↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/44

第三十九章 建御雷神(たけみかづち)

 枯野(かれの)が死んで——七日間、雨が降った。


 大地が泣いていた。国魂(くにたま)を通じて感じた。枯野(かれの)がいなくなったことを——大地そのものが悲しんでいた。


 建御名方(たけみなかた)は七日間、稲佐の浜にいた。雨に打たれながら。枯野(かれの)の石を埋めた場所で。


 腕の蔓の模様は日に日に広がり、七日目には背中まで達していた。枯野(かれの)の力が——息子の体に根を張っていった。


 八日目の朝——雨がやんだ。


 空が晴れた。雲が切れた。青い空が——


 ——違った。


 青くなかった。


 空が金色だった。北から。北東から。東から。空の半分が——金色に染まっていた。朝日の色ではない。もっと——冷たい金色。金属の色。


 足の裏が——痺れた。国魂(くにたま)が叫んでいた。


「……来る」


 呟いた。来るのではない。——来た。


 アメノホヒが走ってきた。顔が白かった。


「大国主(おおくにぬし)——見ろ。空を」


 見ていた。金色の空を。


 その金色の中に——影があった。一つではなかった。


 数えきれなかった。


 空の金色の中に——無数の影が並んでいた。人の形をした影。鏡面の偵察兵に似ている。しかし——もっと大きい。もっと多い。そしてその全ての前に——一柱の光が立っていた。


 白い光。しかし光の中の体は——巨大だった。丸太のような腕。岩を積み上げたような肩。筋肉の一本一本に稲妻が走っている。体の輪郭そのものが放電していた。鬼のようだった。神というより——鬼。力を鋳固めて人の形にしたような体。


 建御雷神(たけみかづち)。


 そして——その後ろに。


 軍勢。


 高天原(たかまがはら)の軍勢だった。金色の鎧を纏った神々が——空を埋めていた。何百柱。何千柱。空から地上を見下ろしている。整列している。命令を待っている。


挿絵(By みてみん)


「…………」


「一人ではない。——軍を連れてきた」


 アメノホヒの声が震えていた。


「アメノホヒ。——あの規模は」


「高天原(たかまがはら)の正規軍だ。——使者ではない。もう交渉ではない」


 交渉ではない。回答を聞きに来たのではない。「渡せ」を実行しに来た。渡さないなら——取る。


 軍勢が——降りてきた。ゆっくりと。空から。稲佐の浜に向かって。金色の光が帯のように空から地上に降り注いでいく。


「——出雲に伝えろ」


「何を」


「全員来い、と」


 アメノホヒが走っていった。


 俺は——大地を踏んだ。国魂(くにたま)を通じて。出雲の全ての道に。全ての村に。全ての神に。


 振動を送った。三回。


 ——ここにいる。来い。


 須勢理毘売(すせりびめ)が来た。木俣(このまた)が来た。建御名方(たけみなかた)が来た。事代主(ことしろぬし)が来た。


 小さな神たちが来た。


 東の川の神。南の山の神。西の浜の神。北の森の神。言霊式(ことだましき)・結縁(けつえん)で繋いだ村の神々が——道を走ってきた。俺が作った道を。


 五十柱だった集団が——十年で百を超えていた。


 小さい。一柱では何もできない。しかし——来た。「ここにいるから来た」と言って。


 村人も来た。老人が。若者が。子供を抱えた母が。鍬を持って。鎌を持って。何も持たずに。


「……来るなと言ったはずだ。人間は——」


「大国主(おおくにぬし)さまの国でしょう。——俺たちの国でしょう。守りますよ。俺たちも」


 老人が言った。あの老人。清い川のそばにいた老人。「嵐の神と同じ目をしている」と言った老人が——鍬を持って立っていた。


 稲佐の浜。


 高天原(たかまがはら)の軍勢が——浜に降り立ち始めた。金色の鎧。金色の武器。整然と。静かに。圧倒的に。


 出雲の側は——浜の手前に集まっていた。百柱の小さな神。村人。須勢理毘売(すせりびめ)。木俣(このまた)。事代主(ことしろぬし)。建御名方(たけみなかた)。アメノホヒ。


 そして——俺。


 二つの軍勢が——稲佐の浜で向かい合った。


 建御雷神(たけみかづち)が——前に出た。


 足が砂に触れた瞬間——浜全体が光った。砂が溶けてガラスに変わった。


 顔があった。広い顎。潰れた鼻。額に走る稲妻の筋が角のように見えた。目は小さく、奥まっていて——その奥で白い光が燃えている。口を開いていないのに——歯が見えた。牙のような歯。鬼だった。力そのものが顔の形をしている。腰に剣を帯びている。抜いていない。抜く必要がないのだ。この体そのものが武器だった。


「——大国主(おおくにぬし)。」


 声が空気を震わせた。声そのものが雷だった。骨が振動する。


「お前の答えを聞きに来た。」


「…………」


「この国を——渡すか。渡さないか。」


 見渡した。


 後ろを。出雲の神々を。村人を。家族を。


 前を。高天原(たかまがはら)の軍勢を。金色の無数の鎧を。建御雷神(たけみかづち)の白い光を。


 勝てない。


 数が違う。力が違う。建御雷神(たけみかづち)一柱だけでも——出雲を消せる。軍勢まで連れてきた。


 しかし——後ろに、来てくれた者たちがいる。「ここにいるから来た」と言って。


 渡すのか。渡さないのか。守れるのか。守れないのか。


「……息子に聞かせてくれ」


「息子。」


「二人いる。——息子たちの答えも聞いてくれ。俺一人の国ではない」


 建御雷神(たけみかづち)の目が——少しだけ動いた。軍勢の後ろに——わずかな間が生まれた。


「……いいだろう。呼べ。」


 事代主(ことしろぬし)と建御名方(たけみなかた)が前に出た。


 事代主(ことしろぬし)は手ぶらだった。鯛も釣竿も持っていない。穏やかな顔。


 建御名方(たけみなかた)は拳を握っていた。腕に蔓の模様。目が——燃えていた。


 建御雷神(たけみかづち)が二人を見た。


「答えを。」


 建御名方(たけみなかた)が——口を開いた。


「渡さない。——戦う」


 事代主(ことしろぬし)が——口を開かなかった。俺を見ていた。穏やかな黒い目で。


「……事代主(ことしろぬし)」


「父上。——少し、考えさせてください」


 建御雷神(たけみかづち)が立っていた。足元のガラスが光っていた。出雲の全軍が後ろにいた。高天原(たかまがはら)の全軍が前にいた。


 答えが——まだ出ていない。


 建御名方(たけみなかた)の目が——高天原(たかまがはら)の軍勢を見ていた。拳が——震えていた。怒りで。枯野(かれの)を殺した雷を放った神を——目の前にして。


 俺が答えを出す前に——火が着きそうだった。

ご拝読いただきありがとうございました!

作者のモチベアップのために少しのお手間ですが、ご協力いただけると大変ありがたいです!


「続きをチェックしたい!」

→ 【ブックマークに追加】をポチッと!


「面白かった!」「続きに期待!」

→ 下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。