04 未来の友。
「では、新入生の皆さんは、こちらの長椅子に腰掛けてお待ち下さいね」
祝福測定のために通されたのは、アシェルがアカデミーを案内してくれた時、チラリと話に上がった礼拝堂だった。
早々に中に入る機会とは、こういうことだったらしい。
外観は校舎と統一された白亜の壁に緑の蔦が生き生きと拡がる様子に見惚れたが、内部にはまた違う美しさに息を飲んだ。
重厚な扉をくぐり抜けた先で最初に目を奪われたのは最奥にある祭壇だ。その上には石盤が立て掛けられており、いかにも計測装置です! とでも言うような雰囲気を醸し出していた。
高い天井から視線を滑らせた側壁には精緻な意匠を凝らしたステンドグラスが嵌め込まれている。
(ニンフかしら?)
女神ガルテアには大地に関連する精霊が仕えているとされている。
山の精霊、木の精霊、花の精霊がそれにあたるのだが、その姿らしき麗しい乙女が色硝子で見事に表現されていた。
「――中はこんな感じだったのね」
等間隔に配置された色硝子を透かして鮮やかな極彩色へと姿を変えた陽光が、正面の祭壇に向かって整然と並ぶ長椅子の背を静かに照らし出している。
「まさに圧巻ね」
堂に入った順番のまま最前列から着席していったので、ルキウスの件で遅れたレティシアの席は後ろも後ろであった。
侯爵令嬢であるレティシアが最後列に近い場所に座ったことが気になるらしい周囲の新入生へ、お気遣いなくとジェスチャーを送る。
あなたは最前列だろう的な視線が痛い。
「お待たせをいたしました。早速始めていきますので、お名前をお呼びしましたらこちらの祭壇へお越し下さい。では、レイシー・カーター、こちらに」
「はい」
注目を浴びる記念すべき一人目の新入生の名前が呼ばれる。
幼い少女らしい鈴を転がすような声がレティシアの座る後列まで響いた。
祭壇前で待ち構えていた女性教員に促されレイシーと呼ばれた少女が石盤へ手を翳す様子を、新入生たちが食い入るように見つめている。
そんな中でレティシアはと言えば、一人あることに気を取られており、石盤がどうだとか、祝福の増減がどうかとか、それどころではなかった。
「カーター……?」
その名前には聞き覚えが、否、聞き覚えしかなかった。
「――カーターって」
脳内に浮かび上がるのは同じファミリーネームを持つマリネット・カーターそのひと。
他人の測定に興味のなかったレティシアの関心が、追いついた理解とともに一挙に祭壇へ向かう。
見えた若緑の髪をポニーテールした後ろ姿に釘付けになった。
(そっくり)
髪色こそ違うが、立ち姿が瓜二つだった。
そう言い切れるのには理由がある。
マリネットがルキウスの件で侯爵家を訪れたのは三年前と随分前なわけなのだが、彼女との関係はその時の一度限りで終わることはなかったのだ。と言うのも、侯爵夫人となった母と王妃付きの侍女長にまで登りつめたマリネット――と、お互いに忙しく次第に疎遠になっていった交友が回復し、どう言う話が二人の間で成されたのかレティシアにはわからないが、空席になっていたレティシアの家庭教師に就いてくれたという経緯がある。
アカデミー入学直前までの三年間そばにいてくれた彼女の背中はよく頭に残っていた。
「びっくり……」
マリネットの娘かとも思ってが、彼女は子ども云々以前に結婚さえしていない。
「でも、間違いなく血縁者よね」
レティシアは以前マリネットに叩き込まれた系譜学のフル活用する。
三人姉妹の長女であるマリネットは結婚を固く拒絶しており、職業婦人として生涯独り身を貫くことを公に宣言していたため、代わりに次女が婿を迎えて女男爵として襲爵したはずだ。
「――姪っ子か」
姪っ子と思われるレイシーが測定を終えてくるりと体を半回させる。
残念ながらレティシアの位置からは祭壇が遠すぎて、彼女の顔は少しぼやけていた。
(後で話しかけに行こう)
密かに建てた予定に一人ワクワクする。
「では次、バネッサ・マローネ。こちらへ」
次に呼ばれたのはバネッサだった。
音もなくただ静かに席を立ったバネッサに違和感を覚える。
思い出すのは三年前の月桂冠受領式での彼女だ。終始快活さを失わず、その後のパーティでも自分に笑顔で話しかけてくれていたというのに。
祭壇に進み出た姿には覇気がなく、一種の怜悧さを纏っていた。
彼女のあまりの変わりように、思わず眉を顰める。
「何があったのかしら」
回帰前ならチャールズとの茶会を通して交流があったが、回帰後の現在は鼻からへし折ったのでレティシアは茶会に参加していないため、父同士が不仲(?)なこともありバネッサとの交流は皆無だった。
(アウトリアン侯爵、あんまり良い感じがしなかったのよね……)
娘の教育に対して大層熱心――執念を強く感じる方だった記憶がレティシアにはあった。
とにかく、あまり良いイメージではない。
そうこう考えているうちに、気がつけばバネッサが石盤に手を翳そうという時だった。
石盤が淡黄の輝きを放つ様子を見届けた女性教員が淡々と書き記す。
彼女の祝福の色を見たのは受領式以来だが、やはり目撃が初めてでなくとも息を呑むほど神々しく映った。
「ま、待ってください。何かの間違いです。こんなこと、ありえないんです!」
レティシアが勝手に感動していたら、何やら祭壇付近が騒がしい。
復席を命じられていたバネッサが今で祭壇に鎮座している。
「マローネさん、落ち着いて。分かりましたから――」
「違います。違うんです。もう一度っ」
動転した様子のバネッサが顔面蒼白に必死に訴えている姿がある。女性教員はお手上げという表情で彼女を見下ろしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、……」
そうして過呼吸を起こすまでは寸暇だった。
レティシアは思わずガタリと席を立つ。
その場に蹲ってしまったバネッサに躊躇い一つない足取りで近づき膝をつく。
「バネッサ」
宝石のような瞳に涙を溜めたバネッサと目があう。
「腹式呼吸よ。四秒で吸って、八秒かけて吐く」
しっかり声は届いていると判断したレティシアは、丸まった背中に手を置いて秒数を数える。
「ロザート、引き継ごう」
いくばくかバネッサの呼吸が落ち着いたところで、背後から声をかけられた。
「先生――」
レティシアの担任セブロである。
これにはレティシアも驚いた。
まさか、子供が嫌いそうな彼(教室での様子から来たど偏見)がまさか、他クラスの生徒のサポートに入るとは思わなんだ。
「私が医務室に連れて行きますので、ロザートも席に戻って」
なんとか落ち着いた少女を横抱きに、そう言い残すと颯爽とその場を後にする。
「私も行きます!」
「関係ないだろう」
レティシアの申し出に、何を言い出すんだこいつはという視線でセブロが迎え撃つ。
「し、親友なんです! 未来の! その子に何かあったら私も過呼吸を起こしてしまうかもっ」
「なんだそれは」
嘘では無い。今世は仲良くなるつもりだからだ。
(アカデミーに来た理由の一つでもあるしね!)
なかなかに無視しずらいラインを攻めているに違いない。
セブロの顔がみるみるうちに顰められる。
(面倒くさいって書いてある)
だが、レティシアだって引けない。
逡巡したのちに諦めたように深いため息をついたセブロを見て価値を確信した。
「どうぞ続けて」
短くそう続けたセブロが礼拝堂を後にする。
後をついていっても彼は何も言わなかった。
最初はこの雰囲気で?! と言いたくなるような澱んだ空気が漂っていた礼拝堂であったが、バネッサを抱えたセブロと、後を追ったレティシア退出して再び計測が始まると案外すんなりと元に戻っていた。




