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乙女ゲームのヒロインに転生したのに、死亡ルートしかない  作者: 春野スミレ


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14/16

NO.14 尋問

 ベルティーニ邸へ戻る頃には、空はすっかり夕方の色に変わっていた。


 ロベルトは別室へ運ばれた。

 生きてはいるが、薬の影響がまだ残っているらしい。


 一方で、捕えた亡霊の男はすぐに拘束された。

 マルコが部下へ短く指示を飛ばし、必要な確認を済ませている。

 誰も声を荒げない。

 それなのに、空気だけが張りつめていた。


 リヴィアは、当然のように男が拘束されている部屋へ足を進めた。

 尋問が始まる前に、少しでも様子を見ておきたかった。

 だが、廊下の角を曲がろうとしたところで、低い声が落ちた。


「どこへ行く」


 足が止まる。

 振り返ると、ダンテが少し後ろに立っていた。

 さっきまでマルコと話していたはずなのに、いつの間にかすぐ近くにいる。


「尋問の部屋に」


「先に手当てをすると言ったはずだ」

「協力のために借りている女を、傷物にするわけにはいかない」


 リヴィアはそれ以上反論せずに黙って従った。

 言い方は少々気に障るが、彼なりの優しさなのだと思った。


 廊下の向こうから、マルコが戻ってくるのが見える。

 手には小さな箱と、白い布。


「ご用意しました」


 マルコが淡々と言う。

 ダンテは短く頷いた。


「奥を使う」


 そう言って歩き出す。

 連れて行かれたのは、執務室の隣にある小さな部屋だった。


 壁際に細い机が一つ。

 椅子が二脚。

 棚には包帯や薬瓶が並んでいる。


 応急処置のために使う場所なのだろう。

 生活の匂いはほとんどなかった。


 マルコが箱を机に置く。

 蓋を開ければ、消毒液、清潔な布、包帯。

 必要なものだけがきちんと揃っていた。


「私が」


 マルコがそう言いかけたところで、ダンテが低く言った。


「いや、いい。下がれ」


 マルコは一瞬だけ目を上げる。

 だが余計なことは言わず、すぐに頷いた。


「何かあればお呼びください」


 一礼し、静かに出ていく。

 扉が閉まった。


 部屋の中に残ったのは、リヴィアとダンテだけだった。

 急に静かになる。


 リヴィアは小さく息を吐く。


「自分でできるわ」


「信用できない」


 ダンテはそう言って、机の脇の椅子を軽く引いた。

 彼はリヴィアのすぐ横へ椅子を寄せる。


「早くだせ」


 リヴィアは一瞬ためらってから、怪我をした方の腕を差し出した。

 ダンテは巻かれたハンカチへ手を伸ばす。

 解く手つきは思いのほか慎重だった。


 布がほどける。

 乾いた血が、白い袖口に薄く張りついていた。


 ダンテの指が一瞬だけ止まる。

 深い噛み跡。

 歯形が生々しく残っている。


 ダンテは黙ったまま消毒液の瓶を開け、清潔な布に染み込ませる。

 その沈黙が、かえって落ち着かなかった。

 やがて、低い声が落ちる。


「言ってくれればよかった」


 リヴィアは目を伏せる。


「……でも間に合わなかったかもしれない」


 静かに言うと、ダンテは一瞬だけ黙る。

 否定もしない。


 リヴィアは少しだけ視線を上げる。

 ダンテはもうこちらを見ていない

 布を傷へ当てようとしている、その手だけが目に入る。


「沁みるぞ」


 ぶっきらぼうに告げられる。

 その言葉の直後、消毒液が傷口に触れた。


「っ……」


 思わず肩が強張る。

 鋭い痛みが腕を走った。


「動くな」


 ダンテの手が、手首をしっかり押さえる。

 乱暴な口調なのに、触れている指先だけが妙に丁寧だった。


 それが、余計に落ち着かない。


 リヴィアは息を浅く吐きながら、じっと腕を見つめた。

 消毒液を含んだ布が離れると、傷口の赤が少しはっきり見える。


 ダンテは新しい布を取る。

 手慣れた様子で処置をすすめた。


「……慣れてるのね」


 思わずそう言うと、ダンテは視線も上げずに答えた。


「怪我人を見る機会が多いだけだ」


 包帯が手首から腕へ、規則正しく巻かれていく。

 ダンテは手を離さず、仕上がりを確かめるように軽く押さえた。


「……もう無茶をするな」


「約束はできないわ」


「守れないなら縛る」


「物騒よ」


「お前相手ならそれくらいでちょうどいい」


 ようやく少しだけ、いつもの調子が戻る。

 それが妙に安堵を呼んで、リヴィアは小さく息を吐いた。

 ダンテは立ち上がり、使い終わった布を机の端へ置く。


 その時扉が叩かれる音がした。


「入れ」


 ダンテが言うと、マルコが静かに入ってきた。

 その目がまずリヴィアの腕を見て、それから机の上の血のついた布へ移る。

 だが何も言わない。


「準備が整いました」

「男は拘束済みです。口内も確認しました」

「今のところ、自害用の毒物は見つかっていません」


 リヴィアは背筋を伸ばした。


「ロベルトは?」


「眠らせています」

「まだ意識は混濁していますが、命に別状はありません」


 その一言に、胸の奥の緊張がわずかに解ける。

 ダンテがマルコを見る。


「尋問は俺がやる」


「承知しました」


 マルコが頷いたところで、リヴィアも一歩踏み出した。


「私も行くわ」


 その瞬間、ダンテの視線がこちらへ向く。


「お前はいい」


「どうして?」


「楽しいものじゃない」


 即答。

 リヴィアはわずかに眉を寄せる。


「私が止めたから、生きてるんでしょう」


 静かな声だった。

 マルコは沈黙したまま、二人を見ている。

 ダンテはしばらく何も言わなかった。


「……やっぱり面倒な女だ」


 低く吐き捨てるように言って、ダンテは扉の方へ歩き出した。


「好きにしろ」

「ただし、口は挟むな」


 リヴィアはすぐに頷いた。


「分かってる」


 マルコが先に扉を開ける。

 三人はそのまま廊下へ出た。


***


 男は地下室に拘束されていた。

 小さな明かり窓から、ほんの少しの光が入っている。


 その中央に、男がいた。

 両手を後ろで拘束され、椅子に縛りつけられている。


 口の周囲には先ほどの布の跡が残り、唇の端がわずかに裂けていた。

 目だけが、異様なほどギラついている。


 亡霊の男。

 昼間、あれほど激しく暴れたのに、今は妙に静かだった。

 その静けさが、かえって不気味だ。


 リヴィアは扉の近くで足を止める。

 ダンテは迷いなく男の正面へ進み、マルコは少し横に立った。

 男の目が、ゆっくりとリヴィアを捉える。


 その瞬間だけ、空気がひやりとした。

 ダンテは男が座る椅子の背に片手を置いて、彼を見下ろした。


「名前と所属は」


 沈黙。


「誰の指示で動いた」


 男は答えない。


 マルコが机の上に、昼間奪った紙片を置く。

 3-Eと書かれた小さな紙だ。


「この数字の意味を話せ」


 男の視線が一瞬だけ落ちる。

 けれど、すぐに逸れた。

 ダンテの表情は変わらない。


 怒鳴るわけでも、暴力をふるうわけでもない。

 ただ、静かにに言葉を重ねていく。


「ロベルトをどこへ運ぶつもりだった」


 やはり何も返さない。

 リヴィアは扉のそばで男を見つめる。

 少しだけ、部屋の空気が変わった。


 ダンテが部屋の端の机のほうにゆっくりと歩き出す。

 その上にあった押収品BOXの中から注射器を持ち出した。

 アンプルは調査に回っているので、ただの空だ。


 だが、男はその針先をみて急に目が見開く。


「……あ、あ、、や……め…ろ!!」


 ガタガタッと椅子を揺らし暴れ出す。

 先ほどまでとは打って変わって動揺し始めた。

 ダンテは注射器を持ったまま男に近づいた。


「これ、嫌なのか?」


「……い、いや…だ…!!」


 ダンテは針先を男の首元に近づけ、さらに続けた。


「でもお前、これをロベルトに打ったよな?」

「なんでそんな事する」


 リヴィアは黙って見ていた。

 もしかしたら、彼も亡霊の被害者なのかもしれない。


 男はしろどもどろになりながら必死で答える。


「……ご、ごめ……なさ……」

「…命令、……ちゃんと…死ぬ、から!」


 想像以上に注射器作戦は効果的であった。

 ダンテはポケットに入っていた紙を男の前に差し出す。


「これはなんだ」

「どんな意味がある」


「あ……あ、いえな……」

「…おしおき……、いやだ……」


……お仕置き?

 ダンテの眉がピクリと動く。


「ああ、そうだな」

「答えられないならお仕置きするしか無い」

「まずこの薬をたっぷり注いでやるよ」


 ダンテは針先を男の首筋へ押し当てた。

 皮膚がわずかに沈み、男の呼吸が途切れる。

 もちろん薬品は入っていない。

 だが、男の精神を揺らすには十分すぎた。


「……!!あ!ごめんなさ……!!」

「そうこ、にしの、」

「……ゆるして…!先生!」


「西の倉庫?先生?」


 ダンテが繰り返した。

 男は恐れている。

 この薬を、先生という存在を。

 死ぬこと以上に。


 リヴィアは想像を遥かに上回る異常性に息をするのも忘れていた。

 そんな彼女を他所に尋問は続く。


「先生はお前たちのボスか?」

「倉庫で何がある?」


「……あ、、あ…、許して……」


 男はそれ以上喋らない。

 はたして任務でロベルトを攫おうとしていた人間と同一人物なのか。

 昼間の統率された動きが嘘のように、男は怯えきっていた。


 ダンテは男の首に当てていた注射器を手早く外すと、押収品ボックスに乱雑に戻した。


「これ以上は無理だろう」


 そしてマルコの方に視線を向ける。


「こいつは生かしておけ」

「“正常”になったらまた尋問を行う」


「承知しました」


「それと、西の倉庫に3-Eと関係がある場所がないか調べておけ」


「はい」


 男はもう何も言わなかった。


 ダンテが扉の方へ向かってくる。

 リヴィアと視線がぶつかった。


「面白かったか?」


「いいえ」

「………でも、目をそらすわけにはいかないわ……」


 リヴィアは少しだけ俯いて答えた。

 ダンテはマルコに似向き直って言う。


「ヴァレンティーノにも連絡しておけ」

「来たければ来いと」


「承知しました」


 マルコは短く一礼する。

 ダンテはもう一度リヴィアに視線を戻して言った。


「一度休め」


 そうして執務室の方に向かっていった。


 残されたリヴィアもこれ以上ここにいる理由は無いので、部屋を後にする。


 廊下へ出ると、屋敷の静けさが急に現実へ引き戻してくる。

 尋問室の冷たい空気が、まだ肌にまとわりついていた。


 亡霊は想像以上に恐ろしい組織だ。

 だが、 自分が生きるためだけにこの事実を無視はできない。

 リヴィアのなかで、覚悟のような決意が形になっていった。

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