荒れ狂う漆黒の波濤を切り裂くようにして、柏木湊が操る小型艇はドス黒い鳥居を戴く島へと突き進んでいた。
全員が無言で島を見据えている。
潮風は鉄と泥の臭いを纏い、肌を刺すように冷たい。
湊は海面の色や潮流のよじれ目を凝らして見据え、荒々しい波の中でも確実に船首を寄せられる、滑らかな岩肌の着岸しやすい場所を慎重に探し当てた。
「ここなら行ける……! 翔平、船を抑えてくれ!」
湊の指示に合わせ、橘翔平が踏ん張って船体を固定する。
船首が島影の浅瀬の岩場に静かに乗り上げた瞬間、阿門甲斐吽は誰よりも早く跳躍し、濡れた岩肌へと降り立った。
それに続き、湊が手際よく頑丈なロープをしっかりと岩の突起に結び付け、係留を完璧に完了させる。
全員の足元がしっかりと黒い大地を捉えたとき、島の中央から、言葉にできないほどの重苦しい怨念の波動が津波のように押し寄せてきた。
「無事に着いたようだな。……だが、ここから先は一歩進むごとに我々の精神と肉体を蝕む死地だ。気を抜くな」
甲斐吽が仕込み杖の柄に右手を添え、鋭い眼光で島の奥へと伸びる険しい獣道を見据えた。
その緊張感に満ちた空気を察し、湊と翔平は一度息を整えてから、ふと隣に立つ白と朱の巫女装束を纏った美しい女性へと視線を向けた。見慣れないその姿に、湊が不思議そうな顔をして尋ねる。
「あの……阿門さん、この方は?」
その問いかけに、甲斐吽は軽く頷いてから紹介を促す。
弘恵は鈴を軽く握り直すと、凛とした表情で二人に向き直った。
「はじめまして。私は神楽坂弘恵。阿門様と共に、この地に渦巻く災厄を鎮めるために共に行動している者です。あなた方がこうして船を出してくれたこと、心から感謝します」
「俺は柏木湊です。こっちは橘翔平。街の異変を感じて、何か力になりたくてここまで来ました。よろしくお願いします、弘恵さん」
「おう、よろしく頼むぜ! こうなったら最後まで付き合うからよ」
翔平が気さくに笑ってみせると、弘恵も少しだけ表情を和らげ、「ええ、頼もしい仲間が増えて心強いわ」と微笑んだ。
初対面の挨拶を交わしたのも束の間、四人の背後で不気味な気配が急速に濃さを増していく。
「感傷に浸っている暇はないようだな。行くぞ」
甲斐吽の警告に従い、四人は島の中央へ向けて歩みを進めた。
島を覆う地面はゴツゴツとした黒い岩石で構成されており、所々に不気味な紫色の気泡が浮かび上がり、プツリと音を立てて弾けている。
その度に、かつて鹿児島を襲った大災害で命を落とした名もなき人々の悲鳴のような幻聴が脳裏に響いた。
やがて、彼らの進む先に、島全体を圧倒するような禍々しい影が立ちはだかった。
ぽっかりと口を開けた空間に、異様な威圧感を放つドス黒い鳥居が聳えている。
そして、その鳥居をくぐり抜けた瞬間、周囲の空気が一変した。
ただの瘴気ではない。
島に満ち満ちていた怨念がまるで意思を持つかのように具体的な形をなし、無数の不気味な触手となって、地表からぐにゃぐにゃとうねりながら這い出してきたのだ。
「なんだこれ……!? 悪意の塊みたいなのが、うねりやがった!」
翔平が目を見張り、反射的に身構えた。
鳥居の向こう側から広がるその光景は、人間の認知を超えた悪夢そのものだった。
「気をつけて! あれは単なる幻影じゃないわ、私たちの恐怖や精神の隙を突いて絡め取ろうとする呪いの実体よ!」
弘恵が素早く神楽鈴を構え、ジリリリッと清らかな音色を響かせて白き聖域を展開する。
しかし、這い寄る触手の数は尋常ではなく、鈴音の光を浴びてもなお、不気味な粘液を垂らしながらうねり続けている。
「湊、翔平、下がっていてくれ! ここからは一歩も引けない総力戦だ!」
甲斐吽が仕込み杖を抜き放ち、黄金色の光を纏わせた刀身で最初の触手を両断した。
しかし、断ち切った端から別の触手が次々と再生し、四方八方から容赦なく群がり襲いかかる。
圧倒的な質量と、脳を焼き切るような精神的重圧。
島に上陸した四人を待ち受けていたのは、あまりにも過酷な、絶望的なまでの除霊戦の幕開けだった。
第28話(完)