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乙女ゲームのヒロインに転生したのに、死亡ルートしかない  作者: 春野スミレ


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15/16

NO.15 先生

 ベルティーニからの使いが来たのは、昼を少し回った頃だった。


 ルカはアルドの執務室に呼ばれた。

 そこには、見慣れた執事と、ベルティーニ側の使いの男が立っている。

 男は必要最低限の礼だけをして、簡潔に告げた。


「ダンテ様よりお伝えします」

「亡霊側の人間を一人、生きたまま確保しました」

「尋問を続けています」

「確認したいようでしたら、お越しくださいとのことです」


 アルドは動かず、瞳だけを男に向ける。


「ほう、捕らえたか」

「だがずいぶん生意気な呼び出しだ」


 そのままルカに視線を向けた。


「ベルティーニ邸に向かう」

「用意しろ」


「承知しました」


 ルカは一礼して執務室を後にする。

 表情はいつもと変わらない。

 だが、内心は穏やかではなかった。


 亡霊側の人間と接触。

 一体どうやって生け捕りにしたのか。

 お嬢様は、無事なのか。


 はやる足をおさえ、自室への廊下を進んだ。


***


 ベルティーニ邸へ着くと、案内はすぐだった。

 応接室の前まで無言で導かれる。


 足音が廊下へ吸い込まれていく。

 扉が開いた。

 先に見えたのは、ダンテだった。


 窓際に立ち、こちらへ振り返る。

 相変わらず隙のない男だ。

 その隣にはマルコ、そして。


 ルカの視線が、その少し後ろで止まった。

 リヴィアがいた。


 彼女の顔を見ただけで、胸の奥に固く張っていたものがわずかに緩む。

 けれど、次の瞬間。


 腕に巻かれた包帯に目が留まる。

 一瞬、息を呑む。

 ルカは出来るだけ冷静なふりをした。


 初めに口を開いたのはアルドだった。

 

「生け捕りにしたか」

「思っていたより仕事ができる」


 ダンテはいつもの軽い笑みを浮かべて返す。


「まあな、あんたと違って俺は若い」 

「これくらい朝飯前だ。……と言いたいところだが」

「今回の功労者はお前の娘だ」


 そう言ってリヴィアに視線を移す。

 部屋の全員が彼女を見た。

 ダンテは続ける。


「この女、自害しようとする男の口に自分の腕を突っ込みやがった」

「さすがに俺の想像を超えていて止められなかったがな」


 リヴィアは少し気まずそうな顔をして下を向いていた。


「担保の女を傷物にしたことは詫びよう」

「この収穫は、お前の娘あってこそだ」


 そこまで聞いてようやくアルドは口を開いた。


「さすがは私の娘だな」

「いつの間にそこまで成長したのか、肝が座っている」


 彼は少し呆れたような、それでいて嬉しそうな表情をしていた。


 だがルカは違った。

 護衛である自分に、ここで挟む言葉などない。

 ただ、腕に巻かれた包帯から目を離せなかった。


 自分がいないところで、お嬢様が傷を負った。

 その事実が、許せない。


 ダンテはその空気を気にも留めず、淡々と話を進めた。


「回収したのは、薬液アンプル、自害用の毒、紙片が一枚」

「尋問で出た言葉は二つだ」

 

「西の倉庫」

「それから、“先生”」


 その二文字が落ちた瞬間、全身の血の気が引く。

 あまりにも一瞬のことだった。


 喉の奥が狭くなり、指先が僅かに強張る。

 意味は思い出せないのに、とてつもなく不快だった。


 アルドが、静かにルカを見る。


「“先生”に覚えはあるか」


 即答できなかった。

 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


「……覚えていません」

「ただ……恐ろしかった記憶だけはあります」


 部屋が、しんと静まり返る。

 ダンテの目が細くなった。


「そうか」


 ルカは間違いなく“先生”を知っている。

 その記憶が戻れば或いは。


「可能な限り思い出せ」


 ダンテが踵を返す。


「拘束した男は地下にいる」

「気になる事は直接聞け」

 

 一行はダンテに続いて歩きだした。


 やがて、地下の一室の前で足が止まる。

 マルコが鍵を外し、重たい扉を開いた。


 小さな明かり窓から、わずかに昼の残りが差し込んでいる。

 中央で椅子に拘束されている男は、虚ろな目で前を見つめていた。


 だが、ルカが部屋へ足を踏み入れた瞬間。

 その目の色が、変わる。


「……ッ」


 男の喉が引きつる。

 目が見開かれ、血走った視線がルカに突き刺さる。


 男の唇が、痙攣するように動いた。


「……そいつ……」


 部屋の空気が、一瞬で張りつめた。

 男は呼吸を乱しながら、さらに絞り出すように言った。


「見つけたら……連れて来いって……」

「先生が……」


 その言葉が落ちた瞬間、ルカの心臓が凍りついた。

 指先に力が入る。


 ダンテはルカを一瞥すると、男の正面へ一歩進み出た。


「……お前らはこいつを探しているのか?」


 男は何も答えない。


「また注射でも打たれたいのか?」


 少し怒気をはらんだ声でダンテが言う。

 男は一瞬だけ躊躇ったが、ぽつりぽつりと話しだした。


「……そいつ、連れ戻せば」

「先生が……、褒めてくれる……」


 アルドがそこでようやく口を開く。


「こいつを連れ帰ってどうする」


「そいつ、使える……」

「“ノクス”」


 その言葉を聞いた瞬間、ルカの表情が明らかに変わった。

 胸元を握りしめて浅い呼吸を繰り返す。

 足元がふらつき、立っているのもままならないほどに。


 リヴィアはその様子を見て、すぐさま彼に駆け寄る。


「ルカ!?」

「大丈夫??」


 ルカの肩に触れると、驚く程に震えていた。

 彼はゆっくりとその場にしゃがみ込む。


「……すみません」

「大丈夫です」


 そう言って、リヴィアの肩に触れた手を制する。

 だが間違い無く大丈夫ではない。

 マルコもそばに来てルカに手を貸す。


「ひとまず別室に移りましょう」


 ルカは一瞬だけ迷ったが、素直に手を借りて立ち上がった。


「すみません」


 その言葉はとてもか細かった。

 そのまま二人は地下室を後にする。

 残された3人は、ただその様子を見つめていた。


 沈黙を破ったのはアルドだった。

 拘束された男に向き直る。

 そして懐から銃を取り出すと男の肩口に当てた。


「おい、お前らはあいつに何する気だ」


 その声は今まで聞いたことのないほど怒りに満ちていた。

 いつも冷静なアルドの声とは思えないほどに。

 ダンテは黙ってその様子を見つめている。

 

「お前もどうせ、駒にされた人間だろう。今後の人生は保証してやる。知ってることを話せばな」


 男は今までと違う空気に口をぱくぱくさせていた。


「話さなければ撃つ。腕から順番に」


 突きつけた銃からカチリと音がする。

 男はようやく状況を理解する。

 そしてガタガタと椅子を揺らして言った。


「なにも……!ほんとに知らない…!!」


「では質問を変える」

「先生とは誰だ?何をしようとしている?」


 ダンテが尋問を行っている時も、リヴィアは恐ろしいと思った。

 だが、アルドのそれを見ているとそれ以上の気迫がある。

 彼もまた、自分と同じように怒っているのだ。

 ルカを狙う奴らに。


 男は答える。


「先生は……、薬を作ってる」

「人を攫って、兵士にする……!」


 アルドは瞳を逸らさない。

 真っ直ぐに男を見る。


「西の倉庫はどう関係が?」


「……出荷する、人を箱詰めにして……」

「置いておく場所……」


 ダンテの眉がピクリと動く。

 人間を箱詰めにするとは。


「置いておくってことは、集荷はすぐではないのか」

「次はいつだ」


 男はもう抵抗する気は無いようだ。

 段々と錯乱状態から戻っている。


「明日の夜…、船が来る」


「では最後だ」

「“ノクス”とは?」


 ルカが、立っていることすらできないほど動揺していた言葉。

 男が掠れた声で言う。


「……あいつの名前、先生がそう呼んでいた……」


 アルドはそこまで聞くと、男に突きつけていた銃を懐に戻した。

 男は静かにうなだれている。

 そして小さく言った。


「……おれを、たすけて」


 その声に、言葉を返すものはいなかった。

 そしてリヴィアたちは地下室を後にした。


***

 

 部屋を出るとダンテが一番に口を開いた。


「アルド・ヴァレンティーノの尋問はなかなか痺れたな」

「おかげでやるべきことが見えてきた」


 口調はふざけているが、瞳は真剣だった。

 アルドは先程までの怒りに満ちた顔を完全に消して、いつもの穏やかな余裕のある表情に戻っている。


「まだまだ現役だからな」

「今後の作戦を立てるぞ」


 ダンテは小さく頷き歩き出す。


「ああ、俺の執務室を使おう」

「ついて来い」


 アルドとリヴィアは黙ってダンテの後をついていく。


 そこでようやく、リヴィアは肺に溜まっていた空気を吐き出した。

 アルドの威圧感でまともに息ができなかったのだ。


 だがまだ気は抜けない。

 これから人がまた連れ去られようとしている。

 それに、ルカのことも心配だ。

 彼があんなに取り乱す姿を見たことが無かった。


 執務室に着くと、マルコが待っていた。

 短く一礼をして言う。


「ルカさんは医務室で休んでもらっています」

「取り調べはいかがでしたか」


 ダンテはアルドに視線を向けてから要点だけを簡潔に伝えた。


「明日の夜、西の倉庫から人間が出荷される」

「3−Eに繋がる場所を探し出せ」

 

 マルコは何も聞かず頷いた。


「承知しました」


 ダンテの視線が、ゆっくりとアルドに向く。


「あの拾い物、どうする?」

「狙われているなら囮にでもするか?それか隠しておくのか」

「万が一攫われて、もう一発薬漬けにされたら寝返る可能性もあるぞ」


 リヴィアはダンテを睨みつける。

 ルカのことを物のように言うなんて。

 だがアルドは冷静だった。


「一人にするほうが危険だ」

「囮でも何でも、我々の側においておいたほうがいいだろう」


 マルコが視線を上げる。


「ルカさんには当面、単独行動を避けてもらいます」

「亡霊が接触してくる可能性を前提に、見張りも増やします」


 ダンテはしばらく黙っていた。

 そして小さく頷く。


「それもそうだ」

「こちらの駒も多いほうがいい」


 アルドが立ち上がる。


「明日の夜までに3−Eが何処なのか突き止めなくてはならない」

「一度我々は屋敷に戻る」


 そう言ってマルコの方をみた。

 彼は小さく頷き歩き出す。


「ルカさんの所にご案内します」


 リヴィアは咄嗟に口を開いた。


「私も……!ご一緒させていただきます」


 そして小走りに二人の後をついて行く。

 ダンテは彼らが出ていくのをただ見つめていた。


***


 医務室にはいくつかのベットが並んでいた。


 扉が開く音を聞くと、ルカはすぐさま飛び起きた。

 そして入口の方を見る。


 マルコ、アルド、そしてリヴィア――。

 急いで立ち上がろうとすると僅かに体制が崩れた。


 咄嗟にリヴィアが駆け寄る。

 マルコとアルドは、気を遣ったのかその場から動かなかった。


 リヴィアの両手が、ルカの肩に触れる。

 熱が伝わる。

 思っていたよりもずっと、彼の身体は強張っていた。


 今度は、その手を制されることはなかった。


 ルカはただ、目を上げる。

 近い距離で視線がぶつかる。


 言いたいことが、山ほどあった。

 どうして何も言わなかったのか。

 どうして一人で抱え込むのか。


 けれど、喉まで上がってきた言葉は、どれも形にならない。

 先に口を開いたのは、リヴィアだった。


「ルカ。あなたは私の護衛よ」

「命令無しに、どこかに行くなんて許さない」


 口に出してから、自分でも少し驚いた。

 もっと気の利いた言葉があったかもしれないのに、出てきたのはひどく偉そうで、不器用なそれだった。


 だが、ルカは笑わなかった。

 ただ静かに、肩へ置かれたリヴィアの手へ、自分の手を重ねる。

 包み込むように、そっと。

 その指先はまだ少し冷えていたのに、触れられた場所だけがひどく熱い。


 ルカはそのまま、彼女の手をゆっくりと持ち上げた。

 まるで壊れものに触れるみたいな手つきだった。

 そして、手の甲に静かに口づける。


「ミア・シニョーラ」


 低く落ちた声は、いつもの「お嬢様」とはまるで違って聞こえた。


 たった数秒。

 ほんの少し、唇が触れただけ。

 それなのに、その一点から伝わる熱は、あまりにも鮮烈だった。


 指先が痺れるみたいに、じわりと広がっていく。

 ルカが顔を上げる。


 もう一度、視線が交わった。

 その目の奥にあるものを、全部知りたいと思った。


 けれど、今ここで問うことはできない。

 時間が止まってくれたらいいのにと、本気で思う。


 だが、私たちには止まっている暇なんてない。


 ルカは名残を断ち切るように、そっとリヴィアの手を離した。

 それから視線をアルドの方へ向け、きちんと立ち上がる。


「先程は取り乱してしまい、申し訳ございません」

「休ませていただいたおかげで、回復しました」


 深く頭を下げる。

 その声音はもういつものルカのものに戻っていたが、ほんの僅かに掠れていた。

 アルドが軽く手を上げて答える。


「拘束していた男から追加の情報が出た」

「ひとまず屋敷に戻る。詳しくは車で話そう」


 ルカは小さく頷く。

 それから、もう一度だけリヴィアの方に向き直った。


「では、私たちはこれで失礼します」


 一拍置いて、少しだけ声を落とす。


「……俺も」

「お嬢様から離れる気はありません」


 その言葉は短かった。

 けれど、何よりもまっすぐだった。

 ルカは小さく一礼すると、アルドの方へ向かって歩いていく。

 少し遅れて、リヴィアもその後に続いた。


「お見送りします」


 そう言って歩き出した時も、指先にはまだ、たしかな熱が残っていた。

 まるでそこだけ、彼がまだ触れているみたいに。

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