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第三十九章 建御雷神(たけみかづち)

 枯野かれのが死んで——七日間、雨が降った。


 大地が泣いていた。国魂くにたまを通じて感じた。枯野かれのがいなくなったことを——大地そのものが悲しんでいた。


 建御名方たけみなかたは七日間、稲佐の浜にいた。雨に打たれながら。枯野かれのの石を埋めた場所で。


 腕の蔓の模様は日に日に広がり、七日目には背中まで達していた。枯野かれのの力が——息子の体に根を張っていった。


 八日目の朝——雨がやんだ。


 空が晴れた。雲が切れた。青い空が——


 ——違った。


 青くなかった。


 空が金色だった。北から。北東から。東から。空の半分が——金色に染まっていた。朝日の色ではない。もっと——冷たい金色。金属の色。


 足の裏が——痺れた。国魂くにたまが叫んでいた。


「……来る」


 呟いた。来るのではない。——来た。


 アメノホヒが走ってきた。顔が白かった。


大国主おおくにぬし——見ろ。空を」


 見ていた。金色の空を。


 その金色の中に——影があった。一つではなかった。


 数えきれなかった。


 空の金色の中に——無数の影が並んでいた。人の形をした影。鏡面の偵察兵に似ている。しかし——もっと大きい。もっと多い。そしてその全ての前に——一柱の光が立っていた。


 白い光。しかし光の中の体は——巨大だった。丸太のような腕。岩を積み上げたような肩。筋肉の一本一本に稲妻が走っている。体の輪郭そのものが放電していた。鬼のようだった。神というより——鬼。力を鋳固めて人の形にしたような体。


 建御雷神たけみかづち


 そして——その後ろに。


 軍勢。


 高天原たかまがはらの軍勢だった。金色の鎧を纏った神々が——空を埋めていた。何百柱。何千柱。空から地上を見下ろしている。整列している。命令を待っている。


挿絵(By みてみん)


「…………」


「一人ではない。——軍を連れてきた」


 アメノホヒの声が震えていた。


「アメノホヒ。——あの規模は」


高天原たかまがはらの正規軍だ。——使者ではない。もう交渉ではない」


 交渉ではない。回答を聞きに来たのではない。「渡せ」を実行しに来た。渡さないなら——取る。


 軍勢が——降りてきた。ゆっくりと。空から。稲佐の浜に向かって。金色の光が帯のように空から地上に降り注いでいく。


「——出雲に伝えろ」


「何を」


「全員来い、と」


 アメノホヒが走っていった。


 俺は——大地を踏んだ。国魂くにたまを通じて。出雲の全ての道に。全ての村に。全ての神に。


 振動を送った。三回。


 ——ここにいる。来い。


 須勢理毘売すせりびめが来た。木俣このまたが来た。建御名方たけみなかたが来た。事代主ことしろぬしが来た。


 小さな神たちが来た。


 東の川の神。南の山の神。西の浜の神。北の森の神。言霊式ことだましき結縁けつえんで繋いだ村の神々が——道を走ってきた。俺が作った道を。


 五十柱だった集団が——十年で百を超えていた。


 小さい。一柱では何もできない。しかし——来た。「ここにいるから来た」と言って。


 村人も来た。老人が。若者が。子供を抱えた母が。鍬を持って。鎌を持って。何も持たずに。


「……来るなと言ったはずだ。人間は——」


大国主おおくにぬしさまの国でしょう。——俺たちの国でしょう。守りますよ。俺たちも」


 老人が言った。あの老人。清い川のそばにいた老人。「嵐の神と同じ目をしている」と言った老人が——鍬を持って立っていた。


 稲佐の浜。


 高天原たかまがはらの軍勢が——浜に降り立ち始めた。金色の鎧。金色の武器。整然と。静かに。圧倒的に。


 出雲の側は——浜の手前に集まっていた。百柱の小さな神。村人。須勢理毘売すせりびめ木俣このまた事代主ことしろぬし建御名方たけみなかた。アメノホヒ。


 そして——俺。


 二つの軍勢が——稲佐の浜で向かい合った。


 建御雷神たけみかづちが——前に出た。


 足が砂に触れた瞬間——浜全体が光った。砂が溶けてガラスに変わった。


 顔があった。広い顎。潰れた鼻。額に走る稲妻の筋が角のように見えた。目は小さく、奥まっていて——その奥で白い光が燃えている。口を開いていないのに——歯が見えた。牙のような歯。鬼だった。力そのものが顔の形をしている。腰に剣を帯びている。抜いていない。抜く必要がないのだ。この体そのものが武器だった。


「——大国主おおくにぬし。」


 声が空気を震わせた。声そのものが雷だった。骨が振動する。


「お前の答えを聞きに来た。」


「…………」


「この国を——渡すか。渡さないか。」


 見渡した。


 後ろを。出雲の神々を。村人を。家族を。


 前を。高天原たかまがはらの軍勢を。金色の無数の鎧を。建御雷神たけみかづちの白い光を。


 勝てない。


 数が違う。力が違う。建御雷神たけみかづち一柱だけでも——出雲を消せる。軍勢まで連れてきた。


 しかし——後ろに、来てくれた者たちがいる。「ここにいるから来た」と言って。


 渡すのか。渡さないのか。守れるのか。守れないのか。


「……息子に聞かせてくれ」


「息子。」


「二人いる。——息子たちの答えも聞いてくれ。俺一人の国ではない」


 建御雷神たけみかづちの目が——少しだけ動いた。軍勢の後ろに——わずかな間が生まれた。


「……いいだろう。呼べ。」


 事代主ことしろぬし建御名方たけみなかたが前に出た。


 事代主ことしろぬしは手ぶらだった。鯛も釣竿も持っていない。穏やかな顔。


 建御名方たけみなかたは拳を握っていた。腕に蔓の模様。目が——燃えていた。


 建御雷神たけみかづちが二人を見た。


「答えを。」


 建御名方たけみなかたが——口を開いた。


「渡さない。——戦う」


 事代主ことしろぬしが——口を開かなかった。俺を見ていた。穏やかな黒い目で。


「……事代主ことしろぬし


「父上。——少し、考えさせてください」


 建御雷神たけみかづちが立っていた。足元のガラスが光っていた。出雲の全軍が後ろにいた。高天原たかまがはらの全軍が前にいた。


 答えが——まだ出ていない。


 建御名方たけみなかたの目が——高天原たかまがはらの軍勢を見ていた。拳が——震えていた。怒りで。枯野かれのを殺した雷を放った神を——目の前にして。


 俺が答えを出す前に——火が着きそうだった。

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