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怜が目覚めたのは、一筋の光さえささない真の暗闇だった。一気に恐怖が襲ってきて、この場から逃れたい一心で身じろごうとするが、まったく体が動かない。悲鳴をあげれば誰かに聞こえ、助けてもらえるかもしれない。そう思って口を開こうとしても、たったそれしきの動きすら怜にはできなかった。
この暗闇さえ、自分の目が開いていないからだと気づき、恐ろしくてたまらなくなる。
(なんで、どうして──!?)
さまざまな疑問が頭のなかに渦巻くが、現状に対する恐怖のせいで、落ち着いて考えられない。いったいこうなる前に、何が自分の身に起こったのだろう。
必死に考えてみる。
(パニックになっちゃ駄目だ。深呼吸しないと……)
深呼吸? 自分はちゃんと呼吸できているのだろうか。なにしろ、動くことも話すことも、目を開くことだってできないのに。
(たしかおれは……)
パニックになりそうな気持ちをなんとか抑え、怜はこんな状況になる前のことを思い出そうと試みる。
今日は親友の明に誘われ、彼の家族とキャンプに行くところだったはずだ。怜の家族も大のキャンプ好きではあるが、父親の仕事の関係で頻繁に行くことはできない。だから、アウトドア派の明の家族のおかげで、たびたびキャンプ旅行に連れていってもらえていた。明はひとりっ子だから、怜ももうひとりの息子のように、彼の両親に可愛がられているのだ。
都合がつけば、明の家族と怜の家族は、ともにキャンプすることもある。しかし、今回は怜の父親の仕事の関係で、怜のみが明の家族に同行することになった。
今日もよくある週末の小旅行となる予定だったはずなのだけれど……。
(そうだ、迂回路がひどい山道で──)
山奥のキャンプ場に行くための道が事故で封鎖されていたから、明の父親は地元の人しか使わないような、ガードレールもない山道に入っていった。車一台通るのがやっとの狭い道で、対向車が来たらどうしようと、明とふたり、後部座席ではらはらした。そこまで思い出した怜は、もっと思い出そうと記憶を巡らせた。
(たしか……途中で雨が降ってきて……)
それも、かなりの大雨だった。ただでさえ悪路なのに加え、雨で視界も悪くなっていた。だからだろう。目測を誤り、狭い山道を外れてしまったのは。明の父親が運転する車は崖の下へと一気に落ちていった。全員が悲鳴をあげるなか、より最悪なことに、雨で地盤が緩んだせいで、落ちていく車に大量の土砂が降りかかってきて……。
(いま体を動かせないのは、生き埋めになっているからなんだ! 明や、明のお父さんとお母さんは、大丈夫なのか!?)
なんとか動きたいと思っても、指一本動かせない。このままでは、土砂のせいで窒息死してしまう。なんとかしないと。そう気持ちばかり焦っても、なにもできないのがもどかしい。
『どうしよう……誰か助けて!』
声を出したつもりが、まったく音になっていない。次第に胸中にパニックがわき起こる。自分の置かれた状況が把握できないということも、よりいっそうパニックに拍車をかけた。
『助けて! 助けて!!!』
ひたすら叫ぼうと試みるが、声に出すこともかなわないだけに、助けが来るとは思えない。ここは落ち着いて、誰かが気づいてくれるのをじっと待つべきだろうか。だが、こんな悪天候で、人気のない道を通っていたのだから、すぐに土砂崩れに気づいてくれる人がいるとは思えない。そう思うと、ふたたびパニックが襲いかかってきた
。
『体が動かせない! どうすればいい? 誰か、助けて! お母さん! お父さん!』
自分がまともに呼吸できているかもわからない。そんなことすら把握できない現状に、ひょっとしたら自分は死んでしまい、ここは死後の世界で──暗闇だけが広がる『無』の場所にいるのではないかとさえ思えてきた。
もし自分が死んでしまったのなら、こうして意識だけ残っているなどあまりにもひどい。いったいいつまで、この状態は続くのだろう。もしかしたら、このままずっと──?
『いやだ! 助けて! 誰かここから出して! 怖い、誰か来て!!!』
堪えきれずに、頭のなかで悲鳴をあげる。けれど、声なき悲鳴は誰にも気づいてもらえるわけがない。
〝落ち着いて〟
『え……?』
ふいに、誰かの声が聞こえた気がした。怜はパニックを抑えて耳を澄ます。自分は死んでいなくて、土砂崩れに巻き込まれただけで、救助が来てくれたのかもしれない。怜の胸に、かすかに希望が芽生えはじめる。
『早く! ここにいるから、早く見つけて!!』
必死に訴え、ふたたび声が聞こえるのを待つ。しかし、さっきの声は聞こえてこない。幻聴だったのか、それとも怜を見つけられずに、どこかに行ってしまったのだろうか。そもそも、自分は声を出すこともできないのだから、やはり幻聴だと思い至る。
『――いやだ! お願いだ!! 助けて!!!』
〝お願い、落ち着いて……あなたと意思の疎通をするのに手間取ってしまったの──〟
ふたたび聞こえてきた声に、怜は耳を澄ます。
『幻聴じゃない……?』
頭のなかで問いかけても、答えなんか返ってくるわけがない。あまりの恐怖に、脳が都合のいい幻聴を生み出しただけだろう。そう思いながらも、怜は問いかけずにはいられなかった。
『きみは誰?』
〝わたしはティア〟
怜の頭のなかの疑問に、その声が答えた。
ティア? 外国の人なのかな? 言葉には出していないはずなのに、どうして答えてくれたんだろう。あまりにも強い恐怖が、ティアと名乗る幻の存在を生み出したのだろうか。こうして会話しているのは、自分の頭がおかしくなってしまったから?
〝あなたの名前を教えて〟
『れ、怜……』
幻の存在が、名前を訊いたりするだろうか。そう思いながら、怜は頭のなかで返事をした。
〝レイっていうのね。よろしく〟
ティアの声はどことなく幼く、妹の凛を思い出させた。なので、だんだん怜は落ち着きを取り戻していく。
『ねえ、ティア。ここはどこなんだ? それに、話さずに会話できてるのはどうして? そもそも、きみは外国の人みたいな名前なのに、日本語を話してるの?』
〝ニホンゴ? 聞いたことないわね。わたしが話しているのはマルメリア語よ〟
『マルメリア語?』
今度は怜が疑問に思う番だった。
『マルメリア語なんて知らない。それにしても、どうして言葉が通じてるの?』
この不思議な現象が理解できず、困惑したままで怜は訊く。
〝たぶんそれは、レイの魂がわたしの体に入ってきたからだと思う〟
魂が──体のなかに?
怜は言われたことの意味が、まったくわからなかった。
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