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空(くう)は空(そら)ではない  作者: はまゆう


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第18話 受験校決定

 十二月の予備校は、進路の話がもう調査票の段階ではなくなっていた。

 志望理由を書く時期は終わり、共通テストまでの日数を数える時期に入っている。個別面談の予定表にも、「併願校最終確認」という文字が並んでいた。


     *


 面談室で、路沙の担当講師は模試の推移を一通り確認したあと、成績表の端を指でなぞった。

「東大は本命のまま。併願は、早慶明で組みましょう」

「明治、ですか」

「ええ。文系なら手堅い併願です」

 路沙は少し黙ってから言った。

「明治はカラーが違うので、上智にしたいんですけど」

 講師が顔を上げる。

「上智ね。理由は?」

「……ずっと御ミサにイグナチオに行ったりしてたし、自分に合ってる気がして」

 うまく説明できなかった。雙葉の卒業生には上智へ進む先輩も多い。カトリック系という共通点のせいなのか、それとも別の理由なのか、路沙自身にもまだよくわかっていなかった。

「悪くはないけど、上智は年によって難易度が跳ねるから、明治や立教より安全校としては弱くなります」

「はい」

「一浪覚悟なら、それでもいい。でも、そうでないなら」

 講師は少し間を置いた。

「明治、立教もきちんと受けるか。それとも、本命のために消耗しない最小限の受験に絞るか。どちらかに決めたほうがいいです」

 路沙はすぐには答えられなかった。

 安全を広く取るか、絞って本命に集中するか。

 どちらも間違いではない。だからこそ、決めるのは自分だった。


     *


 その夜、家族で夕食を囲みながら、路沙は面談の内容を話した。

「明治と立教、受けなくていいと思う?」

 父が箸を止めて言った。

「一浪までなら、好きにしていい。無理して受験校増やして共倒れになるほうが困る」

「一浪、ほんとにいいの」

「本気で行きたいところがあるなら、一年くらいはどうにでもなる」

 母も静かにうなずいた。

「あなたが決めなさい」

 その言葉に、路沙は少し驚いた。

 もっと安全策を勧められると思っていた。でも、両親はむしろ、路沙自身の選択に任せる構えだった。


     *


 翌週、学校の担任との面談で、路沙はもう一度同じ話をした。

「早慶明のうち、明治を外して上智にしたいと思っていて」

 担任は少し考えてから言った。

「一浪の覚悟はできているの」

「はい」

「なら、無理に受験校を増やす必要はないでしょう。共通テスト利用も含めて、早稲田、慶應、上智。この三本に絞ってもいいと思います」

「立教は」

「入れてもいいけど、日程が本命の直前に重なるなら、削ったほうが体力は温存できます」

 担任の言い方は、予備校の講師よりも、もう少し路沙自身の生活に寄っていた。

「東大に全部懸けるわけじゃない。でも、散らばりすぎない併願にする、ということね」

「はい」

「それなら、早慶上智で組みましょう。上智は白谷さんなら英語学科でも合格圏だと思うけど、なんなら哲学科も受ければ滑り止めになるでしょう」

 その一言で、決まった。


     *


 放課後、図書室で有馬にその話をした。

「明治、受けないことにした」

「へえ」

「早慶上智に絞った」

 有馬は少し意外そうな顔をした。

「思ったより思い切ったのね」

「両親も、一浪までならいいって」

「それは、ずいぶん信頼されているのね」

 その言い方には、少しだけ羨ましそうな響きがあった。

「有馬は、併願どうするの」

「理三一本」

「……それ、滑り止めなしってこと?」

「私大は共通テスト利用でいくつか出すけれど、実質、東大に懸けているようなものね」

 路沙はしばらく黙った。

 自分はまだ、三校まで絞ることに迷いがあった。有馬はもっと先で、迷いすらないように見える。

「怖くないの」

「怖いわよ」

 有馬は静かに言った。

「でも、広く構えても、怖さは消えないでしょう」


     *


 夜、真壁に面談の結果を伝えると、返信は短かった。

〈早慶上智〉

〈慶應以外は共通テストで受験できるから、慶應の分を早稲田か上智で受験学科増やしたら〉

〈広く構えて共倒れになるより、絞ったほうがいい〉

 路沙は少し笑った。

 真壁の言い方は数学の話とまったく同じだった。

 欲張って手を広げるより、取れるところに絞る。

 安全校選びも、結局はそれと同じ形をしているのかもしれなかった。


     *


 その夜、机の上に併願校の一覧を書き出す。

 東京大学。早稲田。上智。

 慶應、明治の文字は、もうそこにない。

 削ったことに、寂しさがないわけではなかった。それでも、広く構えて薄く散らばるより、この三校に絞ったほうが、自分の力を全部そこに注げる気がした。

 一浪の可能性を、両親はもう引き受けてくれている。

 だから今は、怖さごと、絞ったこの形で戦うしかない。

 路沙は一覧を机の端に寄せて、問題集を開いた。

 冬はまだ長い。


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