↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの灯り〜阿門甲斐吽〜  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/35

【第18話】新たな礎


 三月(さんがつ)()わりが(ちか)づき、鹿児島(かごしま)市内(しない)(そら)には(はる)陽光(ようこう)がたっぷりと()ちていた。


 桜島(さくらじま)山肌(やまはだ)(おお)っていた名残(なごり)(ゆき)はすっかり()()り、天文館(てんもんかん)街路樹(がいろじゅ)には瑞々(みずみず)しい新緑(しんりょく)芽吹(めぶ)きが(かお)()(はじ)めている。


 季節(きせつ)確実(かくじつ)に、(あたら)しいステージへと(あゆ)みを(すす)めていた。


 その(はな)やかな表通(おもてどお)りから一本(いっぽん)(わき)()れ、(ふる)雑居(ざっきょ)ビルが(かた)()()(しず)まり(かえ)った路地裏(ろじうら)


 相変(あいか)わらず看板(かんばん)もなく、表札(ひょうさつ)すら(かか)げられていないその(くろ)板壁(いたかべ)(かこ)まれた(ふる)びた木造(もくぞう)(いえ)は、()わらぬ静寂(せいじゃく)をまとってそこに(たたず)んでいた。


 しかし、かつてそこにあった得体(えたい)()れない重圧(じゅうあつ)や、時空(じくう)(ゆが)ませるような不穏(ふおん)(よど)みは綺麗(きれい)()()り、どこか(おだ)やかな(はる)気配(けはい)(つつ)まれている。


 柏木(かしわぎ)(みなと)は、しっかりとした足取(あしど)りでその路地裏(ろじうら)(すす)み、(ふる)びた木製(もくせい)()()(まえ)()っていた。


 あの異世界(いせかい)のような過去(かこ)迷宮(めいきゅう)から現実(げんじつ)空間(くうかん)へと(もど)ってきてから数日(すうじつ)()っていた。


 (はじ)めのうちは、自分(じぶん)()()きたことが夢幻(ゆめまぼろし)だったのか現実(げんじつ)だったのか混乱(こんらん)し、手元(てもと)から()()った懐中時計(かいちゅうどけい)感触(かんしょく)だけが(みょう)生々(なまなま)しく(のこ)っていた。


 しかし、祖父(そふ)(かか)えていた後悔(こうかい)()()い、それを自分(じぶん)意思(いし)ですべて()()めたあの(よる)(さかい)に、(みなと)心境(しんきょう)劇的(げきてき)()わっていた。


 これまでのように過去(かこ)(かげ)(おび)えたり、(なに)かに()(わけ)をしたりすることはもうない。


 自分(じぶん)人生(じんせい)自分(じぶん)(あし)()(ひら)く。


 その覚悟(かくご)が、(かれ)背筋(せすじ)()()ぐに()ばさせていた。


「……失礼(しつれい)します」


 (みなと)深呼吸(しんこきゅう)(ひと)つすると、(ふる)びた木製(もくせい)()()にそっと()をかけ、カラカラと(かわ)心地(ここち)よい戸車(とぐるま)()らして(なか)へと(あし)()()れた。


 薄暗(うすぐら)空間(くうかん)壁一面(かべいちめん)には民族調(みんぞくちょう)仮面(かめん)(すす)けた古文書(こもんじょ)()るされ、天井(てんじょう)からは(かわ)いた植物(しょくぶつ)がぶら()がっている。


 中央(ちゅうおう)円卓(えんたく)(うえ)では、一筋(ひとすじ)蝋燭(ろうそく)(ほのお)(しず)かに()らめいていた。


 いつもの、阿門(あもん)甲斐吽(かいうん)のいる空間(くうかん)だった。


 (おく)(くら)がりから、(ひく)()()いた(こえ)とともに甲斐吽(かいうん)姿(すがた)(あらわ)す。


 その底知(そこし)れぬ(ひかり)宿(やど)した双眸(そうぼう)は、(おとず)れた青年(せいねん)変化(へんか)をしっかりと見据(みす)えていた。


「よく()ましたね、柏木(かしわぎ)(みなと)。あの(よる)(あらし)のあと、その足取(あしど)りはすっかり(たの)もしくなったようだ」


 甲斐吽(かいうん)言葉(ことば)に、(みなと)自然(しぜん)()()まった()みを()かべ、円卓(えんたく)(まえ)()ちながら(ふか)(あたま)()げた。


「お(ひさ)しぶりです、阿門(あもん)さん。あのときは、本当(ほんとう)にありがとうございました。……あの(あと)自分(じぶん)部屋(へや)(あらた)めて整理(せいり)したら、祖父(そふ)(のこ)した(ふる)手帳(てちょう)()つかったんです。そこには、祖父(そふ)(わか)(ころ)(いだ)いた(ゆめ)や、途中(とちゅう)(あきら)めざるを()なかった仕事(しごと)記録(きろく)がしっかりと(のこ)されていました」


 (みなと)はポケットから(ちい)さな封筒(ふうとう)()()し、円卓(えんたく)(うえ)にそっと()いた。


()()したいばかりだった(おれ)に、過去(かこ)()()勇気(ゆうき)をくれたのはあなたです。そして、あの(とき)(うしな)った懐中時計(かいちゅうどけい)()わりに……(おれ)自分(じぶん)(あし)(はたら)き、自分(じぶん)意思(いし)(かせ)()した最初(さいしょ)報酬(ほうしゅう)を、ここに(おさ)めます。金額(きんがく)(さだ)めはないと()われましたが、(いま)(おれ)過去(かこ)()()えて()()れた『(あたら)しい現在(げんざい)』の価値(かち)です。どうか、()()ってください」


 甲斐吽(かいうん)(しず)かに封筒(ふうとう)()()とし、やがて満足(まんぞく)げに(うなず)いた。


()()りましょう。あなたが祖父(そふ)(かげ)()(はら)い、自分(じぶん)(あし)大地(だいち)()みしめて()()未来(みらい)(おも)み、しかと()()めました」


 そのやり()りを、(すこ)(はな)れた円卓(えんたく)(わき)見守(みまも)っていた人物(じんぶつ)がいた。(たちばな)翔平(しょうへい)だった。


 翔平(しょうへい)もまた、かつてこの場所(ばしょ)自分(じぶん)人生(じんせい)()(もど)した一人(ひとり)として、(みなと)()れやかな(かお)()安心(あんしん)したように微笑(ほほえ)んでいた。


「よかったな、柏木(かしわぎ)さん。本当(ほんとう)に、見違(みちが)えるほどいい(かお)になったよ」


(たちばな)さん……。あんたも、あのときは一緒(いっしょ)(たたか)ってくれてありがとうございました。おかげで、(おれ)もようやく(まえ)(すす)めそうです」


 二人(ふたり)がしっかりと握手(あくしゅ)()わす様子(ようす)を、甲斐吽(かいん)(しず)かに、慈愛(じあい)(たた)えた眼差(まなざ)しで見守(みまも)っていた。


 個人(こじん)(まよ)いや因縁(いんねん)()きほぐす場所(ばしょ)として(はじ)まったこの(いえ)は、(いま)(まよ)える(もの)たちが(みずか)らの(あし)()()がるための、(たし)かな「(いしずえ)」となっていた。


過去(かこ)因果(いんが)(とき)(ゆが)みは、(ひと)(こころ)(つく)()幻影(げんえい)()ぎません。しかし、それを(みずか)らの意志(いし)()()(つよ)さを()(もの)にとって、世界(せかい)はいつでも(あたら)しく()まれ()わるのです」


 甲斐吽(かいうん)重厚(じゅうこう)(こえ)部屋(へや)隅々(すみずみ)にまで(ひび)(わた)り、空間(くうかん)全体(ぜんたい)がどこか清々(すがすが)しい気配(けはい)()たされていく。


 用事(ようじ)()えた(みなと)翔平(しょうへい)は、(なら)んで(ふる)びた()()()け、(そと)世界(せかい)へと(ある)()した。


 ()()め、()(かえ)ると、そこには相変(あいか)わらず看板(かんばん)のない、ただの(ふる)木造家屋(もくぞうかおく)しかなかった。


 だが、二人(ふたり)(かん)じている世界(せかい)(かがや)きは、以前(いぜん)とは(まった)(ちが)っていた。


 頭上(ずじょう)にはどこまでも(たか)()(わた)った(はる)青空(あおぞら)(ひろ)がり、鹿児島(かごしま)市内(しない)街並(まちな)みは、これから(はじ)まる(あたら)しい物語(ものがたり)予感(よかん)()(あふ)れて(かがや)いていた。


 それぞれの(みち)(あゆ)(はじ)めた(おとこ)たちの背中(せなか)を、あたたかな春風(はるかぜ)(やさ)しく()(つづ)けている。






(だい) 18()(かん)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。