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第四章 二度目の死

 兄たちは懲りなかった。


 一度殺して、蘇ったのを見て、怖がったはずだ。目が変わったと言った。酒の器を落とした兄もいた。


 しかし——怖がったことが、さらに怒りになったらしい。末弟に恐怖を感じた。それが屈辱になった。八十人の兄が一人の末弟を恐れた。その事実を消すには——もう一度殺すしかないと思ったのだろう。


 今度は木だった。


 山道で大きな木を切り倒し、幹に楔を打って割れ目を作り、「ここに薬草がある。取ってくれ」と言った。


 分かっていた。罠だと分かっていた。


 前回は分からなかった。猪だと信じた。今回は——分かっている。木の割れ目に入れば、楔を抜かれる。木が閉じる。挟まれる。


 分かっていて——入った。


 なぜか。


 分からない。避ける気にならなかった。避ければ兄たちは別の方法を考える。三度目はもっと巧妙になる。四度目はもっと残酷になる。避け続ける人生に——疲れた。まだ二度目だが、もう疲れていた。


 それに——死ぬことが、さっきほど怖くなかった。


 一度死んで蘇った。体が組み直された。また生きている。ならば二度目も蘇るのではないか。根拠はない。しかし——足が止まらなかった。


 木の割れ目に入った。


 楔が抜かれた。


 木が閉じた。


 胴を挟まれた。肋骨が折れる音がした。内臓が圧迫される感覚があった。呼吸ができなくなった。


挿絵(By みてみん)


 前回より——長かった。焼けた岩は一瞬だった。潰れて、白くなって、終わった。今回は——挟まれたまま、しばらく意識があった。木の樹液の匂いがした。甘い匂い。自分の血の匂いと混ざって——妙な匂いになった。


 死んだ。


 白くなった。また、あの白。何もない白。


 ——怖くなかった。


 一度目は怖かった。白の中で、俺は何かを感じた。恐怖ではないが——驚きがあった。死とはこういうものか、という。


 二度目は、それがなかった。


 白の中で、俺は静かだった。「また来た」と思った。それだけだった。


 ——怖くない。


 二度死んで、怖くない。


 怖くないことが——怖かった。


 人は死を恐れる。神も死を恐れる。恐れるから、生きようとする。生きようとするから、力が出る。力が出るから——何かを守れる。


 恐れがなくなったら——何で生きるのか。


 何が俺を動かすのか。


 白の中で、また声が聞こえた。母の声。


「——お願いします。もう一度だけ——」


 カミムスビの声が応えた。


「——二度目か。」


「はい。二度目です。——お願いします」


「……送ろう。」


 暗闘が来た。体が組み直される。


 今度は速かった。


 骨が一本ずつではなく、まとめて組み上がった。肉が一気に張りついた。内臓が戻った。皮膚が被さった。


 体が——覚えていた。一度やったことを体が覚えていて、二度目は手順を省略した。


 目が開いた。


 木の根元に横たわっていた。割れた木が横にある。兄たちはもういなかった。今度は宴をしなかったらしい。一度失敗したから。蘇ることを知っているから。


 ——では、なぜ殺したのか。


 答えは一つだ。蘇ると分かっていても殺したかった。殺すことが目的になっていた。蘇っても何度でも殺す。その意志表示だ。


 立ち上がった。体が軽い。一度目より軽い。組み直しが速かった分、余計なものが落ちた気がする。何が落ちたのかは分からないが——何かが一枚、剥がれた。


 歩いた。


 しばらく歩いて——母がいた。


 道の脇の木の下に、刺国若比売が座っていた。小柄な女神だった。目が赤い。泣いた跡がある。俺が死んでいる間、ずっと泣いていたのだろう。


「……母さん」


「……生きてる」


「ああ。また生きてる」


 母が——立ち上がって、俺の顔を両手で挟んだ。顔を近づけて、目を見た。長い間、見ていた。


「……目が、また変わった」


「そうらしい」


「一度目のときより——遠くなった」


「…………」


「怖い目じゃない。でも——遠い」


 母の手が冷たかった。泣いた後の手は冷たい。八上比売の手は温かかった。母の手は冷たい。同じ手なのに——全然違う。


「母さん。俺はもう——」


「ここにいてはいけない」


 俺が言おうとしたことを、母が先に言った。


「兄たちは止まらない。三度目も来る。四度目も。お前を殺し続ける」


「……ああ」


「カミムスビに何度も頼むことはできない。二度が限度だ。次はない」


 次がない。三度目に死んだら——終わり。


「根の堅洲国ねのかたすくにに行きなさい」


「根の堅洲国」


「地の底の国。スサノオが治めている。あそこなら——兄たちは追ってこない」


 スサノオ。嵐の神。清い川を残した大叔父。


「母さんは」


「私はここにいる。出雲で。あなたが戻るまで」


「…………」


「戻りなさい。いつか。強くなって」


 母が俺から手を離した。


「行きなさい」


「……ああ」


「荷物は——もう、持たなくていい」


 その一言で——何かが終わった。


 荷物を持たなくていい。もう持たなくていい。兄たちの荷物を背負わなくていい。


 俺は荷物持ちではなくなった。二度死んで、荷物持ちが終わった。


 何になるのかは、まだ分からない。


 母に背を向けて歩き出した。振り返らなかった。振り返ったら——泣きそうだったからだ。死は怖くなくなった。しかし母と離れることは怖かった。怖いものがまだ一つ残っていた。


 川に出た。


 あの川だった。清い川。スサノオが残した川。出雲を出るとき、老人のそばで足を止めた、あの川。


 背中の荷物を下ろした。最後の荷物。誰のものでもない、雑多な荷。道端に置いた。


 両手が空いた。


 八上比売に触れた手。白兎を治した手。焼けた岩に潰された手。木に挟まれた手。二度死んで二度蘇った手。


 川の水を掬って飲んだ。旨かった。二度目に飲んでも旨い。


 川の底を見た。透明な水の下に、石がある。石の向こうに泥がある。泥の向こうに——暗闇がある。


 根の堅洲国。地の底。スサノオの国。


 そこに行く。


 何があるか分からない。何が待っているか分からない。しかし——地上にいたら三度目の死が来る。三度目は蘇れない。


 地上か、地の底か。


 選択ではなかった。地上に残る選択肢がないのだから。消去法だ。消去法で地の底を選ぶ。


 しかし——消去法であっても、足は動く。


 川に入った。水が冷たかった。膝まで。腰まで。胸まで。


 潜った。


 水の中は暗かった。しかし死の白よりはましだった。ここには冷たさがある。温度がある。感覚がある。


 深く潜った。


 川底を通り過ぎて——さらに下へ。水が、水ではないものに変わっていく。


 暗闘の奥に——光が見えた。


 緑色の光。水の底の、さらに底で、何かが光っている。生物発光。生きているものの光。


 根の堅洲国が——近づいてきた。

ご拝読いただきありがとうございました!

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