03 入学。
ディアヴァルム王立アカデミーの一年は四月から始まる。
大地の女神ガルテアに肖って、大地から草木が多く芽吹く春を始まりに設定しているからだ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとう。このクラスを受け持つこととなったセブロ・トラモンタです」
笑顔一つとして見せない教師に、五十名ほどの十歳の初々しい生徒たちは今にも泣きそうな者ばかりである。
おめでとうと言うがその目が笑っていない。
(面倒ごとを押し付けられたって感じね)
レティシアは冷静に階段教室の最後列からセブロを見下ろした。
「早速だが、本日から授業が組み込まれている。君たちにはまず、祝福の儀で授かった祝福が三年間の間でどれほど強まったかの計測をしてもらう」
セブロの話を聞きながら、事前に配られていた講義概要に目を通す。
「午前中はその計測に時間を取られると思います。なんせ今年は入学者が異常に多い」
初日早々に疲れた様子が垣間見えるセブロに、なんだか申し訳なくなる。レティシアには入学者増の原因に対して心当たりがあるあった。と言うのも、入学者倍増についてはヴァルディアの四つの柱の存在が大きく関係するのだ。アカデミー創設者の二代目ヴァルディア国王は子は国の宝として、すべての子供に学ぶ機会を与えることにこだわった。そうして建てられた学舎は、万民に門を開いていることを謳っているものの、実情として高額な学費を払うことが出来ない平民たちがほとんどであった。彼らの入学は見込め図、結局のところ貴族子女の交流の場となっていた。
これによって何が起きるか。
つまり、高位貴族と繋がりを欲する爵位持ちが殺到する。
(あわよくばを狙う親が後を断たないのよねぇ)
直近で言えばチャールズやアシェルが入学した年も増加した。遡れば、国王の王太子時代や現四柱の当主がアカデミーに入学を決めた時も入学希望者の数が跳ね上がったとか。
今年はレティシアともう一人の少女――西の柱アウトリアン侯爵家バネッサ・マローネが入学予定だった。
例年のように増加することをアカデミー側は予想していたとレティシアは伝え聞いている。
対策もバッチリだと。
ではなぜ、教師陣が辟易するほどに新入生が増えたのか。
それは、クラスの割り振りに焦点を当てれば自ずと答えが見えてくる。
アカデミーは一学年につき、通常S・A・B・C・D の五つのクラスに分けられている。文字面からお察しの通り成績順で、クラスによって共通授業の難易度が変動すると言う理由から建立当初から変わらない体制をとっている。
しかし、今年度の新入生の区分に関しては表記が違った。
(ここがSクラスでしょ……次が――)
Sの次は、A+・A・B+・B・CDと続く。
つまり――。
「入試試験の難易度を爆上げしたのに、意味なかったのよねぇ……」
アカデミー側は対策として、定めた取得点数最低ラインを突破していれば入学の切符が獲得できるという建立当初からある体制に手を加えた。最低ラインを上げ、且つ試験問題のステルス難化も図ったが、その情報がどこかから漏れて見事に突破され、結果としてクラスが一つ増えたというのがことの顛末である。
(合否基準を成績のみから、それに定員制限も加えていたら違ったのだろうけど。――満点者人数も過去最多みたいだし)
不正者も少なくないだろう。とレティシアは踏んでいる。
「では場所を移動するから、着いて来るように。勿論、無駄な会話はしないように」
睨みを効かせるセブロにみんな泣きそうである。祝福の計測に浮き足立っていた彼らだったが、一瞬にして蛇に睨まれた蛙と化していた。
「で、だ――いい加減に君は自分の学年に帰りなさい」
ゾロゾロと移動する集団に着いて行こうと席を立ったレティシアだったが、セブロの視線が自分に向いたことにびくりと肩を振るわせる。
(私、新入生ですがっ?!)
レティシアには心当たりがなかった。
入学したてのぴちぴちの新入生なのだから当たり前だ。
他学年はもはや上にしかない。
(お兄様は飛び級したけど)
成績が優秀すぎるのを加えて国王の推薦もあり、アシェルは今年度から中等部三年の筈だったが一年の飛び級の提案を受け入れたことで高等部一年へ繰り上げられたのだった。
兄に訪れた変化。良いのか悪いのかは置いておいて、正に過去を辿っていないと言う確固たる証拠。この変化が回帰してからの自分の言動の結果なのかはこれからどうにか調べなければならないだろう。
閑話休題だ。
(私はその打診断ったし……)
そして、レティシアも関しても同様の理由で入学前に打診が来ていた。ちなみに、彼女の場合は三年の飛び級だった。
「ほら、帰りなさい――」
階段を上がって近づいて来るセブロに、今度はレティシアが睨まれたカエルのように硬直する。
よく見れば、セブロの視線はレティシアの背後へと向いていた。私じゃないのか、とレティシアが肩の力を抜いたのも束の間――。
(ん? じゃあ誰……)
「ルキウス・ロゼッティ」
この教室にいるはずのない名前に自身の背後を勢いよく振り返る。
「えっ?」
そこには通路の壁に背を沿わせて直立不動を維持する目に入れても痛くないほど愛しい、彼女の従者がいた。
「ルカ!? そんなところで何をしてるの?!」
レティシアの入学に合わせて途中編入を果たしたルキウスも、同様に本日から授業が開始しているはずだ。
ここにいると言うことは、つまり初日からすっぽかしていることになる。
どんな不良だよ。
「初日だから。どんな奴らがいるか見ておこうかなって」
主の脅威になりそうな人物がいないか見に来た、なんて言うレティシアが大事すぎる、心優しい(?)従者に頭を抱えた。
ここまで来ると過保護が過ぎる。
(――ちょっと嬉しいなんて……レティシア! しっかりするのよ!!)
そりゃ誰だって心を寄せている相手(ましてや、両思いである)に心配されれば、キュンとするのは仕方がないことだろう。
ルキウスの行動(行き過ぎだが)にしっかりときめいたレティシアは、心を鬼にして彼を睨める。
「やりすぎよ。今すぐに教室に戻りなさい。もう十分でしょう」
「でも、ダミー人形を座れせているから、大じょ――」
「ルキウス」
捨てられた子犬のような目でこちらを見るルキウスに揺らぎそうになる。
(ゔっ! 反則よ!)
「ロザートの言葉に大人しく従っておきなさい」
狼狽え、折れそうになっていたレティシアとは対照的に、冷めた視線を終始ルキウスへ注いでいるセブロが徐ろに口を開く。
「無断欠席及び授業妨害が続けば、登校一ヶ月目で退学も有り得る。前代未聞ですよ、全く」
「普通なら気が付かないのですが、先生は勘が良いみたいですね」
「ロゼッティ。君の行動は、敬愛する主人と推薦人のプリマヴェール侯爵夫人の顔に泥をぬむ事になりかねないですよ」
「……!」
セブロの言葉にぐうの音も出なくなった様子のルキウスが一度、目を大きく見張った。
「………………申し訳ありませんでした」
(え、ルカが負けた! 凄いッ、先生!)
レティシアにも劣らぬほど口が回り、ああ言えばこう言うルキウスを黙らすセブロの手腕はもはや感動モノである。
「無断入室を見逃すのは今回だけですよ。……ダミー人形の件も」
「はい、セブロ教授」
すっかり戦意喪失と言うルキウスを、巧みに宥めたセブロがほのかに笑みを浮かべた。
「お嬢様、また昼食の時間に」
「えぇ。また後でね」
瞬いたその一瞬の内に、その場から隠密よろしく姿を消したルキウスにレティシアはほっと息を吐く。
「……ありがとうございました、セブロ先生」
「流石に、貴女がかわいそうでね。まぁ、次はないです」
ルキウスのしでかした事を上に報告されるのは、都合が悪い所じゃ済まない。なんせ、そのままに父アルフレドの耳へと届けば、激怒するのが目に見えているからだ。
(激怒どころじゃ済まないかも……)
「大変ですね」
「ほんとに……」
レティシアは過保護な従者を、セブロは五十名の生徒を抱えている。
「まぁ、お互いに頑張りましょう」
「ですね……」
苦労人という絆が芽生えた瞬間だった。
チマっと雑談
アカデミーは広大な敷地に建てられたマンモス校なので生徒を受け入れるキャパシティ自体には問題はなし。
『王立』アカデミーの教職員として、《まぁまぁ超優秀》な人材が必要になるため……人手不足が巻き起こっているとかいないとか……。




