↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの灯り〜阿門甲斐吽〜  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/40

【第14話】春雷のプロローグ


 三月(さんがつ)(なか)ばを()ぎ、鹿児島市内(かごしましない)(そら)(ふゆ)(おも)鉛色(なまりいろ)から、どこか(かろ)やかな(あわ)青磁色(せいじいろ)へと(うつ)()わりつつあった。


 桜島(さくらじま)山肌(やまはだ)(のこ)るわずかな残雪(ざんせつ)(はる)陽光(ようこう)()かされ、天文館(てんもんかん)(とお)りを()()人々(ひとびと)(よそお)いは、厚手(あつで)のコートから軽快(けいかい)なスプリングジャケットへと()わり(はじ)めていた。


 季節(きせつ)()わり()特有(とくゆう)湿(しめ)った南風(みなみかぜ)がアスファルトの表面(ひょうめん)をなで、(あたら)しい(はじ)まりの予感(よかん)(はこ)んでくる。


 その(はな)やかな大通(おおどお)りから一歩(いっぽ)(わき)()れ、(ふる)雑居(ざっきょ)ビルが()()()(せま)路地裏(ろじうら)(はい)ると、(まち)喧騒(けんそう)(うそ)のように()()る。


 看板(かんばん)もなく表札(ひょうさつ)すら(かか)げられていない(くろ)板壁(いたかべ)(いえ)は、(ふゆ)(さむ)さに()()いた(しず)けさを(たも)ったまま、(はる)(ひかり)(なか)にひっそりと(たたず)んでいた。


 橘翔平(たちばなしょうへい)は、しっかりと()みしめるような足取(あしど)りで路地裏(ろじうら)(すす)み、(ふる)びた木製(もくせい)()()(まえ)()った。


 数ヶ月前(すうかげつまえ)人生(じんせい)重圧(じゅうあつ)完璧主義(かんぺきしゅぎ)呪縛(じゅばく)()(つぶ)されそうになっていた(かれ)は、この場所(ばしょ)阿門甲斐吽(あもんかいうん)のタロットと祈祷(きとう)によって(すく)われ、自分(じぶん)(あし)(ある)()すための覚悟(かくご)()()れた。


 あれから会社(かいしゃ)でのプロジェクトは見事(みごと)成功(せいこう)(おさ)め、部下(ぶか)周囲(しゅうい)としっかりと信頼関係(しんらいかんけい)(きず)きながら、(あら)たなマネージャーとして充実(じゅうじつ)した日々(ひび)(おく)っている。


 だが、今日(きょう)個人的(こじんてき)相談(そうだん)(まよ)いがあってやってきたわけではなかった。


 翔平(しょうへい)はポケットから(ちい)さな(つつ)みを()()し、深呼吸(しんこきゅう)(ひと)つすると、(ふる)びた()()にそっと()をかけた。


 カラカラと(かわ)いた戸車(とぐるま)()らして(なか)(はい)ると、相変(あいか)わらず薄暗(うすぐら)空間(くうかん)壁一面(かべいちめん)には民族調(みんぞくちょう)仮面(かめん)(すす)けた古文書(こもんじょ)()るされ、中央(ちゅうおう)円卓(えんたく)(うえ)では一筋(ひとすじ)蝋燭(ろうそく)(しず)かに()らめいていた。


「……おや」


 (おく)(くら)がりから、(ひく)(こえ)とともに阿門甲斐吽(あもんかいうん)姿(すがた)(あらわ)した。


 その底知(そこし)れぬ(ひかり)宿(やど)した双眸(そうぼう)が、(おとず)れた(おとこ)(かお)(しず)かに(とら)える。


「あの(よる)にまとっていた(すす)けた焦燥(しょうそう)(にお)いはすっかり()え、見違(みちが)えるほどクリアな気配(けはい)ですね。(まよ)いを()()った(あと)足取(あしど)りは、十分(じゅうぶん)(かる)いように()えますが」


 甲斐吽(かいうん)()()いた(こえ)に、翔平(しょうへい)(おだ)やかな()みを()かべ、丸椅子(まるいす)(まえ)()ちながら(あたま)()げた。


「お(ひさ)しぶりです、阿門(あもん)さん。あのときは本当(ほんとう)にありがとうございました。おかげさまで、仕事(しごと)もチームの状況(じょうきょう)(おどろ)くほど好転(こうてん)し、自分自身(じぶんじしん)見失(みうしな)わずにやれています」


 翔平(しょうへい)円卓(えんたく)(うえ)に、(さき)ほどの(ちい)さな(つつ)みをそっと()いた。


「あれからずっと、いつかここに(もど)ってきて、自分(じぶん)なりの区切(くぎ)りと……あのときお約束(やくそく)した対価(たいか)(おさ)めたいと(おも)っていました。金額(きんがく)(さだ)めはないと()われましたが、(いま)(わたし)自分(じぶん)人生(じんせい)()(もど)せたことの価値(かち)(かたち)にしたものです。()()ってください」


 (つつ)みを()けると、(なか)には真新(まあたら)しい封筒(ふうとう)(はい)っていた。


 それは金銭的(きんせんてき)対価(たいか)だけでなく、翔平(しょうへい)自分(じぶん)(あし)(かせ)()し、自分(じぶん)意思(いし)未来(みらい)()(ひら)いたという(たし)かな(あかし)だった。


 甲斐吽(かいうん)封筒(ふうとう)()()とし、やがて(しず)かにうなずいた。


()()りましょう。あなたが自分(じぶん)(ちから)(あゆ)み、()()未来(みらい)(おも)み、しっかりと(つた)わってきました」


 一礼(いちれい)した翔平(しょうへい)がホッとした表情(ひょうじょう)()かべたその(とき)、ふと、部屋(へや)空気(くうき)がわずかにざわめいた。


 それまで一定(いってい)(しず)けさを(たも)っていた天井(てんじょう)(かわ)いた植物(しょくぶつ)や、(かべ)()けられた古文書(こもんじょ)が、まるで(そと)から()()()えない(かぜ)(あお)られたかのように、(かす)かに()らめいたのだ。


 蝋燭(ろうそく)(ほのお)(はげ)しく(よこ)(なが)れ、室内(しつない)温度(おんど)がスッと()がったような錯覚(さっかく)(おそ)われる。


「……これは」


 翔平(しょうへい)怪訝(けげん)表情(ひょうじょう)()(かえ)ると、甲斐吽(かいうん)眼光(がんこう)(きゅう)(するど)さを()び、部屋(へや)(おく)(くら)がりへと()けられた。


来客(らいきゃく)のようですね。それも、ただの(まよ)(びと)ではありません」


 甲斐吽(かいうん)言葉(ことば)()わるか()わらないかのうちに、(そと)路地裏(ろじうら)から、荒々(あらあら)しい足音(あしおと)と、(なに)かを(はげ)しく(さが)すようなノックの(おと)(ひび)いた。


 ガラガラと、これまでどの相談者(そうだんしゃ)よりも(あら)っぽく、(いきお)いよく木製(もくせい)()()()()けられた。


「おい、()いてた(とお)りだな、この(ふる)(いえ)は……!」


 ()()んできたのは、二十代半(にじゅうだいなか)ばの青年(せいねん)だった。


 ラフなライダースジャケットに()(つつ)み、(するど)()つきをしたその(おとこ)は、(いき)(あら)くしながら部屋(へや)(なか)見回(みまわ)す。


 その両手(りょうて)には、奇妙(きみょう)なことに、うっすらと青白(あおじろ)(ひかり)()びた(ふる)びた懐中時計(かいちゅうどけい)(にぎ)られていた。


「……柏木(かしわぎ)(みなと)


 甲斐吽(かいうん)微動(びどう)だにせず、その青年(せいねん)名前(なまえ)(しず)かに()げた。


 新章(しんしょう)幕開(まくあ)け――。


 これまでの「個人(こじん)精神的(せいしんてき)(まよ)いや因縁(いんねん)」を()きほぐす(よる)とは(こと)なり、鹿児島(かごしま)という(まち)全体(ぜんたい)()()む、巨大(きょだい)な「(とき)」の(ゆが)みと因果(いんが)(うず)が、(いま)まさに(おと)()てて(うご)()そうとしていた。






(だい)13()(かん)








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。