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乙女ゲームのヒロインに転生したのに、死亡ルートしかない  作者: 春野スミレ


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2/16

NO.2 崩れたシナリオ

 店の中は、外よりも薄暗かった。


 紙の匂いと、古い木の匂い。

 机の上には書類が無造作に重ねられ、棚には帳簿や新聞が押し込まれていた。


 ノアはその奥で、椅子に浅く腰かけていた。

 少しカールした長めの髪に白い肌。

 顔は整いすぎて、逆に生気を感じられない。

 彼は片肘を机につき、底しれぬ瞳でリヴィアを見つめていた。


「教えてほしいことがあるの」


 リヴィアがそう言うと、ノアはわずかに眉を上げた。

 それから、面白いものでも見つけたように口元を緩める。


「内容によるね」


 軽い声音だった。


「最近のファミリーの動きについて」

「怪しい動きをしている人物は?」


 ノアは一瞬だけ、リヴィアの顔を見つめた。

 そして椅子の背にゆっくりもたれる。


「最近はどこも落ち着かなくてさ」

「特にロッサファミリーとか」


 ノアは机を指で叩きながら続ける。


「怪しい動きが増えてるかな」


 ロッサファミリー。

 私たちの傘下にある小規模ファミリーだ。


 この辺り一帯は、二つの大きな勢力が睨み合う土地。

 私たちヴァレンティーノと、ダンテ・ベルティーニのファミリー。


 だからこそ、それ以外のファミリーは大人しく二つの勢力の陰に隠れている。

 少なくとも、ゲームの記憶ではそうだった。


「ロッサファミリーはベルティーニについたの?」


 ノアは真っ直ぐこちらをみて言った。


「いや、違うね」

「完全に単独行動だ」


 ……おかしい。

 傘下のファミリーが勝手に動くなんてゲームにはなかった。

 調べる必要がある。


「具体的にロッサはなにを?」


 ノアは少し笑って言う。


「これ以上は情報料がほしいかな」


 ハッとする。

 裏社会の情報屋ともなれば、ただで商品を渡すはずはない。

 リヴィアは懐から金貨の入った袋を取り出し、机の上に差し出した。


「好きなだけとって頂戴」


 ノアは一瞬だけ目を見開いてから笑った。


「さすがヴァレンティーノファミリーの娘」

「羽振りがいいね」


「でもさ」


 彼はいたずらっぽい笑みを浮かべたままつづけた。


「お金よりも面白いものがいいな」

「今度僕とお茶しよう」


 ……………お茶??


 そんなイベント覚えがない。

 いや、そもそもそのルートに行かなかっただけ??

 リヴィアが迷っていると、


「この条件が飲めないならここまでかな」


 ノアは話は終わりだと言うように席を立とうとする。

 慌ててリヴィアは答えた。


「構いません」

「後日席を設けます」


 ノアは動きを止めて席に戻る。

 そして満足そうに頷いた。


「よかった。前から興味あったんだよね。ボスの娘に」


 了承した後になって、まずい選択をしたのではと不安が押し寄せる。

 だが、もう後戻りはできない。

 しっかり情報はもらわなければ。

 リヴィアは話を持ち直す。


「では改めて」

「ロッサはどのような行動を?」


 ノアは机の上を叩きながら答える。


「武器を大量に仕入れてる」

「と言うより、大量に流している奴らがいる、かな」


 大量の武器?

 何のために?


 傘下のファミリーが何の報告も無く、武器の大量所持をするなんて。

 ヴァレンティーナを敵に回す行為に等しい。


「武器を流している元は?」


 リヴィアはノアに詰め寄る。

 彼は肩をすくめて首を横に振る。


「そこまでは」

「でもロッサだけじゃなくて、ほかの小規模ファミリーにも同じように武器が出回っているのは知ってる」

「あと貧民街には薬なんかも」


 武器や薬が、国内に大量に出回っている。

 ゲームにはこんな展開無かった。


 一体何が起きているの??

 情報が足りなすぎる。


「では、供給元をたどって頂戴」


 リヴィアは記憶を必死に辿る。

 だが、役に立ちそうなことは何も覚えていない。

 ノアのルートを辿ると出てくる展開なのだろうか。


 リヴィアが思考を巡らせていると、ノアから声がかかる。


「いいよ。ついでにほかの小規模ファミリーについても調べておいてあげる」

「欲張りなお嬢様さん」


 ノアは意地悪そうな笑みを浮かべて続ける。


「報告は今度のお茶会で。ちゃんと来てね」


 リヴィアはほんの一瞬だけ言葉に詰まる。

 が、気づかれないように答える。


「分かったわ」

「よろしくお願いね」


 そう言ってルカと店を後にする。


「じゃあ、またね」


 ノアはにっこり笑って手を振っていた。


***


 扉を開けると、外の光が一気に差し込んできた。


 陽は高く、通りには人が増えている。

 ざわめきも、熱も、少しずつ濃くなっていた。


 店先から少し離れたところで、ルカが低い声で言う。


「情報の対価が、お嬢様とのお茶なんて」

「怪しすぎます」


 リヴィアは苦笑して頷く。


「……そうかもね」


 数歩、歩く。

 それから、ほんの少しだけためらって口を開いた。


「心配してくれてるの?」

「……ありがとう」


 ルカの足が、ほんのわずかに止まる。

 気づかなければ見落とす程度。


「……いえ」


 返ってきたのは、短い一言だけ。


 また歩き出す。

 昼すぎの街は明るい。

 行き交う人々の表情も、さっきまでいた薄暗い店の中とはまるで違う。


 そのはずなのに。

 リヴィアの胸の奥には、消えきらないざらつきが残っていた。


 本来仲間のファミリーが、独自に動いている。


 覚え違いかもしれない。

 それでも。

 この世界は、自分が知っている通りには進んでいない。


 通りを抜けて、少し広い道に出たところだった。


 わずかに異質な空気が混じる。


 足音。

 急いでいる靴音が、こちらへまっすぐ近づいてくる。


「——ルカ様!」


 息を切らした男が、人混みを押し分けて現れた。

 見慣れた顔。屋敷の部下の一人だ。


 ただ、その表情が普通ではない。

 焦りと、緊張と、どこか恐怖に近いものが混ざっている。

 ルカがわずかに前に出る。


「どうした」 


 男は呼吸を整える間もなく、言葉を吐き出した。


「ヴァレンティーノの酒場が——襲撃されました」


 その一言で、空気が変わる。

 周囲の喧騒が、急に遠くなる。

 リヴィアの思考が、そこで止まった。


――ヴァレンティーノの酒場。


 胸の奥で、何かが強く引っかかる。

 知っている。

 その場所も、その事件も。

 ルカが続ける。


「相手は」


 男は一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……ロッサファミリーです」


 その名前が出た瞬間。

 リヴィアの中で、何かが崩れる。


 ――分岐点だ。

 でも、その事件の敵は——


 視界が揺れる。

 音が遠くなる。


 夜の酒場。

 明かりが揺れている。


 怒号と、銃声。

 割れるガラス。

 テーブルが倒れ、床に酒が広がる。


 そこにいるのは、ベルティーニファミリー。


 黒い服。統制の取れた動き。

 抗争が一段、激しくなるきっかけだった。


 意識が戻る。

 昼の光。

 人のざわめき。


 敵が違う。

 状況も少し。

 だが現場は同じだ。


 屋敷に戻るか、酒場に向かうか。

 そこでルートが分かれる。


 ――戻れば、侵入者に殺される。

 それだけは、はっきりと記憶に残っている。


「……どうなってるの」


 ただでさえ、先程の話で混乱しているのに。

 ルカがこちらを見る。


 同じイベントだとすれば、選択も同じはずだ。

 リヴィアは顔を上げる。

 迷っている時間はない。


「行きましょう」


 ルカの目が、わずかに細くなる。


「危険です」


 当然の言葉。

 けれど、リヴィアは首を横に振る。


「直接確かめたいの」


 ルカは一瞬だけ沈黙したあと、頷いた。


「……承知しました」


 それ以上は何も問わない。

 報告に来た部下を先頭に、早足で現場にむかった。


 リヴィアは歩きながら、胸の奥に手を当てる。

 鼓動が速い。


 分からないことだらけだ。

 敵も、流れも、関係も、完全に崩れている。


 視線の先に、煙が見える。

 遠く、空に薄く上がる灰色。

 ヴァレンティーナの酒場。

 あそこが、今、燃えている。


 リヴィアは息を整える。

 この先で何が起きるのか。

 記憶は、もう当てにならない。


 ヴァレンティーナの酒場に着いたとき、炎はすでに落ちていた。


 代わりに残っているのは、煙と、焼けた匂い。

 湿った空気の中に、焦げた木と酒の甘い臭いが重く沈んでいる。


 入口の扉は半ば外れ、無理やりこじ開けられた跡がそのまま残っていた。

 床には水が広がり、消火の痕はまだ乾いていない。


 周囲には人だかりができている。

 野次馬。

 店の関係者。

 負傷者に付き添う者。


 ルカが足を止めずに進む。

 人の輪が自然と割れた。

 リヴィアもその後ろを歩く。


 足元で、水と灰が混ざる音がした。

 酒場の中に入る。

 空気が、重い。


 焼けた匂いだけが、壁や床に染みついて離れない。


 店内は荒れていた。

 テーブルは倒れ、椅子は砕けている。

 壁にはいくつもの弾痕が残り、棚は崩れ、瓶は割れて床に散らばっていた。


 リヴィアはゆっくりと視線を巡らせる。


 ――同じだ。

 記憶の中の光景と。

 破壊された入口。

 倒れた家具。

 荒れた室内。


「ルカ様……」


 店の奥から声がした。

 ヴァレンティーナの男が、肩を押さえながらこちらへ歩いてくる。

 顔色が悪い。

 ルカが短く視線を向ける。


「状況は」


「ロッサです……いきなり押し込んできて……」

「店の中にいた連中も巻き込まれて……」


 言葉が途切れる。

 視線が、床へ落ちる。

 そこには、血の跡が残っていた。

 リヴィアの胸が、わずかに締まる。


 現実だ。

 ただの“イベント”じゃない。


 リヴィアはゆっくりと歩き出す。

 床に散らばる破片を避けながら、奥へ進む。


 靴の下で、水とガラスが擦れる。

 その音がやけに大きく感じられた。


 ふと、視線が止まる。

 床に転がる一つの銃。

 ロッサの刻印――ではない。

 見慣れない紋章。


 ……何処のファミリー?

 いや、さっきのノアの話からすると、武器を流しているところの物?


――ガタッ。


 リヴィアが銃を見ていると、2階から音がした。

 とっさに上を向く。


「2階は?」


 ルカが答える。


「未確認です」


 リヴィアは視線を、階段の奥に向ける。

 黒く焦げた手すり。

 半分ほど崩れた段。


 上はまた、静寂を取り戻していた。

 嫌な予感がする。


「……見に行きましょう」


 ルカは一瞬だけリヴィアを見る。

 やがて、小さく頷く。


「俺が先に行きます」


 リヴィアは何も言わず、その後ろに続く。

 一段。

 また一段。

 踏みしめるたびに、軋む音がする。


 煙はほとんど残っていない。

 それでも、焦げた匂いだけが薄く漂っている。


 ルカが一度、足を止めた。

 手すりの影に身を寄せ、わずかに顔だけを上げる。

 視線が、奥の暗がりをなぞる。


「……います」


 ほとんど息に近い声だった。

 リヴィアは無意識に息を止める。


 耳を澄ます。

 かすかな音。

 布が擦れるような、ほんの小さな気配。


 ルカが銃を構え、指先が引き金にかかる。

 と同時に、女が飛び出してきた。


「……たす、け……」


 女は怯えたようにルカにすがりつく。

 煤で汚れた服。

 乱れた髪。


 そのまま膝をつき、床に崩れ落ちる。


「……大丈夫だ。動くな」


 ルカは女を抱え、背後にいる部下に預ける。

 女は掠れた声で続けた。


「ロッサ……が……急に……」


 言葉が途切れる。

 恐怖で、うまく話せていない。

 ルカが短く問う。


「他にいるか」


 女の目が、震えながら奥を向いた。

 その視線を追う。

 部屋のさらに奥。

 半分だけ開いた扉。


 そこだけ、空気が重く沈んでいる。

 ルカの表情が、わずかに引き締まる。


 一歩。

 息を殺して、扉の横へと体を寄せる。

 銃口が、まっすぐ闇を指す。


「出てこい」


 沈黙。

 そして。

 ――乾いた音。


 銃声。

 ルカが瞬時に体を捻り、弾をいなす。

 壁が弾けて、破片が飛ぶ。


「下がってください!」


 リヴィアの肩を押し、ルカが踏み込む。

 一瞬で距離をつめ、扉を蹴り開ける。

 同時に、撃つ。

 銃声が重なる。


 二発。

 三発。

 火花が散り、硝煙が上がる。


 やがて。

 音が止む。

 ルカが一歩だけ中へ進む。

 銃口はまだ下げない。

 数秒。

 それから、短く言った。


「……制圧しました」


 リヴィアはゆっくりと近づく。

 足元の破片が、小さく鳴る。


 扉の向こうは、小部屋だった。

 そこに、男が数名倒れている。

 指には、ロッサの刻印が記されたリングがあった。


 視界の端で、一人の男がかすかに動いた。

 生きている。

 ルカがすぐに男の腕を抑え、動きを封じる。


「誰の指示だ」


 男の目が大きく揺れる。

 息が荒い。


「……当てて、みろ……」


 ルカの手に、力が入る。


 その一瞬。

 リヴィアは気づく。


「……っ」


 男が何かを噛み砕いた。

 そして、不自然に口元が歪む。


「——とめて!」


 リヴィアの声が、響いた。

 だが、遅い。


 男が奥歯を噛み、仕込んであった何かを飲み込んだ。

 ルカが即座に顎を掴む。

 しかし、間に合わない。


 男の体が震え、力が抜ける。

 そのまま、動かなくなった。


 リヴィアの呼吸が止まる。

 ……毒。


 ルカがゆっくりと手を離す。

 そして、少し苛立ったように目を反らした。


 リヴィアは改めて辺りを見回す。

 ゲームで見ていたものとは違う。これは現実。


 人が、当たり前のように死んでいく。

 今日だけで一体何人の死を見ただろう。

 そして、私にも“ああ”なる可能がある。


 ふと、落ちていた銃に視線が向く。

 下に落ちていたものと同じ紋章。


 リヴィアは先程出てきた女に声をかける。


「男たちは何か言っていた?」


 女は何か言いたそうだが、うまく言葉が出ない。


「……俺たちは、荒らすだけ……って」


 言葉が続かない。

 恐怖が、まだ残っている。

 リヴィアは銃を拾い上げる。


 ロッサでもない。

 ベルティーニでもない。

 どこにも属していない印。


 ファミリーの外に、何かがいる。

 ルカがリヴィアの手に握られている銃を見た。


「どうされましたか?」


 リヴィアは少し迷い、それを渡して言う。


「ここにある刻印。よく見て」

「あなたは何処のものか分かる?」


 ルカは静かにその刻印を見つめた。

 いつもと同じ無表情。

 だが、ほんの、ほんの一瞬。

 わずかに瞳が揺らいだ気がした。


「いや、見たことがありません」


 ルカはしばらく銃の刻印を見つめていた。

 そして顔をあげる。


「……武器を大量に流しているやつらがいる……」


 リヴィアと視線がぶつかる。

 ノアの言っていた、国中のファミリーに武器や薬をばら撒いているもの。

 二人の結論は同じ形を持ち始めていた。


 ルカが立ち上がる。

 倒れた男に視線を一度だけ落とし、リヴィアの方を向く。


「一度、下へ戻りましょう」


 リヴィアは、すぐには動けなかった。

 思考がぐるぐると回っている。

 女は部下に支えられ、下へ運ばれている。


 一階に降りると、空気が少しだけ戻ってきた。

 人の声。

 指示を出す声。

 負傷者のうめき。

 現実が、また形を持つ。


「……ひとまずはお父様に報告しなくては」


 ここでできる確認は終えた。

 この場ではこれ以上分からない。

 ルカに視線を向けると、彼は小さく頷いた。


 いつも通りの表情。

 なのに、なぜかいつもと違う気がした。

 

 ……気のせいか。

 

 リヴィアは再び、手の中の拳銃に視線を落とす。


 外に出ると、光がやけに強かった。

 さっきまでの空気が、嘘みたいに遠い。


 リヴィアは足を止める。

 一度だけ、振り返る。


 壊れた入口。

 濡れた床。

 残った痕跡。


 ――これは、現実だ。


 リヴィアはそのまま歩き出す。


 まだ見えない“何か”に、近づくように。

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