05 小さな変化。
(は、はやい、!!!!)
足早に外廊下を進んでいくセブロをレティシアは懸命に追い掛ける。
歩の回転がどうしても二倍速を求められるのだ。
だが、勝手に着いてきた手前、文句など言えない。
「お待ちください! わ、私もっ」
レティシアも必死になる中、より一層必死な声が後ろから掛けられる。
セブロが今度はなんなんだという表情でこちらを振り返った。
「君までなんで」
レティシアの後ろからやってきたもうひとつの小さな姿にため息を着く。
「わ、私、植物の加護を持っているんです。なにか役に立つかもって。その、薬草茶とかの知識もあります!」
レティシア立ちに追いついたのはレイシー・カーターだった。
その言葉には反応せずセブロはまた何事も無かったかのように歩を進める。
「行きましょう」
視線を交わせた少女ふたりの間には謎の絆が生まれたのだった。
ーーーーーーー
「あらあら、そうなっちゃいましたかぁ」
レティシアたち一行を迎えた白衣の女医が頬に手を当てて困ったように笑う。
「えぇ。やはり負担になったようで」
レティシアは教員二人の会話に眉を顰めた。
まるで、バネッサが過呼吸を起こすことに予想が着いていたかのような言い回しである。
(先生たちは何か知ってるのね)
だが、今聞いても答えてくれないことは流石にわかる。
個人的な情報だからだ。
「バネッサちゃん。私がわかる?」
しばらく静かに背をさすっていただけだった女医が徐に口を開く。
「エメル、わたし、またしてしまいました」
「でも、今日は比較的落ち着いているじゃない。いつもなら、発症して私のところに来ても長い間落ち着かないくらい長引くことも多いのに」
進歩じゃない! と明るく声をかけてポロポロと涙を流すバネッサにエメルと呼ばれた女医は彼女の背を摩った。
「レティシア様が――」
そう零して、ふわりとバネッサがこちらを振り返る。
バネッサの視線の先を追った女医がまじまじとレティシア立ちを見つめて気がついたように女医が目を見開く。
「あら、貴女たち」
言葉を不自然に切った女医が途端に目を輝かせた。
「プリマヴェールの秘蔵っ子に、緑の妖精さんじゃない!」
「秘蔵っ子??」
レティシアはギョッとした。そんな呼ばれ方をしているなんて、初耳も初耳だった。その隣では、レイシーも狐につままれたような顔をしている。
「私がマローネのそばに行く前に、彼女が対処してくれた。的確でしたよ」
「なるほど、そうだったの」
「では私はもう戻ります」
「あとは任せてちょうだい」
役目は終えたと踵を返したセブロがレティシアたちを見る。
「君たちは――」
「この子になにかあったら夜も寝れないので」
「さっきと言っていることが違いますけど……」
礼拝堂に戻ると言うセブロに自分はここに残る旨をはっきりと意思表示する。
「全く……」
それ以上は何も言わずセブロは静かに退出した。
「こういうのって本人だけが知らないのよねぇ。あなたたち有名よ? ロザートさんは王子を振って、アカデミーに異例のあの論文を提出したことで一躍時の人だし。カーターさんは王宮の植物全部か肥大化させちゃったし」
情報過多がすぎる。
「緑の妖精……」
レティシアと同じく自分の呼び名を知らなかったのだろうレイシーが呆然と呟く。
「ちょうどいいわ!」
パンッと手を合わせた女医が手招きをして二人を呼び寄せる。
「貴女はバネッサちゃんの隣にいて手を握ってあげて。どうやら、そばが落ち着くみたいだし。で、貴女はカモミール入れるの手伝って」
「は、はい!」
レイシーを伴って続きの部屋へ姿を消した女医を見送ったレティシアは静かにバネッサな隣に腰かける。
なんて声をかけようか。
ソワソワとぐるぐると頭の中で言葉を整理する。
「大丈夫?」
結局出たのはそんな短い言葉だった。
「うん」
会話が止まる。
だが、嫌な感じは全くしない。
前世はあんなにこの子の存在が嫌で仕方なかったのに、回帰後の対面で毒気を抜かれてしまった。
「私、喘息持ちなの」
「喘息……?」
礼拝堂の様子でそうだろうなとは薄々思っていたが、同時にまさかとも思った。何故なら、会議前の人生でもそんな話は聞いたことがなかったからだ。
アウトリアンのご令嬢があんな大勢の前で倒れていれば、間違いなくアカデミーに通っていないレティシアの耳にも情報が届くはずなので、もしそうなら知らぬわけがない。
(今回の人生で初めて会った時もそんなんじゃなかったし)
そうなれば、発症したのはこの三年間のうちのどこかだろうか。
ふと思うのは、自分が変えてしまったチャールズの妃選定のことだが、関係があったりしそうだ。もしこの読みが当たっていたら、一週間は凹みそうである。
「一度引き起こしてしまうと、手がつけられなくなるほど酷くて……何も頭に入ってこないから、孤独で」
きつく結んだ指に視線を落としたままぽつりぽつりと話してくれる。
これは信頼されているということだろうか。
「レティシア様の声はそんな中でもストンと私の中に入ってきてくれて――」
レティシアに顔を向けたバネッサがふわりと笑った。
「ありがとう」
初めて会ったあの日のような快活さはなく、代わりに儚さを纏っていた。その姿で思い出すのは、彼女の母親だ。
あの時は思わなかったが、こう見るとそっくりである。
「力になれていたのなら良かったわ」
バネッサの手を取りぎゅっと握る。
回帰前の人生ではマウントを取られるようなことも多々あったが、過去は過去だ。
レティシアはバネッサと新しい関係を築くことを誓った。
「レティって呼んでちょうだい」
「じゃあ、私はネシーって呼んで欲しいわ」
少女たちは肩を寄せあってくすりと笑った。




