく口を開く気になったノアは、軽く答えた。


「そうだね、じゃあこれは知ってる?」

「人が消えてる話」


 そう言って、またふざけた表情になった。


「続けて」


 リヴィアは息を飲んで話を促す。


「言ったとおりさ」

「貧民街で、またはファミリーの中で、人知れず消えた人たちがいるんだ」


 ノアは怪談でもしているようだった。


「身寄りのない子どもや、家族に見放された荒くれ者、誰もその人がいなくなったとは思わない」

「消える直前に、旅行に出るとか言ってたやつもいるとか」


 彼の瞳には怪しい光が宿っていた。

 リヴィアは怖くなった。

 その人達がどうなったのか。


「彼らはどこに行ったの?」


「全員は分からない」

「でも……」


「一人見つけたんだ」

「君のファミリーのとこのだよ」


 リヴィアは咄嗟にルカを見る。

 彼はほんの少しだけ驚いた表情をしていた。


 そしてノアに視線を戻す。


「その人はどこに?」


「貧民街の町医者の所に入院してる」

「訪ねてみてもいいけど………、まともに会話は難しいかもね」


 リヴィアは呆然とした。

 何が起きているのか全く分からない。

 おそらくそれも“亡霊”が絡んでいるのだろう。


「行ってみるわ」


 ノアは、新しいおもちゃをもらった子供のように笑った。


「いいね、さすが」

「それでこそ、ヴァレンティーノの娘だ」


 彼はテーブルに片肘をつき、こちらを見る。


「でも彼に会うには僕の紹介が必要だよ」


 彼は先程までの軽々しい雰囲気とは別の顔を覗かせた。

 そして、机の上におかれたリヴィアの手に自分の手を重ねる。

 

「君は何をしてくれる?」


 値踏みするような瞳。

 リヴィアは負けじと返す。


「何をすればいいの?」


 ノアは重ねた指を一本ずつリヴィアの指に絡めていく。


「それは自分で考えてほしいな」


 長い前髪の隙間から、獲物を見つけた蛇のような視線が絡みつく。

 リヴィアは少しだけ交わる指に力を込める。


 そしてゆっくりと立ち上がった。

 ルカが後ろからリヴィアの腕を掴む。

 彼女はそれを制すと、ノアの側に近づいた。


 繋がれた手にもう一度力を込める。

 そして、ノアの頬にキスを落とした。


 女優にでもなったようだった。

 今後のためにも、ノアの好感度を上げておくにはいい機会だ。


 彼のルートは詳しくないが、好感度上げにかなりの時間がかる。

 死亡エンドまでは一番遠い存在になるだろう。


「お願い」


 リヴィアの赤い瞳がノアを見つめる。

 彼は少しだけ驚いたような顔をしてすぐに笑う。


「ここまでしてくれるとは思わなかったな」

「次は唇によろしくね」


 そう言って絡めた手を離し、何事もなかったように懐から封筒を取り出した。


「これ、紹介状」

「持っていったら彼に会える」


 リヴィアはそれを受け取り中身を確認する。

 そしてノアに視線を戻した。


「ありがとう」

「行ってみるわ」


 ノアは椅子に座ったまま満足そうに笑っている。


「じゃあ、気をつけて」

「近いうちにまた」


 そう言ってひらひらと手を振っていた。


***


 店を出ると、外の空気は思ったより冷たかった。


 ルカは無言で隣に並ぶ。

 数歩歩いてから、低い声が落ちた。


「あの男に、あそこまでする必要ありません」


 リヴィアは足を止めこそしなかったが、ほんのわずかに目を瞬かせた。


「なぜ?」

 

 はぐらかすように言う。


「……なぜって」

「お嬢様があいつの言いなりになるのは気に入りません」


 リヴィアはすこし迷ってから答える。


「言いなりじゃないわ」

「私が好きでやったのよ」


 ルカの足が止まる。

 少し俯きがちに言葉を探している。

 一瞬の沈黙。


「……お嬢様は、あいつのことが好きなのですか?」


 ……私がノアを好き?


 ハッとして振り返る。


「そんなわけ無いじゃない」

「情報のためよ」


 リヴィアは必死に首を横に振った。

 ルカの真っ直ぐな瞳がリヴィアを映す。


「……情報のためなら、好きでもない奴とキスするんですか」


 視線を逸らせない。

 胸の鼓動が早くなる。


……これは、……よくない。

 ルカルートはまずい。


 ノアと距離を詰めたことで、好感度イベントが起きているのだろうか?

 何度もプレイしたから分かる。

 彼と恋に落ちれば、間違いなく死に近づく。


「あなたには関係ないわ」


 そう言って早足で歩き始めた。

 が、すぐに腕を掴まれ引き戻される。


「俺は嫌です」


 数秒だけ、時間が止まったような沈黙が落ちる。

 腕を掴む手に力がこもった。

 いつもは表情の見えないルカの心が、揺れているように見えた。


「……じゃあ、あなたは教えてくれるの?」

「“亡霊”のこと」


 ルカの瞳が一瞬動いた。

 そして俯きがちに答える。

 

「……俺からは、その話は出来ません……」


 リヴィアは掴まれた腕を振り払い言った。


「じゃあ、あなたに私を止めることはできないわ」

「行きましょう」


 ルカはまだ何か言いたげだったが、リヴィアはもう振り返らなかった。

 

 街の雑踏が二人の間を流れていく。

 特別な関係だった訳では無い。

 なのに突き放したことがひどく胸に刺さった。


 二人はそのまま、ノアの言う町医者の元へ向かった。


 街の上には、昼の光が静かに降りている。

 明るすぎるほど穏やかなその下で、見えないものが少しずつ形を持ち始めていた。


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