↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの灯り〜阿門甲斐吽〜  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/40

【第11話】雪舞う夜の境界線


 十二月(じゅうにがつ)後半(こうはん)()()かり、鹿児島市内(かごしましない)夜気(やき)一段(いちだん)(するど)さを()していた。


 数日(すうじつ)(まえ)から日本列島(にほんれっとう)(おお)(はじ)めた(つよ)寒波(かんぱ)影響(えいきょう)で、南国(なんごく)であるはずの(まち)にも()てつくような(かぜ)()()れている。


 天文館(てんもんかん)(はな)やかなイルミネーションの(ひかり)(つめ)たい強風(きょうふう)()らされ、(とお)りを()()人々(ひとびと)厚手(あつで)のコートやマフラーに()(つつ)み、足早(あしばや)家路(いえじ)(いそ)いでいた。


 アスファルトの表面(ひょうめん)(しろ)(かわ)き、()()(いき)だけでなく、(まち)全体(ぜんたい)()えた(てつ)のような緊張感(きんちょうかん)(まと)っている。


 その(にぎ)わいの中心(ちゅうしん)から(とお)(はな)れ、(ふる)いビルが(かた)()()(しず)まり(かえ)った路地裏(ろじうら)


 看板(かんばん)もなく、表札(ひょうさつ)すら(かか)げられていないその(くろ)板壁(いたかべ)は、(ふゆ)闇夜(やみよ)()()むように不気味(ぶきみ)なほどの静寂(せいじゃく)(はな)っている。


 水野航平(みずのこうへい)は、()()ったアスファルトの(うえ)革靴(かわぐつ)(おと)(ひび)かせながら、スマートフォンの画面(がめん)()(まえ)(ふる)家屋(かおく)交互(こうご)見上(みあ)げていた。


 地図(ちず)アプリの(しめ)目的地(もくてきち)間違(まちが)いなくこの場所(ばしょ)なのだが、そこにあるのはうらぶれた格子戸(こうしど)と、(よど)んだ空気(くうき)()()めたような(かべ)だけだった。


「こんなところで、本当(ほんとう)に……()ってるのかよ」


 航平(こうへい)(ちい)さく(つぶや)き、右手(みぎて)()っていたビジネスバッグの()()(つよ)(にぎ)りしめた。


 二十代後半(にじゅうだいこうはん)航平(こうへい)は、市内(しない)大手(おおて)建設会社(けんせつがいしゃ)施工管理(せこうかんり)現場監督(げんばかんとく)として(はたら)いていた。


 連日(れんじつ)(つづ)突貫工事(とっかんこうじ)指揮(しき)元請(もとう)けと下請(したう)けの板挟(いたばさ)み、そして()わりの()えない図面修正(ずめんしゅうせい)安全管理(あんぜんかんり)


 体力的(たいりょくてき)限界(げんかい)はもちろんのこと、(こころ)(なか)はすり()り、いつ現場(げんば)(おお)きな事故(じこ)()きるかというプレッシャーで(つね)にパンク寸前(すんぜん)だった。


 そんな(とき)、ネットの片隅(かたすみ)()かけた「どんな(まよ)いも()()奇妙(きみょう)(いえ)」の(うわさ)にたどり()いた。


 (はじ)めはただの都市伝説(としでんせつ)(たぐい)だと(はな)(わら)っていたが、昨夜(さくや)現場(げんば)での(おお)きな(ぼん)ミスが発覚(はっかく)し、上司(じょうし)から(はげ)しい叱責(しっせき)()けたことで、(かれ)精神的(せいしんてき)余裕(よゆう)完全(かんぜん)(おと)()てて(くず)()った。


 ()()したいわけではない。


 だが、このままでは自分自身(じぶんじしん)(こわ)れてしまうという恐怖(きょうふ)が、(かれ)をこの闇夜(やみよ)路地裏(ろじうら)へと()きずり()したのだ。


 ふと、それまで(ほお)容赦(ようしゃ)なく(たた)いていた(つめ)たい木枯(こが)らしが、(うそ)のようにぴたりと()まった。


 ()ざされた(ふる)格子戸(こうしど)隙間(すきま)からは、濃密(のうみつ)沈香(じんこう)(かお)りが(ただよ)っている。


 航平(こうへい)(こご)えた指先(ゆびさき)で、(ふる)びた木製(もくせい)()()にそっと()れた。


 (おそ)(おそ)(ゆび)(はら)左右(さゆう)へスライドさせると、カラカラと(かわ)いた戸車(とぐるま)()り、静寂(せいじゃく)(なか)にわずかな隙間(すきま)()まれた。


 (なか)(のぞ)()むと、薄暗(うすぐら)空間(くうかん)壁一面(かべいちめん)には民族調(みんぞくちょう)仮面(かめん)(すす)けた古文書(こもんじょ)無造作(むぞうさ)()るされ、天井(てんじょう)からは(かわ)いた植物(しょくぶつ)がぶら()がっている。


  そして、中央(ちゅうおう)円卓(えんたく)(うえ)では、一筋(ひとすじ)蝋燭(ろうそく)不気味(ぶきみ)()らめいていた。


「……うわ、(なん)だこの薄気味悪(うすきみわる)さは……」


 (おも)わず(つぶや)いた航平(こうへい)は、(あし)()()れるのを一瞬(いっしゅん)ためらったが、()(かえ)しても明日(あした)過酷(かこく)現場(げんば)()っているだけの絶望感(ぜつぼうかん)から、おそるおそる()()(ひろ)げて(なか)(はい)った。


 (あし)()()れた航平(こうへい)は、薄暗(うすぐら)室内(しつない)異様(いよう)雰囲気(ふんいき)()まれそうになりながらも、(おく)(くら)がりへ()かっておずおずと(こえ)()った。


「すみません、(だれ)かいますか……?」


 だが、すぐに返事(へんじ)(かえ)ってこない。


 不気味(ぶきみ)(しず)けさの(なか)航平(こうへい)居心地(いごこち)(わる)さに身悶(みもだ)えしながら、円卓(えんたく)(まえ)()かれた丸椅子(まるいす)におずおずと腰掛(こしか)けた。


 バッグを(ひざ)(うえ)(かか)()み、もう一度(いちど)(おび)えたような調子(ちょうし)(こえ)(しぼ)()す。


「あの……ネットの(うわさ)()いて()たんですけど、どなたか……いらっしゃいますか?」


 その直後(ちょくご)(おく)(くら)がりから姿(すがた)(あらわ)した(おとこ)――阿門甲斐吽(あもんかいうん)の、底知(そこし)れぬ(ひかり)宿(やど)した双眸(そうぼう)(とら)えられた瞬間(しゅんかん)航平(こうへい)(いき)()んだ。


()てつくこんな(よる)にそんな(くら)(かお)をして(おもて)(ある)いていると(あし)きものに足元(あしもと)をすくわれますよ」


 甲斐吽(かいうん)(おも)(こえ)空間(くうかん)()らす。


 航平(こうへい)はビクリと(かた)(ふる)わせたが、虚勢(きょせい)()余裕(よゆう)など最初(さいしょ)から()()わせていなかった。


 (かれ)はただ(ちから)なくうなだれ、(ふる)える(こえ)(こた)えた。


「……すみません。(わら)にもすがる(おも)いで、ここに()ました。最近(さいきん)仕事(しごと)のプレッシャーがどうしても(おも)くて……まともに(ねむ)れなくて、(なに)(ただ)しいのか()からなくなってしまったんです」


 素直(すなお)弱音(よわね)()()航平(こうへい)に、甲斐吽(かいうん)微動(びどう)だにせず、(しず)かにテーブルの(うえ)(ぬの)(ひろ)げた。


(ひと)(すす)むべき(みち)()えなくなるのは、(かか)()荷物(にもつ)自分(じぶん)許容量(きょようりょう)()えているからです。あなたの(いま)(まよ)いを、このカードに()いましょう」


 甲斐吽(かいうん)指先(ゆびさき)(うご)き、タロットカードの(だい)アルカナが次々(つぎつぎ)とテーブルの(うえ)配置(はいち)されていく。


 中央(ちゅうおう)(しめ)されたのは、正位置(せいいち)の「(とう)」のカード。


 ()()げてきたものの(おお)きさと、そこから(しょう)じる限界(げんかい)()らぎ。


 周囲(しゅうい)(かこ)むカードには、「隠者(いんじゃ)」の逆位置(ぎゃくいち)(しめ)孤立感(こりつかん)と、「(ほし)」の逆位置(ぎゃくいち)(しめ)(さき)()えない不安(ふあん)(しず)かに(えが)()されていた。


「これを()てみなさい」


 甲斐吽(かいうん)(おだ)やかな、しかし(しん)のある(こえ)()げた。


「あなたが一人(ひとり)(すべ)てを背負(せお)()もうとしているから、その(こころ)()れかかっているのです。すべてを完璧(かんぺき)にこなそうと無理(むり)(かさ)ねる姿(すがた)は、まるで(あらし)(うみ)(ちい)さな小舟(こぶね)()()すようなものだ。あなたが(おそ)れているのは失敗(しっぱい)そのものよりも、『(ひと)迷惑(めいわく)をかけてしまうこと』や『(たよ)りない人間(にんげん)だと(おも)われること』なのでしょう」


 その言葉(ことば)は、航平(こうへい)(むね)奥底(おくそこ)(しず)かに、しかし(やさ)しく(つつ)()むように的確(てきかく)()()てた。


 図星(ずぼし)()かれたショックよりも、自分(じぶん)(くる)しみを(はじ)めて他人(たにん)理解(りかい)してもらえたという安堵(あんど)から、航平(こうへい)目頭(めがしら)(あつ)くなる。


「……そうなんです……。(だれ)(たす)けてくれない()がして、自分(じぶん)(なん)とかしなきゃって(あせ)るばかりで……。()づいたら、(いき)をするのも(くる)しくなっていました……」


 航平(こうへい)(こえ)(かす)かに(ふる)え、(おさ)えていた感情(かんじょう)(あふ)()す。


 甲斐吽(かいうん)慈愛(じあい)(たた)えた眼差(まなざ)しで、その青年(せいねん)姿(すがた)()つめた。


「よくここまで一人(ひとり)()えてきましたね。ですが、もう一人(ひとり)(かか)()必要(ひつよう)はありません。その重荷(おもに)をここで()ろすと(ちか)いなさい。そうすれば、(わたし)があなたの因縁(いんねん)(みだ)れた気息(きそく)御祈祷(ごきとう)し、きれいに(ととの)えて()()げましょう。ただし、明日(あした)から周囲(しゅうい)(すこ)(たよ)り、自分(じぶん)(よわ)さを(みと)めて(あゆ)むという覚悟(かくご)()ちなさい」


 航平(こうへい)(しず)かに(うなず)いた。


 見栄(みえ)()ることも、(つよ)がることも、もうどうでもよかった。


 ただこの(くる)しみから解放(かいほう)されたい一心(いっしん)で、(かれ)両手(りょうて)()わせて(ふか)(あたま)()げた。


「……お(ねが)いします。どうか、(おれ)(らく)にしてください」


 甲斐吽(かいうん)(しず)かに()()がると、部屋(へや)四隅(よすみ)御札(おふだ)(かか)げ、(ひく)重厚(じゅうこう)(こえ)祝詞(のりと)(とな)(はじ)めた。


()けまくも(かしこ)天地(あめつち)大御神(おおみかみ)たちの大前(おおまえ)に、(かしこ)(かしこ)みも(もう)す……」


 阿門甲斐吽(あもんかいうん)(ちから)をもって、(とき)(なが)れを視通(みとお)し、()ぎし(かげ)()らし、(きた)たるべき(みち)(しめ)し、()(みだ)れし(えん)(むす)(なお)す。


 言霊(ことだま)(ひび)きが空間(くうかん)(ふる)わせ、航平(こうへい)背中(せなか)から(おも)くのしかかっていた(おり)のような疲労(ひろう)がスッと()()られていく。


(はら)(たま)(きよ)(たま)え、(はら)(たま)(きよ)(たま)え……!」


 祝詞(のりと)()わりとともに、室内(しつない)()()めた空気(くうき)一気(いっき)にほどけ、あたたかな静寂(せいじゃく)(もど)った。


()わりましたよ。あなたの背負(せお)っていた余計(よけい)荷物(にもつ)は、ここで綺麗(きれい)(はら)われました」


 甲斐吽(かいうん)()げる(おだ)やかな(こえ)に、航平(こうへい)(ふか)(いき)()()した。


 ()かれていた重荷(おもに)()えた()わりに、心地(ここち)よい疲労感(ひろうかん)と、生身(なまみ)(からだ)がしっかりと()(あし)をつけている感覚(かんかく)(もど)ってくる。


「……ありがとうございました。なんだか、(うそ)みたいに(からだ)(かる)いです。……あの、お(だい)はどれくらいでしょうか」


 航平(こうへい)財布(さいふ)()()そうとした(とき)甲斐吽(かいうん)(しず)かに()()げてそれを(せい)した。


対価(たいか)(さだ)めはありません。あなたが(かか)えていた(なや)みの(おも)みと、これから(あら)しく(あゆ)覚悟(かくご)価値(かち)見合(みあ)うものを、ご自身(ごじしん)意思(いし)でお(おさ)めください。分割(ぶんかつ)でも、(かたち)あるものでも(かま)いません。いつか(かなら)(おさ)めに()てください」


 金額(きんがく)提示(ていじ)されないことに(おどろ)きながらも、航平(こうへい)は「自分(じぶん)能力(のうりょく)価値(かち)」ではなく「自分(じぶん)人生(じんせい)()(もど)覚悟(かくご)」を()われているのだと理解(りかい)し、(ふか)(あたま)()げた。


 ()()()けて(そと)()ると、(ほお)()でる十二月(じゅうにがつ)夜風(よかぜ)相変(あいか)わらず(つめ)たかったが、(さき)ほどまでの()すような(いた)みや息苦(いきぐる)しさは綺麗(きれい)()()っていた。


 現場(げんば)納期(のうき)も、山積(やまづ)みの課題(かだい)(いち)ミリも()わっていない。


 だが、うつむくばかりだった視線(しせん)は、不思議(ふしぎ)とまっすぐ(ふゆ)夜空(よぞら)(とら)えていた。


 ビジネスバッグをしっかりと()きしめ、航平(こうへい)()()った(まち)(なか)へと(しず)かに(ある)()す。


 そして数年後(すうねんご)(だれ)もが航平(こうへい)(たし)かな実績(じっせき)と、(あたた)かい笑顔(えがお)()ちた仕事(しごと)ぶりを()にすることになる。





(だい)11()(かん)






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。