第九章 火攻け
原野は広かった。
根の堅洲国にも外がある。宮殿の外に、暗い空の下に、草が生えている平原が広がっていた。生物発光の緑が地面を覆い、遠くまで薄緑の光が続いている。天井はない。しかし空もない。暗い岩の天蓋が、はるか高い場所に見えるだけだ。
原野の真ん中に立った。
スサノオに「ここで待て」と言われた。待っている。何が来るか分かっている。火だ。四方から火が来る。
風が変わった。
匂いがした。煙ではない。まだ燃えていない。しかし空気が乾いてきた。湿度が落ちている。地の底の空気は常に湿っているのに——乾いてきた。
準備されている。
生物発光の草が——遠くで色を変えた。緑から——橙に。赤に。
燃え始めた。
東から。草が燃えている。炎が草を舐め、隣の草に移り、その隣に——連鎖して広がっていく。
西からも。
南からも。
北からも。
四方から——炎が迫ってきた。
生物発光の草が燃えると、普通の炎とは色が違った。緑と橙が混ざった不思議な色の炎。美しかった。美しいが——熱い。熱気が四方から押し寄せてくる。
逃げ場がない。
東に走れば東の炎に当たる。西も南も北も同じ。原野の中心に立っている限り——炎が来るのを待つだけだ。
比礼はない。あっても火には効かない。
力がない。水を出す力もない。嵐で吹き消す力もない。
二度死んだ。三度目はない。
炎が近づいてくる。百歩先。五十歩先。三十歩先。熱が顔に当たっている。目を開けていられなくなる距離。
——地面を見た。
なぜ見たのか分からない。空を見ても天蓋しかない。横を見ても炎しかない。だから——下を見た。
地面が——動いた。
俺の足元の土が、内側から盛り上がった。小さく。拳ほどの盛り上がり。
穴が開いた。
小さな穴。何かが下から掘ってきた穴。
穴の中から——顔が出た。
ネズミだった。
小さな野ネズミ。灰色の毛。黒い丸い目。鼻がひくひくと動いている。
「——ここにいたから来ました。」
ネズミが喋った。
驚くべきだろう。ネズミが喋っている。しかし——驚けなかった。白兎も喋った。この世界では動物が喋る。もう慣れた。慣れたくなかったが慣れた。
「……お前は」
「野ネズミです。この原野にいます。」
「なぜ来た」
「ここにいたから。——あなたもそう言ったでしょう。白兎に」
白兎に言った言葉が——返ってきた。俺が言った「ここにいたから」が、別の生き物の口から返ってきた。
「中は広いです。外は狭いです。」
「何の話だ」
「穴の中は広い。穴の外は狭い。——入りなさい」
炎が二十歩先に迫っていた。考える暇がなかった。
穴に——入った。小さい穴だ。俺の体は入らない——はずだったが、手を入れると土が崩れて広がった。肩まで入った。頭まで入った。体全体が——土の中に沈んだ。
野ネズミが言った通りだった。中は広い。外は狭い。穴の入口は小さいが、中は——空洞になっていた。俺一人が横になれるほどの空間。
頭の上で——炎が通り過ぎていった。
熱が来た。土越しに。上から。激しい熱。しかし——土が断熱している。直接の炎は来ない。煙が来ない。酸素は——穴の下の方にまだ残っている。
轟音が過ぎた。炎が原野を焼き尽くしていく音。草が爆ぜる音。大地がひび割れる音。
しばらくして——静かになった。
野ネズミが穴の奥で丸くなっていた。小さな目が俺を見ていた。
「……終わったか」
「はい。通り過ぎました。」
「……ありがたい」
言ってしまった。荒魂の封印ではなく——素直に出た言葉だった。この野ネズミがいなければ、俺は三度目の死を迎えていた。
「お礼はいいです。ここにいたから——来ただけです。」
また返ってきた。俺の言葉が。俺が白兎に言ったことが、巡り巡って、別の形で返ってくる。
穴を出た。
原野は——焼け野原だった。
緑の生物発光が消えていた。草は黒い灰になっていた。大地がひび割れて、煙が立ち上っている。暗い世界がさらに暗くなっていた。光るものが全部燃えた。
暗闇の中に——俺が立っていた。
焼けた野に。一人で。服が焦げている。髪の先が縮れている。しかし——生きている。
穴から出てきた俺を——スサノオが見ていた。
原野の端に。炎の届かない場所に。腕を組んで立っていた。
火を放ったのはスサノオだ。四方から。逃げ場のない火を。しかし今——その目は、火を放った者の目ではなかった。
止まっていた。
スサノオが——止まっていた。腕を組んだまま。嵐が揺れていた。金色のくすんだ嵐が。
何を考えているのか、読めなかった。老いた目の奥で、何かが動いていた。何かを計算している目ではない。何かを——思い出している目だった。
長い沈黙があった。
焼けた原野の煙が漂う中で、二人で立っていた。
「……生きていたか。」
「ああ」
「何が助けた」
「野ネズミだ」
「…………」
「穴の中に入れてくれた。『ここにいたから来ました』と言っていた」
スサノオの嵐が——一瞬、揺れた。大きく。金色の残光が閃いた。
「……ここにいたから。」
「ああ」
「お前はそれしか言わないな。」
「他に言いようがない」
「…………」
スサノオが——笑った。小さく。皺だらけの顔が動いた。しかし笑いの奥に——別の表情があった。懐かしさ。そして——諦めに似た受容。
「縁が——助ける。」
三度目だった。蛇の室の後。ムカデと蜂の後。そして火の後。三度同じことを言った。しかし三度目は——確認ではなかった。結論だった。
「俺とは違う守護の形だ。」
スサノオが俺に背を向けた。歩き出した。
その背中を見ていた。老いた嵐が揺れている。何百年分の力が枯れかけている嵐。かつて山を削り、海を荒らし、清い川を作った嵐の残り。
背中が——小さく見えた。初めて会ったとき、スサノオは「でかい」と思った。座っていても大きかった。立ったら頭一つ分高かった。しかし今——焼け野原を歩く背中は、小さかった。
老いている。
この神は——老いている。嵐が枯れて、体が痩せて、力が衰えている。それでも試練を出し続けている。誰かを試し続けている。
何のために。
——何かを渡すためだ。
そう思った。根拠はなかった。しかしこの神が試練を出す理由は、殺すためではない。ふるいにかけるためだ。何かを渡す相手を——探している。
それが何なのかは、まだ分からなかった。
野ネズミが穴から顔を出していた。小さな目が俺を見ていた。
「……また何かあったら」
「ここにいます。いつでも。」
穴に引っ込んだ。
焼けた原野に一人残された。服が焦げ臭い。髪が縮れている。しかし——生きている。
三度目はなかった。
四つの試練を全て乗り越えた。蛇。ムカデ。蜂。火。全て——自分の力ではない。比礼と穴。須勢理毘売と野ネズミ。縁で乗り越えた。
力のない神が——縁で、ここに立っている。
それが何を意味するのか。まだ分からない。分からないが——立っている。
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