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どこか遠くから声が聞こえる。頭のなかに響くような声は、どんどん大きくなっていく。『助けて』や『お父さん、お母さん』と呼びかける声からは、かなりパニックになっていることがうかがえる。
でも、いったいどこから聞こえてくるのだろう。それに、自分の置かれている状況もわからない。周囲の様子を見たくても、目を開けることもできなければ、体を動かすことさえできない。自分はどうしてしまったのだろう。目覚める前の最後の記憶を思い出そうとティアは試みる。
(たしか……)
頭がぼんやりしてなかなか思い出せない。ずいぶん長く眠ってしまったのだろうか。それにしても、いくら長く眠ったとはいえ、目も開けられなければ動くこともできないのはおかしい。
(そういえば、眠りに落ちる直前に、誰かと話していたような……)
必死に考えるうちに、少しずついやな記憶がよみがえってきた。
思い出した! 自分は男ふたりに捕らえられたのだ。そして、友人だと思っていた相手に禁術を使われて──。
禍々しい気と、見たこともない魔法陣。そのせいで、自分は次第に意識を失っていったのだ。その友人──アナイリスに魔力を奪われながら。
ティアは四歳のときに魔法の才を見いだされ、魔法協会に引き取られた。いや、引き取られたのではない。売られたのだ。ティアの実家はとても貧しく、両親と三人の子どもたちは満足に食べることもできなかった。だから、ティアの両親は多額の金と引き換えに、娘を協会に売り渡したのだ。
魔法協会とは、魔法使いを育てるための、いわば学校のような場所だ。物心つくかつかないかくらいの年齢の子から十八歳までの魔法使い見習いたちがいる。大半は、家族から口減らしのために売られたり、孤児だったりと、貧しい暮らしを送っていた者たちばかりだ。すきま風の入らない温かな部屋に、自分専用のベッド。一日三食しっかり食べられるし、両親から殴られることもない。魔法協会に売られたことは、ティアにとっての幸運だった。
ある程度の金がある人間で魔法を学びたい者たちは、王都にある魔法学園に通うのが普通らしいが、ティアは魔法協会に所属していることにじゅうぶん満足していた。
なのでティアは、協会を出て魔法使いとして独り立ちするまで、ずっと同じように平穏な毎日が続くものだと思いこんでいたのだ。
「あんたのこと、生意気だと思っていたの。年下のくせにちょっと魔力量が多くていろいろな魔法が使えるからって、いつもこっちを見下しながら、えらそうにいろいろ教えようとしたわよね。だからむかついてたのよ」
意識を失う前にアナイリスから言われた言葉をぼんやりと思い出す。
いま十四歳のティアは、協会にいる誰よりも魔力量が多く、誰よりも魔法に精通していた。それに、大魔法使いであるルキアや、彼女の弟子で真理の塔の塔主であるシルにも匹敵するようになるだろうと、周囲から期待されてもいた。だから、無意識のうちに、四歳年上の友人を見下すような態度をとっていたのだろうか。でも、その程度のことで、禁術を使われるほどに憎まれたとも思えない。ただたんに、アナイリスはティアの魔力を欲し、こんな暴挙に出ただけなのかもしれない。
アナイリスはティアの魔力が必要で、殺さないと言っていた。きっと身動きできないのは、仮死状態になる魔術をかけられているからだろう。そしていまは、人目につかない場所に隠されているはずだ。
禁術のなかには、年も取らず、食事も必要とせず、ただ眠ったままのような状態で生き長らえさせるものがあると聞いたことがある。おそらくティアは、そんな術をかけられた状態で、アナイリスに魔力を供給しつづけているに違いない。あのときつけられた、手首の刻印が、ふたりをつないでいるのだ。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。意識だけはこうして取り戻せたものの、体はまったく動かせず、確認のしようもない。数日? 数週間? 数カ月? それとも、もう何年も経ったあとだろうか。
ティアがなんとか体を動かせないか指先に力を入れようとしていると、ふたたびどこかから声が聞こえてきた。さっきよりもよく聞こえるようになった。
『助けて! 助けて!!!』
まだ若そうな、男性の声だ。かなりのパニック状態に陥っている。頭の奥に響くような声を聞いているうちに、ティアはあることに気がついた。声は外から聞こえてくるのではなく、自分の頭のなかで響いているのだと。
まるで、誰かの意識が自分の体に入り込んでしまったみたいだ。自分は仮死状態なのだから、似た境遇の人物の意識が入りこんでしまった可能性も、考えられないことではないと思い至る。
ティアはその人物と意思の疎通ができるよう、集中した。そして、恐怖の感情を爆発させる相手に、ティアは落ち着くよう話しかける。
〝ねえ、落ち着いて〟
『だ、誰……?』
〝わたしはティア〟
『ティア? 外国人?』
〝外国人? なんのこと〟
『違う国で暮らす人のことだよ』
〝あなたはどこから来たの?〟
『日本』
ティアの住む国とはまったく違う国名だ。行くことのかなわぬ、海の向こうの国の名だろうか。
〝ニホン? 聞いたことないわね。ここはマルメリアよ〟
『マルメリア? おれも聞いたことないよ』
話しているうちに、次第に相手が落ち着いてきたように感じられた。
〝あなたの名前を教えてくれる?〟
『怜……』
〝レイっていうのね。よろしく〟
レイから、どうして話さずに会話できているのか、なぜ違う国で暮らすふたりの言葉が通じるのかなどを聞かれ、頭のなかで会話できている理由をなんとなくわかっているティアは説明することにした。
〝たぶんそれは、レイの魂がわたしの体に入ってきたからだと思う〟
そう伝えると、しばらくの間、レイからの反応がなくなった。
『それって……おれは死んだってこと?』
ようやくレイから反応があったと思ったら、そんな問いを投げかけられてしまった。
〝正直なところ、わからない。わたしは魔法使いの友人のせいで、仮死状態にあるらしいの。そこにあなたの意識が入りこんできたみたいだから、あなたの本体がどうなっているか、いまのわたしでは確認しようがないわ〟
またしても、レイからの反応がなくなってしまった。けれど、しばらくののち、ふたたびレイに問いかけられた。
『おれが生きているかどうか、ティアの仮死状態が解ければわかるようになるのかな?』
〝ええ、わかると思う。わたしは光魔法を使えるから、他人の魂を見ることができるの。だから、魂と体をつなぐ細い糸が見えたら、糸を追った先には本体があるはずよ〟
『光魔法?』
〝そうよ。光魔法には、魂の色を見るための術があるの。相手がどんな魔法属性を持つかわかるから、重宝される魔法よ〟
『魔法かぁ。さっき、ティアは魔法使いのせいで仮死状態になったって言ったよね。おれが住んでいたところでは、魔法なんてなかった。だから、にわかには信じがたい話だけど、こうして頭に思い浮かべるだけで会話できるなら、不思議なことがあってもおかしくはないと思えてきた。もっとも、おれの気が触れて、ティアという幻を生み出したわけではないかぎりね』
〝わたしは幻なんかじゃないわ〟
レイを安心させるように、ティアは答えた。
『うん、ティアを信じるよ』
〝ありがとう。それじゃあ、まずはどうにかしてこの仮死状態から脱却しないと〟
そうしないかぎり、永遠に頭のなかで会話するだけになってしまう。
〝でも、わたしに使われたのは禁じられた魔法で、どう解けばいいのか見当もつかないの〟
途方に暮れながらティアが漏らす。
『おれの意識がティアのなかに入りこむまで、ティアはどうしてたの? 仮死状態ってことは、意識もなかった?』
〝そうなの。レイの声が頭のなかに響いて、目覚めた感じよ〟
『だったら、体も目覚める日は近いんじゃないかな。指先だけでもいいから、なんとか動かせるよう、一緒に頑張ろう!』
前向きなレイの言葉を聞き、ティアはくすっと笑った。友人の裏切りで暗くなりそうな心を、レイのポジティブさが救ってくれる。
〝そうね、一緒に頑張りましょう!〟
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