第9話 聖人の名前
宗教の授業で、珍しく少し面倒な課題が出た。
「自分の名前の由来、あるいは自分に関わりのある聖人について、短くまとめて提出しなさい」
教壇の前でシスターがそう言うと、教室のあちこちで小さなざわめきが起きた。
いかにもこの学校らしい課題だった。普通の学校なら、名前の由来を家で親に聞いて終わるかもしれない。でもここでは、そこに聖人伝や洗礼名や守護聖人の話が自然に混ざる。
「え、めんどくさい」 「うち、由来とか特にないかも」 「洗礼名ならあるけど」 「マリア系は多そう」 「親に聞けばいいかな」
そんな声が飛ぶ中で、路沙は配られたプリントを見ていた。
名前の由来。
自分の名前には、ちゃんと由来がある。ありすぎるくらいある。
路沙。
リマのローザ。
幼いころから何度も聞かされてきた。
珍しい名前だね、と言われるたびに、親は少しだけ誇らしそうに説明した。カトリックの聖人から取ったのだと。
だから今さら驚きはしない。しないけれど、課題として改めて向き合わされると、少しだけ面倒だった。
「路沙さんは、もう決まってるじゃん」
隣の佐伯が言う。
「決まってるけど、決まってるから面倒なんだよ」
「何それ」
「ちゃんと聖人由来だから」
「いいじゃん」
「よくない。逃げ道がない」
佐伯は少し笑った。
「そんなに嫌?」
「嫌っていうか、立派すぎる」
「リマのローザって、そんなにすごい人なの?」
「たぶん、かなり」
実際、かなりだった。
授業のあと、図書室で簡単な資料を開いてみると、禁欲、祈り、清貧、神秘体験、苦行、列聖、そういう言葉が並んでいる。
あまりにもちゃんとしている。
御ミサをさぼり、昔は御ミサ後の茶話会で『ブレア・ウィッチ2』と『パッション』の話をしてアメリカ人シスターに追い出された自分とは、だいぶ遠い。
「こんな立派な人の名前をつけられても困る」
思わず小さく呟くと、向かいの席に座っていた有馬が顔を上げた。
「困るの」
「困るよ」
「どうして」
「ちゃんと聖女すぎるから」
有馬は手元のノートを閉じた。
「リマのローザ?」
「うん」
「たしかに、かなりちゃんとしているわね」
「でしょ」
「でも、あなたが困る理由はそこだけじゃないでしょう」
路沙は少し黙った。
有馬は、たまに先に言う。
「……わたし、御ミサもさぼってるし」
「そうね」
「ブレア・ウィッチ2の話で追い出されてるし」
有馬が少しだけ笑う。
「それは前にも聞いた」
「最悪だったよ」
「あなたが?」
「シスターが」
「そう」
有馬は笑いを引っ込めて、少しだけ考えるような顔をした。
「でも、名前って、本人の性格診断じゃないでしょう」
路沙はそちらを見る。
「性格診断」
「こうなりなさい、というより、こういうものに守られていてほしい、みたいな祈りなんじゃない」
その言い方は、路沙が思っていたよりずっとやわらかかった。
名前を、評価や義務ではなく、祈りとして置き直す言い方だった。
「だから、あなたがリマのローザみたいに生きていなくても、別におかしくないと思う」
路沙は黙った。
有馬はさらに続ける。
「ポールが全員、聖パウロみたいに生きるわけではないし、マイケルが聖ミカエルみたいに生きるわけでもないでしょう」
路沙は思わず少し笑った。
「急に例が雑に広くなったね」
「わかりやすいほうがいいかと思って」
「ポールとマイケル」
「かなり一般的でしょう」
「まあ、そうだけど」
有馬は平然としていた。
でも、その平然とした言い方のおかげで、路沙の中で少し固まっていたものが、ほんの少しだけほどけた。
自分の名前を、ずっと少しだけ“立派すぎるもの”として持て余していた気がする。
聖人の名前なのに、全然聖人らしくない。
御ミサもさぼるし、共同体の中での正しい話し方もよく外す。
そういう自分は、どこか名前に対して失格なのではないかと、少しだけ思っていた。
でも有馬は、それを失格判定の材料にはしなかった。
ただの由来、あるいは祈りとして置き直してしまう。
その置き直し方が、有馬らしくて、少しずるいと思った。
*
課題の話は、その日の昼休みに少し広がった。
「路沙さんって、聖女っぽくないよね」
中村がパンを食べながら言う。
「知ってる」
「どっちかっていうと、異端審問にかけられそう」
「ひどい」
「でもちょっとわかる」
佐伯まで頷く。
「何でみんなそんなにひどいの」
「だって、御ミサのあとにホラー映画の話するんでしょ」
「その話、まだ生きてるんだ」
「有名だよ」
「最悪」
みんな笑っている。
路沙も一応笑ったけれど、少しだけ刺さる。
聖人の名前を持っているのに、全然そう見えない。
そのズレが、冗談として可視化される。
「でも、名前はきれいだよね」
佐伯が言う。
「路沙って、音が」
「ありがとう」
「中身はともかく」
「余計」
有馬は少し離れた席でそのやりとりを聞いていて、何も言わなかった。
でも、目が合ったときにほんの少しだけ笑った。
たぶん、さっきの続きを知っている人の顔だった。
*
放課後、予備校へ向かう途中でその課題の話を真壁にすると、真壁は少し意外そうな顔をした。
「名前の由来を学校で調べさせられるの、いかにもだな」
「カトリック校だから」
「そういう感じなんだな」
「そういう感じ」
駅までの道を歩きながら、路沙はプリントを鞄から少しだけ出して見せた。
真壁は覗き込んで、ふうん、と言う。
「でも、お前の名前にそんな由来あるの、ちょっといいな」
路沙はそちらを見た。
「いいの」
「うん」
「何で」
「なんか最初から物語がついてる感じする」
その言い方は、有馬とは全然違った。
祈りとか守りとかではなく、物語。
でも、路沙にはそのほうが少しわかりやすかった。
「真壁って、たまにそういう言い方するよね」
「たまに?」
「いつもじゃない」
「便利だな」
「便利だから」
真壁は少し笑った。
「でも、お前っぽいよ。名前に由来があって、しかも本人はちょっと持て余してる感じ」
「褒めてる?」
「半分くらい」
「便利だね」
「便利だから」
同じやりとりなのに、有馬と真壁では少し温度が違う。
その違いが、路沙には少し面白かった。
*
その週、宗教の授業では聖人祭の掲示物づくりもあった。
色画用紙に聖句を書き、聖人の名前を整った字で写し、廊下に貼るための小さな説明文を作る。
路沙はこういう作業には慣れていた。幼稚園のころから、マリア祭だのクリスマスだの復活祭だの、そういう行事のたびに似たようなものを作ってきた。
祈りの言葉をきれいに書き写しながら、ふと、自分はこういうものを信じているのか、ただ知っているだけなのか、よくわからなくなる。
めでたしも、主の祈りも、言おうと思えば口が勝手に言える。
でも、それが信仰なのか習慣なのかは、たぶんずっと曖昧なままだ。
課題用のノートに、路沙はリマのローザについて短くまとめた。
南米最初の列聖者。祈りと禁欲の人。神に向かって徹底的に生きた人。
書きながら、あまりにも自分とは違うと思う。
でも同時に、遠いものに向かって本気で手を伸ばした人なのだとも思った。
その一点だけなら、少しだけわかる気がした。
何かに強く惹かれて、そこへ向かってしまう感じ。
きれいに信じることはできなくても、遠いものに目を向けてしまう感じ。
それが聖性と呼べるものかどうかはわからない。
でも、まったく無関係でもない気がした。
*
提出前、名前を書く欄で、路沙は少しだけ手を止めた。
路沙。
ただのラベルみたいに書いてきた自分の名前が、今日は少しだけ違って見える。
誰かの祈りの名残。
親が、自分にそうあってほしいと願ったもの。あるいは、何かに守られていてほしいと思ってつけた名前。
それを信じ切ることはできない。
でも、完全に無視することもできない。
聖人の名前を持っていて、御ミサをさぼっていて、共同体の中での正しい話し方をよく間違える。
それでも、この学校に長くいて、この名前で呼ばれてきた。
その半端さごと、自分なのだと思う。
路沙は名前を書き終えて、ノートを閉じた。
窓の外では、午後の光が校舎の壁を白くしている。
遠くでチャイムが鳴った。
立派すぎる名前を、まだ少し持て余している。
でも前よりは、少しだけそのまま持っていてもいい気がした。




