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導きの灯り〜阿門甲斐吽〜  作者: 阿門 甲斐吽


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【第17話】刻限の選択


 湿(しめ)った夜気(やき)(けむ)(ゆが)んだ鹿児島(かごしま)市内(しない)街並(まちな)みの(なか)で、柏木(かしわぎ)(みなと)()(まえ)(たたず)祖父(そふ)幻影(げんえい)見据(みす)えていた。


 薄汚(うすよご)れた作業着(さぎょうぎ)()(つつ)み、うなだれるように()()くす初老(しょろう)(おとこ)――()(まえ)祖父(そふ)()には、(ひかり)(うしな)った(ふる)懐中時計(かいちゅうどけい)(にぎ)られている。


 その周囲(しゅうい)()(かこ)空気(くうき)は、まるで過去(かこ)のやり()のない後悔(こうかい)(よど)んだ諦念(ていねん)そのものが具現化(ぐげんか)したかのように、(おも)(つめ)たく(こお)りついていた。


「……じいさん」


 (みなと)がかすれた(こえ)(つぶや)くと、幻影(げんえい)祖父(そふ)はふと(かお)()げた。


 しかし、その(ひとみ)(まご)姿(すがた)(うつ)っていない。


 (かれ)視線(しせん)(さき)にあるのは、何十年(なんじゅうねん)(まえ)自分(じぶん)(くだ)し、人生(じんせい)歯車(はぐるま)(くる)わせることになった「あの()決定的(けっていてき)選択(せんたく)」そのものだった。


「あのとき……(おれ)があの仕事(しごと)(ことわ)っていれば、あんな事故(じこ)()きなかったのか……? みんなに迷惑(めいわく)をかけず、平穏(へいおん)()きられたのか……?」


 幻影(げんえい)(つぶや)きが、(よる)静寂(せいじゃく)(なか)(むな)しく()けていく。


 その言葉(ことば)(はっ)せられた瞬間(しゅんかん)祖父(そふ)()にある(こわ)れた懐中時計(かいちゅうどけい)から、どす(ぐろ)いノイズのような(ゆが)みが()()し、周囲(しゅうい)空間(くうかん)(はげ)しく()らし(はじ)めた。


過去(かこ)(おとこ)(とら)われているのは、『(えら)ばなかったもう(ひと)つの未来(みらい)への後悔(こうかい)』です。もしあのとき(べつ)(みち)(えら)んでいればという幻想(げんそう)にしがみつき、現在(げんざい)足元(あしもと)まで見失(みうしな)っている」


 阿門(あもん)甲斐吽(かいうん)微動(びどう)だにせず、一歩(いっぽ)()いた位置(いち)から冷静(れいせい)状況(じょうきょう)分析(ぶんせき)し、(するど)眼光(がんこう)(はし)らせた。


「あのままでは、祖父(そふ)後悔(こうかい)(よど)がこの空間(くうかん)全体(ぜんたい)()()み、(みなと)くんまで過去(かこ)迷宮(めいきゅう)住人(じゅうにん)になってしまう!」


 (たちばな)翔平(しょうへい)危機感(ききかん)(つの)らせて(こえ)()()げる。


 実際(じっさい)(みなと)()にしている懐中時計(かいちゅうどけい)青白(あおじろ)(ひかり)はみるみるうちに(よわ)まり、(みなと)自身(じしん)足元(あしもと)から(かげ)のように(くろ)(きり)()()がろうとしていた。


「くそっ……! じいさんのせいで、なんで(おれ)がこんな()に……!」


 恐怖(きょうふ)焦燥(しょうそう)から、(みなと)(おも)わずその()(ひざ)をつきかけた。


 だが、その瞬間(しゅんかん)脳裏(のうり)によみがえったのは、数日前(すうじつまえ)からこの奇妙(きみょう)(いえ)(みちび)かれ、自分(じぶん)(よわ)さや現実(げんじつ)()()ってきた記憶(きおく)だった。


 自分(じぶん)もかつては、()(まえ)のプレッシャーや恐怖(きょうふ)から()()したいばかりだった。


 この祖父(そふ)もまた、過酷(かこく)現実(げんじつ)責任(せきにん)(おも)さに()(つぶ)され、どうしようもなかったのではないか。


「……(ちが)う。じいさんは、()げたわけじゃない……」


 (みなと)はぐっと()()いしばり、ふらつく足取(あしど)りで()()がった。


 そして、(おび)えを()(はら)うように、幻影(げんえい)祖父(そふ)のまっすぐ(まえ)(あゆ)()る。


「じいさん! あんたがどんな選択(せんたく)をして、どんな後悔(こうかい)(かか)えてたって関係(かんけい)ねぇよ! (おれ)()ってるじいさんは、そんな(くら)(かお)過去(かこ)ばかり()(かえ)るような(おとこ)じゃなかったはずだ!」


 (みなと)(さけ)(ごえ)が、(ゆが)んだ空間(くうかん)(するど)()()いた。


 その(こえ)反応(はんのう)するように、幻影(げんえい)祖父(そふ)がゆっくりと(かお)()けた。


 その表情(ひょうじょう)には、長年(ながねん)(とら)われていた呪縛(じゅばく)がわずかに()らぐような(おどろ)きの(いろ)()かんでいる。


「お(まえ)は……(だれ)だ……?」


(おれ)は、あんたの(まご)(みなと)だ! あんたが(のこ)したその時計(とけい)のせいで、(いま)こうして(おれ)過去(かこ)()きずり()まれてるんだよ! だから、過去(かこ)()らわれて|いつまでも(あま)ったれたこと()うな! あんたが(えら)んだその人生(じんせい)結末(けつまつ)がどうあれ、その()()()いで(いま)ここに()っている(おれ)が、全部(ぜんぶ)()()けてやる!」


 (みなと)(さけ)びには、もはや逃避(とうひ)感情(かんじょう)一切(いっさい)なかった。


 先祖(せんぞ)(あやま)ちを自分(じぶん)のせいにして絶望(ぜつぼう)するのではなく、不完全(ふかんぜん)過去(かこ)をも(ふく)めてすべてを()()れ、自分(じぶん)(あし)未来(みらい)()(ひら)くという、(つよ)覚悟(かくご)(ひび)きが()められていた。


 その瞬間(しゅんかん)(みなと)()(にぎ)られていた懐中時計(かいちゅうどけい)が、これまでとは比較(ひかく)にならないほどのまばゆい青白(あおじろ)(ひかり)(はな)(はじ)めた。


見事(みごと)です、柏木(かしわぎ)(みなと)


 甲斐吽(かいうん)重厚(じゅうこう)(こえ)(ひび)(わた)る。


過去(かこ)()えることは(だれ)にもできません。だが、過去(かこ)(おも)みを()()れ、現在(げんざい)()きる自分(じぶん)意思(いし)でその因果(いんが)()()ることはできる。……(いま)こそ、時空(じくう)(ゆが)みを(ただ)(とき)です!」


 甲斐吽(かいうん)胸元(むなもと)から()()した一枚(いちまい)御札(おふだ)(かか)げ、(ひく)力強(ちからづよ)祝詞(のりと)(とな)える。


()けまくも(かしこ)天地(あめつち)大御神(おおみかみ)たちの大前(おおまえ)に、(かしこ)(かしこ)みも(もう)す……過去(かこ)(かげ)(はら)い、現在(げんざい)(ことわり)(ただ)せ!」


 言霊(ことだま)奔流(ほんりゅう)空間(くうかん)()たし、(みなと)懐中時計(かいちゅうどけい)(ひかり)完全(かんぜん)共鳴(きょうめい)した。


 バチバチと(はげ)しい火花(ひばな)のような閃光(せんこう)(はし)り、幻影(げんえい)祖父(そふ)姿(すがた)が、(おだ)やかな()みを()かべながらゆっくりと(ひかり)粒子(りゅうし)へと()けていく。


 祖父(そふ)()から(はな)れたもう(ひと)つの懐中時計(かいちゅうどけい)は、(おと)()てて(くだ)()り、(きり)のように()()っていった。


 周囲(しゅうい)(おお)っていた(ゆが)んだ(まち)景色(けしき)がガラスのようにヒビ()れ、次々(つぎつぎ)(くず)()ちていく。


「おわああっ……!」


 強烈(きょうれつ)(ひかり)浮遊感(ふゆうかん)(つつ)まれ、(みなと)翔平(しょうへい)同時(どうじ)()()じた。


     *     *     *


 ハッと(いき)()んで()()けると、そこは(さき)ほどまでいたはずの(ふる)木造家屋(もくぞうかおく)薄暗(うすぐら)円卓(えんたく)(まえ)だった。


 天井(てんじょう)(かわ)いた植物(しょくぶつ)(しず)かに()れ、中央(ちゅうおう)蝋燭(ろうそく)一筋(ひとすじ)(ほのお)安定(あんてい)させて()えている。


 時間(じかん)(こお)りついたかのような、いつもの静寂(せいじゃく)(もど)っていた。


「……ここは……(もど)ってきたのか……?」


 (みなと)(あら)(いき)(ととの)えながら自分(じぶん)両手(りょうて)()ると、そこにはもうあの不気味(ぶきみ)(ひか)懐中時計(かいちゅうどけい)はなく、ただの(ふる)金属片(きんぞくへん)すら(のこ)されていなかった。


 すべては(ゆめ)だったのかと(おも)わせるほど、手元(てもと)(かる)くなっていた。


(ゆめ)ではありません。あなたは見事(みごと)に、一族(いちぞく)因果(いんが)連鎖(れんさ)()()り、過去(かこ)亡霊(ぼうれい)から未来(みらい)()(もど)したのです」


 丸椅子(まるいす)()()()けた阿門(あもん)甲斐吽(かいうん)が、(しず)かにうなずきながら()げた。


 (かたわ)らで(ふか)(いき)をついていた(たちばな)翔平(しょうへい)も、ホッとした表情(ひょうじょう)(みなと)(かた)(たた)いた。


「よかったな、柏木(かしわぎ)さん。本当(ほんとう)にお(つか)(さま)でした」


 (みなと)自分(じぶん)胸元(むなもと)()()て、力強(ちからづよ)(いき)()()んだ。


 (むね)のつかえが綺麗(きれい)()()り、これからの現実(げんじつ)自分(じぶん)(あし)(あゆ)んでいくための(たし)かな実感(じっかん)が、全身(ぜんしん)()()ちていた。


 鹿児島(かごしま)()るがした時空(じくう)(ゆが)みは()()り、(はる)夜気(やき)(しず)かに、しかし確実(かくじつ)(あたら)しい明日(あした)へと()かって(うご)(はじ)めていた。





(だい) 17()(かん)







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